第一章「薊の花」


・馬車

洋装に身を包んだ寺島播磨(てらしまはりま)(25)、窓から外を見ている
播磨、ぽつりと呟く

播磨 「五年も経つというのに、何も変わらないな」

播磨の前に座っている秘書の田中(たなか)(20代)がいる

田中 「そうですか?あ、大通りに大きな銭湯が出来たとか」
播磨 「銭湯?じゃあ三ツ谷(みつや)の銭湯は苦しくなっただろうな」
田中 「そうですねぇ」
播磨 「……」

播磨、また外を見る

播磨M「夏の終わりのことだった。本家からの突然の知らせに俺は五年ぶりに実家に戻ることになった。本来ならばそれは許されないことのはずだった」

播磨 「?」

播磨、窓の外を見て疑問を抱く
住宅街の一角が更地になっている

播磨 「田中」
田中 「はい」

蓮  『播磨』

通り過ぎて行く更地を見送る播磨

播磨 「いや…」
田中 「播磨様?」
播磨 「なんでもない」

播磨、外を見たまま黙ってしまう
田中、不思議そうに播磨を見る



・寺島家、広間

操子 「よう帰って来てくらはりました」

播磨の叔母の操子(みさこ)(52)、広間に座っている
その前に座る播磨と田中

播磨 「叔母様もお元気そうでなによりです」
操子 「お疲れのことや思うけど、早速部屋の整理をしてください」

操子、表情だけで笑っている

操子 「田中さん…でしたか?」

操子、田中を見る

田中 「はい」
操子 「あんたは播磨さんの部屋をつこうてください」
田中 「え?」
播磨 「しかしそれでは…」
操子 「播磨さん、あんたが使うんはこの家の一番奥の部屋です」
播磨 「奥の部屋…といいますと兄さ…」
操子 「今やおらんようになった人です。播磨さん、あんたはこの家の主人になるために帰って来たんですよ」
播磨 「……」

播磨、一瞬言葉を無くすがすぐに答える

播磨 「わかりました」

播磨の言葉に表情だけで笑う操子

操子 「かおるさん」

襖の向こうに呼びかけると女中頭のかおる(50代)が現れる

かおる「はい」
操子 「手伝いはこの人たちに任せなさい」

播磨、かおるを見る

播磨 「わかりました」
操子 「では私は部屋に戻ります」

操子、立ち上がると縁側の方へ行く
そこで立ち止まって少し振り返る

操子 「播磨さん」

播磨、操子を見る

播磨 「はい」
操子 「あの人はもう死にました」
播磨 「え……」
操子 「そう思いなさいね」

操子、言うと去っていく
田中、播磨を見る

播磨 「……」

播磨、額を押さえる



・寺島家、書斎(夕方)

沢山の荷物を解いている播磨
その手伝いをしている田中

田中 「しかし潔いというかなんというか…」
播磨 「あの人は昔からそうだよ。俺をあっちの家にやった時だってそうだった」
田中 「でも死んだと思えとは。出来が悪かったとはいえご長男なのに」
播磨 「お前…」

播磨、呆れる

播磨 「俺が主人じゃなかったらとっくの昔に首切られてるぞ」
田中 「分かってます」

田中、少し拗ねたように話す

田中 「あなただからこそ言えるんですよ。統一郎(とういちろう)さんのことは話でしか聞いてはいませんが、あなたの優秀さは十分知っています。統一郎さんが逃げ出すのも仕方ないことかと」
播磨 「……」

播磨、手を休める

播磨 「兄さんは出来が悪かったわけじゃないよ」
田中 「え?」
播磨 「あの人は昔から叔母様から逃れるすべを知らなかった。それがいけなかっただけだ」

播磨、田中を見ないで淡々と言う

田中 「逃れる…?」
播磨 「分かるだろう。昔からあぁいう人なんだ。母さんが生きていたらきっと兄さんは立派にこの家を継いでいたさ。そして俺もここに帰ってくることはなかっただろう」
田中 「……」

田中、納得いかない顔をするが作業を続ける

播磨M「この寺島家は古くから続く名家で、辺りでは一番大きな屋敷を構えていた。俺も兄さんも、幼い頃はただ普通にここで暮らし、幸せな毎日を送っていた。しかし、俺が七歳、兄さんが十歳の頃に母が病気で亡くなると、その暮らしは一変し、家の雰囲気はがらりと変わってしまった」

播磨、箱の中から写真立てを取り出すとそれを見る

播磨 「……」

写真には幼い頃の播磨と統一郎、母親と父親が写っている

播磨M「母が亡くなってすぐ、俺達の母親代わりにと操子さんがこの家に入った。操子さんはこの家を継ぐことになる兄さんを徹底的に教育し、病気で倒れられた父の代わりにこの家を動かしていた」



・寺島家、広間(回想)

操子(48)の座る前に播磨(20)が座っている

操子 「播磨さん」
播磨 「はい」
操子 「あんた長野の家に移りなさい」
播磨 「え?」

播磨、驚く

操子 「あっちの家は以前から男の子が欲しいゆうとってねぇ。この家は長男の統一郎さんがおることやし」
播磨 「……」

播磨M「父が亡くなった年のことだ。以前から兄よりもできる弟≠ニ要らぬ噂が立ち、それがこの家にとって有益で無いことから、いつかは何かがあるとは思っていたがこうまでされるとは想像していなかった。しかし俺はそれを了承し、まるで島流しの様にこの家を去った」



・寺島家、書斎(夜)

播磨、窓を開けて空を見上げる

播磨M「家を去ってからの数年、この家の事情を俺は知らない。兄さんが操子さんにどのような仕打ち≠受けていたのかも、逃れ方を知らない兄さんがどれほど苦しんでいたかも」

空に輝く月を見上げている播磨

播磨M「そして今年の夏の終わり、本家からの突然の通達に俺はこの家に戻らなければならなくなったのだ」

播磨、部屋の中を見る

播磨M「兄さんは一文だけを残していなくなった」

田中が部屋に来る

田中 「播磨様」

播磨、田中を見る

播磨 「どうした」
田中 「明日は菊池(きくち)邸へ行かれるということでよろしいでしょうか」
播磨 「あぁ」
田中 「かしこまりました。失礼します」

田中、踵を返す
播磨、また窓の方を向くと風が吹く
それに乗って花の香りがする

播磨 「……田中」

部屋を出ようとしていた田中、振り返る

田中 「はい?」

播磨、外を見たまま話す

播磨 「蓮(れん)は…」

蓮  『播磨』

播磨 「蓮は、どうしていた…?」
田中 「……」

田中、播磨を見て一瞬黙る

播磨 「どうした」

播磨、黙る田中を見る

播磨 「何かあったのか」

播磨、目を見張るとその表情を見て田中が話し出す

田中 「すぐに、お姿は確認できました」

田中、渋るように話す

播磨 「何だ…蓮はどこにいる」
田中 「……」
播磨 「言え」
田中 「國生館(こくしょうかん)という娼館に…」
播磨 「っ…」
田中 「播磨様、五十嵐(いがらし)家は」

田中の言葉も耳に入らない様に部屋を出て行く播磨

田中 「播磨様!?」



・國生館、廊下(夜)

蓮(22)、乱れた長襦袢を引き摺りながら歩いてくる

男娼A「おい、揚羽(あげは)、お前んとこの部屋にすごいの来てんぞ」

男娼A、笑っている

蓮  「えー?なーに、またふくよかなおじさんー?」

蓮、うんざりした顔をする

男娼A「違う違う。すっげー有名人」
蓮  「んー?役者ー?」
男娼A「はははっ、それよりすげーかもな!」
蓮  「なに、全然わかんない」

蓮、不機嫌な顔をする

男娼A「いいから次俺に回せよな」

男娼A、笑いながら去っていく

蓮  「?」

蓮、頭をかきながら部屋へ行く



・國生館、揚羽の部屋(夜)

蓮  「おまたせしましたー」

蓮、言いながら襖を開ける

蓮  「っ…」

蓮、中を見て驚く
部屋に座っている播磨

播磨 「蓮…」
蓮  「……」

蓮、播磨を見て黙ったまま踵を返すと部屋を出て行こうとする
が、播磨、立ち上がると蓮の腕を捕まえる

播磨 「蓮、お前どうしてこんなところで」

蓮、播磨から顔を背けて見ようとしない

蓮  「どなたかとお間違えではありませんか?」
播磨 「お前…」
蓮  「俺は蓮なんて名前じゃありません」
播磨 「っ!」

播磨、蓮の腕を引いて肩を持つ
それに驚いて播磨の顔を見る蓮

播磨 「俺がお前を間違えたりするはずないだろッ!!」
蓮  「……」
播磨 「どうしてお前…こんな…」
蓮  「っ…」

蓮、顔を逸らす

播磨 「蓮」

蓮、呟く

蓮  「今更のこのこ何しに帰ってきやがった…」
播磨 「……」
蓮  「逃げたくせにッ!」

蓮、播磨を睨みつける

播磨 「っ…」

蓮、急に声のトーンを落として静かに話す

蓮  「どの面下げて戻って来た」
播磨 「それは…」
蓮  「五年経ったんだ。あの頃とは何もかもが変わった。今更『また前みたいに仲良くしましょ』なんて出来ない」
播磨 「……」
蓮  「帰れ」

蓮、播磨の手を肩から離れさせると部屋を出て行こうとする

蓮  「ここはお前みたいないいとこの坊ちゃんがくるところじゃねぇんだよ」

蓮、去っていく

播磨 「っ…」

播磨、蓮の後姿を見送って拳を握り締める



・國生館、廊下(夜)

一人、歩いていく蓮
袖から小さな巾着を出すとその中から一粒錠剤を出す
それを口に入れて噛み砕く
一筋涙を流すと去っていく



・寺島家、縁側(回想)

播磨(15)と蓮(12)、縁側に座っている

蓮  「ねぇ播磨」

蓮、楽しそうに笑いながら播磨を見る
手にはアザミの花を一輪持っている

蓮  「いつかアザミが沢山咲いたところへ行ってみたい」
播磨 「蓮はほんとにその花が好きだな」
蓮  「うん。だって──」



・寺島家、寝室(夜中)

播磨、静かに目を覚ます

播磨 「……」

手で額を押さえると目を瞑る

播磨M「あの時あいつはなんて言ったんだっけ…」



・菊池邸、玄関

菊池(56)、播磨と田中を迎え入れる

菊池 「これはこれは、随分といい男になって」

菊池、嬉しそうに笑っている

播磨 「お久しぶりです」

播磨、頭を下げる



・菊池邸、客間

テーブルを挟んで向かい合って座っている菊池と播磨、播磨の隣に田中が座っている

菊池 「大変だったね」
播磨 「……、僕はこれでよかったような気もします」
菊池 「えぇ?」
播磨 「あの人がうちに来てから兄さんはずっと辛い思いをしていました。僕が長野に行ってからは多分、もっと辛かっただろうと思うんです。僕はあっちでのびのびやらせてもらえていました。だから今度は兄さんが羽を伸ばす番だと思うんですよ」
菊池 「……」

菊池、納得したようにふぅっと息を漏らす

播磨 「叔母様がいなければきっと寺島の家は今頃無くなっていたと思います。だけどやっぱり僕たちでどうにかしなければいけないと思うんです」
菊池 「…」

菊池、黙って頷く

播磨 「だから僕はこの家を何とか自分で切り盛りできるようにして、叔母様には納得してもらった上で京都へ帰ってもらおうと」
菊池 「そうだな…」
播磨 「その頃にはきっと兄さんも落ち着いているでしょうから、ゆくゆくはやはり兄さんに寺島を継いでもらおうと思っています。きっと周りはいい顔をしないでしょうけど」
菊池 「……」

菊池、播磨を見る

播磨 「その為にも、おじ様にはどうか長い目で寺島の家を見てもらいたいと思っています」

播磨、頭を下げる

菊池 「……」
播磨 「……」

菊池、ふっと息をつくと微笑む

菊池 「顔を上げなさい」

播磨、ゆっくり顔を上げる

菊池 「幼い頃から君は出来た子供だったが、そのまま大人になったようだな」
播磨 「え…」
菊池 「本当にいい男になった。私は寺島を、君たち兄弟を、見放したりはしないよ」

播磨、嬉しそうに笑う

菊池 「困ったことがあればいつでも言いなさい」
播磨 「ありがとうございます」

播磨、もう一度頭を下げる

菊池 「私の娘も君のような男に貰ってもらいたいものだよ」

菊池、笑う

菊池 「ところで、街の様子はもう見て回ったのか?」
播磨 「いえ、まだ」
菊池 「そうか。この街も随分と変わってしまった」

菊池、残念そうに笑う

播磨 「随分…?五年前とさほど変わらないように見えますが…」
菊池 「表向きは何も変わっていないな」
播磨 「?」
菊池 「上も困っているんだがね、盛り場の方で近頃死人がよく出るようになった」
播磨 「死人って…」
菊池 「『罰』を知っているか?」
播磨 「罰…ですか」

播磨、小首をかしげる

菊池 「薬物だよ。錠剤の小さなものだ。それがよく出回っているらしくてね、薬物中毒者が後を絶たない」
播磨 「……」

播磨、複雑な表情を浮かべる

菊池 「この間も國生館という娼館で一人若い男が」
播磨 「え?」

播磨、目を見張る

蓮  『今更のこのこ何しに帰ってきやがった…』

菊池 「まだ十五だと聞いたな…」
播磨 「……あの、おじ様」
菊池 「ん?」
播磨 「蓮は…」

播磨、菊池を見る

菊池 「あぁ、五十嵐の倅か。あそこも大変だったみたいだな」
播磨 「何かあったんですか」
菊池 「知らないのか?」
播磨 「…すみません」
菊池 「まぁ、仕方ないことだ。五十嵐の家はもう無いよ」

菊池、残念そうに話す

菊池 「三年前だったか、まぁ色々あったようだが。そういえば君はあそこの倅と仲が良かったな」
播磨 「はい…」
菊池 「会ったのか」
播磨 「…えぇ。昨晩」
菊池 「あちらの界隈では有名になっているみたいだがな、あの辺りは危険だ。今は避けた方がいいかもしれんな」
播磨 「……」

播磨、黙ったまま目線を下げる



・歓楽街(夕方)

歓楽街を一人、歩いてくる播磨

播磨 「……」

派手な格好をした女や酔っ払った男など、人がいるがまだそれほど賑わってはいない
ふと路地を見ると座り込んで空を見上げている男がいる
ブツブツと独り言を言っている

菊池 『薬物中毒者が後を絶たない』

播磨 「……」

播磨、前を見て歩いて行く



・國生館、入り口(夕方)

男娼B「蓮?」

播磨、入り口にいる浴衣姿の男に声をかけている

播磨 「あぁ、呼んでくれないか」
男娼B「お客さん?まだ店開いてないんだけど」
播磨 「いや、違うんだ。話があって」
蓮  「お前…」

播磨の後ろから現れる蓮
播磨、振り返る

播磨 「蓮」
男娼B「なんだ蓮って揚羽のことか」
蓮  「っ…」

蓮、播磨を無視して中へ入ろうとする

播磨 「おい、蓮っ」

播磨、蓮の手を取る

蓮  「離せ」

蓮、静かに言う

播磨 「蓮。話があるんだ」
蓮  「俺には無い。いいから帰れ」
播磨 「蓮」
蓮  「二度とここには来るな。言っただろ、お前みたいな奴が来るところじゃないんだ」

蓮、播磨の手を振り払うと店に入って行く
後姿を見送る播磨

男娼B「何、知り合いなの?」
播磨 「……」

播磨、答えずに去っていく



・町(夕方)

日が沈む中一人歩いている播磨

播磨M「記憶の中、いつも傍には蓮がいた。いつも隣で笑っていた。無邪気な顔で、幸せそうに」

蓮  『逃げたくせにッ!』

播磨 「……」

沈んで行く夕日を見る播磨

播磨M「お前はあの時気づいていたのか…」



・寺島家、縁側(回想)

夏の日差しの中、縁側に座っている播磨(20)
その隣で縁側に寝転んでいる蓮(17)

蓮  「暑い。もうやだ。干からびる」

蓮、うな垂れる
団扇を持った播磨、蓮を扇いでやる

播磨 「まだ夏は始まったばかりだぞ。今からそんなでどうするんだ」
蓮  「だぁってー。暑いものは暑いんだもん」
播磨 「お前はほんとに暑さに弱いのな」
蓮  「うんー」

蓮、播磨の方に寝返りを打つ

蓮  「でもこうしてるとさー」
播磨 「ん?」
蓮  「風に乗って播磨の匂いがする」

蓮、ふふっと笑う

播磨 「っ…」

播磨、その表情にたじろぐ
蓮の緩んだ襟元から胸元が見える

播磨 「な、何言ってんだよ」

播磨、咄嗟に目線を逸らす

蓮  「えー?だってほんとだよ?俺播磨の匂いが好き」

蓮、また寝返りを打つと天井を向いて目を瞑る

蓮  「アザミの香りと似てていい匂い」
播磨 「……」

播磨、蓮を見ている

播磨M「蓮は昔から華奢で肌は白く、線の細い男だった。そんな奴でも年頃を迎えれば男らしくなると思っていたが、予想に反して蓮はそのままにして色気を増やし、17になる頃には男としては見たこともない色香を纏っていた」



・五十嵐家、庭(回想)

細道を通って来る播磨

播磨M「そんな蓮に俺はただ」

庭に入ると一人、蓮が褌姿のまま水浴びをしている

播磨 「……」

その姿に見惚れる播磨
蓮、播磨の気配にゆっくりと振り返る

蓮  「……」

蓮、ふっと妖艶に微笑む

播磨M「欲情を覚えるしかなかった」



・寺島家、播磨の部屋(回想)

播磨 「……」

播磨、窓から中庭を見ている
蓮の水浴びを思い出す

播磨 「……」
かおる「播磨様」

突然、かおるが部屋に顔を出す

播磨 「っ!な…なんだ」

播磨、驚くが平静を装う

かおる「蓮様がお出でに」
播磨 「あ、あぁ。分かった。すぐ行く」

播磨、立ち上がる



・川原(回想)

並んで歩いている二人

蓮  「暑いー」

蓮、言いながら浴衣の胸元をバタバタする

播磨 「……」

播磨、蓮を見下ろすと乱れた襟元から胸が見える

蓮  「播磨?」
播磨 「……」
蓮  「なぁ、播磨」

蓮、立ち止まって播磨を見上げる

播磨 「え?」

播磨、ハッとして蓮を見る
蓮、剥れて言う

蓮  「俺の話聞いてた?」
播磨 「ご、ごめん。なんだったっけ?」

播磨、必死に笑ってみせる

蓮  「もう!」
播磨 「ボーっとしてて…」

播磨、笑うが上手く笑えていない

蓮  「暑さにやられでもしたんじゃないの?どれ」

蓮、手を伸ばして播磨の額に触れる

播磨 「っ!」

播磨、咄嗟にその手を払いのけてしまう

蓮  「っ……」

蓮、それに驚く

蓮  「播磨…?」
播磨 「あ…や、違うんだ…」

播磨、焦る

蓮  「播磨…」
播磨 「違う…」

播磨、髪をくしゃっと握る

播磨 「ごめん」

播磨、それだけ言って踵を返すと去っていく

蓮  「播磨!」



・寺島家、播磨の部屋(回想)

播磨、部屋に入ってくるとドアを締めてそのままその場へ座り込むと両手で頭を抱える

播磨M「俺は…俺はっ…何を考えて…」

播磨M「丁度五年前のこと。以前から薄々気が付いていたその感情が、あの頃一気に確信へと変わっていった。そのことへの背徳感と、蓮への罪悪感に、気が狂いそうになった。だけど俺の心はただ、日ごとに蓮への思いを高ぶらせるばかりで。どうしようもないこの思いは、どこにもぶつけることも出来ずに体を熱くさせるだけだった」

かおる『播磨様』

ドア越しにかおるが声をかけてくる
播磨、ゆっくりと顔を上げる

播磨 「はい…」
かおる『操子様がお呼びでございます』
播磨 「わかりました…」



・寺島家、広間(回想)

操子(48)の座る前に播磨が座っている

操子 「もう長野の家には連絡してあります」
播磨 「……」

播磨、目線を下げている

蓮  『播磨』

操子 「あんたやったら分かることやわな?」

蓮  『播磨』

播磨、頭の中に浮かぶ蓮を思い、ゆっくりと目線を上げると操子を見る

播磨 「分かりました」



・寺島家、家先(回想)

家の前に馬車が止まっている
馬車に乗り込もうとしたところで道の向こうを見る

播磨 「……」

播磨、少し考えるがそのまま馬車に乗ってしまう

播磨 「行って下さい」

動き出す馬車

播磨M「俺は蓮に何も言わずにこの地を去った。もう二度と戻ることはない。もう二度と、会うことも出来ないと、そう思いながら俺は蓮から逃げたんだ」



・寺島家、寝室(早朝)

まだ外は薄暗い
浴衣姿で窓の外を見ている播磨

播磨M「幼い頃から褒められてばかりいたが、俺はこんなことで逃げ出す馬鹿で薄情な男だった。それでも長野に行ってから、頭の中には蓮のことばかりが浮かんでどうしようもなかった。出来ることならあの白い肌に触れて、華奢な肩を抱いてみたかった」

風が吹いてくる
それに乗ってアザミの香りがする

播磨 「……」

播磨M「こっちに戻ることになって、どうしてだか期待に胸が膨らんでいた。俺はやっぱり褒められるような男なんかじゃ無かった。蓮が何も言わずに、以前の様に、俺の傍に居てくれるだなんて都合のいいことしか考えられなかったんだ」

播磨、立ち上がると服を着替える

播磨M「この思いを認めることが、どれほど不道徳で汚らわしいことか。それを自ら認めるよりも、何よりも。蓮に知られることが一番恐ろしかった」

静かに部屋を出て行く播磨

播磨M「あいつに嫌われることが、怖かったから──」



・町(早朝)

空が白んでくる
蓮、浴衣姿で一人、歩いてくる

蓮  「……」

電柱にもたれかかって立っている播磨を見つける蓮

蓮  「播磨…」

播磨、蓮の声にゆっくりと蓮を見る
その目線に少したじろぐが、播磨の前を通り過ぎていこうとする蓮
播磨、静かな声で名前を呼ぶ

播磨 「蓮」
蓮  「……」

蓮、足を止める

播磨 「いつもこんな時間に帰ってくるのか」
蓮  「べ、別にお前に関係ないだろ」

播磨、ふっと笑う

播磨 「そうだな」
蓮  「……」

蓮、播磨の悲しげな笑顔に戸惑うが歩き出す
播磨、蓮の少し後ろを付いていく
蓮、不機嫌そうに前を見ながら言う

蓮  「何で付いてくるんだよ」
播磨 「……」
蓮  「お前もしつこい奴だな。この町を出て性格が変ったんじゃないのか?前はこんなに」
播磨 「そうかもしれないな」
蓮  「……」

蓮、後ろから聞こえる播磨の声に目線を下げる

播磨 「お前の言ったとおり、あの頃とはもう何もかもが変わってしまった」
蓮  「……」
播磨 「五年前の俺なら、きっとこんなことしようとは思わなかっただろうな」
蓮  「?」

蓮、播磨の言葉に一瞬目線を上げる
その瞬間、播磨が蓮の手を取って引き寄せる

蓮  「っ!」

蓮、突然引き寄せられた手に播磨を見上げる
播磨、真剣な眼差しで蓮を見つめる

播磨 「ごめんな。蓮」
蓮  「……」

蓮、言葉を無くし、播磨から目が離せない

播磨 「何も言わずにいなくなったりなんかして」
蓮  「……」
播磨 「本当はどうしようか最後まで迷ったんだ。一言くらい、さよならくらい言って行けばよかった。でもきっと言えば気持ちを抑えられなくなりそうだったから」
蓮  「え…?」
播磨 「怖かったんだ。お前に嫌われたくなかった」
蓮  「……」

蓮、握られた手を見るともう一度播磨を見上げる

播磨 「俺はずっとお前が好きだった」

蓮、言葉を無くす

播磨 「お前に触れたくて、仕方なかった」

蓮、呟く

蓮  「嘘だ…」
播磨 「嘘じゃない」
蓮  「嘘だ!」

蓮、播磨を見る

蓮  「だってあの時お前は…」

蓮、言いかけるが言葉が続かない
播磨の目をただ見つめている蓮
播磨、蓮に静かに笑いかける

播磨 「ごめんな」
蓮  「なんで…謝るんだ…」

播磨、ふっと目線を下げる

播磨 「これでお前は本当に愛想を尽かしただろうから」

蓮、ただ声が漏れる

蓮  「え……」

播磨、蓮を見ると手を離す

播磨 「幼い頃みたいにまた戻れるとは思ってない。でも、お前の支えになれればそれだけで嬉しい。なぁ、蓮」
蓮  「……」
播磨 「お前の幼馴染でいさせてくれないか」

蓮、悲しげに笑う播磨を見て目線を下げる

蓮  「やっぱり何も変わって無い…」
播磨 「蓮…」
蓮  「あの頃と同じだ。あの頃と同じで自分勝手で最悪だ」
播磨 「……」

蓮、播磨を見る

蓮  「人の気持ちなんか考えもしないで、自分の言いたいことばっかり言いやがって…。なんでお前は…」

蓮、言いながら目線を下げる

蓮  「……」

蓮、ふと踵を返す

播磨 「蓮…」

蓮、後ろを向いたままで静かに話す

蓮  「俺のこと、ほんとに好きなんだったら」
播磨 「……」
蓮  「今日の日付が変わる頃、國生の俺の部屋に来い」
播磨 「え…?」
蓮  「じゃあな」

蓮、言うと振り返らずに走り去っていく

播磨 「蓮!」

播磨、その場で蓮の後姿を見送る



・蓮宅(朝)

蓮、家の中に飛び込んでくると息を切らして部屋に座り込む

蓮  「はぁっ…はぁ…っ…」

蓮、ふと目線を上げると低い棚の上に置いてあるアザミの押し花の付いたしおりを手に取る

蓮  「播磨……」

蓮、床に手を着いて涙を零す



・寺島家、庭

播磨、一人縁側に座って庭をぼーっと眺めている

蓮  『俺のこと、ほんとに好きなんだったら、今日の日付が変わる頃、國生の俺の部屋に来い』

播磨 「……」

播磨、小さくため息を吐く
すると庭の端に咲いているアザミを見つける

播磨 「……」

播磨、庭に出てアザミを一輪摘む

播磨 「香っていたのはお前達か」

播磨、独り言を呟いて花を見る

蓮  『だってこれは播磨の花だから』

播磨 「っ…!」

播磨、ハッとする



・寺島家、縁側(回想)

播磨(15)と蓮(12)、縁側に座っている

播磨 「蓮はほんとにその花が好きだな」
蓮  「うん。だってこれは播磨の花だから」

蓮、嬉しそうに笑いながら播磨を見る

播磨 「俺の花?」
蓮  「うん。播磨が初めて俺にくれた花」
播磨 「あぁ、あのしおりのことか」

播磨、思い出して笑う

蓮  「そうだよ。あれは俺の宝物なんだ」

アザミを見ながら幸せそうに微笑む蓮



・寺島家、書斎(夕方)

部屋をひっくり返して探し物をしている播磨
そこへ田中が来ると中の様子を見て驚く

田中 「播磨様…何を探しているんですか…」

播磨、机の向こうから顔を出す

播磨 「あぁ、お前か」

播磨、確認するとまた探し出す

播磨 「しおりだよ。どこかにあるはずなんだけど…」
田中 「しおり?」
播磨 「昔作ったんだ。アザミの押し花のついたしおり」
田中 「はぁ…、私もお手伝いします」

田中、本棚の方へ行く

播磨 「助かるよ」



・寺島家、書斎(夜)

播磨、辞書を開くとその中からしおりが出てくる

播磨 「あった!」
田中 「え?」

田中、播磨を見る

播磨 「これだよこれ!懐かしいな…」

播磨、嬉しそうに笑う

田中 「良かったですね、見つかって」

播磨の表情を見て嬉しそうに笑う田中



・國生館、廊下(夜中)

播磨、しおりを手に歩いてくる

播磨M「なぁ、蓮。これを覚えているか?幼い頃に作ったあのアザミのしおり。何気なく摘んだあのアザミをお前はいつも好きだと言ってくれていた。今でも、あの花が好きでいてくれたら──」

播磨、揚羽の部屋の襖を開ける

播磨 「っ……」



・國生館、揚羽の部屋(夜中)

戸口で中の光景を見て立ち尽くす播磨

蓮  「っ…ふふ、やっと……んっ…来た…ぁっ…」

蓮、高野(たかの)(32)に抱かれている

播磨 「れ…ん……」
蓮  「播磨……っ…んぁ…」

播磨、呆然と蓮を見ている
蓮、快楽に表情を歪ませながら播磨を見ている

蓮  「俺…っ…こんな、男なんだよ…」
播磨 「……」
蓮  「男に…はぁっ…抱かれていないと…っ…生きてる心地がしないの…」
播磨 「……」
蓮  「それでも……んっ…播磨は…俺のこと…っ…好き…?」

蓮、言い終わるとふっと妖艶に笑う

播磨 「……」

播磨、手に持っていたしおりを力なく落とす
するとそのまま無言で去っていく

蓮  「……」

蓮、戸口を見つめていたが高野に目を移す

高野 「良かったのか…?こんなことして…」
蓮  「ごめんね、高野さん…」

蓮、高野の頬に手を伸ばす

高野 「いや、君に頼まれれば仕方ない…っ…」
蓮  「んっ……あいつは…こんな場所に堕ちてきていい奴じゃないから…」

蓮、呟く

蓮  「これでよかったんだ…」
高野 「え…?何…」
蓮  「ううん、なんでもない…ねぇそれより高野さん…っ…」
高野 「ん…?」
蓮  「薬…薬飲ませて…」
高野 「ははっ…珍しく飲まないんだと思っていたら…やっぱりあれが無いと駄目か…」

高野、笑う

蓮  「だって…あっ……あれが無いと…俺は…っ」

高野、傍にあった小瓶の中から罰を一粒取り出すと蓮の口に入れる

蓮  「んっ…」

蓮、口に入った錠剤を噛み砕くと涙を零す



・寺島家、寝室(夜中)

布団の中にいる播磨

蓮  『播磨……っ…んぁ…』

播磨 「っ……はぁっ…はぁ…はっ…」

播磨、自身を扱いている

蓮  『播磨は…』

播磨 「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……」

蓮  『俺のこと…っ…好き…?』

播磨 「はぁっ…んっ…はぁ…はぁっ、はぁっ、っ──!」

行為を終えると起き上がる
呆然としている播磨

播磨 「……」

汚れた右手を見て左手で頭を抱える

播磨 「何やってるんだ……」

播磨、悔しげに顔を歪ませる



・國生館、揚羽の部屋(早朝)

長襦袢を羽織ってぼーっと座り込んでいる蓮

蓮  「……」

ふと戸口に落ちているしおりを見つける
ずるずると体を引き摺ってしおりを拾う蓮

蓮  「っ……」

播磨 『俺はずっとお前が好きだった』

蓮  「……」

蓮、しおりを持った手を力なく落とすとその場に寝転ぶ
手を伸ばして棚の上を探ると薬の入った小瓶を取る
中から一粒取り出すと口に入れて噛み砕く

蓮  「播磨…」



・寺島家、縁側

蓮(10)、縁側に座って足をブラブラさせている
庭に立って蓮を見ている播磨(13)

播磨 「蓮」

播磨が声をかけるが蓮は答えない

播磨 「なぁ、蓮」

何も聞こえていない様子の蓮
播磨、近づこうとすると蓮の近くにアゲハチョウが飛んでくる

蓮  「あ!蝶々!」

蓮、アゲハチョウに気が付いて立ち上がる
アゲハチョウが家の中に入って行く
それを追いかけて行く蓮

播磨 「蓮!」

播磨、言いながら蓮を追いかける



・寺島家、廊下

蝶を追いかけながら歩く蓮
蓮を追いかけてくる播磨

播磨 「おい!蓮!」
蓮  「ハハハッ」

蓮、楽しそうにしている
すると廊下の曲がり角を曲がっていく蓮
姿が見えなくなった蓮を追いかける播磨
角を曲がると蓮の姿は無い

播磨 「蓮?どこだ?」

播磨、そのまま廊下を歩いていく

播磨 「蓮」

名前を呼びながら歩いていると先の部屋の襖が少しだけ開いていて光がもれている

播磨 「蓮、そこにいるのか?」

播磨、その部屋に行って襖に手を掛ける



・部屋

襖が開くと播磨(25)が中の様子を見て驚く

蓮  「あっ……播磨…っ…播磨…」

蓮(22)、男に抱かれている

播磨 「蓮……」

呆然と立ち尽くしている播磨
蓮、男の頬に手を伸ばすと愛おしそうに微笑む

蓮  「播磨…んっ…」
播磨 「……」

播磨、男の顔にゆっくりと視線を移す

播磨 「……」

男の顔を見る

蓮  「播磨っ…」

播磨、愛しそうに蓮を抱いているもう一人の播磨を見る

播磨 「……」

播磨、黙ったままその光景を見ている

蓮  「播磨……っ…」

蓮の声が頭の中に響く



・寺島家、寝室(早朝)

眠っていた播磨、静かに目を覚ます

播磨 「……」



・國生館、部屋(夜中)

喧騒の中、一人静かに座ってぼーっとしている蓮
男娼Aが声をかけてくる

男娼A「おい揚羽」
蓮  「…何」

蓮、目を合わせずにそのまま答える

男娼A「なんだよ、やる気ねぇ奴だな」
蓮  「うん…」
男娼A「薬のキメすぎなんじゃねぇの?」

男娼A、笑う
蓮、ぼそっと呟く

蓮  「幻のあいつは……」
男娼A「え?なに?」
蓮  「……」

上の空の蓮を見て眉間に皺を寄せる男娼A

男娼A「お前もとうとうあっちの世界に行ったのかよ」

部屋の襖が開く

男娼B「おい、客」

男娼B、男娼Aを見る
すると立ち上がる男娼A

男娼A「はいはーい」

男娼A、蓮を見ると肩を叩く

男娼A「顔でも洗って来い」

男娼A、言うと出て行く

蓮  「……」

蓮、ぼーっとしている
するとまた襖が開くと男娼Cが顔を出す

男娼C「揚羽ー、お客さん」
蓮  「……」
男娼C「揚羽?」

蓮、ゆっくりと視線を上げる

蓮  「うん。分かった」

蓮、立ち上がると部屋を出て行く



・國生館、廊下(夜中)

蓮、歩きながら袖から巾着を出すと中から薬を出そうとするが空になっている

蓮  「……」

蓮、小さくため息をつくとそのまま歩いていく



・國生館、揚羽の部屋(夜中)

襖を開ける蓮

蓮  「お待たせ…」

蓮、いいかけて言葉を無くす
中に座っている播磨

播磨 「……」

播磨、静かに目線を上げて蓮を見る

蓮  「なんで…お前…」

播磨、蓮の声にふっと一瞬口元で笑う

蓮  「っ…」

蓮、踵を返そうとする
播磨、静かに言う

播磨 「お前は客が気に入らなかったら逃げるのか」
蓮  「え…」

蓮、播磨を見る

播磨 「客を選ぶのか」
蓮  「……」

蓮、播磨に向き直ると強がった様に言う

蓮  「何を偉そうに。また説教でもしに来たかと思えばなんだ。今度は俺を抱きに来たっていうのか」
播磨 「あぁ」

蓮、尚も虚勢を張る

蓮  「な、何を馬鹿な…。気でも触れたか」
播磨 「気なんか触れちゃいない。好きな男を抱くことがそんなに可笑しなことか?」

蓮、たじろぐ

蓮  「……」
播磨 「もう綺麗事は言わないことにした。幼馴染のままだなんて疾うの昔に出来なくなっていたことだ。それを昨日お前が教えてくれた」
蓮  「違う!俺は…」
播磨 「何も違わないさ。昨日のお前を見て、嫌悪を抱くどころかお前を抱くところを思って自分を慰めていたんだ。それはもう昔から何度もあったことだ」
蓮  「っ……」

播磨、蓮の反応に自嘲ぎみにふっと笑う

播磨 「そうだな。気が触れていたのかもしれない。俺は」

蓮、目線を下げる

蓮  「お前が好きだったのは、昔の何も知らないガキだった俺だろ…」
播磨 「……」
蓮  「数え切れないほどの男に抱かれて、汚れた俺じゃない」
播磨 「蓮」

蓮、播磨を見る

蓮  「今更遅いんだよ!!」
播磨 「……」

蓮、声を震わせる

蓮  「あの時の俺の気持ちが少しでも分かるっていうのか!」
播磨 「っ…」
蓮  「何も言わずに置いていかれた俺の…」

蓮、俯いて目に涙を溜めている

蓮  「お前はあの時、自分の気持ちが怖くて逃げたんじゃない」
播磨 「え…?」
蓮  「お前は俺とどうにかなった後のことが怖かっただけだ」
播磨 「……」

播磨、目を見張る
蓮、静かな声になる

蓮  「お前は次男といってもあの家の息子なんだ。そんなのもう仕方ないことだ」
播磨 「……」
蓮  「だから俺たちはどの道を進んでも結ばれなんかしなかった」

播磨、目線を落とす

蓮  「なぁ播磨」

播磨、ゆっくりと蓮を見る
蓮、少し微笑んでいる

蓮  「俺が女だったら、上手く行っていたかもしれないのにな」
播磨 「蓮…」
蓮  「…播磨。俺はお前が好きだよ。昔からずっと。だけどもう駄目なんだ。どうしても、俺はお前にだけは抱かれない」
播磨 「どうして…」
蓮  「まだ間に合う。あの時みたいに何も言わずにいなくなってくれ。俺はここから出て行くことは無い。お前が俺を忘れてくれさえすれば、お前は寺島の主人として上手くやっていける。それでいいんだ」
播磨 「……」
蓮  「せっかく手助けしてやったのに、なんで戻ってくるんだよ」

蓮、笑っている

播磨 「……」
蓮  「それにお前には無理だ」

蓮、播磨の傍に来て棚に置いてあった薬の入った小瓶を取る

蓮  「あの時手を取りさえすれど、抱きしめることも出来ないお前に。男が抱けるわけないだろ」

蓮、相変わらず笑っている

蓮  「さぁ、行けよ」
播磨 「……」

蓮、黙ったままの播磨を見て悲しげにする

蓮  「……播磨」
播磨 「……」

蓮、黙ったままの播磨を見かねて瓶から一粒取り出す
播磨、それを見る

播磨 「……」
蓮  「他の客の相手をしなきゃいけないから。これで最後だ、元気でな」

蓮、言うと播磨の傍を横切って薬を口に入れると去っていこうとする
すると播磨、立ち上がって蓮の腕を掴むと振り向かせそのままキスをする

蓮  「っ!」
播磨 「……っ…」

播磨、蓮の舌の上から薬を絡め取ると飲み込む

蓮  「……」

蓮、播磨の行動に驚き呆然とするが視線を外せない

播磨 「行くな」
蓮  「っ…」

蓮、播磨の首に手を回し

蓮  「返せっ…」

蓮、言いながらキスをする

蓮  「っ…ん……ふぅ…んっ…」
播磨 「ん……っ…は…」
蓮  「ぅ……かえ…せ…んぅ…」
播磨 「っ……ん…」

播磨、キスをしながら蓮の腕を取ると傍に敷いてあった布団に蓮を押し倒す

蓮  「っ…」
播磨 「……」

播磨、蓮を見て驚く
蓮、泣いている

播磨 「どうして泣くんだ…」
蓮  「馬鹿だ……」
播磨 「え…」
蓮  「なんで…どうして戻ってきたりしたんだよ…」
播磨 「……」
蓮  「あのままだったら、昨日俺に愛想尽かしてれば、お前はこんなところに堕ちてこなくて済んだのに」
播磨 「蓮…」

播磨、蓮の涙を拭き取る

蓮  「お前までこんな所にこなくて良かったのに…」
播磨 「蓮」

播磨、優しくキスをする

播磨 「お前がいるならどこへでも堕ちて行く」
蓮  「……」
播磨 「だから、泣いたりするな」

播磨、もう一度キスをする

蓮  「播磨…、播磨。ごめんなさい…」

蓮、播磨の頬に触れる

蓮  「愛してる」

蓮、そのまま首に手を回すと播磨を引き寄せ、どちらからとも無くキスをする

播磨 「…っ……ん…ふ…」
蓮  「ぁ……ん…んぅ……はぁっ…」

播磨、蓮の帯紐を解いていく

播磨M「視界の端がちりりと歪んで見えた」

播磨、首筋を伝い胸にキスを落としていく

播磨M「どうしようも無いこの猛りと高揚は目の前で乱れる蓮がそうさせるのか」

蓮  「んっ……や…っ…ぁ…」

播磨M「幾人もの男がこの肌に触れたんだと思うだけでどうにかなりそうだった」

播磨、そのまま下がっていくと蓮の物にキスをする

蓮  「ぅっ……ん…はり、まっ…」

播磨M「だけど頭の中が嫌に澄んで仕方なく、体中で暴れる何か…」

蓮、播磨の頭に触れる

蓮  「はり…ま…」
播磨 「どうした…」

蓮、起き上がると播磨のズボンに手を掛ける

蓮  「播磨の…これ……、俺に頂戴…」

蓮、言いながら妖艶に微笑むとキスをする

播磨M「目の前の蓮だけに神経が行く──」

蓮、咥える

播磨 「っ…!」
蓮  「んっ……ふ…ぅ…んぅ……はぁっ…」
播磨 「っ……く…ぅ……ん…」

蓮、咥えながらも時折話す

蓮  「ねぇ…っ…播磨……俺が…んっ…見えてる…?」
播磨 「んっ……あ、あぁ…っ…見えてるよ…」
蓮  「この時だけでいいから……んぅ……俺だけを…見ててね…」
播磨 「えっ…?」
蓮  「俺を抱いてる時は……俺だけの播磨でいて…っ…」
播磨 「っ…!」

播磨、蓮の頭に触れると口を離れさせる
蓮、それに驚く

蓮  「播磨…?」

播磨、蓮を押し倒すとキスをする

蓮  「んっ……ふ…ぅ…」
播磨 「俺はいつだってお前だけの物だ。お前しか見えない…」

播磨、もう一度キスをする

蓮  「っ…はぁっ……播磨、ね…お願い…」
播磨 「ん…?」
蓮  「もう…っ…我慢できないの…お願い…入れて……」

蓮、潤んだ目で播磨を見上げる

播磨 「蓮…っ」

播磨、蓮に深くキスをすると入れる

蓮  「んっ…!あぁっ……!」

播磨M「さっき飲み込んだ薬が、何の作用のあるものかは分からない。胃の中で解けるそれが体を熱くさせるのか、それとも別の何かなのか」

播磨 「っ……はぁっ……」
蓮  「あっ…や…はりま…っ…」

播磨M「どうにかなってしまいそうなのに、何も考えられない程に神経が研ぎ澄まされる」

蓮  「はり、まっ…や…!…んっ……あぁっ…」

播磨M「蓮を貫くことだけしか考えられない──」

播磨 「っく……っ…ふ…」
蓮  「あっ……だめ…っ…やだ…んっ…」

播磨M「奥に。もっと奥に……」

蓮  「あぁっ…!……はぁっ…はりまぁっ……」

播磨M「今なら躊躇わずに壊してしまえそうだった」

播磨 「っ…!……ん…」
蓮  「はり、まっ…あぁっ!」

蓮、播磨の首に回していた手で肩を引っかく

播磨 「はっ…はぁっ……っ…」

播磨M「何度も夢見た光景が、白い視界の中で蓮だけを浮かび上がらせた」

蓮  「はりま…、はりまっ……イくっ…あっ、やっ…出ちゃうっ…はり、まっ…」
播磨 「蓮…っ…蓮…!」
蓮  「あ、あっ…!はぁっ…イ、くっ…んぁっ…あぁっ…!」

蓮、首を逸らして達する
播磨、その一瞬後に達する

播磨 「くっ…!…ふ……ぅ…」

二人の荒い息遣いが部屋に響く

播磨M「あぁ。俺の中に巣食うのは、お前だけしかいないよ──」

播磨、息を荒くしながらも深くキスをする
蓮、それを受け入れる
お互い言葉無しに行為を続ける

蓮  「播磨…っ」



・國生館、揚羽の部屋(早朝)

空が白み始めている
布団に並び、裸のまま眠っている播磨と蓮
蓮、目を覚ましていて寝たまま見える空を見ていたが、播磨に視線を移す

蓮  「……」

播磨の寝顔を見ているが視線を下げる

播磨 「ん……」

播磨、目を覚ます
ゆっくり目を開ける播磨
蓮、それを見て静かに声をかける

蓮  「大丈夫か…」
播磨 「ん…?」

播磨、蓮の声に一瞬蓮を見るがふっと疲れたように笑う

播磨 「ははっ、大丈夫だよ…」
蓮  「……」

蓮、播磨の声を聞いて布団から出る

播磨 「蓮…?」
蓮  「水、取ってくる」

蓮、傍に脱ぎ捨ててあった長襦袢に袖を通すと部屋を出て行く

播磨 「……」

播磨、横になったまま蓮の後姿を見送る
見えなくなると天井を見てそこへ手を翳す

播磨 「……」

播磨M「どれくらい眠ったんだろう。意識をなくした以前の記憶が凄く曖昧で、覚えているのは乱れる蓮と、その声だけだった。一体何度達したのか、何度抱き合ったのかも分からない…」

播磨、腕を布団の上にバサッと下ろす

播磨M「砕けるような腰の感覚。あの薬の作用なんだろうか…」

蓮  「視界がぶれるか」

水を持ってきた蓮、播磨に声をかける

播磨 「え?あぁ…大丈夫だ」

播磨、言いながら体を起こす
蓮、布団の傍に腰を下ろして水をコップに入れると播磨に渡す

播磨 「ありがとう」

播磨、一気に飲み干すとコップを蓮に渡して片手で額を押さえる
蓮、コップに水を汲みながら話す

蓮  「辛いんだったらまだ寝ててもいいぞ」

蓮、言い終わると水を飲みコップを置く

播磨 「そうするよ…」

播磨、また布団の中にもぐる

蓮  「……」

蓮、布団に入ると播磨に寄り添う

蓮  「なぁ、播磨」
播磨 「ん?」
蓮  「…後悔してる?」

播磨、蓮の言葉に目を開けると蓮を見る
蓮、目を合わせない
播磨、ふっと笑う

播磨 「後悔なんかしないよ。してるとするならお前に少しも優しく出来なかったことかな」

蓮、播磨を見て照れる

蓮  「そんなのは…別に…」

播磨、また目を閉じる

播磨 「いつもあの薬を飲むのか」
蓮  「え?」
播磨 「あれは罰という奴か?」
蓮  「…うん」
播磨 「そうか…」
蓮  「……」

播磨、しばらく黙っているが静かに言う

播磨 「…おじ様とおば様は元気か」

蓮、播磨の問いに静かに息を吐く

蓮  「死んだ」
播磨 「え?」

播磨、目を開ける

播磨 「何があった」

播磨、言いながら寝返りを打って蓮の方を見る

蓮  「そうか…、何も知らないんだな」

蓮、少し笑う
播磨、その表情を見て眉を下げる

播磨 「すまない…」
蓮  「ううん」

蓮、静かに少し笑う

蓮  「死んだっていうのは嘘だよ」

播磨、安心して小さなため息を吐く

蓮  「でも俺にとっては死んだようなもんだ。今どこにいるのかも、何してるのかもしらない。もしかしたらほんとに死んでるかもしれない」
播磨 「……、この町に戻ってきた時、お前の、五十嵐の家の前を通ったんだ」
蓮  「……」

播磨、言いながらまた寝返りを打って上を向く

播磨 「何もなくて、驚いたんだが。見間違いじゃなかったんだな…」
蓮  「そうだよ。あそこにはもうすぐ大きな洋館が建つらしい」
播磨 「そうか…」
蓮  「思えばあの頃から家は傾いてたんだと思う。俺、家のことなんか何にも知らなくてさ。播磨がいなくなって、何もしようと思えなくなって、外出歩いてたら罰に出会った…」
播磨 「……」
蓮  「そしたら播磨が見えたんだ」

蓮、播磨のわき腹に額をつける

蓮  「あれを飲めば皆播磨に見えた。どんな男でも、皆…」

播磨、寝返りを打って蓮を抱きしめる

蓮  「毎日、毎日、飲めば播磨に抱いてもらえたんだ…。少しも…忘れることなんか出来なかった…」

蓮、声が震えているが泣いているかは分からない
播磨、ただ強く抱きしめる

蓮  「父さんと母さんが俺を置いていなくなったって知った時も、俺は幻の播磨に抱かれながらなんとも思わなかったんだ…」
播磨 「蓮…」
蓮  「ごめんなさい…播磨…」
播磨 「蓮」
蓮  「俺…こんな…」
播磨 「蓮。もういい」

播磨、ぎゅっと蓮を抱きしめる

播磨 「悪いのは俺だ。お前は少しも悪くない。全部、俺のせいだ」

蓮、泣いている

蓮  「…っ……ぅ…」
播磨 「五十嵐の家が無くなったことも、おじ様とおば様がいなくなったことも、お前がいままでやってきたことも、全部俺のせいだ」
蓮  「ちが…っ…」
播磨 「それでいい。全部俺のせいにすればいい。蓮」

播磨、腕を解くと蓮の顔を見る
蓮、播磨を見上げる

播磨 「俺は一生かけてお前に償いをするよ」
蓮  「播磨…」
播磨 「お前の傍にいて、お前が許してくれるまで、ずっと」

蓮、播磨の言葉に泣きながらもふっと笑う

蓮  「それなら死んでも許さない…」
播磨 「あぁ、それでいい…」

どちらからとも無くキスをするとまた抱きしめる

播磨M「その約束に、嘘偽りなんかなかった。願わくば、その一生が永遠に続けばいいと、そう──」

蓮、播磨の胸に包まれながら目を閉じる

蓮M 「あぁ、このときも、アザミの香りに包まれて……」




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