Passionflower 1

【玉男×西です。和泉視点です。つまりカオスです】















【ちなみに時間軸は大混乱中ですので細かい事気にならない方だけどうぞ】














 鍵を落とした、と気がついたのはもうマンションを目の前にした時だった。
 小さく舌打ちをして踵を返す。着替えた時にどこかに落としたのかも知れない。
 制服の胸のポケットから落ちるなんてのは、着替えの時以外あり得ないだろう。

 ガンツのあるマンションまではそう遠く無い。
 家に入れないんじゃ仕方ない、戻って取って来るしかないか。
 外灯の明りに照らされた、深夜の静かな道を歩きながらあの部屋の事を考える。
 あの場所に呼び出されて戦って、勝ち続けて、俺は解放された。
 ……だが俺は再び戻ってきた。
 戦うのが目的なら、何故その前は解放を望んだのか判らない。
 俺は、あの部屋に残してきた何かを確かめたかったんじゃないか?
 失った記憶の中に、俺の知らない事件が眠っている様な気がした。
 それを思い出したい。
 全てはあの部屋に関することだ。 

 あの部屋と、もしかしたらあのメンバーに関する何かだろう。
「……そのうち思い出す」
 小さな呟きは夜の冷気の中白い蒸気となって、消えた。










 ミッション前、マンションの扉が開く事は無い。
 それはミッションが終わってはじめて開放される。
 今はどちらなんだ?
 まだ出てきて一時間程度だが、これはミッション後に入るのか。
 それとも、次のミッション前という扱いなのか。
 開かなかったらどうするかな、と思いながらマンションにたどり着き、部屋の扉に手をかけた。
 ガチャン、と軽い音がして扉が開く。
 取っ手は呆気なく動いた。拍子抜けしながら中へ入る。
「……、…!」
「…、……」
 何か、人の話し声のようなものが聞こえてきた。
 何だまだ人が残ってたのか、と思いながら先程着替えをしたキッチンの方へ移動する。
 使われることのないその空間は酷くガランとしていて、水道からは水の一滴も零れていない。
 殺風景な景色の、ガスコンロの横に鍵が置いてあった。
 落ちていたものを誰かが拾って上に置いたのかも知れない。
 俺は、ミッション後も用が無ければ此処に長居をしない。
 他のメンバーが戦闘訓練の相談をしていても、無視して先に部屋を出ていた。
 恐らくミーティングでもしてるんだろう、暇な奴らだ。

「……、っ」
 高い、悲鳴のような声が聞こえた。
 キッチンは先程の玄関よりガンツのあるリビングに近い。
 その為か、向こうの声がよく聞こえてくる。
 荒い息遣いと、濡れたような音が響いていた。
 俺は足音を立てないようにリビングへと近づく。
「っ、ぁ、……っく」
 苦しげな、艶めいた声と共に空中で揺らされているのは細い足だった。
 こちら側から見えるのは、頭髪から何から身体中の毛が全てない真っ白な背中だ。
 そいつが、細い誰かの足を持ち上げて、その中へと腰を打ちつけている。
 こいつは、あのガンツの中に入っていた男じゃないか?
 ミッション後に女とこんなことをしていたとは、知らなかった。……というか、まともに生きてたんだなこいつは。
 妙に冷めた目で見て、俺は踵を返した。
 他人の行為に興味などない。
 音を消したまま歩いて、玄関に向かいかけた刹那、聞き覚えのある声が聞こえてきて足を止めた。 
「あ、……っ、も、ヤメッ」
「まだ痛い?」
「痛、い……に、決まって……」
「血は、もう出てないけど、……そうか、痛いんだ」
「ひ、っぁ……っな、に」
「こっちが反応してても、痛いんだ。……西君、それ本当?」
 あまり感情の乗っていない、淡々とした声と、もうひとつは明らかに男の声だった。
 少年、というか。西、といえばさっきガンツメンバーにいた……俺の過去を知ってる唯一の奴だ。
 恐らく中学生くらいだろうが、生意気そうな目をしながらも、俺を見て驚いていた。
 あの時俺も、何かがやっとかみ合ったような感じを受けた。
 ガンツ部屋へ戻ってきて、戦いの中で記憶を探って、……それでも何か虚無感を感じていた数カ月の中で、漸く何か掴み掛けたような。
 あの中学生の姿を見た瞬間に、そんな気がしたのは覚えている。
「触、るな……用ないだろ」
「何故?」
「うるさい、さっさと……イけよ、も、……っ余計な事すんな」 
「西君が、それでいいなら」 
 会話はそれまでだった。
 男は、西の華奢な白い足を降ろして身体を反転させると、背後から被さるようにして腰を打ちつけていた。
 濡れた音と、引き攣れたような悲鳴混じりの呼吸、フローリングに爪を立てる微かな音だけが響いている。
 俺は魅入られたようにその場から動けずにいた。
 いつの間にか、リビングに通じる戸の側で部屋の中を覗いている。
 無意識だったが、そこから何故か既視感を感じた。
 男が漸く射精して腰を引くと、西はフローリングの上に力尽きて倒れた。
 背中をこちらに向けているせいで、内部から注がれたばかりの白い液体が零れてくるのが見える。
 先程ガンツメンバーとして見たときは微塵も感じなかったが、華奢な身体は妙な色気があった。
 気だるそうに腕を上げて、服を引き寄せる、指先の動きですら誘っているように見える。
 ……何だそれは? あいつは、男だろう?

 俺の中に、男を相手にする意識はなかったはずだ。
 女にも飽きていたが、それでもそっちに傾くことはなかった。……無かったと思う。俺の記憶する限りでは、……。
 キュイン、と音がして黒い球体から西に向けて細い光が当たった。
 あの全裸の男の姿がない。ガンツの中に戻ったのか。
 西の身体を舐めるように白い光が細く辿っていき、彼が床に手をついて身体を起こした時には既に制服姿だった。
 動きの緩慢さももう無い。
 スキャンしたのか、と思いながら見ていると西がふらりとこちらへ向かってくるのが判った。
 咄嗟にキッチンの方の空間に身体を引くと、西は脇目もふらずに洗面所へと駆け込んでいく。
「っ、う、……っ、ケホっ……っぐ」
 ザアッと水の流れる音と、それに混じって嘔吐するのが聞こえてきた。
 ほんの数分だったと思うが、俺はそれを聞きながら玄関に向かった。
 恐らく、西はすぐにこの部屋から出てくるだろう。  
 一刻も早くこの場から去りたいという気配が、漂っていた。
 それでも、抑えきれないものを吐き出しているようだった。

「……」
 マンションの扉の外で、壁に寄りかかりながら空を見上げた。
 難儀な奴だ。それでも何か、気にかかる。
 俺には関係のない事だろうと思うのに、何故か放って帰ろうという気になれない。
 出てきた西に何と言おう? ここに居れば確実に戸が開いた時に見つかる。
 恐らく俺がいると思わない西は、驚愕で硬直するだろう。
 それで、先程の行為を見られたのかと蒼白になるに違いない。
 ……何故想像がつく?
 俺の中の、あいつに関する記憶というのは全くないはずだ。
 ミッション後に出会った、あの数分の時間しか共にしていないのに、何故あいつの行動が想像できる?

 ガチャン、と音を立てて扉が開いた。
 俺はそちらを見ないまま、壁に寄りかかっていた。
 息を飲む気配だけが、伝わってくる。
「鍵をとりにきた」
「……」
「家に入れないと困るんでな」
 扉の方を見遣ると、西は顔色を無くして俺を見詰めていた。
 視線が合ってやっと思考を取り戻したのか、扉から離れて俺に道を譲る。
「……」
 俺は無言で手の中のキーを揺らして見せる。
 西はそれを見上げて、唇を震わせた。
「もう取ってきた。今……いや、さっきか」
 西の視線は既に足元を見ていて、身体が小刻みに震えているのしか確認できない。
 どんな顔をしているのか、見てみたいと思った。
 俺は無意識に手を伸ばして、細い顎を掴む。
「まさかガンツを手玉にとってるとは、知らなかったな」
「!……離、せ」 
 怯えの滲んだ目で睨まれると、自分の中に今までとは別の火が灯るのを感じた。
 逃げようとする顎をより強く掴んで、相手の身体を扉の側の壁に押し付ける。
 身体を密着させると、体格差は歴然だった。
 もがく身体を押さえつけるのは簡単で、華奢な手首を掴んで壁に縫い付け、その顔を覗き込む。
「スーツが無ければただの中学生、だな」
「っ……」
「敵うわけないだろ」
 逃れようと身体を捻るのを、難なく押さえつけながら俺は笑った。
 スーツを何処へやったのか。今の西は制服だけだった。
 今のメンバーの一部は確かに、ミッションの前後は目立つからと普通の服を着て行動していた。
 そいつらは部屋に転送されてから着替えることにしていたから、手元にスーツは確実に持って行動しているはずだ。
 しかし西は、手ぶらだった。鞄さえ持っていない。……何故だ?
「……離せよ」
「……」
「離、せッ」
「俺を見ろ」
「!」
「顔を上げて、俺を見ろ」
 顔を背けたまま抵抗していた西が、ぴたりと動きを止めた。
 小刻みに震えているのが、密着した身体から伝わってくる。
 こいつは、何を怯えている?
「……」
 無言のまま、西が顔を上げた。
 俺を見上げて、不安そうに揺れる瞳を合わせてくる。

 ……瞬間、自分の中の記憶が揺さぶられる気がした。

 俺は西の身体を、知っている。
 触れて、さっきの男のように泣かせて揺さぶって、無理やりに開いた、……記憶がある。
 その度にいつもの生意気な瞳が怯えに彩られるのを、楽しんでいた気がする。
「気がするばかりで……曖昧すぎるな」
「……」
「来い」
「……!」
 俺は西の腕を掴んだまま、引いて部屋を離れた。
 向かう先は、そう離れていない俺のマンションだ。
 話を聞き出すにはそこしかない。
 無言で引き摺られてくる西を見て、あの部屋からガンツの中の男が止めに来るかと思ったが、そんな事も無かった。
 あいつは、あの部屋から出られないのかも知れない。

 それよりもまず、こいつだ。 
 俺は西の細い手首を掴んだまま、そんな感触さえ覚えている自分の手に、苦笑していた。   







2011/05/12

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