人なら一度はやってくる非日常を彼は受け入れない

 アディの家に居候して、今日で47日目。その夜。
 アディの様子が変だ。
 たしかに殺しの日の前日あたりは、じっとしていたり他人と目を合わせるのを避けたりする。強くなってきた殺人衝動に耐えるためだそうだ。
 けれど、それだけではない。まず、小学生並みに早寝早起きをするアディが昼近くに起きてきた。それから食べた朝兼昼ご飯の煮物を半分も食べなかった。適当だったんだけど味付けが上手くいったと自負してたのに。今もソファでウトウトしている。
 これはまさかのあれじゃないのか?
 アディを起こさないように静かに近寄り、おデコに手を当てた。
 やっぱり、私のと比べて熱い。
「……ん…リト…?」
 アディが目を開いた。洗い物をしていた私の手が冷たかったのかもしれない。
 私と目を合わせ、すぐに目をつむった。つむる直前に見えた衝動の断片は、見なかったことにしてあげよう。
 アディから離れてやると、アディの強ばっていた体が緩むのが分かった。
「アディ。今日はもう布団で寝なよ」
 アディが顔をこちらに向けた。目はそらしてある。
「…え…ふろ……」
「風呂はいい。湯冷めするから」
 私は洗い物に戻った。
「……でも…今晩しごと…」
「あ、今晩なの?」
「…うん……」
 アディの仕事は休めとは言えない。依頼人のこともあるし、なにより衝動を抑えるのがキツくなる。
 アディの熱を思い出し、私が平熱低いのとアディが子供体温なのを考えると、微熱なのかもしれない、と思った。というか、そう思うことにした。なんにも問題解決にはなってないけどね。
「分かった。今は仮眠でもして、行っておいで」
「…うん…ありがと。……30分くらいしたら起こして…」
「わかったよ」
「…ありがと……」
 寝室に行くドアを開けたアディの背中に向かっていった。
「私はお粥と薬でも用意しとくからね」
 アディの足が止まった。
「……お薬やだっ…!」
「はぁ?」
 二十歳近くになって、グリーンピースだけでなく薬も飲めないのかこの大きな子供は!
「…お薬…やだ……苦いっ!」
「飲まないと熱さがんないでしょうが!」
「…やだっ!…のまないー…」
「あ、こらっ!」
 アディが逃げるようにリビングを出ていった。
 自然とため息が漏れてしまった。
「…しかも”お薬”って…」
 大波乱の予感がした。



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