Flame
【短編
Impression【桑西】の続きです】
「なァー! 一人で何処行くんー」
後ろから暢気な声がついて来る。
俺は振り返りもせずに無人の商店街を歩いていた。
全ての店のシャッターが降りていて、道幅がそこそこ広いせいで妙にガランとした印象をうける。
「ココなー。平日の夜は結構賑やかなんやけど、今日祝日やしなー」
声がすぐ後ろまで近づいてきた。
俺が全力で早く歩いても、こいつはゆったりとした動きを変えないまま追い付いて来る。
それが、妙にイラついた。
身長の違いとかコンパスの違いを今更言っても仕方がないが。
「普通、休日のが混むんじゃないのか」
言葉を返すと途端に嬉しそうに笑った。
「深夜やしなァ、……あと、向こうの……まあ東京で言う銀座っぽいトコちゅーか、そういう街と繋がっとるからかな」
笑う目元は、あの戦闘の時とは全く印象が違う。
人好きのする柔らかな表情と、あの時の顔と、どちらが本当のこいつなのか、俺には全く判らなかった。
「……どうでもいいけど」
「お前が聞いたんやん!」
「……それで何処まで着いて来るわけ」
俺は一旦足を止めて、問いかけた。
桑原、とかいったか。クセっ毛の頭を掻いて首を傾げたそいつは、先程から何度も変わらない言葉を口にしていた。
「説得してんねんけど。……ウチ来ん?」
俺はいい加減呆れて深くため息をついた。
それで、次には『ヤらせろ』って言うんだろ。
冗談じゃない。それで頷く奴からいたらお目にかかりたいくらいだ。
加藤は、あの星人を倒すと言った。
言ったらこいつは必ずやるだろうと、思っていた。
俺は片腕を無くして、負傷者と共にぼんやりと空を見上げていた。
遠くに聞こえる戦闘の音を耳にしながらも別段不安に思う事など一つもなかった。
ここには玄野も和泉もいないが、加藤はいる。
なら、心配はいらないだろう。
そう思っていたら、一際大きな音がして地面の抉れる振動があった後、側にいたメンバーの足元が消え始めた。
終わった。……いつも通り、そう思っていた。
気がついたら、見た事のない間取りの部屋にいた。
ガンツは変わらずそこにあったが、転送されてきた女達に見覚えはない。
誰、と聞かれて俺こそそう問いかけたかった。
元々関わりの深くない大阪メンバーの女が二人、採点の後に解放されて消えていった。
……問題は、生き残ったあの男だ。
『な、次会ったらちゃんとヤらしてやー。マジでそん身体、好ッきやねん! いい匂い過ぎてクラクラしたわ!』
未だに頭の中に残っているあの腹立つ叫びと同じ明るい声で、開口一番に『マジ頼むヤらして!』と飛びついてきた。
咄嗟にXガンを向けたら驚く程の反射神経でそれを避け、笑っていた。
『折角、こいつともう一回会えたんやしなァ』
100点メニューになっても男は解放を選ばなかった。
武器を、とガンツに言ってから服を着て俺の後を着いて来る。
眼鏡の男が一人部屋に残されたが、扉が開くので俺はさっさとその場を後にした。
東京のガンツのところへ戻してくれと頼んだところで、アレが何かしてくれるようには感じなかった。
基本的に、あの黒い玉は人と関わらない。
東京ガンツが、異常なんだ。それは判っている。
学生服で深夜の街を歩くのは面倒だったが、補導されそうになったらステルスで逃げればいいと思ってそのまま歩いた。
駅はどっちかと思い携帯で検索しながら進む。
後ろからのんびりとした足音がくっついてきているのを、必死に無視していた。
そのうち、駅に向かっていることが判ったのか足音が近づいてきた。
『もう終電終わっとるよ』
『始発の新幹線で帰る』
『それまで駅にいるん? 流石にさっむいでー。あと四時間くらい?』
『……』
そんな事は判ってる。でも他にどうしろっていうんだ。
視線を向けると、事態を面白がっているような視線とぶつかる。
『俺なァ、桑原和男』
『……西』
応えると、意外そうに眉を上げて俺を見る。
それから喉の奥で笑いを堪えながら、俺の肩に手を伸ばしてきた。
『律儀やなァ、西。……ホンット、おもろいわ。な、ウチに来ん?』
『は?』
『俺一人暮らしやし、そんな狭いとこやないよ』
何を言っているのか判らない、という顔で見つめていたら最後の最後に爆弾が落ちてきた。
『で、あったかい部屋に泊めたるしー飯も食わすしー……そんでヤらしてくれん?』
『……。……馬鹿?』
相手にせずに早足で歩くと、後ろから『馬鹿ってゆうなやー』とのんびりした声がついてきた。
利害の一致だと主張したいらしいが、何で好きこのんでド変態の家に泊まりに行かなきゃならないんだ。わけが判らない。
大阪駅の見える位置まできて、俺は漸く歩みを止めた。
警備、ではないんだろうが深夜だからか工事中のガードのあたりに人がいる。
コントローラーに手を伸ばすと、横から手を掴まれた。
「離せ。相手探すなら、その『銀座っぽい所』にでも行けばいいだろ」
「やー、ホステスさんに金使うんなら手っ取り早くヤれる店で金払うわなー」
「……」
「知らん? 酒飲むとこと、セックスするとこはちゃうん」
「……知るわけないだろ」
いいから手を離せ、と睨むとより強く手首を拘束される。
「ま、確かにまだコドモやんなあ。高校生?」
「……中学」
「へー、塾のガキ共とそう変わらんのに随分大人っぽいなあ。……そーか中学か」
完全に犯罪やな俺、と笑い声を上げるのを見て呆れた。
高校生だって犯罪なのは一緒だろうが。オイ。
ふと見ると、さっき見かけたガードマンのような男がこちらを見ていた。
駅前は深夜のせいか全く車通りもなく静かで、桑原の声が響いて聞こえるくらいだった。
俺は身体を固くして、向こうを警戒する。
すると桑原はそれに気づいて、俺の肩に手を回した。
「安心しい、アレ警官やないから見つかっても大した事ないわ」
耳元で囁かれて、一瞬ぞくっと背筋が寒くなる。
……ミッション中の行為を思い出させる距離だった。
俺は唇を噛んで俯く。
筋肉質で背の高い、この腕は何かに似ている。
似ていると思ってはいけない、と意識が反発するのにどうしても頭の中でリンクさせてしまっていた。
それが悔しくて、情けない。
こんなことくらいで弱くなる自分の気持ちが、腹立たしくて仕方なかった。
「……桑原」
「へッ? あ、ああ、うん?」
驚いたように声をひっくり返らせて、桑原が俺の顔を覗き込んでくる。
そうするとやけに屈んでいるように見えて、こいつも馬鹿みたいに背が高いんだなと思った。
「……お前の家、泊まる」
「あ、……マジで?」
急な意見の撤回に戸惑うどころか、嬉々とした反応が返ってくる。
こいつの順応力ってのはどうなっているんだと奇妙に思った。
あっち、と指さす方へ歩き出す。
ガンツスーツの利点は何処まで歩いても疲労とは無縁なところだ。
歩いてみて思ったが、大阪の街はあまり広く感じない。自転車でもあれば何処までも行き着出来そうな場所だ。
ただ道を知らなければ、酷く迷いそうな気はするが。
「腹減っとる? 何か食ってくか」
「……こんな時間にやってる店なんかあるのか」
「あのうどん屋深夜二時までやっとるよ」
歩きながら、指差す方向にある店を見遣った。
折角だから奢らせておくかと桑原の後ろをついて店に入る。
そうやって、追いかけてきていた足音の後ろを、今度は俺がついていくようになっていた。
「……やっぱオンナノコとちゃうん、西」
「うるさいッ!」
桑原がドアの鍵を開けながら、笑って言った。
俺はそれに反抗しながらも、何とも微妙な気分でいた。
先程の店で、異様にでかい器に盛られた一人前のうどんを、半分も食べ切れなかった。
二玉にして頼んだ桑原に横から引き取られて漸く器が空になった頃には、吐きそうな程満腹になっていた。
始めは『小食やなー』などと笑っていた桑原が、後半だいぶ呆れていたように思う。
俺だって普通に食べきるつもりで注文を、……今更言い訳しても仕方ないか。
「ねぎ焼きのが良かったかもなー。食うたことある?」
「……ネギは嫌いだ」
「関東の白ネギとちゃうよ。青ネギやからー」
「……いや、ネギが……」
白とか青とか関係なく、と呟きながら部屋の中に入る。
ワンルームというわけではなく、別にキッチンがあって寝室のある広めの部屋だった。
塾がどうの、と言っていたが意外とちゃんと収入のある生活をしているらしい。
「……シャワー」
「ん?」
「風呂、貸して」
そっち、と指差す方向にそのまま入って行く。
ユニットバスではないのを見て、やっぱりそこそこ金のかかった部屋だと思った。
鞄を置いて服を脱ぎながら、ため息を一つつく。
自分で行為の準備をするのは久しぶりだった。
あいつは、口ぶりからも男との経験がないから、こちらがちゃんとやっておかなくては後で困る。
困るっていうのは、主に俺が。
ガンツスーツを脱いで手首から外したコントローラーもその上に置く。
服の置き場所がなく、ほとんど空に近い鞄の中に押し込んだ。
「なァー、服俺のしか無いねんけど、……西はやっぱSサ、イズ……」
脱衣所の扉が開いて、桑原が入ってきた。
そして俺の裸をまじまじと見て言葉を途切れさせる。
何も声をかけずに入ってくる神経を疑うが、……まあ男同士だろと言われればそれまでか。
これからヤる相手に対して裸など気にする事もない、と思いこもうとした。
「服は何でもいい。あと、タオル貸して」
「あ、ああ……しかしほっそいなァ……」
「!!」
服を置いてタオルを取った桑原が、俺の腰に手を伸ばしてきた。
肌を直接撫でられて、流石に恥ずかしくなる。
「……やめろ、」
「肌白いしな。……触り心地もええし」
するりと腰から尻にかけてを撫でられた。
びく、と身体が跳ねる。俺は両手で相手を押し遣ろうとした。
「……あ、忘れとった」
「は、……?」
ぐい、と急に引かれて相手の胸にぶつかる。
顎を掴まれ仰向くと、唇が降りてきた。
ちゅ、と軽く触れてから舌先が口の中に入り込んできて、口腔を犯される。
「っ、は……、んッ……」
舌を絡め取られて唾液が混ざり、唇の端から零れ落ちた。
それを親指でぐい、と拭われる。
「キスは、嫌いやない?」
「……」
「まあ、答えんでもええよ」
ぺろりと自分の指を舐める仕草を見て、顔が熱くなった。
こいつの行動はどれも動物的過ぎて、何だか見ているほうが恥ずかしい。
「……ええ匂い」
「わ、ちょ、……!」
ぎゅう、と両腕に強く抱き締められて、眩暈がしそうだった。
こんな抱擁は覚えがないはずなのに、何故だかソワソワと落ちつかない感じがする。
「じゃ、あとでなァ」
その腕から解放されて、温もりが遠ざかった。
パタン、と再び扉が閉まる。
俺は無言のまま暫く動けなかった。
それが何故かと考えるのが、少し恐ろしかった。
あいつはやっぱり苦手だ。
幾重にも覆って隠している何かを、剥き出しにしてしまう。
記憶を刺激して、俺を苦しめる。
苦手と思いながら魅入られる。
それが俺は酷く怖かった。
続く
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エロが入らなくなっちゃった……。すみません。次こそ。
2011/06/22
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