第一章


・A大インフォメーション

建物の外ではサークル勧誘の声が響いている
インフォメーションのエスカレーター横に展示されている在校生の作品
その中心に展示されている白いマネキンのような人形
赤のタータンチェックのワンピースを着ている
その人形を見ている俊祐(しゅんすけ)

俊祐M 「ただ素直に凄いと思った」



・教室

広い教室の中、女子が固まって話をしている

生徒A「ねぇ、知ってる?F高の哉家(かないえ)俊祐」
生徒B「知らない人いないんじゃないの?有名も有名でしょ」
生徒C「あー、あたしまだ見たことない」
生徒B「あたしあるよ。この間英Uの授業一緒だった」
生徒C「どんなだった?」
生徒B「噂通り」
生徒A「F高のー、なんだっけ…?」
生徒C「違うよ。今じゃあ」
生徒B「服飾科の」
生徒全「帝王!」

俊祐、教室に入ってくる
後ろに三人女が付いてきている
ドカッと席に座る俊祐

生徒C「うわー、凄いね。女連れまわってんの?」
生徒A「さすが帝王」
生徒B「でもなんかすっごい不機嫌そうじゃない?」
生徒C「女絡みでなんかあったんじゃないの〜?」

俊祐を見ている生徒A、B、C
チャイムが鳴り、教師が入ってくる
授業が始まる
ため息をつく俊祐

俊祐M「初めて凄いと思った。こんな服が作れるのかと、素直に羨ましいと思ったんだ」



・教室

布を切っている俊祐

俊祐M「それがどうして工芸科なんだ!」

布をブチンと切る



・教室

窓際で女に絡まれているが無視している俊祐

女A 「ねぇ、俊祐」
俊祐 「あぁ?」
女A 「あれってさぁ」
俊祐 「なに」
女A 「お姉さんじゃない?」

入り口を見ると涼子(りょうこ)が立っている



・廊下

窓際で話ている二人

俊祐 「なに」
涼子 「あんたまだ機嫌悪いの?いい加減やめなさいよ。仕方ないもんは仕方ないんだから」
俊祐 「別にどうとも思ってねぇよ」
涼子 「うわー、やな奴。まぁいいわ。俊祐鍵持ってる?」
俊祐 「なに、また無くしたの?」
涼子 「無くしたんじゃないの。忘れたの」
俊祐 「だったら取りに行けよ」
涼子 「だってめんどくさいんだもん。どうせあんた帰り遅いんでしょ?ホラ」

涼子、手を出す

俊祐 「いっそのこと十本くらい持ってれば?」

呆れながらキーケースから自宅の鍵を外して涼子に渡す

俊祐 「これ無くしたらもう入れねぇからな」
涼子 「だから無くしたんじゃないの。忘れたの!」
俊祐 「はいはい」
涼子 「やな奴。って──あれ、永久(ながひさ)くんじゃん」

窓の外を見る涼子

俊祐 「えー?」
涼子 「ほら、下歩いてるの。相変わらず美しいわねー」
俊祐 「……」

春(はる)、一人で歩いている

涼子 「彼、美しいわ、才能あるわ、何でもできるわ…最早超人よね…舞台立たれたらあたし太刀打ちできないんじゃないかと思うもん」
俊祐 「へぇ…」
涼子 「まぁ立つことなさそうだから安心してるけどっ。あんたはせいぜい一人で頑張れば?『服飾科の帝王』様」

俊祐、涼子を睨む

涼子 「いいじゃん。あたしもこんなカッコイイの付けて欲しかったわ」
俊祐 「馬鹿らしい。勝手に言ってろ」

教室へ戻っていく俊祐

涼子 「ふふっ」



・食堂

友人と食事をしている春
それを遠くから見ている俊祐
周りには相変わらず女数名

女B 「俊祐ってさぁ、男にも手出すわけ?」
俊祐 「はぁ?なんだそれ」
女B 「最近ずーっと見てんじゃん。二年の男」
俊祐 「この視線がそう見えるんだったらお前病院行った方がいいぞ」

立ち上がる俊祐

女B 「なにそれサイテー」
俊祐 「言ってろ」

立ち去っていく



・アトリエ裏

蝉が鳴いている
校舎裏で染めた布をしゃがんで洗っている俊祐
アトリエの中には春がいる

俊祐 「あちぃ……」

腕で額の汗を拭うと、中で絵を描いている春を見る

俊祐 (あいつ、ほんとになんでもやってんだな……何が目的だ…)

描きかけの絵を見る

俊祐 (すげぇ……綺麗な色……)

ボケッと見ていると春が俊祐の視線に気がつく
春と目が合う
春、微笑む
一瞬驚き、咄嗟に立ち上がろうとして出っ張っていた棒に頭をぶつける俊祐

俊祐 「いってぇ……」

頭を抱える俊祐
春、驚いて窓に駆け寄る

春  「大丈夫?」
俊祐 「あ、あぁ。だいじょう…ぶ……」

額から血が流れてくる

春  「うわっ、切れてるよ。おいで、手当てしてあげるから」
俊祐 「大丈夫だってこれくらい。拭いてれば治る」
春  「駄目だよ、早く早く」



・アトリエ

椅子に座らされている俊祐
救急箱を持ってくる春

俊祐 「……」

機嫌が悪い俊祐

春  「痛いと思うけど、我慢してね?」

消毒する

俊祐 「っ!」
春  「大丈夫?」
俊祐 「平気……」
春  「強いね。ふふっ」

俊祐の前に立って額の血を拭いていく

俊祐 「なんでこんなもん持ってんの?」
春  「ここでは良くあるからさ。火傷とかしょっちゅう。手当ても上手くなったよ」

笑う春
その顔を見て描きかけの絵を見る俊祐

俊祐 「あんたほんとになんでも出来んだな…」
春  「これくらい、誰だって出来るよ」
俊祐 「いや、そういうことじゃなくて…」
春  「?」
俊祐 「なんでもねぇ…」
春  「はい。出来た。痛くない?」
俊祐 「サンキュ。大丈夫だよ。大したことない」
春  「はははっ。ちゃんと治るまで消毒するんだよ」
俊祐 「はいはーい。じゃあな。邪魔して悪かった」
春  「いーえ」

俊祐、立ち去る

俊祐M「誰だって出来る。違うと分かってても違う意味に聞こえる。馬鹿じゃねぇの……ほんとに」



・アトリエ

救急箱を片付けている春
友人が入ってくる

友人 「今の髪長いのって哉家じゃねぇの?」
春  「うん、そうだよ」
友人 「なんでこんな所に!あいつの触手はこっちまで来てんのか?」
春  「なにそれ?外で染色してたんだよ。それで怪我しちゃって」
友人 「え?それで手当てしてやったのか!?」
春  「うん。そうだけど」
友人 「お前怖くないの…?」
春  「怖い?どうして?」
友人 「だっていっつも狙われてるじゃん!永久のことすっごい睨みつけてんの!なんかされてない?大丈夫?」
春  「はははっ!僕には可愛くて仕方なく見えるけどな」

笑って救急箱を片付けに行く春

友人 「お前ホント無敵だな……」



・自宅

ソファに座ってテレビを見ている俊祐
涼子が帰ってくる

涼子 「なんか食べたー?」
俊祐 「あー、カレー」
涼子 「まだある?」
俊祐 「あぁ」

涼子、鍋を開ける

涼子 「わー、具がでかい…」
俊祐 「文句言うなら食うな」
涼子 「うそうそ。そうだ聞いたー?永久くん。絵で最優秀賞」
俊祐 「知ってる」
涼子 「あぁ。そうだろうね、忘れてたわ。あんたがストーカーなの」
俊祐 「あぁ?」

涼子、カレーを持ってきてテーブルに着くと食べる

涼子 「あー怖い」
俊祐 「俺あの『青空』のがいい」
涼子 「あ、あたしもあの絵好きー。K大の先生だって」
俊祐 「へぇ」
涼子 「それになんか今回、他の賞出なかったらしいよ。よっぽど他が駄目だったのかね」
俊祐 「それは他の奴が可哀想だな」
涼子 「あんたは永久くんにしか興味ないのね。頑張れ」
俊祐 「どういう意味だ」
涼子 「そういう意味よ」

俊祐、ため息をつく

俊祐 「そうだ。姉貴A大祭でなんかやんの?」
涼子 「午前中に舞台出るけど。何」
俊祐 「午後からのショー出てよ」
涼子 「あんたが頼みごととは珍しいわね。なに、ファッションショー?」
俊祐 「そ」
涼子 「賞金は?」

俊祐、頭だけ逸らして涼子を見る

俊祐 「二割」
涼子 「四」
俊祐 「はぁ!?ふざけんな」
涼子 「そ。交渉決裂。帝王ガールズに頼みなさい」
俊祐 「……」



・教室

屯している生徒A、B、C

生徒C「聞いた?帝王のモデル『演劇科のプリマドンナ』だって!」
生徒A「ほんとに!?絶対勝てない……」
生徒B「いや、モデル云々じゃなくてまず帝王には勝てないでしょ。この間のグランプリの見た?あの染色全部自前だって。あんなの勝てるわけない」
生徒C「しかし兄弟でくるかなぁ……。最強すぎでしょ…」
生徒全「はぁ……」



・廊下

生地を担いで歩いている俊祐
ふと窓の外を見る

俊祐 (あ…永久……と…)

渡り廊下の誰もいない場所で春と男子生徒が話をしている

俊祐 「!」

男子生徒が春とキスをしている

俊祐 「な……」
俊祐 (あいつ……どこまでもなんでもありなんだな……)

呆れた顔をして去っていく俊祐



・ミシン室

誰もいない中、俊祐、仮仕立ての服を涼子に着せている

涼子 「ねぇ、あの『青空』の先生覚えてる?」
俊祐 「あぁ、名前しらねぇけど」

針を咥えながら話す

涼子 「あの先生にこの間会ったのよ!」
俊祐 「なに、いい男だったのかよ」

咥えていた針を生地に刺す

涼子 「いい男というか、可愛い感じ」
俊祐 「へぇ」
涼子 「それでね、あの先生の絵見せてもらったんだけどすっごい綺麗でさ。あたし今度モデルすることになったの!」
俊祐 「人物画専門なの?」
涼子 「そう!ヌードモデル!」
俊祐 「ヌード!?」
涼子 「そうよ。いいでしょー?楽しみ」
俊祐 「お前そんなこともするのか……」
涼子 「これだから若い男は…。やらしいことじゃないんだから!あたしあんな綺麗に描かれたらもっと飛躍できる気がするっ」

うっとりしている涼子

俊祐 「好きにしろよ……」

呆れる俊祐



・控え教室

ショーに出るモデルが沢山居る
1920年代ファッションの涼子

俊祐 「別に緊張もクソもねぇだろうけど、とりあえず躓くなよ」
涼子 「あたしを誰だと思ってるの?プリマドンナの名を轟かせてやるわよ」

笑う涼子

俊祐 「あぁ、そう」

呆れる俊祐

涼子 「こんなときだからこそあんたにいいこと教えてあげる」
俊祐 「はぁ?」
涼子 「アトリエ行ってみな。すごいもん見れるから」
俊祐 「アトリエ?」
進行 「次、哉家さんでーす!」
涼子 「はーい!んじゃね。姉からの愛の鞭よ」

舞台へ出て行く涼子

俊祐 「あぁ……。?」



・大ホール

ランウェイを颯爽と歩く涼子



・大ホール

グランプリのトロフィーを持ってインタビューを受けている俊祐
涼子、ティアラを乗せている



・アトリエ

夕方、人のいない校舎
遠くから人の騒ぐ声が聞こえてくる
教室の後ろのドアからアトリエを覗く俊祐

俊祐 「……」

春の隣に銅で出来た女性像が立っている
その像は白い何の装飾もされていないシンプルなドレスを着ている
足元には草木や花が散りばめられていて
無表情だが、とても幸せそうに見える
春、俊祐に気がつく

春  「あぁ、おでこ、もう大丈夫?」

自分の額を指差して笑う春

俊祐 「そんなのとっくの昔に…」

じっと像を見ている俊祐

春  「さっきの見てたよ。おめでとう。すっごく綺麗だったね。お姉さんもさすがプリマドンナだ」
俊祐 「それ……」

像を指差す

春  「?あぁ、今完成したんだ」
俊祐 「あんたが全部作ったのか?」
春  「うん」
俊祐 「そうか…」

じっと像を見ている俊祐を不思議に思う春

春  「よかったらお茶でもどう?」
俊祐 「いや、いい。帰る」

背を向ける俊祐

春  「そう」

俊祐、去っていく
手を振る春

春  「……」

後姿を見送ると微笑む



・自宅

息を切らして帰ってくる俊祐
部屋に入るなり机の上にデザイン画を広げる

俊祐M「凄いってのはもう分かってたのに。どうしてあいつはどんどん先に進んでいくんだ」

布を広げて鋏を入れる

春  『これくらい、誰だって出来るよ』

俊祐M「へらへら笑って何考えてんのかもわかんねぇ。どっからあんなの浮かんでくんだ。あいつにあって俺にないものってなんだ」

俊祐M「どうすれば俺はあいつに追いつける?」

俊祐 「くそっ……」

頭を抱える俊祐

俊祐 「ははっ……どうしてもあんなのに追いつけるわけねぇよ…どうなってんだあいつ…」

笑っている俊祐



・自宅

俊祐M「あいつの目には世界がどう見えてるんだ……」

涼子が帰ってくる
机に突っ伏して眠っている俊祐

涼子 「こんなとこで寝て……」

机の上に並べられたデザイン画を見て微笑む涼子

涼子 「あんたも十分凄いんだって…」

呆れる

俊祐 「ながひさ……」

寝言を言う俊祐に驚く涼子

涼子 「あんたほんとに永久くんのこと好きなんじゃないの……?」



・廊下

女Aが俊祐に怒鳴っている

女A 「なんなのそれ!あたしって俊祐のなんなわけ!?」
俊祐 「何って……別に。なんでもねぇんじゃねぇの?」
女A 「なっ…」
俊祐 「勝手に寄って来たのはお前だろ?俺今それどころじゃねぇって言ってんじゃん」
女A 「あ、あたしは」
俊祐 「っつーか、お前も服作りたくて来てんなら俺なんかに股開いてないでやることあるだろ」

頬を叩く音が響き渡る

女A 「サイテー!」
俊祐 「って……」

頬に触れて女を睨みつける俊祐
廊下にいる他の生徒がどよめく

俊祐 「それでお前の気が済むんならいくらでも殴れよ。俺にはやることがあんだよ。こんなことしてる暇ねぇんだ」
女A 「……っ!」

女A、泣きながら去っていく



・ミシン室

広い教室の中、一人でミシンを踏んでいる俊祐
ミシンの音が響いている

俊祐M「誰に何と言われたって構わない。俺だって自分が馬鹿だと思う。でもあんな物見てしまってどうにかならない方が可笑しいんだ。今の俺の頭の中には永久しかいない。あいつの作るものすべてが凄い。どうにかして手が届く距離まで追いつきたい」

出来上がった黒いドレスを広げる

俊祐 「……」

しかし納得のいかない顔をして頭を抱える俊祐

春  「冷やした方がいいよ」
俊祐 「っ!」

突然の声にバッと顔を上げると
春が濡れたハンカチを微笑みながら差し出している

俊祐 「な、なんで!いつのまに!!」
春  「うーんと、結構前からいたんだけど……気がつかなかった?」

笑っている春

俊祐 「き、気づかなかった……」

力が抜けて背もたれにもたれる俊祐

春  「熱くなってる…」

春、俊祐の頬に触れる

俊祐 「なっ…」
春  「さっきの、いい音してたね」

笑う春

俊祐 「見てたのか…」

目をそらす俊祐

春  「サイテー!って…ね?」
俊祐 「はぁ…」
春  「これ、冷やして。じゃないとなんか黄緑っぽくなるんだよ?」

ハンカチを渡す春
しぶしぶ受け取って頬に当てる俊祐

俊祐 「なに、経験者なわけ?」

鼻で笑ってからかう

俊祐 「ってなわけねー…」
春  「うん。痛いよね」

苦笑いで言う春

俊祐 「えぇ!?」
春  「僕グーでやられちゃったんだけど、あの時は冷やしても黄緑になっちゃって。凄く痛かったんだよね…」
俊祐 「な、何しでかしたんだよ……」

驚きを隠せない俊祐

春  「うーん?まぁいろいろ」

笑って誤魔化す春

俊祐 「へ、へぇ……」
春  「口とか切れてない?何ともなかったらいいね。綺麗な顔が台無しだもん」

微笑む春

俊祐 「いや…なんかいろんな意味で痛みとか無くなった……」
春  「そう?」
俊祐 「っつか、何しにきたわけ?こんなとこに」
春  「用具借りてたから返しに来たんだ。でも先生いなくって」
俊祐 「あぁ、今日は誰もいねぇよ」
春  「貸切だねー。このドレスも凄く素敵」

黒のドレスを見て微笑む春

俊祐 「はぁ……」
春  「?」
俊祐 「なんでもねぇよ……。そうだ、『渚』。最優秀賞取ったんだってな。おめでとう」
春  「……うん。ありがとう」

春、俯いて微笑む

俊祐 「?」
春  「ねぇ、今度お茶しない?」
俊祐 「はぁ?」
春  「ほら、この間は無理だったから」
俊祐 「この間……?」
春  「工芸室に来てくれたでしょ?」

春  『よかったらお茶でもどう?』

俊祐 「あ、あぁ…」
春  「僕君とは話が合うと思うんだ」

微笑んでいる春

俊祐 「あ、そう…」
春  「ね?約束」
俊祐 「あぁ」

俊祐、呆れて鼻でため息を吐くが微笑む

春  「わーい。じゃあ今度ね。楽しみにしてるよ」
俊祐 「じゃあな」

出て行こうとする春にひらひら手を振る俊祐
戸口で振り返る春

俊祐 「?」
春  「君の作ってる時の表情。凄く素敵だよ」
俊祐 「え?」
春  「それがちゃんと作った服に出てる。頑張って」

春、笑うと手を振って去っていく

俊祐 「……」

きょとんとして見ていたがしばらくして大きなため息を吐く俊祐

俊祐 「お茶か……」

呆れて笑う俊祐
ドレスを手にとって見る

俊祐M「まったく、何やってんだか。俺は別に仲良くしたいわけじゃないんだ」

俊祐 「……」

俊祐M「まぁでも、あいつに褒められたことは一歩前進って所かな。お茶の一杯くらい飲んでやるか」

笑う俊祐



・教室

涼子 「俊祐ぇ!!」

教室で一人でいた俊祐、そこへ涼子が息を切らして入ってくる

俊祐 「あぁ?」

だれている俊祐
雑誌を見せる涼子
あの黒いドレスを着たモデルが写っている

涼子 「あんたコレ!」
俊祐 「なに」
涼子 「何じゃないわよ!この『Crow』着てるのってあのスーパーモデルのユリカじゃないの!?」
俊祐 「あー、そうだよ」
涼子 「そうだよって!どうしてもっと早く言わないのよ!?」
俊祐 「言ってどうなる」
涼子 「サインがもらえる!」
俊祐 「……」

俊祐、涼子をじと目で見る

涼子 「あーもう!もったいない!」
俊祐 「あんなのどうでもいい……」

俊祐、窓から外を見る

涼子 「え…?」

夕日で空が真っ赤に染まっている

俊祐 「グランプリ取れたって、あいつには到底敵わない……」
涼子 「俊祐……」
俊祐 「あのドレス見ただろ。『渚』の」
涼子 「え、えぇ…」
俊祐 「何の装飾もない、言えばただの布だ。それなのにこの世のものじゃないみたいだった。あんなの誰にも作れない。あいつにしか出来ないんだよ」
涼子 「……」

涼子、少しため息を吐く

俊祐 「あれ見てから必死になって作った。あいつに追いつきたくて。でもやっぱり届かない。でもあいつ笑って『素敵だ』とか言いやがった」
涼子 「永久くんが?」
俊祐 「あぁ」

俊祐、ポケットから煙草を出して火をつける

俊祐 「どんなに必死になっても、勝つことなんか出来ない。あいつは同じ土俵に立ってくれもしない。ただ何食わぬ顔して自分の作りたいもの作ってる。俺が馬鹿みたいに必死になってる間もあいつはただ普通に前に向かって歩いてるだけだ」
涼子 「……それさぁ、違うわよ」

呆れた目で俊祐を見る涼子

俊祐 「え?」

俊祐の隣の席に座る涼子

涼子 「あんたそれだけ永久くんのこと見てんだったら知ってるはずよ?あの子の作ってる時の顔。見たことないわけないよね?」
俊祐 「顔?」
涼子 「何食わぬ顔して作ってなんかないじゃない。すっごい一生懸命になって、すっごく楽しそうにしてるじゃない」
俊祐 「……」
涼子 「永久くんは作ることを義務だとか、そういうもので作ってるんじゃない。ただ作ることが楽しくて、全部に愛を注いでる。だからあれだけのもの作れるのよ。天才だって機械じゃないのよ?人間だから注げるものがある」
俊祐 「愛って…」

鼻で笑う俊祐

涼子 「あたしさ、あんたのこと凄いと思ってたのよ」
俊祐 「え?」

驚いている俊祐

涼子 「自分の弟を褒めるのも癪だけど、あんた昔から服とか、小物とか、鞄だったり、そういうの作るのすっごい上手くて、お洒落だし、凄いと思ってた」
俊祐 「……」

俊祐、窓の方を見る

涼子 「大学入ってからなんか、ビックリするほど成長していっちゃうし、姉として面白くなかったけどさ、こいつどこまでも上っていっちゃうんじゃないかなって」
俊祐 「……」
涼子 「これまで取ってきた賞だってあんただからこそ取れたんだと思ってる。あんたにあって永久くんには無い物は沢山あるとも思うわ。でもね」

俊祐、涼子を見る

涼子 「今の俊祐は永久くんには絶対勝てないよ」
俊祐 「なんだよ」
涼子 「だって今のあんた全っ然楽しそうじゃないもん。どんなに偉い人に褒められようと、あんたの服が認められようと、永久くんの背中ばっかり追いかけて、それで必死になっててもいいものなんか作れるはずもない」
俊祐 「……」
涼子 「俊祐には俊祐の進んでいく道があるじゃない。そこに永久くんはいないんだよ?それが本来のあんたの道なのよ」
俊祐 「俺の進んでいく道ねぇ……」

馬鹿にする俊祐

涼子 「それが分からないうちは絶対に勝てるわけなんかない。あんただってちゃんと分かってるはずよ」
俊祐 「お前に何が分かるって言うんだ」
涼子 「分かるわよ。あんたのこと何年見てきてると思ってるの?」
俊祐 「……」

ため息を吐く俊祐

涼子 「いい加減、永久くんから離れなさいよ。そうじゃないといつか痛い目見るよ」
俊祐 「何年俺のこと見てようが、お前には俺の気持ちなんかわかんねぇよ」

俊祐、立ち上がると教室を出て行く

涼子 「俊祐!」

振り返らず去っていく俊祐
後姿を見送るとため息を吐く涼子

涼子 「永久くんはもうすぐあんたの前からいなくなっちゃうのよ……」



・寝室

煙草を吸っている俊祐
テーブルの上にはデザイン画が並べられている

俊祐 「……」

俊祐M「忘れられればすぐにそうしてる。あいつに囚われてることなんか俺が一番良く分かってんだ。でも、それでも」

煙草をふかす俊祐

俊祐M「あの一目見て虜にさせられたあの服がどうしても脳裏に焼きついて離れてくれない」

俊祐 「……」

俊祐M「見てるだけで泣きそうになったのは、あれが初めてだったから──」



・事務室

事務室に入ってくる俊祐

俊祐 「失礼します」
教師 「あぁ、哉家。入って」

椅子に座っている教師

俊祐 「なんですか」
教師 「そんなに構えなくても大丈夫」

教師、笑う

教師 「いい知らせだよ」
俊祐 「?」
教師 「この間のグランプリおめでとう」
俊祐 「…ありがとうございます」

あまり嬉しくなさそうな俊祐

教師 「君の年であの賞が取れるなんてね。とても素晴らしいことだよ」
俊祐 「……あの、知らせってなんですか」
教師 「あぁ、そうだね。それで呼んだんだった」

教師、笑う

教師 「インフォメーションに飾ってある、各学科からの展示物は君も知ってるよね?」
俊祐 「……えぇ」
教師 「あれはね、この大学ではとても名誉あることなんだよ。なかなか展示させてもらえるものじゃない」
俊祐 「知ってます」
教師 「そうか。だったら話は早い。あそこに君の『Crow』を飾ることになったんだ。おめでとう」

教師、微笑んでいる

俊祐 「え?」
教師 「ははっ、驚くのも無理はない。一年生であそこに飾れるようになったのは君と工芸科の永久くらいだよ」
俊祐 「……」
教師 「それで明日、搬入作業に取り掛かるんだ。そこで君にも立会いして欲しいんだけど、時間。大丈夫かな?」
俊祐 「は、はい…」



・A大インフォメーション(回想)

サークル勧誘の声が響いている中、
春の人形の前でずっとそれを見ている俊祐

俊祐 (永久…春……)

名札を見て思う

俊祐M「あの時見たあの人形は、ただの真っ白な石膏で出来たものだった。その白に映える赤のタータンチェックは今でも鮮明に思い出せる」

人形を見上げる俊祐

俊祐M「一目見て虜になった」

涼子 「あー、いたいた」
俊祐 「姉貴…」
涼子 「なにー?どうしたの?こんなとこ突っ立って」
俊祐 「これ、この永久って人」
涼子 「あぁ、永久くん。すごいよねこれ。あたしもこんな服着たい…」

人形を見上げる涼子

俊祐 「これ作った奴ってどんな奴!?」
涼子 「え?えーっとね、すーっごい美人」
俊祐 「女?」
涼子 「ううん。男。あんたの一つ上だよ。工芸科の」
俊祐 「え?」
涼子 「ん?」
俊祐 「工芸科……?」
涼子 「うん。そう。あの子いっつも工芸室にいるから会いに行ってみればー?あ、あたし用あるから。あんた帰るんなら鍵開けといてねー」

涼子、手をヒラヒラ振って去っていく

俊祐 「工芸……」

人形を見上げる俊祐

俊祐M「俺はただあいつに追いつきたかった。あんな服を作ってみたかった。馬鹿だと言われてもいい。囚われすぎているのは分かっている。でも、凄いと思えたのはあいつだけしかいなかったんだ」



・ミシン室

俊祐M「初めて越えたいと思った男だから」

俊祐、机に突っ伏して眠っている

俊祐 「……すー……」
春  「綺麗な寝顔だね…」

春、微笑んで俊祐の顔にかかった髪を撫でる

俊祐 「ん……」
春  「お茶しようと思ったんだけどな」

春、紅茶葉の入った瓶を机に置く

春  「起こすのは可哀想だ」

微笑むと、作りかけの服を見る

春  「焦ることなんてないんだ。君は十分素敵だから」
俊祐 「……ん…なが、ひさ……」
春  「?」

眠っている俊祐

春  「僕のどんな夢を見ているの?」

笑う春

春  「君にさよならを言えないのは悲しいけど、きっとまたどこかで会えることを楽しみにしてるよ」

春、傷の手当てをした額にキスをする

俊祐 「…ん……」
春  「さようなら」

春、微笑んで去っていく



・ミシン室

目を覚ます俊祐

俊祐 「ん……なんだこれ?」

机に置かれた紅茶葉の瓶を見る

俊祐 「?」



・A大インフォメーション

俊祐 「え…?ここ?」
教師 「あぁ、気に入らないか?」

教師、笑っている
春の人形が飾ってあった位置に設置される『Crow』

俊祐 「いえ、あのここにあった人形は…」
教師 「あぁ、永久くんの作品だね」
俊祐 「えぇ」
教師 「彼、留学することになってね。退学するみたいだから」
俊祐 「え?」

俊祐、目を見張る

教師 「ここは正面だし、一番いい位置だと思うんだ。君と永久くんは何か縁があるのかもしれないね」
俊祐 「……」

俊祐、走り出す

教師 「ちょ、ちょっと!哉家くん!?」



・廊下

俊祐、走っている

俊祐M「どういうことだ」



・工芸室前

俊祐M「退学ってなんだよ」

工芸室を開ける



・工芸室

突然開けられた扉に驚く春の友人

友人 「うわっ!」
俊祐 「永久は……」

息を切らしている俊祐

友人 「え?」
俊祐 「永久いるか!?」
友人 「永久なら…今日イタリアに出発したはずだけど……」
俊祐 「今日……」
友人 「あぁ、もう着いてるころじゃないかなぁ」
俊祐 「そんな……」

俊祐、へたり込む

友人 「き、昨日永久がお前に会いに行くって言ってたけど…会ってないのか…?」

恐る恐る聞く友人

俊祐 「え…?」
友人 「なんか、お茶する約束したんだって言ってたけど…」
俊祐 「お茶?」
友人 「あぁ…」

俊祐 『なんだこれ?』

俊祐 「……あれ、永久だったのか……」
友人 「?」



・自室

煙草を吸っている俊祐
机の上にはあの紅茶葉の瓶がある

俊祐M「あの人形の隣に並べるんだと思った。どうせ並んだら劣って感じるだろうとか思ったけど、ほんの少しだけ、距離が縮まったんだと思ってたんだ」

俊祐 「……」

俊祐M「それを自慢してやろうと、そのついでにお茶でもなんでも飲んでやるって。きっとあいつは素直におめでとうなんか言って、笑ってくれるんだと思ってたんだ」

俊祐、涙を流す

俊祐M「お前がいなくなって、俺この先どうすればいい」

泣きながら頭を抱える俊祐

俊祐M「隣に並んでくれもしないのか」





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