第二章
・街
家の前の道を歩いてくる恵
雪が降ってくる
空を見上げる
恵 「さぶっ……」
門を開けて家に入っていく
・リビング
恵 「ただいま」
リビングの戸を開けて入ってくる恵
母 「あら、おかえりなさい」
恵 「雪降ってきたよ雪」
母 「あら、ホント?」
ソワソワしている母
恵 「なんかあったの?」
母 「ふふっ、それがね、すっごくおめでたいことがあるのよっ」
恵 「へぇ。何。哲平の弟でも生まれるのー?」
机に置いてあった郵便物を見ながら言う
母 「それもいいけど、あのね。お姉ちゃん、春くんと結婚することになったって」
恵 「え?」
動きを止める恵
母 「それだけじゃないのよ?赤ちゃんがいるんですって!」
恵 「……」
母 「お姉ちゃん、体が弱いでしょう。子供もね、もしかしたら無理じゃないかって言われてたのよ。でも神様ってやっぱりいるのかしら?お姉ちゃん頑張るって。ほんとに良かったわ。春くんもあんなにいい子なんですもの。お母さん嬉しくて嬉しくて」
恵 「……」
母 「恵?」
恵 「え?あぁ……良かったな…」
母 「お姉ちゃん、帰ってきたらおめでとうって言ってあげてね」
恵 「……うん」
恵、リビングを出て行く
・街
家を飛び出していく恵
雪が降っている
春 「恵ちゃん…?」
丁度それを見ていた春
・街
雪の降る繁華街を一人、傘も差さずに歩いている恵
恵M 「神様なんかいない」
店先からジングルベルが聞こえてくる
恵M 「先生。永遠はやっぱりあるよ。春はこの先姉ちゃんと生まれてくる子供と幸せに暮らすんだ。それはどんなに幸せなおとぎ話よりもずっとリアルな永遠なんだ。春はそういう人だから」
恵M 「この先ずっと、俺の思いは実らないまま消えることはない」
恵、男Aとぶつかる
しかし何も言わずに行こうとする恵
恵の肩を掴む男A
男A 「おい、一言なんとか…って恵じゃん」
恵 「?誰だよ…」
男A 「俺のこと忘れたの?一緒に遊んだことあるじゃーん」
ニヤニヤ笑う男A
恵 「はぁ?ごめん。記憶にないわ」
行こうとする
男A 「ちょっと待てって。なに、ご機嫌斜めなの?」
恵 「うるせぇ。離せよ」
男A 「いいじゃん。遊ぼうぜ。俺今からいいとこ行くんだけど」
恵 「?」
男A、耳元で囁く
男A 「憂さ晴らしにはいいと思うぜ」
恵、男Aの顔を疑わしげに見る
男A 「ま、強要はしねぇよ。じゃあな」
去っていく男A
恵 「おい、待てよ」
・クラブ
地下へ続く階段を下りてドアを開く
中に入っていく二人
人が賑わっている中をすり抜けて奥の扉を開く
・個室
中に入ると十畳程の部屋にソファが置いてあり
暗い照明の中に十五人ほど人がいる
男A 「適当に遊んでろ」
恵 「あぁ…」
人を見回すと声をかけてくる幼い男B
男B 「あー!恵ちゃんじゃーん!」
恵 「?」
男B 「こっち来て!」
差し出す手に引かれ隣に座る
男B 「僕のこと覚えてない?」
恵 「ごめん、覚えてない」
男B 「えぇ?ひどいなぁ。でも今日は覚えて帰ってね?」
恵 「さぁ、どうだろ」
男B 「あれぇ?なんかご機嫌斜めだね。何かあったの?」
恵 「別に。クソ寒いから機嫌悪いだけ」
恵、ポケットから煙草を出して咥える
火をつけようとするとジッポーを見て動きを止める
恵 「……」
すると男がライターを出して火をつける
恵 「ここで何してんの?」
ふかす
男B 「もうすぐ楽しいことが始まるんだよ〜」
恵 「へぇ。何」
男B 「始まるまで秘密ねぇ、それまでさ、暖かくしてあげようか?」
男B、恵の煙草を取ってキスをする
恵 「可愛いね。お前」
男B 「よく言われる」
キスをする二人
それを見ている男Aと数名
何か話している
恵は気づいていない
・個室
恵の膝の上に乗ってキスをしている男B
突然ドアが開いて男Cと男Dが入ってくる
男Cが男Dを中央にあるテーブルの上へ突き飛ばす
置いてあったグラスが落ちる
恵 「?」
男B 「やーん、恵ちゃん。もっと」
男C、男Dの頭を掴む
男C 「はーい!一番だーれだっ!」
笑いながら大声をあげる男C
ゲラゲラ笑いながら手を上げる周辺の男達
男C 「まっ、誰でもいいや。適当にやっちゃって。もう出来上がってるから」
笑いながら男Dに群がる男達
恵、それを見て不審な顔をする
恵 「何してんのあれ」
男B 「えぇ?見てわかるでしょ?遊んでるの」
恵 「はぁ?あいつは?」
男B 「あぁ、大丈夫。魔法でいい気分になっちゃってるから」
恵 「あぁ、そういうこと。どけ。俺こういうのに興味ない」
恵、男Bをどかせると部屋を出て行こうとする
しかし手を捕まえられる
男B 「だめだよ〜。次は恵ちゃんだから」
恵 「はぁ?何言って──」
男Aが来る
男A 「な〜に、帰っちゃうの〜?」
恵 「ふざけんなよ。どけ」
男A 「あっそ、そんなに早くして欲しいんなら一緒にやってやるよ」
恵の腕を取る男A
恵 「触んなッ!」
その瞬間に男Aの顔を殴って個室を出る恵
男A 「クソッおい!捕まえろ!」
男五人が追いかける
・クラブ
人を掻き分けて走り抜ける恵
後を追いかけてくる男達
階段を駆け上がる
恵 「最悪」
・街
繁華街を走りぬける恵
後を追う男達
何度か角を曲がる
・路地
行き止まりに追い込まれる恵
恵 「冗談だろ」
男A 「残念でした」
振り返ると男達がいる
囲まれる恵
恵 「なんで俺?」
男A 「お前さぁ、生意気なくせに絶対入れさせねぇんだよな?」
恵 「はぁ?何言ってんだ」
男A 「その生意気な口がどんな声して啼くのか皆興味あったわけ」
笑う男達
恵 「はっ、馬鹿じゃねぇの?誰が啼くって?」
男Aの顔に唾を吐く
男A 「そんなに早くしてほしいんだ?」
恵の顔を殴る男A
恵 「っ!」
男A 「お前ら抑えてろこいつ」
男が群がってくる
・路地
恵 「やめろッ!」
口から血が出ている恵
男四人に取り押さえられている
男A 「大人しくしてたら気持ちよくしてやるからさ」
笑うと恵のジーパンに手を掛ける
恵 「てめッ!やめろっつってんだよ!」
恵、思い切り足で男Aを蹴飛ばす
男A 「ってぇ…クソッ大人しくしてろってんだろうが!」
男A、恵を何度も殴る
恵 「っ…くっ…!誰がお前らなんかにやらせるかよッ!」
男A 「どんなに喚こうがお前が不利なのわかってんの?」
笑いながら腹を殴る
恵 「っ!」
力が抜ける恵
男A、笑いながら服に手を掛ける
男A 「最初から大人しくしてれば痛い思いしなくてすんだのにな」
恵M 「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。触るな、気持ち悪い。離せよ」
恵M 「体中が痛い。助けて。誰か。お願いだから」
恵M 「最悪だ。もう何にもなくなる。俺の居場所も、生きてる意味もなんにも。こんなときに助けてくれる人も俺にはいない。助けに来て欲しい人はもう俺のものじゃない」
恵、泣く
恵M 「やっぱり神様なんかいないんだ」
声 「こっちです!」
その声に一斉に男達が路地の先を見る
警察官が数名来る
男A 「やべぇ!逃げろ!」
男達、散らばっていく
それを追いかける警察官
恵 「……」
恵、倒れたまま空を見上げる
雪が降っている
春 「恵ちゃん!」
抱き上げられる恵
恵 「……」
春 「恵ちゃん、しっかりして!」
春、恵の頬に触れ、涙跡を拭う
しかし止まらない涙
春 「恵ちゃん、ごめん!もっと早く探してれば…」
春、涙目になって恵を抱きしめる
恵 「んで……」
春 「何?」
恵 「なんであんたが来るんだよ……」
笑う恵
恵 「っ…!」
痛みに顔を歪ませる
春 「恵ちゃん」
恵 「なんであんたが来るんだ」
恵、泣きながら春に手を伸ばす
春、抱きしめる
恵 「来なくて良かったのに。なんで俺なんかのこと探してんだよ」
春 「帰って来ないから心配で。それに恵ちゃん見たこともない顔して出て行った…」
恵 「なんでそんなに俺のこと心配してんだよ。馬鹿じゃねぇの」
春 「心配するに決まってるじゃないか」
恵 「弟だからだろ」
春 「違う」
恵 「じゃあなんで!俺のこと好きじゃないくせにッ!好きになって…くれないくせに…」
恵、春から離れて泣く
春 「恵ちゃん…」
恵 「俺春が好きだよ。ずっとずっとあんたしか好きじゃなかった。あんたが姉ちゃんのことしか好きじゃなくても、そうだって分かっても、あんたのこと諦めるなんか出来ないんだよ!助けになんか来てくれなくてよかったッ!このまま犯されて捨てられて、雪に埋もれて死んでればよかったッ!」
春 「恵ちゃん」
春、恵を抱き寄せる
恵 「離せよ…」
春 「嫌だ」
恵 「こんなことしてもどうにもなんねぇんだよ。あんた分かっててこんなことするのか?だったら最低だぞ。俺のこと心配するなら、してくれるなら突き放してくれよ!お前なんか大っ嫌いだって言ってくれッ!」
春 「そんなこと、言えないよ」
泣いている春
恵 「じゃあ好きだって言えるのか?姉ちゃんのことも何もかも捨てて俺のこと選んでくれるのか?出来ないだろッ!二つに一つしかねぇんだよ!あんたは姉ちゃんと、生まれてくる子供と、幸せに暮らすんだ。そうしないと俺が許さない。なぁ、春。お願いだから、俺のこと突き放してくれよ」
春 「できない…」
恵 「嘘でもいいから…。そうじゃないと俺、姉ちゃんにおめでとうって言えない…」
春 「言ったら君はいなくなるじゃないか」
恵 「それでいいんだよ。それがいいんだ。あんたに俺は必要じゃない」
春 「そんなことない。僕は君の傍にいなくちゃいけないんだ」
恵 「え……」
春 「約束したでしょう。僕が君の傍にずっといるって。一人になんかさせないって」
恵 「……」
春 「だからそんなこと言えないよ」
恵 「ハハハッ」
恵、春から離れて笑い出す
春 「恵ちゃん…?」
恵 「分かった。もういいよ。あんな昔の約束、もう守らなくていい。俺はもう一人ぼっちなんかじゃないから。春がいなくても、もう大丈夫」
微笑む恵
春 「……」
恵 「俺こんな目にあってるけど、でも友達もいっぱいいるんだぜ?それにもう大人だ。母さんや親父や兄貴に構ってもらえないくらいで泣くようなガキじゃねぇんだよ」
春 「でも」
恵、春の目を見る
恵 「もう手を離していいよ。あんたに心配なんかかけさせない。俺は一人で生きていける」
春 「恵ちゃん……」
恵 「大好きだったよ春。俺のたった一人愛した人だ」
春を抱きしめる
恵 「姉ちゃんのことよろしくな。泣かせたらぶん殴ってやる」
春 「…うん。絶対幸せにするから」
離れると立ち上がる恵
恵 「っ……いってぇ…」
春 「病院に──」
恵 「いいよ。大丈夫だって一日寝りゃ治る」
笑うと歩いていく恵
春 「……」
その隣に並ぶ春
・道(回想)
小学生時代
傷だらけの恵と心配そうにしている春が歩いている
春 「恵ちゃんほんとに大丈夫?病院に行ったほうが…」
恵 「だーいじょぶだって!これくらい寝てりゃ治る」
春 「でも…」
恵 「心配すんなって俺が悪いんだから」
春 「恵ちゃんは悪くないでしょ?」
恵 「先に手出したのは俺だもん。俺が悪ぃの」
春 「もう…。あんまり危ないことしないでね?」
恵 「はいはーい」
笑っている恵
春、恵の左手を握る
恵 「……」
春を見る恵
少し笑うと手を繋いで帰る二人
・道
夜、雪がちらほら降っている
回想の二人と今の二人が重なる
手を繋いで歩いている二人
恵M 「神様、いるなら叶えて欲しい。俺の精一杯の嘘がずっと春には気づかれないように。これからも嘘をつき続けることをどうか、許してください」
・自宅
家の中に入る恵と春
リビングの戸を開ける
・リビング
美紀 「恵ちゃん!?」
恵の顔の傷を見て驚く美紀
美紀 「どうしたの!?何があったの!?」
心配そうに駆け寄り、恵の頬に触れる
恵 「っ!ははっ、転んだんだ」
笑う
美紀 「うそッ!何かあったんでしょ!?」
不安そうな顔をして恵を見る
春 「ほんとだよ」
春、微笑んで美紀を見る
美紀 「春くんまで…」
恵 「ほんとだって。なぁ?」
春 「うん」
美紀 「もう…二人して…。ほんとに大丈夫なの?冷やさなきゃ」
美紀、キッチンへ行こうとするがそれを引き止める恵
恵 「いいよ。大丈夫だから、姉ちゃんは座ってて」
恵、美紀の手を引いてソファに座らせる
美紀 「恵ちゃん…」
美紀の前にしゃがむ
恵 「姉ちゃん。おめでとう。幸せになって。元気な子供生めよ?」
笑う恵
美紀 「うん…。ありがとう」
恵 「楽しみにしてるから」
恵、美紀を抱きしめる
美紀 「うん」
美紀、涙目になりながら微笑む
・風呂
シャワーを出し、頭から被る
壁に手を突いて俯く恵
恵M 「心からのおめでとう。自ら離した手はもう振り返らない。春への気持ちは消えることはないけど、俺は一人で生きていく。二人の幸せがずっと続きますように──」
恵 「っ……ぅっ……うぁ…」
声を出して泣く
恵M 「だけど今だけは許して欲しい。愛してる、愛してる。愛してる。こんなに誰かを好きになることはきっともうない─…」
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