第一章「竹取物語のような」


・教室

LHRで文化祭の話を決めている中
那智(なち)、机の上で眠っている

委員長「ということで、五組の劇は竹取物語に決定しましたー」

疎らな拍手が響く

委員長「配役はー…」

まだ眠っている那智

達弘 「那智……」

達弘(たつひろ)、後ろの席から那智を突付く

那智 「……うーん……」
達弘 「おい那智…起きろって……」
那智 「…んー…」
委員長「大木(おおき)!」
那智 「はいっ!」

那智、飛び起きる

委員長「てんめぇ俺がやりたくもねぇ仕事やってやってんのに眠りこけやがって!」
那智 「は、はい…ごめんなさい…」
委員長「てめぇが翁だよ!」
那智 「へ?」
達弘 「劇の話だよ。竹取物語だってさ」
那智 「翁?俺が?」
達弘 「そう」
那智 「なっ!なんで!?」
委員長「大木那智。お、き、な。な?」
那智 「はぁ!?わけわかんないって!なんでそれで俺が出ることになってんの!?」
委員長「馬鹿野郎。寝てた奴に文句言う権利なんかねぇっつの。んで帝はそのまま御門(みかど)でー」
達弘 「はぁ!?俺!?」
委員長「恨むなら先祖を恨め。かぐや姫は誰がやろっか。うーん…」
達弘 「なんで俺が……っつかなんで男子校でかぐや姫なんかやろうとしてんだよ…」



・竹やぶ

竹やぶの中に入っていく那智と達弘

委員長『まっ、というわけで、今日から準備に取り掛かりマース。裏方は裏方で準備してもらうので、大木と御門はちょっくら学校裏の竹やぶで良さ気な竹を何本か取ってきてネ』

那智 「達弘ー…どれにするー…?」
達弘 「うーん…どれでもいいんじゃないのー?っていうか何も本物使わなくて良かったんじゃ…」
那智 「んー…」

竹やぶの中でうろうろしている二人

那智 「なぁなぁ」
達弘 「んー?」
那智 「こうしてたらさー」

那智、落ちていた木の枝を拾って竹に当てながら歩く

那智 「ホントに光ってる竹とか見つかったりしてー」

声に出して笑う那智

達弘 「んじゃその次は金でもでてくるのかー?」
那智 「そんなことあればいいのになぁ…」
達弘 「……」

黙って立ち止まる達弘
那智、気づかずにヘラヘラしながら歩いていく

達弘 「な、那智…」

その声にやっと後ろを振り返る那智

那智 「あー?ってなに…何をそんな驚いて──」

達弘が見ている方向を見る

那智 「んぁ!?」

竹やぶの中に一本だけ光っている竹を見つける

那智 「嘘だろ!?」

達弘に飛びつく

達弘 「わ、わかんないよ…でも光ってる……」
那智 「ううう嘘!どうしよう!なぁ!達弘!どうする!?」
達弘 「お、落ち着け!一旦落ち着こう…」
那智 「夢じゃないよな!?お前も見えてんだよな!?」
達弘 「み、見えてるよ…あ!」
那智 「何!?」
達弘 「もしかして委員長のイタズラとかじゃないよな…?俺達騙されてない?」
那智 「はっ!それはあるぞ!あの委員長ならやりかねん!」
達弘 「どっかで見て…っておい!どうすんだよ!」

那智、光っている竹に走っていく

那智 「確かめるんだよ!切ったら分かるだろ!」
達弘 「そんな……」

達弘、那智の後を追う



・竹やぶ

金色に光っている竹の前で二人立っている

達弘 「で、ほんとに切るの…?」
那智 「だって切らないとわっかんねぇだろ?」
達弘 「そうだけど…」
那智 「なぁどの辺切ればいいの?」

那智、鉈を竹に当てながら聞く

達弘 「え?そ、そんなの俺が知るかよ!」
那智 「そんなぁ!だって切って中の何かが切れちゃったらやじゃん!」
達弘 「中の何かって何だよ!」
那智 「そ、そんなの…とりあえず最初はかぐや姫だろ!?」
達弘 「……ホントにでてくんのか…」
那智 「だって話の中ではそうじゃん!」
達弘 「そうだけどさ……んじゃこの光ってる上の辺りじゃない…?」
那智 「ここでいいんだな?」

那智、光っている少し上に鉈を当てる

達弘 「俺に聞くなって…」
那智 「切るぞ!」
達弘 「お、おう…」

那智、勢いで竹を切る

那智 「っ!」
達弘 「ぅっ…!」

竹の切れた辺りから光があふれ出す
目を開けていられない
しばらくすると光が止む
ゆっくりと目を開ける二人

那智 「……どうなった…?」
達弘 「竹の中は!?」

切った竹の中を覗き込む二人

那智 「……」
達弘 「……」

顔を見合わせる

那智 「なんだよ……」
達弘 「やっぱりなんかのイタズラじゃん……」

竹の中には何も無い
大きなため息を吐く二人
那智、ふと足元に目線を落とす

那智 「んなっ!?」
達弘 「ん?」

膝丈ほどの身長の子供が那智を見上げている

那智 「出たぁぁ────!」
達弘 「嘘だろぉ!?」

子供、笑っている
那智、しゃがみこんで子供を見る
薄緑の着物を着ている

那智 「か、かわいい……」

達弘もしゃがみこんで子供を見る

達弘 「まさか……」
那智 「だってこんなサイズの子供いないぜ?それに着物とか着ちゃってるよ……」
達弘 「こ、これも含めて騙されてるんじゃねぇだろうな…?」
那智 「……」

顔を見合わせる二人
子供無邪気に笑っている

那智 「お前…この中から出てきたの…?」

子供、コクコク頷く

那智 「だってさ」
達弘 「……。なぁ一つ言っていいか?」
那智 「なんだよ」
達弘 「……」
那智 「?」
達弘 「この子どう見ても男だろ…」
那智 「あ……」

子供、笑う

達弘 「話がおかしいぞ…」
那智 「……どうなってんの…?」



・教室

いろんな準備をしている生徒達
その中に竹を持って帰ってくる那智と達弘

委員長「あー!やっと帰ってきやがった!おっせぇよ!」
那智 「ご、ごめん!」
達弘 「これでいいんだよな!?」

竹を床に下ろす

委員長「あぁ、お疲れ。で、次なんだけどー…」
那智 「ごめん!俺ら今日ちょっと用事あって!」
達弘 「来週からちゃんと残るから!」

二人、走って行く

委員長「え!?ちょっと待てよ!まだ仕事はいっぱい!」
那智 「ほんとにすまん!」
達弘 「じゃあなー!」
委員長「てめぇら待ちやがれ!」



・街

息を切らして走ってくる那智と達弘

那智 「はぁっ…はぁ…もう大丈夫だよな?」
達弘 「あぁ…追っては来ないだろ。それより」
那智 「あ、あぁ…」

那智、鞄を開ける
中から子供が顔を出す

那智 「ごめんな。苦しかったろ?」
達弘 「大丈夫か?」
子供 「ふふっ」
那智 「大丈夫みたいだな」
達弘 「あぁ。それより、どうすんだよこの子…」
那智 「うーん……」
達弘 「姫じゃないにしても、竹から出てきたんだから物語そのまま進むのか?」
那智 「そうなるにしてもそうじゃないにしても、放っておくわけにはいかねぇだろ…」
達弘 「まぁな。俺達が切っちゃったんだし……」
子供 「ふふふっ」

子供、無邪気に笑っている

那智 「いいよ。うちで育てるよ」

笑って言う那智

達弘 「大丈夫なのかよ…?」
那智 「まぁなんとかなるでしょ。それにほら、こいつ可愛いじゃん」

子供の頭を撫でる那智

達弘 「でも…」
那智 「大きさもさ、なんか猫みたいだし」
達弘 「まぁ……お前がいいんだったらいいけどさ」

達弘、心配そうな顔で那智を見る

達弘 「おばさんに何て説明するんだ?」
那智 「んー?当分は黙ってていいんじゃない?」
達弘 「お前、隠れて猫飼うわけでもあるまいし…」
那智 「だって話しても信じてくれないでしょうよ」
達弘 「確かに……」

歩いていく二人



・自室

那智、達弘、ベッドの上に座っている
楽しそうにベッドの上を飛び跳ねる子供

那智 「はははっ!ホントにちっこいなぁーお前」
達弘 「なぁ、名前は?どうすんの?」
那智 「あー、どうしよっか?」
達弘 「やっぱりそこは」
那智 「竹太郎(たけたろう)?」
達弘 「えぇ!?」
那智 「竹から生まれた竹太郎なんじゃないの?」
達弘 「そんな……」

達弘、哀れな顔で子供を見る
子供、凄く嫌そうな顔をする

那智 「なに、嫌なの?」
達弘 「そりゃ嫌だろ……」
那智 「じゃあ何よ。だってこいつ姫じゃないじゃーん」
達弘 「そうだけどさ…」
那智 「うーん。じゃあ輝夜(かぐや)は?」
達弘 「輝夜ねぇ…そのまんまだけど」
那智 「輝夜でいいよな?」

子供、笑って頷く

那智 「ほら!」
達弘 「うん。ならいいんじゃない?」

三人笑いあう



・自室

那智、ダンボールに座布団を突っ込んでタオルを敷いた
簡易ベッドを作っている

那智 「できたー!今日からお前のベッドはこれな!」

上出来というような顔で輝夜を見る

輝夜 「……」

輝夜、それを見るがそっぽを向いて
那智のベッドへ上る

那智 「あ、おい!無視すんなよ!」

輝夜、大きな布団の中にもぐって器用に顔だけ出す

那智 「なんだよせっかく作ってやったのに!」

那智、膨れる

那智 「まっ、いいか」

電気を消して布団の中へ

那智 「おやすみー」

二人、寄り添って眠る



・自室

鳥の声が聞こえる
カーテンの隙間から朝の日差しが入ってくる

那智 「ん……」

寝返りを打つ那智

那智 「……ぅん…」

嗅ぎなれない匂いがする

那智 (ん……なんか…いい匂い……暖かい……)

誰かに抱き寄せられる

那智 (……大きな手…誰だっけ……っていうか…誰かと一緒に…)

那智、違和感に目を覚ます

那智 「……?」

目の前に見える誰かの胸板
長い黒髪が見える

那智 「へ…?」

見上げると見知らぬ男に抱き寄せられている

那智 「いやぁあぁぁぁぁぁ!」

那智の叫び声に男、目を覚まし
不機嫌そうな顔をして那智の口をふさぐ

男  「朝からうるさいぞ。何をそんなに驚いている」

優雅で色っぽい口調で話す男

那智 「なななななっ!誰だよあんた!」
男  「何を言っている。貴様昨日私に名前をつけたではないか」
那智 「はっ!そうだ!輝夜は!?」

那智、飛び起きて部屋を見回す

男  「私はここにいる」
那智 「え!?」
輝夜 「輝夜は私だ」
那智 「なんでぇぇぇ!?」

那智の大声に眉をしかめる輝夜

輝夜 「いちいちうるさい奴だな…」

はぁっとため息をつく

那智 「で、でも、だって…輝夜はあんなに小さくて可愛かったのに……」
輝夜 「失礼な奴め。私は今でも美しいわ」
那智 「……」

両手で顔を隠して悲しむ那智

輝夜 「なんだ。変な奴だな。それより、私は腹が減った。朝食はまだか?」
那智 「ぅっ…ぅぅ……あんなに可愛かったのに…一日でこんなになっちゃうなんて…話が違うだろぉ……」
輝夜 「何をブツブツ言っている」

輝夜、那智の顎を引く

那智 「な、なんだよ……」
輝夜 「そなた、那智といったな?」
那智 「そうだけど…」
輝夜 「悲しい顔をするな」

輝夜、那智を見つめている

那智 「え……?」
那智 (言われて見ると可愛くは無いけどすっげぇ綺麗な顔してんな……髪の毛さらさらー。睫毛なげぇー。っつか、昨日の着物より色が濃くなってる…綺麗な深緑……。言われなかったら女に見えないでもない……っていうかさっきから顔近くねぇ……?)

顔がどんどん近づく

那智 「っ…!」

那智、咄嗟に目を瞑る

輝夜 「お供が辛気臭いと気分が悪いからな」

いい捨てるとさっとベッドから立ち上がり着物を翻す

輝夜 「さっさと朝食の用意をしろ」
那智 「なっ……」

那智、口を開けて呆然とする

輝夜 「聞こえなかったのか?朝食だ」
那智 「──っ!こんのやろぉぉぉぉぉぉ!何が辛気臭いだ!何が朝食だ!何がお供だぁぁぁ!」
輝夜 「あーうるさい。居間はどこだ?さっさと行くぞ」

輝夜、耳をふさぐ仕草をしてドアを開け、
部屋を出て行く

那智 「ちょっ!ちょっと待て!」

那智、追いかけて行き、道をふさぐ

那智 「急にお前が出てきたら母さんが驚くだろ!」

輝夜、那智の後ろを見て微笑む

那智 「何笑って──」

振り向くと母がいる

那智 「母さん!」
母  「なぁに、朝から大声だして……那智の…お友達?」
那智 「ち、ちが!じゃなくて!そう!友達!ははっ…は……」

輝夜、那智を押しのけて母の前に出る

那智 「おい!」
輝夜 「あなたが母上。なんとお美しい……」
母  「まぁ……」
輝夜 「今まで生きてきた中であなた程の女性に会ったことはございません…なんという喜び」
母  「あ、あらぁ…」

照れる母

輝夜 「こんなにも美しい母上なら、さぞ料理もお上手でしょう」
母  「ま、まぁ…そんなこと無いんだけど、良かったら朝食食べてちょうだいな」
那智 「か、母さん…?」
輝夜 「なんと喜ばしいこと!ありがとうございます」
母  「ほほほっ、お上手な方ね!那智!あんたもさっさと降りてらっしゃい!」

母、上機嫌で輝夜と下へ降りていく
那智、階段の上で立ち尽くす

那智 「生きてきた中って生後二日だろ……」



・自室

輝夜、出窓に座って外を見ている
那智、ベッドの上に胡坐をかいてそれを見ている

那智M「結局あの後、母さんは輝夜の言うことにすっかり騙されていいように扱われていた。途中で起きてきた親父までスラスラと並べられる言葉に騙されていたわけだけど。何だかんだでその輝夜の言葉に乗せて、こいつをこの家にしばらくの間居候させるってことになった。良かったのか悪かったのか……」

那智 「はぁ……」
輝夜 「ん?なんだ、また辛気臭い顔をしているな」
那智 「お前のせいだよ。お前のー……」
輝夜 「?私が何かしたのか?」
那智 「あー、もういいよ。別に。言ってもわかんないだろうし」
輝夜 「んー…。確かにそなたが思っていることはまったく分からんな」

首をかしげる輝夜

那智 「はぁ…」
輝夜 「そうだ。この家には着物はないのか?」
那智 「着物?」
輝夜 「あぁ。コレだけではな…」

輝夜、袖を持ち上げて那智に見せる

那智 「あぁ…。着替えね。でも俺んちに着物なんかねぇよ?」
輝夜 「……それは困ったな」
那智 「いいじゃん。普通の服着れば。俺のだったら貸してやるよ」
輝夜 「……」
那智 「なんだよ?」
輝夜 「私はそんな下賎な着物は着たくない」

輝夜、そっぽを向く

那智 「なっ!下賎だと!?」
輝夜 「それにそなたの着物は小さいであろう?私には合わない」
那智 「わ、悪かったな!背が低くて!」
輝夜 「とにかく何か用意しろ」
那智 「くっそぉ!分かったよ!」
輝夜 「ふっ」
那智 「んでも着物なんか高価なもの簡単に買えないし……うーん…って!そうだ!」
輝夜 「ん?用意ができたのか?」
那智 「着物と言えば御門のばあちゃんだ!」
輝夜 「みかど…?」



・御門呉服店

店の前で達弘と落ち合う

達弘 「着物って言ってもさ、あの大きさじゃあ子供用でも大きいだろ?っつか、輝夜どうしたの?家に置いてきたのか?」
那智 「……」
達弘 「で、この人は…?」

那智の隣で面白くなさそうに立っている輝夜を見上げる達弘

那智 「こいつが輝夜だよ」

那智、うんざりした顔で言う

達弘 「えぇ!?」

達弘が驚くと微笑む輝夜

達弘 「何がどうなったんだ!?」
那智 「俺が聞きてぇよ!朝起きたらこんなにでっかく…!」
達弘 「へぇ……」

達弘、圧倒されて輝夜を見る

輝夜 「おい、眼鏡。さっさと着物を見せろ」
達弘 「めがっ!?」

輝夜、店の中に入っていく

那智 「おい!待てよ!勝手に入っていくな!」

追いかける那智

達弘 「ほんとにあれが昨日のあの子供かよ…」

店の前で呆然とする達弘



・店内

輝夜が着替えている最中に那智、達弘、店の中で話している

達弘 「一晩であんなになったのか…?」
那智 「そうだよ…起きたらあれだもん…可愛いかったのに…」
達弘 「……大変だな」
那智 「これからどうなるんだよもう……」
達弘 「ははは…」
那智 「母さんも親父もすっかり騙されてるし…」
達弘 「まぁ…がんばれよ。俺なんかあったら助けてやるからさ」

達弘、那智の頭を撫でる



・店内

店の奥から着替えを済ませた輝夜が出てくる
向こうで那智の頭を撫でる達弘
それに泣きつく那智
それを見て面白くない顔をする輝夜

輝夜 「……」



・店内

輝夜が近づいてくる

那智 「お、終わったか!いいじゃん!似合う!」
達弘 「うん。やっぱ普段着だったら地味な色の方がいいよな」

二人笑っている
それを見て輝夜、那智を引っ張る

那智 「ん?何…」

不思議そうに輝夜を見上げる那智
那智を後ろから抱きしめる輝夜

輝夜 「……」
那智 「なんだよ?」

輝夜、達弘を見る

達弘 「?」
輝夜 「ふっ」

自慢げに鼻で笑う輝夜

達弘 「なっ!」

その意味が分かってむっとする達弘

那智 「なんだよー急に」

何とも思っていない那智を見て
達弘、那智の腕を引っ張る

達弘 「那智、お前の好きなアイスあるんだよ。食ってけよ」
那智 「うそ!食う食う!」

腕から離れていく那智

輝夜 「むっ」

達弘、輝夜を見る
しばらく睨み合う二人

輝夜 「那智、帰るぞ」

那智の腕を取る

那智 「へ?だってまだアイス食ってないし」
輝夜 「そんなものはどうでもいい。さっさと帰るぞ」
達弘 「何言ってんだよ。食ってくよな?那智ー?」
那智 「うん!ホラ、輝夜も一緒に食おうよ。美味しいぞ?」

那智、ヘラヘラ笑っているが
その上で睨み合う二人



・自室

ベッドの上に座っている輝夜
その下に布団を敷いている那智

母  「那智ー!お風呂はいっちゃいなさーい」

一階から母が声をかける

那智 「はーい。って…なんだよ帰ってきてからずーっとそんな顔して…」

むすっとしている輝夜

輝夜 「あの眼鏡とはどういう関係なのだ?」
那智 「眼鏡?って、あぁ。達弘のことー?どういう関係もなにも、友達だよ」
輝夜 「友達?」
那智 「そう。友達。幼稚園からの幼馴染ってやつ?」
輝夜 「?」
那智 「あー、わかんないかー。まぁ一番仲いい奴かなー」
輝夜 「一番……。そなたはあいつが好きなのか?」
那智 「ん?うん。好きだよ。だから一番仲いいっつってんじゃん」
輝夜 「そうか」
那智 「なんだよ?」
輝夜 「別になんでもない。それより湯浴みだ!行くぞ!」

輝夜、立ち上がって那智の腕を引いて部屋を出る



・廊下

引っ張っていく輝夜

那智 「ちょ、ちょっと待って!湯浴みって?」
輝夜 「湯浴みだ。体を洗うのだ」
那智 「あぁ、風呂ね」



・脱衣所

脱衣所で着物を脱ぎ始める輝夜

那智 「って!なんで俺も入らなきゃなんねぇんだよ!」
輝夜 「?そなたが私を洗うのだ」
那智 「はぁ!?何言って!」
輝夜 「ほら、さっさと脱げ」

那智の服に手をかける輝夜

那智 「なななんでー!」



・風呂

輝夜 「ほら、さっさと背中を流せ」
那智 「……」

輝夜、髪を結んで椅子に座っている
その後ろにいる那智

那智 (なんで俺が……)

泡立たせたタオルで輝夜の背中を擦る那智

那智M「んでも言えばこいつまだ生まれて二日なんだよな……。それにしては態度が横暴すぎたりするけど。知ってることは知ってんのに知らないことは知らないし。どこまで分かってんだか…」

輝夜 「もっと優しくしろ。力が強い」
那智 「へいへい、すんませんね」
那智 (こいつ白いなー……。しかも薄っぺらい。筋肉とかついてんのか?こうして見たらホントに女に見える…うなじとか……って!俺何考えてんだよ!こいつは男!ちゃんと付いてんだろ!)

首を振って考えを飛ばす那智

那智 「できましたーっと!」
輝夜 「何を言っている、まだ前を洗っていないではないか」
那智 「前!?それくらい自分でやれよー…」
輝夜 「さっさとしろ」
那智 「はぁ……」

前に回って洗おうとする那智

那智 「ぅっ……」
輝夜 「?」

那智M「違う!こいつは男!白くてなんか華奢だけど!胸だって薄っぺらでなーんにもないじゃねぇか!」

那智 「……」

一息つかせると首筋から洗い始める那智

輝夜 「……っ…」
那智 「!な、何!?」
輝夜 「力が強いとさっきから言っておろう」

那智を呆れた顔で見る輝夜

那智 「も、文句あるんなら自分でやれよ!」
輝夜 「……」

那智を黙って見る

那智 「わ、分かったよ!優しくだろ!もう!」

那智M「何も考えるな俺!さっさと終わらせてしまえばいいんだ!」

目線をそらして洗う那智

那智 「今度こそ終わり!」

那智、タオルを洗面器に置く

輝夜 「はぁ……」
那智 「何だよ!文句あんのか!?」
輝夜 「ここは?」

輝夜、那智の手を取って自身を触らせる

那智 「──っ!な、何言って!」
輝夜 「すべて洗えと言っただろう?ちゃんとここも洗え」
那智 「でもだって…!こんなとこ……!」

輝夜、たじろぐ那智を見て少し笑うと
那智の手を自身に擦らせる

輝夜 「優しく……そうだ…」

顔を真っ赤にして目のやりどころに困っている那智

那智 「か、輝夜……」

どうすればいいか分からずに名前を呼ぶ

輝夜 「ん……」

輝夜、切ない顔をする

那智 「へ、変な声出すなっ…!」
輝夜 「ふふっ」

意地悪く笑うと、那智の背中に手を回し、引き寄せる

那智 「輝夜っ!?」
輝夜 「そなたのものも洗ってやる」
那智 「い、いいよっ…ちょっと…っ」

泡だった手を那智の胸に滑らせる輝夜

那智 「っ…か、ぐやっ……やめ」

輝夜から手を離そうとする那智

輝夜 「手を止めるな。そのままにしていろ」

耳元で囁く

那智 「ほんと…だめだって……っ」
輝夜 「そう言ってるわりにここは反応しているぞ……」

那智に触れる

那智 「ちがっ…!……やめ、ろ…っぁ……」

那智、その場にへたり込む

輝夜 「やめてもいいのか?」

突然手を止める輝夜

那智 「ぇ……?」
輝夜 「嫌がることはしたくない」

輝夜、目を伏せて悲しそうにする

那智 「こん、な…途中……」
輝夜 「どうしてほしい?」
那智 「そんなの……」
輝夜 「言わないと分からない。嫌なことはしたくはない……」

色っぽく見つめながら、先端にかすかに触れる

那智 「ぁっ……か、ぐや…っ」
輝夜 「なんだ?」
那智 「もっと……っ…ん……」
輝夜 「もっと?」
那智 「さわ、って……ぁん……おねがいっ…」
輝夜 「ふふっ……那智……」

那智のものを握りこんで扱く

那智 「ぁっ…やぁっ……かぐ、や……っん」
輝夜 「あまり声を出すと母上や父上に聞かれてしまうぞ……」
那智 「っ!……でもっ…こえ……でちゃぅ……っ」
輝夜 「いいのか?」
那智 「やだっ……でも…っ…」

那智、涙目で輝夜を見上げる

輝夜 「仕方ないな…」

キスで口を塞ぐ輝夜

那智 「っん……ぅ…ん…」
輝夜 「……ん……っ…」
那智 「んっ……かぐ……も……」
輝夜 「いいぞ…イけ……」
那智 「んっ!……ぁぅっ…んん…ん!───っ!」



・自室

布団に包まってブツブツ言っている那智
それを見てため息をつく輝夜

那智 「違う違う…あれは何かの間違いで……誰かが俺にとり憑いた…いや、輝夜の魔法かなんかで……とにかくあれは俺じゃない……」
輝夜 「那智、そろそろ寝たいのだが…」
那智 「そこに布団敷いてあるだろ!寝たけりゃ勝手に寝ろ!バカ!」
輝夜 「何故私が下で寝なきゃならん。それにあれはそなたが頼んでやったことだぞ」
那智 「うわぁぁぁぁぁぁ!言うな!違う!あれは俺じゃないー!」

布団に包まりながら暴れる那智

輝夜 「さっきはあんなに可愛らしかったのに」
那智 「何が可愛いだ!この馬鹿!変態!」
母  「那智!うるさいわよ!ご近所迷惑でしょ!」

一階から怒鳴られる

那智 「ぅっ……くそぉ……」
輝夜 「ほら、そろそろ観念しろ」

輝夜、那智の包まっている布団をはがそうとする

那智 「やぁめーろぉぉぉ!」

抵抗するもはがされてしまう

輝夜 「もう今日は何もしないから」

輝夜、呆れて言う

那智 「……ほんとか…?」
輝夜 「あぁ」
那智 「でも……」
輝夜 「ほら、もう少しそっちに寄れ」

輝夜、ベッドに上がって来る

那智 「じ、じゃあ俺が下で寝るっ!」

那智、ベッドから下りようとするが輝夜に手を取られる

輝夜 「駄目だ」
那智 「はぁ?なんでだよッ!」
輝夜 「そなたは私の湯たんぽ代わりだ」

輝夜、言いながら那智を布団の中に引きずり込む

那智 「ぎゃあぁぁぁ!何もしないって言ったじゃないか!」
輝夜 「だから何もしていないだろう」
那智 「大体湯たんぽってなんだよ!?俺はやだ!」
輝夜 「いいから静かにしろ」

輝夜、またも呆れて言う



・自室

那智 「いいか?この線から入るなよ!空中無し!」

那智、ベッドにビニールテープで真ん中に線を引いてそれを指差している

輝夜 「……空中無しとはなんだ…?」
那智 「いいからここから入るなってこと!少しでも入ったら蹴り出してやるからなッ!」
輝夜 「はぁ…分かった分かった」
那智 「絶対だからな!」
輝夜 「そなたは本当にうるさい奴だな。分かったからさっさと明かりを消せ」

そっぽを向いて布団を被る輝夜

那智 「っぐ……」

那智、その姿を見て負けたような気がするが
電気を消す

那智 「なんでわざわざ同じ布団なんかで……」

ブツブツ言う那智

輝夜 「うるさいぞ」
那智 「はいはい!おやすみ!」

那智、吐き捨てるように言うとそっぽを向いて寝る



・自室

鳥の鳴き声が聞こえてくる

那智 「う〜ん……むにゃむにゃ……」

那智、隣で眠っている輝夜に抱きついている

那智 (暖かい……)
輝夜 「そなたの引いたこの線の意味はなんだったのだ……?」

輝夜、呆れてもらす

那智 「へ……?」
輝夜 「それとも誘っていたのか?悪かったな、何もしてやらなくて」
那智 「〜〜〜〜っ!」

那智、完全に目を覚ますと飛び起きる

那智 「これは俺じゃないいいいいい!!」

叫ぶ那智に耳を塞ぐ輝夜

那智 「ま、また魔法使ったんだろッ!」
輝夜 「誰がまじないなど使えると言った」
那智 「だって……だってぇ……」

涙目になる那智を見るとベッドから下りる輝夜

輝夜 「寝顔は可愛いというのに」

輝夜、意地悪く笑う

那智 「なっ…!」
輝夜 「ほら、起きろ。朝食だ」

輝夜、笑いながら部屋を出て行ってしまう
後姿を呆然と見送る那智

那智 「もうやだぁああああああ!!」



・学校

チャイムが鳴っている
校舎から出てくる那智と達弘
沈んでいる那智

達弘 「今日一日中そんなだなお前……」
那智 「なぁ、達弘…お前大きめの猫いらない…?」
達弘 「猫って…輝夜だろ……いいよ俺は…」

那智、達弘の袖を掴む

那智 「何でだよっ!お前も共犯のくせにっ!」
達弘 「共犯って……可愛いから育てるって言ったのは那智だろ…?」
那智 「ぅっ……ぅぅ…だって、だって。可愛かったのは初日だけで…」

涙目になる那智

達弘 「どんな我侭言われてるのか知らないけど、あいつと俺は合わな…って。あれ」

達弘、校門を見て那智を見る

那智 「え?」

校門に輝夜が立っている

那智 「輝夜ぁ!?」



・校門

那智 「何してんだよこんなとこでッ!」

那智と達弘が輝夜に駆け寄ってくる

輝夜 「やっと出てきたか。母上にそなたの居場所を聞いたらここにいると言われたから待っていたのだ」
那智 「家にいろって言っただろ……」
輝夜 「あの部屋にいても退屈なだけだ。それより、またこいつといるのか」

輝夜、達弘を見る

達弘 「こいつって…」
那智 「友達なんだから当たり前だろー」
輝夜 「また友達か。まぁいい。帰るぞ那智」

那智の腕を取って帰ろうとする達弘

那智 「ちょ、ちょっと待てって!」
輝夜 「なんだ」
那智 「今日は達弘んちに行くんだよ」
輝夜 「眼鏡の家に?」
達弘 「また眼鏡かよ!いいよ那智。仕方ないから輝夜も連れて来いよ」

達弘、呆れている

那智 「…余計なことするなよ?」

那智、輝夜を見る

輝夜 「……」

輝夜、機嫌悪そうにする



・達弘宅

輝夜 「那智の部屋より広いな」

達弘の部屋を見回す輝夜
畳の部屋ですべて和風

那智 「悪かったな!」
達弘 「まぁまぁ。で、どうする?衣装。使い古しのとかでいいのか?」

机に台本を置いて座っている那智と達弘

那智 「いいんじゃね?なんか質素で貧乏そうな感じの。帝はやっぱり金持ちそうな感じだろうけど」
達弘 「うーん。俺んちにある分で探してみるか」

那智と達弘が話しているのを見て輝夜、立ち上がると
窓際の障子の方へ行く

輝夜 「……」

そっと障子を開けると窓があり、その下に
庭の池が見える

輝夜 「……」

池や庭を黙ってみている輝夜



・自室

夜、窓辺に座って空を見ている輝夜
りんごの入った皿を持って入ってくる那智

那智 「輝夜ー、母さんがりんご切ったから食えって」
輝夜 「……」

輝夜、黙って空を見ている

那智 「輝夜?」
輝夜 「なんだ」

輝夜、こちらを見ずに答える

那智 「りんご」
輝夜 「あぁ…」

輝夜、やっとこちらを向くと窓辺から下りてベッドに座る
那智、皿を差し出す

那智 「ん」

皿から一つりんごを取ると食べる輝夜
那智も食べるとベッドに寄りかかって座り、台本を捲る

輝夜 「眼鏡の家でもそれを見ていたな。なんだそれは」
那智 「んー?台本。文化祭で劇すんの」
輝夜 「台本?文化祭?劇……?」

小首を傾げる輝夜

那智 「あー、そっか。えーっと、今日お前が来た場所が学校な」
輝夜 「あぁ、母上がそう言っていたな」
那智 「俺達はあそこで勉強してんの。勉強分かるか?」
輝夜 「あぁ。勉学だな」
那智 「そう。でー、そこで行事があるんだよ。お祭り」
輝夜 「祭り…か」
那智 「そのお祭りで劇…えーっと…お芝居は分かる?」
輝夜 「あぁ分かる。その芝居をそなたがするのか?」
那智 「そう!で、これがそのお芝居の台詞が書いてある台本」
輝夜 「そうか」
那智 「読んでみる?」

台本を差し出す那智

那智M「ん?ちょっと待て。この台本は『竹取物語』で、輝夜は竹から出てきた不思議な人間……。見せていいのか?」

那智 「待った!」

輝夜、台本に手を伸ばそうとするが引っ込められる

輝夜 「なんだ?」
那智 「な、なぁ……輝夜の……」
輝夜 「?」

那智M「正体は何?とか聞いてもいいのか……」

那智 「……」
輝夜 「なんだ」
那智 「その……」
輝夜 「あぁ」
那智 「輝夜は……」

那智、ゆっくり輝夜を見る

母  「那智ー!お風呂入っちゃいなさーい!」

急に聞こえる声に雰囲気が壊れる

那智 「は、はい!」
輝夜 「那智?」
那智 「い、いいや」

那智、立ち上がる

那智 「なんでもない!俺、風呂入ってくる!」

那智、バタバタを部屋を出て行ってしまう

輝夜 「那智……」

輝夜、ドアの方を見ているが、机の下に置きっぱなしにされた
台本を見つける

輝夜 「……」



・風呂

湯船に浸かっている那智

那智M「一番大事なことを忘れてた…。なんかあいつが来てからバタバタしてて輝夜の正体なんか考える暇なかったっていうか」

那智、ブクブクする

那智M「でもあいつが出てきたのは確かに竹の中で、最初は猫みたいに小さくて、次の日にはでっかくなってて……」

那智M「このままいくと、輝夜は月から迎えが来て、月に帰っていくのか…?」

那智 「輝夜に聞いたって素直に答えてくれんのかな……」



・自室

那智 「輝夜ー、次風呂……」

タオルで髪を拭きながら入ってくる那智
輝夜、台本を読んでいて、丁度読み終わったところ
それを見て青くなる那智

那智 「お前、それっ─」
輝夜 「あぁ、これか。読んだが」
那智 「全部!?」
輝夜 「あぁ」
那智 「あ、あの……」
輝夜 「このかぐや姫という者はどうしてこうもすんなりと諦めてしまうのだ」
那智 「は、はぁ?」
輝夜 「もう少しこう、抵抗するなりだな」

輝夜、真面目な顔をして話す

那智 「か、輝夜…それ読んでなんとも思わなかったの…?」
輝夜 「だから、このかぐや姫の思考が理解できないと…」
那智 「それだけ?」
輝夜 「なんだ、おかしいか」
那智 「お、おかしくはないけど……」

那智を見て不思議な顔をする輝夜

那智M「輝夜って一体何なんだ…?でもこいつがかぐや姫の物語を知っても何とも思わないとなると…」

輝夜 「それより」
那智 「へ?」
輝夜 「そなた何故一人で湯浴みへ行くのだ!私の体を洗うのはそなたの仕事だぞ!」

輝夜、怒りながら那智の手を引いていく

那智 「え?ちょっ、俺もう入っ─」
輝夜 「何度も言っておろう」
那智 「だから嫌だって言ってんだろぉぉぉぉお!!」



・風呂

うんざりしながら背中を洗っている那智

那智M「輝夜は月には帰らないんだろうか」

輝夜 「那智、優しくしろと何度言えば分かるんだ」
那智 「文句言うなら自分でしろって言ってんだろ!!」

那智M「いや、帰ってもらわなきゃ困る……かも」




第二章「輝夜の気持ち」

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