非日常は乱暴に足で扉を叩く

 毎話ごとに日付が変わると思ったら大間違い。アディの家に居候してまだまだ45日目。夕飯の買い物への行き道。
「…だー」
 そういえば、私は何語を話しているんだろう。
「…るー」
 私としては、日本語を話しているつもりだ。
「…まー」
 ということは、この国も日本語なのかな。
「…さー」
 そのわりには日本文化じゃないな。
「…んー」
 家も土足だし。服も洋服だし。遠くに見えるお城も洋風だし。
「…がー」
 異文化ということは言語も違うと思うんだ。
「…こー」
 翻訳するコンニャクでも食べたのかな。
「…ろー」
 そうでなければ、英語破滅してる私がすぐに異国語なんか話せる訳がない。
「…んー」
 とりあえず、後ろのストーカー野郎をどうにかするか。
「だ!」
 声と共に振り返ると、一人の男がさも当然であるかのように立っていた。
 ふわふわの黒髪に、前髪の一部分に白メッシュを入れている。黄色の大きな目は、黒猫のような印象を持たせる。
 きっと、怖いほどに美しいというのは彼のことを言うんだろうな、と私はそんなことを無感動に考えていた。
 その彼が笑っていった第一声は、驚くべきものだった。
「よぉ、異世界人」
 私は、笑うと目が糸のように細くなってやっぱり猫だな、と勝手に黒猫認定をしていたので、彼の言ったことが頭に入ってくるまで時間がかかった。その間、約2秒。
 そして頭に入ってきてからその言葉の内容を理解するのに、約1秒。
 その後、その言葉の裏の意味を考えるのに、約3秒。
 計6秒後、私は口を開いた。
「行かないよ」
「はぁ?」
 男の目の大きさがもとに戻った。
「保護施設だか研究所だか知らないけど、私は絶対いかないからね」
「なんの話だ?」
 …よくよく話を聞いてみると、どうやら私の早とちりのようだった。彼はどこかに連れていくつもりはないらしい。
「……死にたい」
 勘違いやらそういう恥ずかしい展開がダメすぎてドラマとかを見てられないくらい苦手なんだよこういうの!
「そこまで落ち込むほどのことでもないだろう?」
 男は面白がるように笑っていた。
 会話をしながらも足は市場の方へ進んでいる。
「っで?この異世界人の私に、何か用?」
 恥ずかしいのをごまかすために、話を進めることにした。
「いや、話がしてみたかっただけだ。俺の先祖も異世界から来たらしいからな」
「へぇ…どこの国?」
「えっと、確かニホンだったかな」
「ふうん。わかった、信用する」
 もし私の知らない国だったら信じてなかった。
「なんだ。ニホンは有名な国なのか?」
「私も日本国民なの」
「なるほどね」
 男は始終嬉しそうだった。
「お前、名前は?」
 私はちらっと男を見上げて答えた。
「それを言うほどには、私はまだあんたのことを信用してない」
「用心深いことだな。ニホンジンは皆そんななのか?」
「いや、平和ボケしてるくせに神経質な感じ。私がこんななのは、住まわせてくれてる人によくよく言い聞かされてるもんでね。っていうかさ」
 この角を曲がれば、市場のある大通りだ。私はそこで足を止め、彼の目をまっすぐ睨み上げて言った。
「私が異世界人だってことを知ってるってことは、あんた、私の名前までつかんでるんじゃないの?」
「ご名答だ。笹原リト」
 私はため息をついた。こいつは私をからかいに来たの?
「で、あんたは?」
「俺か?」
「私があんたのことを全く知らないのは、不公平じゃない?」
「そうだな」
 男は楽しむように笑っていった。
「俺の名前は、ロイル・ハーチェス。次期怪盗ハーチェスだ」
「分かった。おぼえとくよ」
 私は今日の夕飯のメニューを変えることにした。



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