第二章


・教室

女子が屯っている

生徒A「この間の授業の帝王凄かったんだって?」
生徒B「この間どころの騒ぎじゃないでしょ。一年の終わりからずっと」
生徒C「あれでしょー?チーム製作の」
生徒A「そうそう。帝王いたら優勝間違いなしだけどさー、あたし立候補なんか出来なかったよ」
生徒C「下手糞だとか、こんなことも出来ないのかとか、容赦なく切り捨てられるって」
生徒B「でも皆文句言えないんだよねー」
生徒A「そりゃそうでしょ。言ってること全部ほんとのことなんだもん」
生徒B「でもさ、今度のショーで最後でしょ?モデル立候補がすっごいって」
生徒C「そりゃ帝王のモデルになれたら有名人間違いなしだもん。あいつのお陰でA大のショー有名になったんじゃん」



・食堂

食事をしている俊祐
大勢の生徒が群がっている

生徒D「哉家くん!あたしなんでもするよ!だから、ね?」
生徒E「何いってんのよ!あたしだって!」
生徒F「俺この日のために体絞ったんだよ!」
俊祐 「……」

イラついている俊祐

俊祐 「……」

俊祐、人の隙間から見えた遠くに座ってこちらを見ている男を見つける

俊祐 「どけ」

俊祐、立ち上がって人を掻き分けると男に向かって歩いていく

生徒D「哉家くーん…」
生徒E「お願いだってー」
生徒F「俺はー?」

遠くで嘆く生徒達

俊祐 「お前」

男子生徒の前で立ち止まる俊祐

男  「な、なんですか…?」

びびっている男

俊祐 「モデルやる気ない?」
男  「へ?」

驚いている男

生徒全「なんでー!?」

遠くで叫んでいる群がっていた生徒達

俊祐 「モデル。やって」
男  「い、い、い、嫌ですッ!!」

男、逃げていく

俊祐 「あ、おい!待てよ!!」



・廊下

誰もいない廊下

俊祐 「待てって」

男を捕まえる俊祐

男  「な、なんで僕!?」
俊祐 「お前、二年前、あそこで永久とキスしてただろ」

下の渡り廊下に顎をしゃくって男を壁に追いやる俊祐

男  「えっ!?なんで知って!?」
俊祐 「見てたんだよ」
男  「そ、それとモデルと関係ないでしょう?」
俊祐 「ピンと来たんだ」
男  「い、嫌です!さよなら!!」

男、俊祐からすり抜けて逃げていく

俊祐 「おい!」



・自宅

涼子 「まーた、可愛いのに目つけたわね……」

涼子、ソファに座っている
テーブルにデザイン画を広げている俊祐

俊祐 「なに、知ってんの?」
涼子 「知ってるわよ。というかあんたが知らないのがおかしい!」
俊祐 「へぇ。どこの誰だよ。その有名人は」
涼子 「高木真央(たかぎまお)よ。日舞で有名な御家の跡取り」
俊祐 「日舞…。へぇ。どうりで綺麗な体してんの」
涼子 「えぇ!?」
俊祐 「なんだよ」
涼子 「あんたもしかして…」
俊祐 「はぁ?何考えてんだ。あんなの見れば分かる」
涼子 「なーんだ。面白くない」
俊祐 「馬鹿じゃねぇの」
涼子 「でもさー、あそこ固いよー?無理なんじゃない?」
俊祐 「いや、もう決めた。あいつしか無理」
涼子 「はぁ……。あんまり無理なことして泣かすんじゃないわよ?」

呆れる涼子



・音楽室前

真央が教室から出てくる
廊下で待っていた俊祐

俊祐 「日舞科なんかあったんだな」
真央 「ひっ…」

俊祐に気が付く真央

真央 「ま、また出た……」
俊祐 「出たとは失礼な」
真央 「何度来てもお断りしますっ」

真央、去っていこうとする
がその手を捕まえる俊祐

俊祐 「別にタダで出ろっつってんじゃねぇよ」
真央 「な、なんで僕なんですか?君の周りには華やかな人が沢山いるじゃないですか…僕みたいな地味な人間より、そっちの方が絶対成功します…」

真央、俊祐を怯える目で見上げる

俊祐 「ふふっ」
真央 「な、なんですか…」
俊祐 「いや、お前さ。年上なのになんでそんなびびってんの?」

笑いながら言う俊祐

真央 「び、びびってなんか…!………います、けど…」
俊祐 「俺怖い?」

まだ笑っている俊祐

真央 「だ、だって!あなた帝王なんでしょう!?怖いですッ!」
俊祐 「ハハハハッ!」

大笑いする俊祐

真央 「なんですか!失礼な人ですね!」

拗ねる真央

俊祐 「いや、ふっ。久しぶりにこんな笑った」
真央 「え…?」
俊祐 「やっぱお前がいいわ。やってよ、モデル。悪いようにはしないからさ」

微笑む俊祐

真央 「……」

その笑顔に驚いている真央

俊祐 「な?」

真央の頭を撫でる俊祐
それにハッとする真央

真央 「や、やりませんッ!さよなら!」

真央、逃げていく

俊祐 「おい!」

真央の姿を見ている俊祐

俊祐 「確かに可愛いな」

笑う俊祐



・繁華街

俊祐、一人で歩いている

俊祐M「永久がいなくなってから二年経つ。留学だかなんだか知らねぇけど、あいつは俺の前から姿を消した。それでも俺はあいつの影を馬鹿みたいに追いかけるしかなくて、未だに追いつけてもいない」

真央 「や、やめてください!」
俊祐 「ん?」

声がする方を見ると男に路地裏に引っ張り込まれようとしている真央を見つける

俊祐 「あいつ…こんなとこで何してんだ」



・繁華街

真央 「だから!僕は男です!」
男  「うっわ!僕っこだ!ますますいいね!」
真央 「ひぃぃ……だから男なんですってばー!」

男、真央の手を掴んで離さない

俊祐 「おい、何してんだよ」

俊祐、真央の手を掴む
男が俊祐を見る

男  「なんだよお前!俺が先に見つけたんだぞー!」

酔って赤い顔をしている男

俊祐 「んだよ。酔っ払いか」
真央 「て、帝王…!」
俊祐 「そんな名前で呼ぶな馬鹿。ほら、こいつ俺の連れなんだ。手放してやって」
男  「てめぇ!横取りする気かぁ?」
俊祐 「はぁ…」

呆れる俊祐

俊祐 「手放せって言ってんだよ。聞こえないのか?」

凄む俊祐

男  「うっ……。わ、分かったよ…。でも俺が先に見つけたんだからなぁ!」

男、ふらふらしながら去っていく
その姿を見てため息を吐く俊祐

俊祐 「何が言いたいんだあいつ…。おい、大丈夫か?」

真央を見る

真央 「だ、大丈夫ですっ…」

真央、俊祐にびびっている

俊祐 「?」
真央 「大丈夫だから…あの、手を…」
俊祐 「あぁ、すまん」

手を放す俊祐

真央 「あ、あの。助けていただいてどうもありがとうございました。僕はこれで…」

逃げようとする真央
しかし手を取る俊祐

俊祐 「待てよ」
真央 「なっ、なんですか!?」
俊祐 「はぁ…別に取って食いやしねぇよ。帰るんだろ?送ってってやるよ」

俊祐、真央の手を引いて歩いていく

真央 「えぇ!?ちょ、ちょっと!」



・街

住宅街を歩いている二人

真央 「て、帝王…」
俊祐 「お前次その呼び方したら取って食うぞ」
真央 「ひぃ……ご、ごめんなさい……」
俊祐 「俊祐でいいよ」
真央 「…あ、あの…名字は?」
俊祐 「名字?哉家だけど」
真央 「じゃあ、哉家くん」
俊祐 「お前……」

呆れた目で見る俊祐

俊祐 「でー?何してたんだよ。あんなとこで」
真央 「お稽古です…。あそこにお花の教室があるんです……」
俊祐 「あんなとこにー?送り迎えとかねぇの?」
真央 「あ、あの、それはお断りしてるんです…」
俊祐 「あんのかよ」
真央 「えぇ?」

びびる真央

俊祐 「いちいちビビんな馬鹿」
真央 「は、はい…すみません…」
俊祐 「送り迎えあった方がいいんじゃねぇの?」
真央 「うぅ……でも、もう僕も立派な大人ですし……」

俊祐、真央を見下ろす

俊祐 「立派ねぇ…」
真央 「し、失礼な人ですね!僕より年下のくせにッ!」
俊祐 「はははっ、ごめんごめん」
真央 「〜〜〜っ」

膨れる真央

真央 「何が目的なんですか……」
俊祐 「目的?モデルやって欲しいんだけど」
真央 「そ、それは分かってます!その目的です!前にも言いましたけど、僕よりもっと…」
俊祐 「インスピレーションっていうの?」
真央 「え?」
俊祐 「お前見て、一気に次のショーの全体像が浮かんできた」
真央 「……」

真央、俊祐を見上げる

俊祐 「日舞にはそういうのってないの?なんかこう、パッと浮かぶもの。俺にはあのランウェイをお前が歩く姿しか浮かんでこないよ」
真央 「そ、そんなの……」
俊祐 「勝手だよな。分かってんだよ」
真央 「そうです。勝手です…」
俊祐 「でも俺の最後を飾るに相応しいって思ったんだ」
真央 「最後…?」
俊祐 「ショーに出れんのは三年まで。これで最後なんだよ」
真央 「そうですか……」
俊祐 「無理にとは言わねぇよ。でも頭ごなしに断らないでさ、ちょっと考えてみてよ」
真央 「……」

俯く真央

俊祐 「まぁ今日助けたのは誰かも考えろよ?」

笑う俊祐

真央 「ひ、酷いです!」

真央、怒る

俊祐 「はははっ」
真央 「……」

真央、急に立ち止まる

俊祐 「?どうした」
真央 「あ、あの…ここまでで結構です…」
俊祐 「……」

俊祐、角を曲がったところに見える大きな家を見る

俊祐 「分かった。じゃあな」
真央 「え……?」
俊祐 「なんだよ、ここまででいいんだろ?」
真央 「そうじゃなくて…」
俊祐 「なんとなく分かるから。じゃ」

俊祐、去っていく

真央 「……」

きょとんとして俊祐を見ている真央



・呉服屋

俊祐、着物を見に来ている

俊祐 (くそ……高ぇ……)

悩む俊祐
ふと視線を感じ、そちらを向くと着物を着た真央がいる

俊祐 (あ……)

目が合うと、さっと逸らす真央
傍には固そうな家族らしい人がいる

俊祐 (なるほどね……)

去っていく俊祐
真央、それを見ると不思議な顔をする



・音楽室前

窓際に立っている俊祐を見つける真央

真央 「ま、また……」
俊祐 「よう」
真央 「お断りします…」

ビビっている真央

俊祐 「まだ何にも言ってねぇ」
真央 「うぅ……」
俊祐 「お前この後なんか用事あんの?」
真央 「え?あ、ありませんけど……」
俊祐 「じゃ、帰ろうぜ」

俊祐、真央の手を取る

真央 「えぇ!?ちょ、ちょっと!なんですか…!」



・街

二人で夜の住宅街を歩いている

真央 「君は少し強引だと思います……」

呆れる真央

俊祐 「だってこのくらいしないとお前は話聞いてくれもしないだろ?」

笑う俊祐

真央 「うぅ…」
俊祐 「別に何にもしねぇよ。お前がホントに嫌だってんならもう強引にもしない」
真央 「だから嫌だって…」
俊祐 「それは却下。まだ早い」
真央 「えぇ……?」
俊祐 「脅したりなんかしてねぇだろ?」

真央、俯く

真央 「永久くんのことで脅されるのかと思ってました……」
俊祐 「…そんなに悪者か?俺は」

呆れる俊祐

真央 「なら、どうしてあの時あの話を出したんですか?」
俊祐 「お前を見てピンと来たのはあの時あの場面を見たからだ」

真央を見ないで歩いている俊祐

真央 「え?」
俊祐 「お前が永久とどういう関係だったかなんて知らないけど、お前は永久と繋がりがあったんだろ?そうじゃなければきっと俺はお前に気づきさえしなかった」
真央 「……」
俊祐 「いなくなった奴が、未だに忘れられないんだよ」
真央 「君も永久くんが好きだったんですか!?」
俊祐 「馬鹿言え。っつか、お前は好きだったのか」
真央 「あ…えっと…」
俊祐 「まぁ、キスする間柄だからな。別に驚きゃしねぇよ」
真央 「……」
俊祐 「ただあいつに追いつきたかっただけだ。あいつの作るものに驚いて、あいつに近づきたくて仕方なかった。でももういない」
真央 「憧れてたんですね」

俊祐、真央を見る

俊祐 「憧れ?」

鼻で笑う俊祐

真央 「君は永久くんのこと、物凄く嫌ってたんだと思ってました」
俊祐 「そうだな」
真央 「違いますよ」

真央、首を振る

真央 「時々見る、永久くんへの視線は嫌いだからじゃなくて、好きだからだったんですよね」
俊祐 「……」

言い返す気にもならないほど呆れる俊祐

真央 「永久くんはきっと全部お見通しでしたよ」
俊祐 「はぁ?」
真央 「あの人はそういう人でした。なんでも分かってた。それでいてずっと笑っていてくれるんです」

真央、少し悲しげな顔をする

真央 「凄く優しい人だから」
俊祐 「……付き合ってたんじゃねぇの?」
真央 「えっ!?違います!……僕の…片思いです……」
俊祐 「チューしてたのに?」
真央 「あ!あの!あれは……その……」

真っ赤になる真央

真央 「時々…遊んでもらってただけで…」
俊祐 「遊んでもらってた…?」

不可解な顔をする俊祐

真央 「い、いいんです!そんな話は!」
俊祐 「へぇ…」
真央 「君は──」
母親 「真央さん?」

前からきた女性が声をかけてくる

真央 「母さん……」
母親 「……」

母親、俊祐を見る

真央 「あ、あの……」

焦る真央

俊祐 「どうもありがとうございました。もうここまで来れば分かりますので」

俊祐、笑って頭を下げる

真央 「え……?」
俊祐 「今度からはもう少し調べてから出歩くようにしますよ。では」

俊祐、去っていく

母親 「真央さん?お友達じゃないの?」
真央 「いえ…道を案内して……」

真央、言いながらも俊祐の後姿を見ている



・廊下

真央 (服飾科の教室……うぅ…やっぱり派手な人が多い……)

ビビリながら歩いてくる真央

真央 (でも……帝王だなんて呼び名でも…ほんとは優しいのかも……)

そっと教室を覗く真央

俊祐 「お前ほんとにこれでいいと思って持って来てんのか!?」

怒鳴る俊祐

真央 (ひぃ…!やっぱり怖い……!)
俊祐 「裏が見えないからって手抜いてんじゃねぇよ。大事なのは裏地なんだ。これくらいちゃんとやれ」

呆れる俊祐

真央 (あ…でも……怒ってるわけじゃないんだ……)



・ミシン室

一人でミシンを踏んでいる俊祐
もう外は暗くなっている

真央 「あの……」

戸口に立っている真央
それに気がつく俊祐

俊祐 「あぁ…どうした?」

ミシンを止める

真央 「あ、続けてください」

真央、傍に来る

俊祐 「いや、ちょっと休憩」
真央 「……」
俊祐 「なに?」

俊祐、煙草を咥えて火をつけながら言う

真央 「その…、煙草は駄目ですよ……」
俊祐 「お前が言わなきゃばれない」
真央 「……」

困った顔をする真央

俊祐 「それが言いたいわけじゃねぇんだろ?」

笑っている俊祐

真央 「君、答えが分かってて言ってるんじゃないですか?」
俊祐 「だったら?」
真央 「意地の悪い人です…」
俊祐 「言ってよ」
真央 「……」

俊祐、煙草をふかす

真央 「その、モデルの件、僕でよろしければお引き受けします…」
俊祐 「ふっ」
真央 「でも、条件があります」
俊祐 「なに」
真央 「人前に立つのに慣れてはいますが、上手く出来るという保証はありません。もしグランプリが取れなくても、ガッカリなさらないでくれますか?」

真央、申し訳なさそうに俊祐を見る

俊祐 「俺を信じろよ」

鼻でため息を吐いて微笑む俊祐

俊祐 「世界一綺麗にしてやる」

真央の頭を撫でる

真央 「〜〜〜っ」



・ミシン室

俊祐 「脱げ」
真央 「えぇ!?」

真っ赤になる真央

俊祐 「何赤くなってんだよ。目視で大体分かるんだけど一応な」

メジャーを出す俊祐

真央 「こ、ここで脱ぐんですか…?」
俊祐 「もう誰も来ないって。っつか別に真っ裸になれってんじゃねんだから」
真央 「で、ですが……」
俊祐 「よしよし、分かった。じゃあ鍵閉めよう。これでいいだろ?」

俊祐、教室の鍵を閉める

真央 「ぅぅ……」
俊祐 「ほれ、脱げ」
真央 「はい……」



・ミシン室

下着姿で立っている真央
メジャーで計っていく俊祐

俊祐 「白いなー。お前」
真央 「体質で焼けないんですっ。ほっといてください」
俊祐 「へぇ」

真面目に計っている俊祐を見て少したじろぐ真央

真央 「…僕、君のこと誤解していたみたいです」
俊祐 「ほんとに帝王だとでも思ってたのか?」
真央 「はい」
俊祐 「馬鹿か」
真央 「でも噂ではもっと横暴で、怖くて、女性を手のひらで転がしているような…」
俊祐 「……」

呆れる俊祐

真央 「でもそうではありませんでした。昨日は本当にごめんなさい」
俊祐 「気にすんな。強引に誘ったのは俺だしな。それにお前の家のことも聞いてたから」
真央 「でも僕は失礼なことをしてしまいました…」
俊祐 「仕方ないことだろ?ま、お前が思ってたみたいに見た目だけでは悪いお友達だって思われるだろうし」
真央 「すみません…」
俊祐 「ははっ」

俊祐、計り終える

真央 「もういいですか?」
俊祐 「いや、待って」

俊祐、傍にあった布を広げて真央の肩にかける
真っ赤な布

俊祐 「……」
真央 「綺麗な真紅ですね」
俊祐 「白いとは思ってたけど、ここまで白いとは思わなかったな…」

悩む俊祐

真央 「?」
俊祐 「いや、いい」

布を取る

真央 「どんなお洋服を作るんですか?」
俊祐 「それはお楽しみだ。ほら、もういいぞ」



・街

俊祐 「じゃあな」

曲がり角の前で立ち止まる俊祐

真央 「……」

少し笑う真央

俊祐 「なんだよ?」
真央 「ううん。君と永久くんは似てるんだと思います」
俊祐 「はぁ?」
真央 「永久くんもそこで手を振ってた」

微笑む真央
足元を見る俊祐

真央 「彼も何も言わずに分かってくれていました。君も同じです」
俊祐 「……」
真央 「おやすみなさい。ありがとう」

手を振る真央

俊祐 「……」



・自宅

ソファに座ってテレビを見ている俊祐

涼子 「俊祐ー」
俊祐 「あぁ?」
涼子 「この紅茶飲んでいい?」

涼子、あの瓶を持っている

俊祐 「てめぇ部屋入ったのか」
涼子 「洗濯物持って入っただけよ。ね、いい?」
俊祐 「駄目。戻して来い」
涼子 「えぇ!?なんでー!?これすっごい高い奴なんだよ!」
俊祐 「だったら尚更だ。飲むなよ?」
涼子 「どうせ女からの貢物でしょー。いいじゃんケチ」
俊祐 「てめぇはティーパックで十分だろ」
涼子 「なっ!」



・自室

ベッドにもたれて座りながら煙草を吸っている俊祐
瓶を持っている

春  『僕君とは話が合うと思うんだ』

俊祐M「あいつはあの時俺と何が話したかったんだろう。未だに消えないあいつの記憶」

真央 『君と永久くんは似てるんだと思います』

俊祐M「似てるんだったら、どうして追いつけない」



・音楽室

三味線を弾いている真央
廊下からそれを見ている俊祐



・ミシン室

俊祐、煙草を吸いながらミシンを踏んでいる

真央 「ここはあなた専用の部屋なんですか?」

笑いながら入ってくる真央

俊祐 「放課後はな」

笑って灰皿に灰を落とす俊祐

真央 「また煙草ですか。駄目ですよ。ここは禁煙でしょう?」
俊祐 「だから」
真央 「お前が黙ってればばれない」
俊祐 「分かってんじゃん」
真央 「体にも良くないですし、控えた方がいいですよ」

真央、前の席に座る

俊祐 「はいはい」
真央 「今日見てたでしょう。音楽室で…」

真央、少し目線を逸らす

俊祐 「あぁ、いい音が聞こえてくるなぁと思ってさ。つられた」
真央 「……あんなところで見ていないでくださいよ…」

顔が赤くなってる真央

俊祐 「師範が恥ずかしがるのか?」

笑う俊祐

真央 「そ、そうではないですけどっ…」
俊祐 「いいじゃん。減るもんじゃなし」
真央 「……」

照れている真央

俊祐 「丁度いいところに来た。ちょっとこれ羽織って」

バサっと真っ白の布を広げる俊祐

真央 「?はい」
俊祐 「あんまり動くなよ。針だらけだから」

羽織る真央

真央 「こ、これ!もしかして白無垢じゃないんですか!?」

驚く真央

俊祐 「あぁ、さすが。まだ型だけなのに」

笑いながら裾を直している俊祐

真央 「僕は男ですよ!?」
俊祐 「分かってるよ」
真央 「駄目ですよこんな……。やっぱり女性に頼んだ方が…」
俊祐 「いや、これはもうお前にしか着れない。他の奴が着たって完成とは言えない」

俊祐の言葉に驚く真央

真央 「……」
俊祐 「ほんとは赤引き振袖にしようかと思ってたんだけど」

俊祐、針を咥えながら話す
袖に針を刺す

俊祐 「お前の白さ見たらやっぱ白無垢の方が合うと思ってさ。お陰で予算オーバー。いろいろきつい」

笑う俊祐

真央 「……」

真っ赤になる真央
俊祐、真央を見上げる

俊祐 「なんで赤くなってんだよ」

笑う俊祐

真央 「な、なってません…っ」
俊祐 「ほら、もういいよ。針刺さらなかったか?」

言いながら脱がせる俊祐

真央 「大丈夫です」
俊祐 「ん」

俊祐、布を持ってまたミシンの前に座る

真央 「……」
俊祐 「なんだ。送ってって欲しいのか?」
真央 「えっ?」
俊祐 「わりーけど、今日はもうちょっといるから」
真央 「ち、違いますっ!」
俊祐 「あ、そう」
真央 「あの……」
俊祐 「ん?」
真央 「ここで見ててもいいですか?邪魔はしません」
俊祐 「あぁ、いいけど退屈だと思うぞ?」
真央 「いえ、いいんです。ただ見ていたいだけなので」
俊祐 「そ」

微笑んで座る真央
俊祐、ミシンを踏み出す

俊祐M「黙って傍に座っているだけで、何も声をかけない。それなのに居心地が悪いとも思わない。ただ時々目が合うと、照れたように少し笑う」

煙草を咥えながらミシンを踏んでいる俊祐
その手元を見ている真央

俊祐M「悪いもんじゃないなと思う」



・A大インフォメーション

俊祐の『Crow』の前に人が群がっている
インフォメーションに入ってくる俊祐

生徒A「あー、来た来た」
生徒B「ほんとだ」

一斉に見られる

俊祐 「なんだよ」
生徒C「こんなのさぁ、ここに飾られるほどの物じゃなくない?」
俊祐 「はぁ?」
生徒D「ほんとほんと。永久くんの方がよっぽど相応しかったよね」
俊祐 「っ……」

不可解な顔をする俊祐

生徒E「凄いとか言われてるけどさー、それほどっていうか…」
生徒F「所詮永久には勝てないんだよ」



・自室

俊祐 「っ!!」

目を覚ます俊祐
起き上がる

俊祐 「なんだ……」

額を押さえる俊祐

俊祐 「……」

ベッド脇の机に置いてある白無垢を見る

生徒F『所詮永久には勝てないんだよ』

俊祐 「くそっ……」

ベッドを殴る俊祐



・ミシン室

夕日に染められる教室内
一人で煙草を咥えてぼーっとしている俊祐

真央 「哉家くん…?」

すぐ傍で声をかけられて驚く俊祐

俊祐 「あ、お前か……」
真央 「どうしたんですか?」

真央、心配そうに俊祐を見る

俊祐 「いや、なんでもない」

煙草を消す

俊祐 「これ、着て」

白無垢の上に赤い長襦袢が置いてある

真央 「わぁっ!出来たんですね!」
俊祐 「いや、まだ完成じゃない」

ばさっと長襦袢を広げる俊祐

真央 「これで完成じゃないんですか……。十分綺麗なのに」
俊祐 「刺繍しなきゃいけないからな。こんな布っきれだけじゃ勝負できねぇよ」
真央 「?」
俊祐 「ほら。脱いで」
真央 「は、はい…」

真っ赤になる真央
それを見て呆れたように少し笑う俊祐



・ミシン室

長襦袢を着せている俊祐

真央 「手馴れていますね。習ったりしたんですか?」
俊祐 「なに、着付け?」
真央 「はい」
俊祐 「いや、見よう見まね」
真央 「えぇ!?本当ですか!?」
俊祐 「あぁ。なんだよ」

笑う俊祐

真央 「いえ…僕は未だに慣れないんですよ。帯を直されたりしてしまって…」
俊祐 「師範がそれで大丈夫なのか?」
真央 「うぅ……よく怒られます…」
俊祐 「好きでやってるからな。こういうのは覚えられんだけど、興味ないことはさっぱり」
真央 「……」
俊祐 「?なに。どうした」

俊祐、長襦袢を着付け終え、白無垢を広げる

真央 「…やっぱり、君と永久くんは似ていると思います」
俊祐 「……」

俊祐、黙って白無垢を羽織らせる

真央 「彼も同じことを言ってました」
俊祐 「そう」
真央 「僕、本当は日舞なんか大嫌いなんです。昔から、お稽古ばかりやらされて、自分がしたいことなんか一つもさせてもらえなかった」
俊祐 「……」
真央 「出来て当たり前。高木流の跡取りとして、僕はそうやって教えられてきたんです。怒られるのが怖くて、ガッカリされたくなくて、必死になって師範になれるまできましたけど、やっぱりどこか抜けてるんです。着付けが完璧に出来ないのもそう。お弟子さんの間違いにはっきりと叱ってあげられないのもそう。だけど僕には出来なくて、逃げたくて逃げたくて仕方なかった」

真央 「そんな時に永久くんが言ってたんです。『嫌いなことは上手くいかない』って。永久くんとは高校の時に知り合いました。彼の家とは昔から交流があったらしいんですが、彼と会ったのはそれが初めてでした」



・高木家(回想)

真央M「うちが開いたお茶会で、僕がへまをしてしまって、母に怒られた時でした」

春  「高木くん」
真央 「っ…」

真央、庭の隅で泣いている所を春に声をかけられる
驚くが、急いで涙を拭く真央

真央 「ご、ごめんなさい…。どうされたんですか?」

無理に笑う真央
真央の頭を微笑んで撫でる春

春  「可愛い子が泣いてるなーと思って。どうしたの?」
真央 「な、泣いてなんかいませんよ。目にごみが入ったんです」

笑う真央

真央 「先ほどはすみませんでし──」

春、真央を抱きしめる

真央 「え…」
春  「無理に笑わなくたっていいんだよ。泣きたいときは泣けばいい。僕は見ていない振りをしてあげるから。こうしていれば、声だって向こうには聞こえないでしょ?」

真央の頭を撫でる春

真央 「……」
春  「君は十分頑張ってる。さっきのお茶、とても美味しかったよ。今までで一番美味しかった」

笑う春

真央 「っ……ぅっ…」

泣き始める真央
声を上げて泣く



・離れの縁側(回想)

誰もいない離れ
本家の方からにぎやかな声が聞こえてくる
真央、春、縁側に座っている
真央の目がはれている

真央 「ごめんなさい……」
春  「どうして謝るの?僕は何も見ていないんだけどな」

微笑む春

真央 「……はい…」
春  「僕、君とはもっと前から話してみたかったんだ」
真央 「え…?」
春  「小学生の時に、一度ここへお邪魔させてもらったことがあるんだよ。その時、小さいのに凄く頑張ってる子がいてね。可愛いなーって」
真央 「へっ?あ、あの…」

真っ赤になる真央

春  「あとで父に聞いたら同い年だって教えられて、じゃあ今度会ったら絶対声をかけようって思ってた。それから何度も見かけてたんだけど、中々機会がなくてね。今日まで延びちゃった」

笑う春

真央 「そ、そうなんですか……」

照れる真央

春  「日舞は嫌い?」
真央 「え!?」
春  「ははっ、失礼だったかな。でも君の舞を見てると凄く悲しくなっちゃうんだよね。一生懸命で、一歩踏み出しただけで崩れてしまうような。儚い悲しさがある。楽しそうに踊っているようには見えない」
真央 「あ……」
春  「嫌いなことって、どうも上手くできないよね」

笑う春

真央 「?」
春  「僕、物を作るのは大好きだから、それなら寝ないででも出来ちゃうけど、勉強なんかはぜーんぜん出来ない。すぐに飽きちゃってほっぽりだしちゃうの」
真央 「……」
春  「好きなことにはいっぱい愛情注いで、なんでも出来ちゃうのに、嫌いだと思うと全然。頑張ったっていい結果にはなれない。だから逃げるんだ。ちょっとだけ」
真央 「逃げる…?」
春  「そう。ちょっとだけね。一歩横にずれるの。それを全部忘れちゃうわけじゃない。少しだけ。そしたらさ、少しだけど気持ちが楽になって、違う角度からその嫌いだったことが見えてくる。そこで何が悪かったのかとか、どうすればいいのかとか、或いは好きになれたりするんだよ」

笑っている春

真央 「ほんとですか…?」
春  「ふふっ。うん。僕はいつもそうしてる」
真央 「……そんなこと考えたことなかったです…」
春  「一つのことに縛られると、身動き取れなくなっちゃうもんなんだよ。難しく考えることなんかない。いろんな道があるんだから」



・ミシン室

真央 「そこで僕は大学に入ることに決めたんです。本当は高校を卒業したらすぐに修行に入らなければいけなかったんですけど、無理を行って、ここに入らせてもらったんです」

帯紐を持っている俊祐

真央 「永久くんの言ってた通り、すこし道を外れてみたら、なんだか世界が開けたようで、日舞のことも、家のことも、柔らかく考えられるようになったんです。まだ大好きだとは言えないけど、もっと頑張ろうという気にはなれました」
俊祐 「……」
真央 「僕、君の作ってる時の表情が凄く好きです。憧れます、とても楽しそうだから。永久くんも──」
俊祐 「俺は永久じゃない」
真央 「え…?」

真央、俊祐を見上げる

俊祐 「お前は永久のこと好きだったか知らねぇけど、俺の永久への気持ちは敵対心なんだよ。嫌いで嫌いで仕方ないんだ。憧れとかそんなんじゃない」
真央 「……」
俊祐 「永久永久ってうるせぇよ。なんだよ。何が言いたい」
真央 「ぼ、僕はただ…」
俊祐 「いつまでも執着してるのが馬鹿だって言いたいのか!?」

怒鳴る俊祐に驚いて涙目になる真央

俊祐 「それくらい分かってんだよ!十分な!!俺だって忘れたいんだ!…あいつがあんな物作るから悪い……」
真央 「え……」
俊祐 「急にいなくなって……逃げやがって…」

頭を抱える俊祐

真央 「君は…、君は結局どうすれば楽になれるんですか…?」
俊祐 「……」
真央 「永久くんに勝てると思えば楽になれるんですか!?それは誰が決めることなんです!?」
俊祐 「わかんねぇよ…」
真央 「こんなに素晴らしいものが作れているのに、いろんな人に評価されているのに、どうしてそんなにも永久くんにこだわるんですか!?」

真央、涙目で訴える

俊祐 「……」
真央 「永久くんに、負けたとでも言わせたいんですか……?」
俊祐 「……」
真央 「彼は絶対にそんなこと言いませんよ…」
俊祐 「……」
真央 「僕は君に楽になって欲しい。こんなに優しくて、綺麗なものが沢山作れて、才能に溢れてる。それなのに君は心から笑ってくれない。どうすれば君は永久くんから開放されるんですか……」

涙を流す真央

真央 「あなたの進む道に、彼はいないんですよ……」
俊祐 「なんで泣いてんだよ」
真央 「悲しいからです……、君をどうにかしてあげたいのに…僕にはどうすればいいのかわからない」

俊祐、真央の顎を掴んで上を向かせる

真央 「っ!……な」
俊祐 「お前寂しいんだろ」

俊祐、目が違う

真央 「え…?」

怯えている真央

俊祐 「あいつに置いて行かれて、次の男でも探してたのか?」
真央 「何言って」
俊祐 「俺が永久に似てるって?そう思ってあいつの代わりにしたかっただけじゃねぇの?最初は嫌がってたくせに、脱ぐたびに真っ赤んなって喜んでたもんな」
真央 「っ──」

真央、傷つく

俊祐 「こういうことされたくて仕方なかったんじゃねぇの?」

俊祐、無理やりキスをする

真央 「っ!……んっ!…やめっ!」

真央、俊祐を拳で殴る

俊祐 「っ!って……」

離れる二人

真央 「最低です……」

泣いている真央

真央 「いい人だと思ってたのに……。僕はそんなこと思ってない!」
俊祐 「……やめてもいいぞ」
真央 「え…?」
俊祐 「やめるなら脱いで行け」

俊祐、部屋を出て行く



・離れたところの廊下

煙草を吸っている俊祐
窓から工芸室が見える

俊祐M「どうして俺なんかのために泣いたりできるんだ」

煙草を吸いながら歩いていく俊祐

俊祐M「俺なんかを好きになるな」



・ミシン室

誰もいない
机の上に綺麗に畳まれている白無垢と赤い長襦袢
額に手を当てる俊祐

俊祐M「もう終わりだ。俺の道はここまでだ」





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