第三章「輝夜とかぐや姫と、那智と翁」


・自室

ベッドから起き上がろうとしている那智
それを抱きしめて放さない輝夜

那智 「はーなーせぇぇ!」
輝夜 「嫌だ。放すとそなたは何時間も帰って来ないではないか」
那智 「仕方ないだろ!学校なんだから!」
輝夜 「こんなにも私がそなたを好きだと言うのにどうして耳を傾けてもくれないのだ」
那智 「知らねぇよ!俺は別に好きじゃないいいい!」

那智M「あの家出騒動以来、輝夜の鬱陶しさが前にも増した気がする。好きだ好きだうるさいし、やたらとくっついてくるし。ウザイとしかいい様がない……」



・教室

達弘 「元の姿に戻りなさい。その姿を見るだけでもいい」

達弘、委員長が教室の前に立って劇の練習をしている
その周りで慌しく作業をしているその他
那智、窓辺に立って達弘達を見ている

那智M「あの時、輝夜は自分は月には帰らないって言った。帰れる場所も他にはないんだって」

委員長「帝様……」

那智M「輝夜がかぐや姫じゃなかったら、あいつは一体なんなんだろう。確かに竹の中から出てきたのに」



・教室

那智 「かぐや姫。月を見て何を悩んでいるんだい?何を思いつめているんだ」
委員長「思いつめることなどありません。何となく心細いだけです…」

那智と委員長のやり取りが続いていると
突然辺りがざわつく

那智 「ん?」
達弘 「輝夜っ」

脇で立っていた達弘、教室の戸口に立っている輝夜に驚く

那智 「輝夜ッ!?」

那智もそれに気がつき輝夜に駆け寄る

委員長「あ!おい!途中だぞ!?っつーか誰だ……」
輝夜 「那智!会いたかったぞ」

輝夜、駆け寄る那智を抱きしめようとするが
それをかわす那智

輝夜 「むっ」
那智 「なんだよお前!どっから入った!?」
輝夜 「ちゃんと門から入ったわ」

拗ねている輝夜

那智 「どうしてここが…」
輝夜 「ん?それなら下にいた女に尋ねたら親切に案内してくれたぞ」

輝夜、微笑んでいる

那智 「か、母さんの二の舞か……。それより、何しに来たんだよ。ちゃんと待ってろって行っただろ?」
輝夜 「那智に会いに来たに決まってるであろう。そなたの帰りが遅いからだ」
委員長「おい、大木。誰だよこの人」

委員長が近寄ってくる

那智 「あぁすまん。すぐ帰らせるから」
輝夜 「なに?」
委員長「いいよ帰らなくてッ!適役がいるじゃねぇか!どうして早く言わなかったんだよ!」

委員長の目が輝いている

那智 「はぁ…?何言って…」
委員長「かぐや姫はあなたしか出来ません!」

委員長、輝夜の手を取る

輝夜 「ん?」
委員長「適役がいなくて仕方なく俺がかぐや姫なんかやろうとしてたんですけど、あなたこそがかぐや姫に相応しい!!」
那智 「ちょ、ちょっと待てよ!こいつは部外者だぞ!?」
委員長「でもお前の知り合いだろ?」
那智 「いや、そうだけど……。って!違う!どうして生徒以外が劇に参加すんだってこと!皆納得しないだろ!」
委員長「納得?」
那智 「あぁ」
委員長「するよなぁ?」

委員長、教室にいる生徒に問いかける

全員 「いいんじゃねぇー?」
那智 「な、そんな適当な…」

呆れる那智

委員長「な?いいだろ?」
那智 「いいだろ?って……。か、輝夜は嫌だよな?こんなめんどくさいこと嫌いだもんな?」

縋るように言う那智

輝夜 「何をするのだ」
那智 「何をするって、あぁ!」

那智、何かを閃く

那智 「毎日ここに来てめんどくさーい劇の練習させられるんだよ!委員長には下手糞って詰られるし、そういう無礼なのは嫌いだろ?」

何とかして断らせようとする那智

輝夜 「毎日ここに来るのか」
那智 「あぁそうだよ!めんどくさいだろ?」
輝夜 「そうか。分かった。おい、でかいの」

輝夜、委員長を見る

委員長「でかい……?」
輝夜 「特別に私がその役をやってやっても構わないぞ」
那智 「えぇ!?なんで!!」
輝夜 「毎日ここに来られるのだろう?願ってもないことだ」
那智 「あっ!……くそ…」

那智、頭を抱える

委員長「よっし!これで役は全員集まったぞ!本番まであと二週間!皆頑張るぞ!」
全員 「おー」

疎らに答える教室にいる生徒



・教室

達弘 「かぐや姫!」

達弘、輝夜、芝居をしている
委員長、前に座って指示を出している
その隣に立っている那智

輝夜 「おい、でかいの」
委員長「はっ?」
輝夜 「どうして帝が眼鏡なのだ」
達弘 「なっ、今練習中だぞ……」

呆れる達弘

委員長「どうしてって……」
輝夜 「どうして那智ではない?」
那智 「なんで俺なんだよ…俺は翁」
輝夜 「私はこいつのことなど好きにはなれない」

剥れる輝夜

那智 「芝居してんだよ!お前芝居知ってるって言ってただろ!?ホントにするんじゃないの!文句言うなら帰れ!」
委員長「大木…いつになくやる気になってんじゃねぇか…。やっぱり輝夜さんに来てもらってよかった…」

喜ぶ委員長

那智 「はぁっ!?そうじゃなくて!」
輝夜 「はぁ……。まぁ不本意だがこれも那智のためだ。仕方ない」

輝夜、達弘を見る

達弘 「なんだよっ!」
輝夜 「ふんっ」

ぷいっとそっぽを向く輝夜

達弘 「おい!」



・御門呉服店

輝夜の衣装合わせをしている
雅な着物を着ている輝夜

那智M「とんでもないことになってしまったけど、意外に輝夜はちゃんとやるらしく、台詞なんかも覚えていた。絶対無理だと思っていたのに、こうも軽々とこなされるとなんだか腹が立つような…。普段からもこんなになんでも自分でやってくれればいいのに…」



・自室

窓辺に座って台本を持っている輝夜
那智、ベッドに座って台本を持っている
練習をしている二人

那智M「準備は着々と進み、本番まであと三日となった」



・教室

輝夜、床に座っている
その傍に立っている那智

輝夜 「申し上げなければなかったことがあるのです…。しかしお話すればきっと心を惑わされると思い、今まで黙って過ごしてきました。けれどもそうしてばかりもいられません……」

輝夜、那智を見上げる

輝夜 「私はこの国の人ではないのです。月の都の人なのです」
那智 「……」

台詞を言う輝夜をただ見ている那智



・自室

暗い部屋の中、窓辺に座って空を眺めている輝夜
ベッドでは那智が眠っている

輝夜 「……」

那智の寝顔をそっと見ると、また空に目線を移して
月を見る

声  『輝夜』

輝夜 「っ!?」

輝夜、一瞬どこからともなく聞こえた声に驚き
辺りを見回すが、誰もいない

輝夜 「……」

輝夜、もう一度月を見上げて不安そうな顔をする

那智 「……ん…」
輝夜 「……」

目を覚ます那智
窓辺に座っている輝夜を見る

那智 「ん……輝夜…?」
輝夜 「那智…」

輝夜、那智を見て少し微笑む

那智 「なんだよ…眠れないのか…?」

寝ぼけ眼で輝夜を見る那智

輝夜 「いや」

那智、目を擦りながら起き上がるとベッドに座る

那智 「何見てたんだよー…」
輝夜 「ふっ。寝ぼけているのか?」

優しく微笑むと、那智の頬を撫でる輝夜

那智 「寝ぼけてねぇよ……。なんか見えんの…?」

那智、輝夜の方へ近づくと外を見る

那智 「あ…月だ……」
輝夜 「あぁ」
那智 「月見してたのか?」
輝夜 「いや?そなたの寝顔を見ていた」

輝夜、微笑んで那智の頭を撫でる

那智 「ばーか。外見てたんだろ?輝夜はそこ好きだよな」
輝夜 「そうか?」
那智 「そうかって…いっつもそこにいるじゃん。特等席だろ」

笑う那智

輝夜 「私の特等席はそなたの隣だ」

輝夜、笑うと窓辺から下りて布団に入る

那智 「……」

那智、照れて剥れている

輝夜 「ほら、湯たんぽ。寝るぞ」
那智 「誰が湯たんぽだよ!」
輝夜 「ふふっ」

布団を被る二人

那智 「おやすみ…」
輝夜 「おやすみ」

目を閉じる輝夜
那智、輝夜の顔を見るとそのまま外に輝く月を見る

那智M「輝夜はかぐや姫を演じて何を思うんだろう。自分と重ねたりはしないのかな──」



・教室

授業中、また居眠りしている那智
達弘、ため息をつく



・自室

輝夜、床に座ってベッドに突っ伏して眠っている
その横には台本が開いたまま置いてある

声  『輝夜』



・輝夜の夢の中

微かに聞こえてくる声

声  『輝夜……あなたは……』
声  『だめです……』
声  『こちらに…』
声  『さぁ……もう時間……』
声  『思い出し……』
声  『別れを……』



・自室

輝夜 「嫌だ!!」

輝夜、叫びながら目を覚ます

輝夜 「はぁっ、はぁ…はぁ……」

息を切らしている
辺りを見回すが誰もいない
額に手を当てる

輝夜 「夢…か……」

傍に置いてある台本に目が行く

輝夜 「何を思い出せというのだ……」



・教室

舞台でのリハーサル前に教室で通し稽古をしている

輝夜 「私には月の都に父母がいます。ほんの少しの間とあの国からやって参りましたが、このようにこの国で長い年月を経てしまいました。あの国の父母のことも思い出さずに、ここでこのように長い間育てていただき、お爺様に慣れ親しみました。しかし月の国に帰るといって嬉しくは思いません。ただ悲しいばかり。それでも自分の心のままにならず、去ってしまわなければならないのです」

ただ台詞を言う輝夜

那智 「輝夜……?」

那智、輝夜を見て心配そうな顔をする
しかし何故か分からない輝夜

輝夜 「なんだ……」

声に出すと声が震えている

那智 「どうしたんだよ…」

那智、輝夜に近づく

那智 「なんで泣いてんだ…?」

輝夜、訳も分からずに頬に触れると指先が濡れている

輝夜 「え……?」

輝夜、瞳から涙が零れる

那智 「輝夜」

那智、輝夜の位置にしゃがむと顔を覗く

輝夜 「い、いや…これは」
委員長「そんなに役に入り込めるなんて素晴らしいじゃないか!」
那智 「え?」
委員長「大木もいいところだったのに勝手に中断するなよなー」
那智 「……」

那智、輝夜を見る
輝夜、微笑む

輝夜 「そうだぞ。役に入り込んでいただけだ。ほら、続きをするぞ」

なんでもない顔をする輝夜

達弘 「……那智」
那智 「あ、あぁ…。ごめん」

元の位置に戻る



・達弘宅

達弘 「でもすごいよなー輝夜。途中参加で一番台詞多いのにちゃんと覚えてんだもん」
那智 「ほんと。普段もこれくらいなんでもできてくれりゃいいんだけど」

話しながら部屋に入っていく那智と達弘

輝夜 「……」

輝夜、部屋に入ろうとしたところで急に立ち止まる

声  『そなたの為を思って言っているのです。このままではすべてが駄目になってしまう』

輝夜の目には達弘の部屋の中が違う場所に見えている
広い座敷の戸口に立っている輝夜
中には女性が座っており、こちらを向いて困った表情を浮かべている

女性 『すべてを投げ出して今更何になるといいましょう。そなたにはきちんと決められた道があるというのに』

女性、立ち上がるとこちらに近づいてくる

女性 『許されないことですよ。さぁ……』

手を差し伸べてくる女性

輝夜 「……」
女性 『輝夜』

手を掴まれる

輝夜 「っ……」
那智 「輝夜」

輝夜の手を掴んでいる那智

輝夜 「!」
那智 「輝夜?大丈夫か?」
輝夜 「那智……」
那智 「やっぱりお前変だよ。なんかあったんだろ?どうした?」
達弘 「そんなとこで突っ立ってないで入って来いよー」

達弘、笑っている

那智 「ほら」

那智、輝夜を引っ張ろうとする

輝夜 「帰る」

輝夜、那智の手から抜けて踵を返して歩いていく

那智 「輝夜っ!?」
輝夜 「そなたはここで眼鏡と遊んでいるがよい。私は用事を思い出したので先に失礼する」
那智 「ちょ、ちょっと待てよ!用事ってなに?」
輝夜 「母上に頼まれたことがあるのだ。忘れていた。那智、気をつけて帰ってくるのだぞ。あまり遅くならないように」

輝夜、那智の目を見ずただ歩いていく

那智 「輝夜?」



・達弘宅

那智、部屋に入ってくる

達弘 「輝夜は?」
那智 「帰った。なんかおかしいんだよなあいつ」
達弘 「そういえば今日泣いてたな…」
那智 「うん。役に入ってたってあの輝夜がって思ってたんだけどさ…」
達弘 「まさか月に帰っていくんじゃないのか…?」

那智、首を振る

那智 「あれはかぐや姫の話で自分はそうじゃないって言ってた」
達弘 「……。じゃあ一体輝夜って何者なんだよ」
那智 「…わかんねぇ」
達弘 「あいつ、確かに竹から出てきたよな。あの竹やぶで」
那智 「うん。それは輝夜も認めてた」
達弘 「一日であれだけ成長して、帰る場所もない」
那智 「……」
達弘 「なんなんだろうな…」
那智 「いつかは……」
達弘 「ん?」
那智 「いつかはあいつ、どこかに帰って行っちゃうのかな…」

那智、俯く

達弘 「那智…」



・自室

那智M「その日家に帰ってみると、輝夜はただベッドに座って俯いていた。あれだけうるさかった輝夜が、静かで、なんだか落ち着かない俺は、何かと輝夜を構ってみるのに、それでもあいつは反応せずにただ、俯いて何かを考えていた」

ベッドで眠っている二人

輝夜 『申し上げなければなかったことがあるのです…』

那智M「輝夜がかぐや姫のように、こんなことを打ち明けてきたらどうしよう」

那智M「今ではもうこいつが傍にいるのが当たり前で、笑って見送るなんて、出来そうにもないのに……」



・教室

輝夜 「那智っ」

輝夜、満面の笑みで那智に近寄ってくる
かぐや姫の衣装を着ている

輝夜 「どうだ?美しいであろう?惚れ直したか?」
那智 「い、いや。惚れ直しはしないけど、綺麗だな」

苦笑いをしている那智

輝夜 「なにぃ?まったく素直じゃない奴め。あの眼鏡でさえ私を褒めよったのに」

拗ねる輝夜
達弘が来る

達弘 「褒めてやったのになんだよその言い方は!」
輝夜 「貴様に褒められても嬉しくもなんともないわ」

ぷいっとそっぽを向く輝夜

達弘 「お前なぁ……」

呆れる達弘

那智M「翌日、朝起きてみると輝夜はいつもの輝夜に戻っていた。鬱陶しいくらいにくっついてくるし、普通に笑っている。結局こいつが何を思ってあんなに思い悩んでいたのか、聞くことも出来ずに明日はとうとう本番となった」



・自室

輝夜 「なぁ、那智」

輝夜、窓辺に座っている
ベッドで寝転んでいる那智

那智 「んー?」
輝夜 「そなたがもしかぐや姫だったならどうする?」
那智 「えー?どうするって」
輝夜 「私はかぐや姫を演じていて思ったのだ。帰りたくもない月の世界に、抗えずに連れ戻される時。必死に逃さんとしてくれている翁の手をどうして放して行けるのかと。見えない力で引き裂かれようとも、私は何とかしてここに留まっていたいと思うのだ。それで命さえ落としてしまってもいいと」
那智 「……」
輝夜 「そなたならどう思う」

那智、少し微笑んでため息をつく

那智 「かぐや姫はさ、お前みたいに我侭じゃなかったんだよ」

笑う那智

輝夜 「むっ。どういうことだ」

拗ねる輝夜

那智 「どうせ抗えない力なら、笑って別れたかったんじゃないかな」
輝夜 「笑って…」
那智 「うん。ここまで育ててくれたお爺さんの、最後の顔が泣き顔なんていやだろ?」
輝夜 「……しかし、かぐや姫はすべてを忘れてしまうのだぞ…」
那智 「……うん。でも少しの望みに賭けたっていいじゃないか。天の羽衣を着て、すべてを忘れたとしても、もしかしたらお爺さんの顔だけは覚えてるかもしれない。それが誰だか分からなくても、その笑顔だけは覚えてるかもしれないだろ?」
輝夜 「……」
那智 「悲しいままは嫌だったんだよ」
輝夜 「そうか……」
那智 「でもお爺さんは血の涙まで流してグッダグダだけどな」

笑う那智

輝夜 「私も」

輝夜、ベッドに下りてくる

那智 「え…?」
輝夜 「私も、そなたが笑っているのが好きだ」

輝夜、那智を抱きしめる

那智 「あ、あぁ…」
輝夜 「そなたは怒ってばかりだがな」

肩口で笑う輝夜

那智 「それはお前が悪いんだろ。怒らせるようなことばっかりするから」

呆れる那智

輝夜 「私は何も悪いことなどしていない。そなたが怒りやすいだけだ。いつも私は素直な自分の気持ちをそなたに伝えているだけなのに」
那智 「お前の素直は度を越えてただの我侭になってんだよ」
輝夜 「そんなことはない」

輝夜、那智から離れて剥れる

那智 「はいはい。ほら、もう寝るぞ。明日は本番なんだからな」

笑う那智

輝夜 「なんだ緊張しているのか」

布団に入る那智を見て笑う輝夜

那智 「う、うるさいな」
輝夜 「ふふっ、安心しろ。そなたがへまをしても私が助けてやる」
那智 「期待してるよ」

呆れて言う那智
笑うと那智を抱きしめて目を瞑る輝夜
ベッドには相変わらずビニールテープの境界線があるが
那智は何も言わない



・体育館

体育館には沢山の人が集まっている
照明が落とされるとゆっくりと幕が上がる

委員長『今となっては昔のことだが、竹取の翁という者がいた…』



・舞台袖

那智、舞台袖から輝夜と達弘が演技をしているのを見ている

輝夜 「私はこの世の者ではございません。ですから連れて帰られるのは大変難しいことでございましょう」

輝夜、袖で顔を隠している

達弘 「そのようなこと、信じられるものですか。私はどうしてもそなたを連れて行こう」

達弘、輝夜に近づくと輝夜にあたっていた照明が消えて見えなくなる
驚く達弘

達弘 「信じられない……。本当にそなたはこの世の者ではないのか」

一人呟き、悩む

達弘 「わかった。それならば連れて行きはしない。だから元の姿に戻りなさい。その姿を見るだけでもいい」

照明が再び輝夜に当たり、姿が見える



・舞台上

那智、輝夜、舞台の上にいる

輝夜 「私はこの国の人ではないのです。月の都の人なのです」
那智 「……」

輝夜を見つめる那智

那智M「どうしてだろう」

輝夜 「前世からの約束によって、この世界に参りました。しかしもう帰らなければなりません」

那智M「輝夜の目は、俺をただまっすぐ見ていて、なんともない、ただの演技のはずなのに、本当に輝夜にそう告げられているようで」

輝夜 「この月の十五日に、月の国から迎えがやってくるのです。避けることもできません」

那智M「翁のどうしようもない、胸が引き裂かれるような感覚を俺はただ一心に耐えようと必死になっていた」

輝夜 「あなたがこのことを聞けば、思い嘆き、悲しむことと思い、この春先から悲しみを堪えきれずにいたのです」

輝夜、泣くそぶりを見せる

那智M「輝夜は月には帰らないと言ったのに」

那智 「何ということだ…。竹の中から小さな小さなあなたを見つけて以来大切に大切に育てた我が子を、いったい誰が奪い去ってしまおうというのか…。それをどうして許せるだろうか…」

嘆く那智をゆっくりと見上げる輝夜

那智M「なぁどうして」

那智 「そんなことなら死んでしまった方がいい」

那智、泣き崩れる素振りをする
那智をゆっくりと抱きしめる輝夜

輝夜 「泣かないでください」

那智M「不安になるほど心を込めるんだ」



・舞台上

委員長「かぐや姫を早くこちらに渡しなさい」

衝立越しにいる委員長と那智、輝夜
那智、輝夜を抱きしめている
それに縋りつく輝夜

那智 「この子はあなたの求めているかぐや姫ではありません。また別の場所にかぐや姫という方がいらっしゃるのでしょう」
委員長「はぁ…。何を馬鹿なことを」

委員長、言いながら手を上げて飛ぶ車を呼び寄せる

委員長「さぁ、かぐや姫。このように汚れた場所にいてはなりません」

言うと衝立が開いていき、輝夜、惜しみながらも那智の手から離れていく

那智 「かぐや姫!」

伸ばす手が離れていく
離れた先で振り返る輝夜

輝夜 「もうどうしても抗うことはできません。せめて私の最後を見送ってはくれませんか」

那智、座り込んで俯いている

那智 「こんなにも悲しいのに、どうして見送りなどできますか……。どうしても行くというならば、私もそちらに連れていってはくれないか」

輝夜、悲しげな顔をする

輝夜 「では手紙を置いて参りましょう。私を恋しく思う折々に、これをご覧になってください」

手紙を差し出す輝夜
しかし那智、顔を上げない

輝夜 「……」
委員長「お、おい…次大木だぞ」

委員長、小声で言う

那智 「……」
輝夜 「顔をお上げになってください」

輝夜、那智に近づくと頬に触れる
首を振る那智

輝夜 「あの者が持つ天の羽衣を着れば、私の心はたちまちに変わってしまうといいます。しかし、私はあなたと過ごしたこの日々を、決して忘れることはないでしょう」
那智 「っ……」
委員長「そ、そんな台詞ないはずじゃ…」

焦る委員長
那智、ゆっくりと顔を上げる
泣いている那智
それを見て微笑むと涙を拭う輝夜

輝夜 「私はただ、心のない日々を、あなたの笑顔だけを思って生きていきたいのです」
那智 「……」
輝夜 「だからどうか、笑って私を見送ってはくれないでしょうか」

輝夜、悲しげに微笑む

那智 「わかり…ました…」

那智、絶え絶えに言うと涙を拭い立ち上がる

委員長「……」

委員長、唖然としている

輝夜 「どうか、お元気で」

輝夜、踵を返すと委員長の元へ

輝夜 「これを帝様に」

手紙と薬の壷を傍に居た生徒Aに渡す
輝夜、委員長から羽衣を受け取ると那智を見る

那智 「……」

輝夜、少し頭を下げると羽衣を着る
するともう振り返りもせずに車に乗ってしまう

那智 「……」

去っていく車をただ涙を流して見送る那智
照明が消える



・教室

夕日が差し込んでいる教室
外のグラウンドでは後夜祭の準備がされていて、生徒が沢山いる
那智、誰もいない教室で一人、椅子に座って外を見ている

輝夜 「ここにいたのか。眼鏡が探していたぞ」

輝夜、戸口で那智を見つけると微笑んで入ってくる
声に輝夜の方を見るがまた外を見る那智

那智 「どうしてあんなこと言うんだよ」

輝夜を見ずに呟く那智
輝夜、那智を後ろから抱きしめる

輝夜 「ではどうしてそなたは涙を流したのだ」
那智 「……役に入りすぎたんだ」

拗ねたように言う那智

輝夜 「ふっ。そうか。しかしあれはそなたの望みどおりだったはずだが?」
那智 「……」
輝夜 「那智?」

那智、反発もせずに外を見ている

那智 「どうせ離れなきゃいけないなら、記憶だけでも残してくれればいいのにな…」
輝夜 「……そうだな」
那智 「なぁ輝夜」

那智、輝夜の腕に触れる

輝夜 「なんだ」
那智 「お前、俺に何か隠してないか?」

輝夜、鼻で笑う

輝夜 「何故だ」
那智 「台詞のはずなのに、そうは聞こえなかった」
輝夜 「……」
那智 「本当にお前が言ってるように聞こえた」
輝夜 「那智…」
那智 「だから泣いたんだ。輝夜が月に帰っちゃうんだと思って」
輝夜 「那智」

輝夜、那智の隣に回り、自分の方を向かせて抱きしめる

那智 「……」
輝夜 「私がそなたの前からいなくなると悲しいか」
那智 「……悲しくなかったら泣いたりしない」
輝夜 「え…?」

輝夜、那智の素直な言葉に那智の顔を見る
目を合わせない那智

那智 「……なんだよ…悪いか」
輝夜 「そうではない。そなたがそう言ってくれるとは思わなかった」

驚いている輝夜

那智 「だってほんとにそう思ったんだ。それに最近お前なんか変だったじゃないか。俺になんか隠してて、突然いなくなったりしないよな?」

那智、輝夜を見る

輝夜 「……」
那智 「俺やだよそんなの。いきなり俺の前に現れたのは輝夜だぞ?勝手に俺の生活かき乱して、俺が嫌だって言っても聞かないし、我侭だし、俺に迷惑ばっかりかけて、それでそのままいなくなるなんか絶対許さないからな」
輝夜 「那智」
那智 「それにお前のその性格を許せるのも俺くらいしかいねぇよ…」

那智、目線を逸らす

輝夜 「那智」

輝夜、那智の肩を掴む

那智 「な、なに」
輝夜 「私には今の言葉が私への愛の囁きにしか聞こえなかった」
那智 「なっ、あ、愛の囁き!?」
輝夜 「那智。そなたは私を愛しているのか?」

輝夜、真剣な眼差しで那智を見ている

那智 「あっ、愛してるって……」

真っ赤になる那智

輝夜 「違うのか?」
那智 「お、俺は……その…」

輝夜、那智を見つめる

那智 「翁だから…その……」

小さい声でボソボソ言う那智
輝夜、那智の手を取って歩き出す
つられて歩く那智

那智 「ちょ、ちょっと!輝夜!?」
輝夜 「もうよい!ついて来い!」
那智 「ついて来いってどこ行くんだよ!?」



・自室

どたどた帰って来て部屋に入るとベッドに突き飛ばされる那智

那智 「か、輝夜!なにっ──」

輝夜、那智にキスをする

那智 「んっ……ぅ……かぐっ……んん」
輝夜 「ん……っ…那智」
那智 「な、なんでこんなっ…」

輝夜を見上げる那智

輝夜 「そなたが悪いのだ。あんなことを言われて我慢ができるわけがない」

輝夜、またキスをする

那智 「んぅ…あんな、ことって…」
輝夜 「那智。愛している」

輝夜、那智を見つめ、静かに言うとキスをする
しながら制服のシャツのボタンを外し、体中にキスをしていく

那智 「っぁ……かぐ、や…ん…」

那智M「舞台の上で、去っていく輝夜の後姿に手を伸ばしても、もう触れられないものなんだと思った」

那智 「あっ……や、っ……」

那智M「それこそどこか遠くへと行ってしまうかぐや姫そのもので」

輝夜 「はぁ……ん、ぅ……」

輝夜、那智を咥える

那智 「んぁっ……や、そんな…やだ……」

那智M「俺は翁のように、長い年月、愛情を込めて輝夜を育てたわけでもなく」

輝夜 「ん……っ…」
那智 「かぐっ……んぁぁ…」

那智、輝夜の長い髪を掴む

那智M「帝のように愛したわけでもない」

那智 「んっ……やっ…そんな、ところ……っ…」

輝夜、咥えながら後ろに指を入れる

那智M「ただこいつの我侭を聞いて、それに怒って、呆れたりして、同じベッドで眠っただけなのに」

輝夜 「那智……っ…」

輝夜、切ない顔で那智を見つめながらキスをすると入れる

那智 「んっ……!…あぁっ…やぁ、かぐっ…や…っ」

那智M「輝夜がいなくなるんだと考えただけで涙は溢れて止まらなくなる」

那智、泣いている

輝夜 「…っ……」
那智 「かぐやっ……ん…っ…あぁっ…」

那智、輝夜の首に腕を回してキスをねだる
それに答える輝夜

那智M「こんなにも近くにいるのに、こんなにも体温を感じるのに。触れているこの手は、どうしてあの空に浮かぶ月を掴むように空しく届かない気がするんだろう」

那智 「あぁっ、あっ……かぐや…っ…かぐやっ」
輝夜 「…ん…っ……那智…」

那智M「なぁ輝夜。俺が聞くことに、あの時みたいに馬鹿だと言って、軽く拗ねて答えて欲しい」

那智 「もっ…やぁっ……かぐ、っ……でちゃっ…うっ…」

那智、輝夜を抱きしめる

輝夜 「いいぞ…っ…イけ……出せ…」

輝夜、言いながらキスをする

那智 「あ、あぁっ…やッ…イくっ…イくっ…んっ……でちゃうっ…はぁっ…──っ!」
輝夜 「っ……」

那智M「帰る場所はここしか無いって──」



・自室

輝夜 「那智……すまない。嫌だったか…?」

那智、泣いている
その涙を不安そうな顔をして拭う輝夜
那智、首を振る

那智 「輝夜……。俺に隠し事なんかしてないよな……?どっか行っちゃったりしないよな…?」

輝夜、那智の言葉にふっとため息を吐いて微笑むと
那智の頬に触れる

輝夜 「安心しろ。そなたを悲しませることはしない」

輝夜、キスをすると微笑む

輝夜 「言ったであろう。私はそなたの笑った顔が好きなのだ」
那智 「……」
輝夜 「その笑顔を崩すようなこと、するわけがなかろう」
那智 「輝夜」

那智、輝夜を抱きしめる

輝夜 「那智…」

那智、涙を流す




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