第三章


・大教室

窓際で屯っている女子

生徒C「あっ!王子だー

窓から裏庭を見ている
下で恵が絵を描いている

生徒B「あんた帝王派じゃなかったっけ?」
生徒C「今のあの王子見てそんなこと言える子いるの?」
生徒D「だから王子は女に手出さないって」
生徒C「あれ?知らない?」
生徒D「え!?とうとう女にまで!?」
生徒B「あれでしょー、魔法の似顔絵」
生徒C「それそれ!ていうか今も描いてる」
生徒D「え?」

三人下にいる恵を見る
恵の前に座っている女子生徒

生徒D  「どういうこと?」
生徒C  「突然声かけられるのよ。似顔絵描かせてって。それで描いてもらったら幸せになれるんだって!」
生徒D  「幸せって……」
生徒B  「疑ってるでしょー?なんか描いてもらった人みーんな何かしら幸せになってんのよ。就職決まったりー、入賞したり、いいこと起きるんだって」
生徒C  「それもいいんだけどさー、王子がすーっごい優しいらしいよ。それにずーっと見つめられてんの。描いてもらってる間はもう天国にいるようだって聞いた」
生徒D  「へぇ……」
生徒B・C「あたしも描いて欲しい〜



・裏庭

恵  「俺は絶対おじさんなんか呼ばせないよ」

描きながら笑っている恵

生徒E「じゃあなんて呼ばせるんですか?」
恵  「恵ちゃん
生徒E「あははっ」
恵  「だって俺まだ二十歳だよ?せーったいヤダ」
生徒E「あたしなんか三年前からおばさん呼ばわりされてるのにー」
恵  「だめだって。そういうのはちゃんと躾けんのっ」
生徒E「躾けって?」
恵  「おじさんって呼ぶたびにケツを叩く」
生徒E「それきっと甥っ子だからですよっ。きっと次女の子だったら出来ないですっ」
恵  「う〜ん、そうだな。女の子だったらおじさんって呼ぶたびにチューしようかな
生徒E「それじゃあお父さんに怒られちゃいますよ」

笑う

恵  「怒るかな?なんか怒らなさそう」
生徒E「分からないですよぉ?あたしの兄は子供できて超変わりました」
恵  「ハハハッ。それも楽しみだな」

恵、サインをして立ち上がる

恵  「出来たよー。お疲れ様。ありがとね」
生徒E「いえ、こちらこそありがとうございました」

生徒E、立とうとする

恵  「あ、ちょっと待って」

恵、生徒Eに近づいて髪に触れる

生徒E「え?」
恵  「ほら、桜の花びら」

髪についていた花びらを取る

生徒E「あ、あの、ありがとうございます…」

照れて真っ赤になる生徒E
恵、微笑む

恵  「良かったら貰ってやって」

似顔絵を差し出す

生徒E「もちろん!大切にしますっ!」
恵  「ハハハッ。ありがとう。じゃあね」

恵、手を振ると立ち去っていく
恵の後姿をぼーっと見ている生徒E

生徒E「カッコイイ……



・絵画科教室

恵、教室の前を歩いてくる

生徒F「あ、加々見じゃーん。なぁ俺も描いて〜似顔絵」
恵  「やーだね」
生徒F「俺今度のテスト危ないんだってー」
恵  「俺を頼るな。バーカ」

笑いながら教室を覗く

恵  「やっぱりこんなとこにいたッ!」

教室の窓際で渚と話をしている俊祐

俊祐 「魔法使いが来た」

笑う
恵、教室に入ってくる

恵  「服飾のお前が何でこっちにいるんだよっ」

言いながら前の席に座る

俊祐 「あっちまで探しに行ってた?」
恵  「うん」
俊祐 「それはご苦労」
恵  「馬鹿」

呆れる

渚  「加々見の噂聞いたよ。幸せになる絵描くって」
恵  「やめてよそれ。誰が言い出したかしらねぇけど」
渚  「でも皆言ってるぞ?」
恵  「俺のお陰とかそんなんじゃないよ。そうなる人に声かけてるだけ」

頬杖をつく

俊祐 「そうなる人?」
恵  「うん。生きてて楽しいって顔してんだよ。幸せな顔。自分では気づいてないんだろうな。ほんとは自分で夢かなえたりしてるのにそれに気づいてない。そういう奴の表情見てたらこっちもそうなれるかなって」
渚  「……」
恵  「でも魔法だとか、そんなことで幸せになれるんならいいと思うよ。俺が描いてそいつが幸せになれるんなら」

笑う

渚  「そうか…」

渚、悲しげな顔をする

恵  「先生?」
渚  「いや、ううん。俺まだやることあるんだ」

渚、奥へ行く

恵  「そう」
俊祐 「……」

俊祐、微笑む

恵  「あ、俺ももう帰るわ」

時計を見て立ち上がる
立ち上がる

俊祐 「バイト?」
恵  「うん。お前は?」
俊祐 「まだいるよ」
恵  「そか。んじゃまた明日」
俊祐 「あぁ」

恵、教室を出ようとする

俊祐 「恵」
恵  「ん?」
俊祐 「いや、なんでもない」
恵  「なんだそれ?じゃあな!」

笑いながら去っていく恵



・準備室

渚、窓の方を向いて立っている
後ろから抱きしめる俊祐

渚  「哉家…」
俊祐 「なんで泣いてんの」

渚、涙を拭く

俊祐 「恵が可哀想?」

渚、首を振る

渚  「そうじゃない。でも、どうしてあんなに優しい奴が好きな人と一緒になれないんだろう」
俊祐 「……」
渚  「加々見には幸せになって欲しい…」
俊祐 「あぁ。本当に。でも先生も優しいな」

俊祐、渚を振り向かせキスをする

渚  「哉家……」
俊祐 「あいつ前に進もうとしてるよ。この間も生まれてくる子供の話、楽しそうにしてた。それに今度家出るんだってさ」



・リビング

恵、リビングに入ってくる

恵  「親父、母さん。ちょっと話あるんだけど」



・二階廊下

部屋に入ろうとすると、階段を上がってくる美紀と会う

美紀 「恵ちゃん」
恵  「ん?」
美紀 「今お母さんに聞いたよ。一人暮らしするって…」
恵  「あぁ。前から考えてたんだよ」
美紀 「そっか…、寂しくなるね…」
恵  「ははっ、なんで。姉ちゃんももうすぐ春と暮らすんだろ?」
美紀 「うん…そうだけど」
恵  「俺には一人暮らしなんか無理だとでも思ってる?」

笑う

美紀 「ううん、そんなこと思わないよ。だって恵ちゃんすごくしっかりしてるもん。なんだか皆バラバラになっちゃうのかなと思って…」
恵  「何もそんな遠くに行くわけじゃねぇんだから」
美紀 「でもね、昔はお兄ちゃんと私と恵ちゃんと春くん。いつも一緒だったじゃない?お兄ちゃんが結婚して、家出て行っちゃって、いつかは皆こうなるんだって思ったら寂しくて」
恵  「いつまでも皆一緒なんて無理だよ」
美紀 「……」
恵  「マリッジブルーか?」

笑う

美紀 「…そうかな?」
恵  「大丈夫だよ。春は絶対大事にしてくれる。それ一番分かってんの姉ちゃんだろ?」
美紀 「……」
恵  「あいつのこと信じて、あいつの手ずっと握ってろよ?そうすれば絶対上手く行くから。俺が保証するよ」
美紀 「うん……。そうだね」

微笑む美紀

恵  「あぁ。ほら、こんなとこ突っ立ってちゃ体に悪いぞ」
美紀 「ふふっ、大丈夫だよ」

美紀、自室のドアノブを掴む

恵  「おやすみ」
美紀 「おやすみなさい」

恵、自室に入ろうとする

美紀 「恵ちゃん」
恵  「ん?」
美紀 「ありがとう」
恵  「あぁ」



・バー

カウンターの中でオーナーとコップを拭いている恵
ドアが開き、春が来る

恵  「おーい、新婚が夜遊びすんなよな」

笑う恵
恵の前に座る春

春  「ちゃんと許可は取ってるよ」
恵  「あっそー。なに、飲みに来ただけ?」
春  「うーん。恵ちゃんの顔見に来た」

ため息をつく恵

恵  「あんたさー…、まぁいいや」
春  「ふふっ、聞いたよ。家出るって」
恵  「あぁ…うん。まぁ」
春  「危ないことしちゃ駄目だよ?」
恵  「もう心配すんなって言ったろ?大丈夫だよ」

笑う

春  「僕には一生無理かもしれないな」

悲しげな顔をする春

恵  「……、春。あんたが心配するのは姉ちゃんとお腹の子だ」
春  「うん…」
恵  「あーもうなんでそうやってウジウジしてんだよッ!昨日姉ちゃんもそんな感じだったぞ!」
春  「え?」
恵  「マリッジブルーかなんかしらねぇけど俺に吹っかけてくんなッ!勝手にやってろバカ!」
春  「はははっ」
恵  「昨日姉ちゃんに言ったんだぞ。春なら何にも心配することないって。俺の為にもちゃんとしててくれよ」

呆れる恵

春  「うん。分かった」

微笑む春

恵  「あ、なぁそれよりさ。生まれてくる子が女の子だとするじゃん?俺がチューしたら怒る?」
春  「どうして?」
恵  「そんなことしたらお父さんに怒られますよ!って言われたんだけどなんかあんたが怒るとか想像できねーしなぁと思って」
春  「ふふっ。怒らないよ。でもね、男の子だよ」
恵  「え?もう分かんの?」
春  「ううん。まだだけど、男の子だよきっと」
恵  「なんだそれ?まぁなんか違うって言うけどさ。じゃあ俺は女の子だと思っておくかな。だって男は哲平がもういるしさぁ。女の子も抱っこしてみたいなぁ
春  「ハハハッ」



・自宅(新居)

引越し作業をしている恵
俊祐が手伝いに来ている

恵M 「梅雨に入る前に家を出た。何も変わらない日常。一人暮らしは意外と大変で、でも俺なりに充実している」



・廊下

雨が降っている
すれ違った女の子に声をかける恵
喜んでいる女の子



・絵画科教室

似顔絵を描いている恵
笑いながら話をしている

恵M 「相変わらず続けている似顔絵は、やっぱり楽しかった。幸せな顔してる奴と話をするのは楽しい。変な噂は相変わらずだけど…」



・大学内

外を歩いている恵と俊祐
蝉が鳴いている

恵  「なんか新居探すのでさー、俺に相談してきたんだよ。それで姉ちゃんも春も俺んちの近くにしようとか言い出すんだぜ?」
俊祐 「ハハッ」
恵  「俺なんの為に家出たのか言ってやりたかったよ」

呆れる恵

俊祐 「結局どうしたんだよ?」
恵  「電車で一駅。チャリンコで十分。どう思う?」
俊祐 「気の毒に」

笑う

恵  「あーもうマジであいつら馬鹿だー…」
生徒G「加々見先輩!」

生徒Gと生徒Hが駆け寄ってくる

恵   「はい?」
生徒G・H「似顔絵描いてくださいッ!」
恵   「嫌」
 
立ち去る恵

俊祐 「容赦ねぇーな」

笑う俊祐



・ショッピングセンター

ベビー用品を買いに来ている恵、春、美紀
美紀と恵がピンクの服を選んでいる
春、青い服を指差す
首を振る美紀と恵

恵M 「お腹の子は順調に育っていて、姉ちゃんの体も凄く安定していた。一緒に暮らし初めた二人も、心配することなくうまくやっている」



・自宅

恵M 「夏も終わり、少し涼しくなってきた頃。それは突然の知らせだった──」

夜中、ベッドで寝ている恵
机の上の携帯が鳴る

恵  「…ん……」

手を伸ばして携帯を取る

恵  「はい……」

恵、ベッドから飛び出して服を着ると
バイクのキーを持って家を出る



・病室前

春、母、父がいる

恵  「姉ちゃんは?」
母  「いつもの発作よ。安定してたから大丈夫だと思ってたんだけど…」
恵  「子供は大丈夫なの?」
母  「えぇ、大丈夫。でもこれからまたこうなることもあるだろうから、今日から入院することになったわ」
恵  「そう……」

恵、春を見る

恵  「大丈夫?」
春  「うん…大丈夫」

恵、春の髪をガシガシ撫でる



・病室

恵、ドアを開ける

恵M 「入院してから一ヶ月。あれ以来発作は起こっていない。姉ちゃんも元気なまま臨月を迎えた。予定日は十一月十日」

恵  「よかった起きてた」
美紀 「恵ちゃん。起きてるよー」

恵、椅子に座る

恵  「昨日来たら寝てたもん」
美紀 「え?ほんと?起こしてくれればよかったのにー」
恵  「あまりにも爆睡してたからさ」

笑う

美紀 「もー!それより、恵ちゃん学校は?」
恵  「今日は授業はありません」
美紀 「うそ!知ってるよ?今日は民芸の授業があるはずですっ」
恵  「なんで俺の授業把握してんだよ……」
美紀 「この間春くんが言ってた」
恵  「あいつまで知ってんの?親よりウザいな…」
美紀 「ふふっ。だめだよサボっちゃ」
恵  「はいはい。それよりコレ」

恵、紙袋を渡す

美紀 「?」
恵  「俊祐が作ったんだって」

美紀、中身を取り出す
黄色のベビー服

美紀 「可愛い〜」
恵  「俺はピンクにしろって言ったのにさ、黄色でいいんだとか言って」
美紀 「ふふっ、嬉しいな。ありがとうって伝えてね」
恵  「あぁ。それと俺からはコレ」

恵、画用紙と鉛筆を取り出す

美紀 「?」
恵  「俺が描く似顔絵は魔法の似顔絵で、描いた人が幸せになるんだって」
美紀 「描いてくれるの!?」
恵  「姉ちゃんとお腹の子が幸せになりますように。な?」



・病室

描いている恵

美紀 「私、恵ちゃんが描いてるところ初めて見るよ」
恵  「えー?そうだっけ?」
美紀 「うん。だって恵ちゃんいっつも恥ずかしがって見せてくれないんだもん」
恵  「いつの話だよ」
美紀 「小学生の頃かなぁ?春くんとはいつも二人でお絵かきしてたのに、私には絶対見せてくれなかったんだよ」
恵  「あ〜……思い出した」

まずい顔をする恵

恵M 「単に春を独り占めしたかっただけだ…」

美紀 「でも一度だけ私のこと描いてくれたことあったよね?」
恵  「あぁ、ピアノのやつだろ?」
美紀 「そう!でもその時も私の後ろ姿で、私は結局恵ちゃんの顔は見れなかったの」
恵  「だって前だと描けないじゃん」
美紀 「そんな理由だったの!?だったら隣で描いてくれればよかったのにー…」
恵  「あ、ほんとだ。馬鹿だったんだよあの頃の俺」

笑う

美紀 「な〜んだ」
恵  「ふふっ、ほら、今から凄くいい顔して」
美紀 「はーい。綺麗に描いてね」
恵  「はいはい」

美紀、微笑む

恵  「なに」
美紀 「ううん。恵ちゃんかっこいいね」
恵  「なんだよ急に」

照れる

美紀 「私の自慢の弟だよ」
恵  「そんなに綺麗に描いて欲しいの?」

笑いながら言う

美紀 「ううん。ほんとに。小さい頃からずっと。恵ちゃんは私の自慢の弟だったの」
恵  「……」
美紀 「器用でなんでも出来て、運動会ではいっつも一番。いつでも私を気遣ってくれて、私を置いてけぼりになんか一度もしなかった。それなのに、恵ちゃんにはいっつも我慢ばっかりさせてたよね。でも私、恵ちゃんの泣いてるところ見た事ないよ。私の知らないところで恵ちゃんはきっと辛い思いしてたんだと思う。こんなお姉ちゃんでごめんね。今まで本当にありがとう」
恵  「……」

恵、俯く

美紀 「恵ちゃん」
恵  「謝るなよ…」

恵、泣いている

恵  「俺姉ちゃんのこと嫌いだなんて一度も思ったことない。俺にだって自慢の姉ちゃんだよ。俊祐になんかいっつもシスコンだって馬鹿にされるくらいだ」

笑う
美紀、恵を抱き寄せ頭を撫でる

美紀 「ありがとう。私もね、涼子ちゃんにブラコンだって言われるんだ。同じだね」
恵  「こんな会話誰かに聞かれてたら確実に気持ち悪いと思われるな」
美紀 「いいよ。本当のことだもん」
恵  「あーもう!」

離れる

恵  「続き!」

鉛筆を持ち直す

美紀 「はーい」

笑い合う二人



・病室

恵  「はい、どうぞ」

出来上がった似顔絵を渡す

美紀 「わーい一生大事にするね!」

嬉しそうにする美紀
それを見て微笑む恵



・病室前廊下

夕暮れ時、恵が戻ってくる

恵  (帽子忘れた……)

ドアが少し開いている
ノックをしようとすると中の様子が見える

恵  「っ……!」

春と美紀がキスをしている
咄嗟に隠れる恵

恵  「……」

壁に背中をついて髪をくしゃっと握る

恵M 「まだ俺の気持ちは泥になって底に溜まってる。それが時々かき回されてそこら中に浮かんでくる…」

恵M 「見たくなかった」

美紀 「私今日初めて恵ちゃんが泣いてるところ見たんだよ」

中から声が聞こえてくる

恵  「……」
美紀 「ホントは泣き虫なの知ってたの」
恵  (え…?)
美紀 「でも私にはそんな姿見せてくれなかった」
春  「心配かけたくなかったんだよ」
美紀 「うん。私春くんが羨ましいよ」
春  「どうして?」
美紀 「いろんな恵ちゃんを知ってるでしょ?泣き虫な恵ちゃんも、怒ってる恵ちゃんも。私の知らない恵ちゃんをいっぱい知ってる。春くんにはどんな姿でも見せれるんだよ」
春  「……」
美紀 「きっと恵ちゃんにとって春くんは一番分かってくれる人で、一番傍に居て欲しい人なんじゃないかな…」

恵、俯く

美紀 「だからね、春くん。恵ちゃんの傍にこれからもずっと居てあげてね」
春  「うん…」
美紀 「ふふっ。私これから頑張るんだ」
春  「何を?」
美紀 「恵ちゃんともっと仲良くなるの。だってこれから私にはこの子っていう味方が出来るんだもん。恵ちゃんとっても子供が好きだから、きっとこの子と一緒にいろんな恵ちゃんを知っていけると思うの」

嬉しそうに話している美紀

美紀 「春くんには負けないんだからね」
春  「うん。僕も負けていられないな」

笑う二人

恵  「……」

恵、壁伝いに両手で頭を抱えてしゃがみこむ

恵M 「馬鹿じゃないの…。ほんとに…なんで俺なんかのこと…」

恵、立ち上がると泣きながら立ち去る

恵M 「誰が泣き虫だばーか」



・大学内

一人で歩いている恵

春  「恵ちゃん」

後ろから春が来る

恵  「あれ。なんでいんの?」

並んで歩き始める二人

春  「授業あったから」
恵  「仕事は?」
春  「今日は休み。今からバイト?」
恵  「いや、病院行こうと思って。春は?」
春  「僕も行くよ」



・バス

並んで座っている二人
春、窓の外を見ている

恵  「雨降りそうだな」
春  「え?」
恵  「雨。曇ってきただろ」
春  「あぁ、そうだね。傘持ってないや…」
恵  「……なんかあった?」
春  「ううん。どうして?」
恵  「いや、なんかボーっとしてるし」
春  「そうかな」
恵  「……」

疑わしい目で見る恵
春、相変わらず外を見ている



・病院廊下

窓を見る恵
雨が降っている

恵  「あーあ、降って来た。帰りに傘買うかー…」
春  「……」

春、立ち止まる

恵  「?」

恵、春を見てからその目線の先を見る
美紀の病室を慌しく出入りしている看護士
恵、駆け寄る

恵  「どうしたんですか!?」
看護士「あ、弟さんよね?それに旦那さんも。発作が起きたの。先生から説明があるからここで待機しててください」
恵  「わかりました」

看護士、去っていく
恵、春を見る

恵  「おい、春。大丈夫か?」
春  「……」

春、額を押さえ俯く

恵  「春はここで待ってろ。俺母さん達に連絡してくるから」

恵、春を椅子に座らせる
俯いている春
しゃがみこんで手を取る

恵  「春。大丈夫だよ。姉ちゃんそんなに弱くねぇもん。あんたが信じてやらないでどうすんだ。な?大丈夫だから」

春の髪を撫でる

春  「うん……」

恵、頭をポンポンと撫でると去っていく



・病院前

電話をしている恵



・個室

春と母が医師に話を聞いている



・病院廊下

母から話を聞いている恵
病室の中で美紀の手を握っている春を見る

恵M 「ここに来て姉ちゃんの体は弱くなり始めてきた。予定日まであと五日」



・病室

恵、二人の所へ行く

恵  「姉ちゃん」
美紀 「恵ちゃん。大丈夫よ。心配しないで。明日には私お母さんになってるんだから」

微笑む美紀

恵  「うん」
美紀 「さっきからね、早く外に出たいってすっごく動いてるの」
恵  「ほんと?」
美紀 「ほら」

恵の手をお腹に触れさせる

美紀 「ちー。恵ちゃんだよ」
恵  「ちー?」
美紀 「そう。千尋。春くんがつけてくれたの」
恵  「やっぱり女の子だ」

恵、春を見る

春  「ううん。男の子だってば」

春、笑う

恵  「えー?あっ!動いた!」
美紀 「ちーも早く恵ちゃんに会いたいんだよね」
恵  「俺も早く会いたいよ。姉ちゃん、頑張って」

恵、美紀を抱きしめる

美紀 「うん」



・病室

壁のカレンダー
十一月六日



・手術室前

春、恵、母、父、稔、稔の妻、哲平がいる

美紀 「春くん。あの時約束したこと、忘れないでね」

春、美紀の手を握っている

春  「うん。でも大丈夫」

美紀、微笑む

美紀 「春くん。大好きだよ」
春  「愛してるよ」

春、美紀にキスをする
恵、二人を見ている
手術室に入っていく美紀

恵M 「穏やかだ」

恵M 「静かに水面は揺れていて、泥は舞うことはなかった。そうだ。これでいい。嘘はつき続けると本当になる。そうなればいいとずっと思ってた。目の前の二人を見ていて傷つくのは嫌だったから」

恵M 「俺の描く絵で幸せになれるんなら、ずっと二人を描き続けよう。俺の好きな人がずっと笑っていられるように」

恵M 「この二人はずっと幸せでなくちゃ駄目だ──」



・病院中庭

ベンチに座ってジュースを飲んでいる哲平
その隣で恵、煙草を吸っている

哲平 「俺にも赤ちゃん抱けるかな?」
恵  「抱ける抱ける。生まれたては首がぐらぐらしてるからしっかり頭持ってやるんだぞ」
哲平 「そっか。赤ちゃんってこれくらい?」

哲平、手で子猫ほどの大きさを作る

恵  「はははっ、もっとでけぇよ。これくらい」

恵、子供を抱く素振りをする

哲平 「そんなに大きいの!?俺でも大丈夫かなぁ……」
恵  「だーいじょぶだって」

恵、哲平の頭を撫でる

恵  「早く会いたいな」
哲平 「うん!俺いろんなとこ連れてってやるんだっ」
恵  「楽しみだな」

笑っている二人



・手術室前

中庭から戻ってくる二人
ふと手術室の前を見ると慌しい雰囲気

恵  「……」

母、椅子に座って俯いている
その隣で頭を抱えている父
稔が恵に気がついて駆け寄ってくる

稔  「恵!」
恵  「どうしたんだよ…」
稔  「美紀の容態が急変した…」

哲平、母親のところへ行く
哲平を抱きしめる

恵  「どういうこと…?」
稔  「……危ないかもしれないって…」
恵  「……」

恵、春を見る
春、椅子に座って手を組んで俯いている

恵  「春…」

手術室から産声が聞こえる
一斉に手術室を見る
誰も何も喋らない
手術室の扉が開く
看護士が千尋を抱いて出てくる

看護士「元気な男の子ですよ」

春、千尋を抱く
右目下に泣きボクロがある

春  「千尋……」

微笑む春

看護士「美紀さんは依然油断のできない状態です──…」



・部屋(回想)

ピアノが置いてある部屋に幼い美紀と恵がいる
ピアノの椅子に二人で並んで座っている

美紀 「ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ」

指一本で鍵盤を押さえる恵
しかし上手くいかない

恵  「もうやだー」
美紀 「うーん…上手くいかないね」
恵  「俺ピアノより絵の方がいい」
美紀 「もう少し頑張ろうよ」
恵  「やだ。だって出来ないもん。それより俺お姉ちゃんの絵描いてあげる」
美紀 「私の?」
恵  「うん!ピアノ弾いててね」

恵、椅子から下りて後ろに行く
紙と鉛筆を持つと絵を描く

美紀 「恵ちゃん、後姿を描くの?」
恵  「そう!ほら、ピアノ弾いててよ」

楽しそうに言う恵

美紀 「そっか…。何がいい?」
恵  「きらきら星のすごいやつー!」
美紀 「アハハッ。すごいやつね」

美紀、きらきら星変奏曲を弾き始める
恵、楽しそうに絵を描いている
ピアノを弾いている美紀の後姿
周りに星が光っている



・手術室前

美紀 『恵ちゃんありがとう』

恵、春の隣に座っている
春の右手を握る
握り返す春

恵M 「姉ちゃん。男の子だってさ。服また買いに行かなきゃなんねぇな。だからまだ行くな。まだ早すぎる。皆待ってるよ。ちーを抱きしめてやらなきゃいけないんだ」

恵M 「姉ちゃんは春と幸せにならなきゃなんねぇんだよ──…」

手術中ランプが消え医師が出てくる
母が駆け寄る
首を振る医師
泣き崩れる母

恵  「……」

呆然とその光景を見ている恵

美紀 『けーいちゃん』
美紀 『…そっか、気をつけてね』
美紀 『け、恵ちゃんはするどいなぁ〜』
美紀 『……春くん…』
美紀 『何ってもう私皆に自慢しちゃったよ〜!』
美紀 『私ご馳走作るから、お祝いしよう?』
美紀 『どうしたの!?何があったの!?』
美紀 『うん。ありがとう』
美紀 『そっか…、寂しくなるね…』
美紀 『なんだか皆バラバラになっちゃうのかなと思って…』
美紀 『ありがとう』
美紀 『ふふっ。だめだよサボっちゃ』
美紀 『私、恵ちゃんが描いてるところ初めて見るよ』
美紀 『私の自慢の弟だよ』
美紀 『こんなお姉ちゃんでごめんね。今まで本当にありがとう』
美紀 『わーい一生大事にするね!』
美紀 『ホントは泣き虫なの知ってたの』



・霊安室

中に入る恵
寝かされている美紀を見る

美紀 『恵ちゃんともっと仲良くなるの。だってこれから私にはこの子っていう味方が出来るんだもん。恵ちゃんとっても子供が好きだから、きっとこの子と一緒にいろんな恵ちゃんを知っていけると思うの』

恵  「姉ちゃん……」

恵、涙があふれ出す
美紀の傍へ行き、美紀の手に触れる

恵  「姉ちゃん…俺ともっと仲良くなるんじゃなかったのかよ……なぁ…、春には負けないって言ってたじゃん…いくらだって俺泣き顔見せてやるよ…泣き虫なの知ってんだろ?怒ったっていい。なぁなんでも見せてやるから…帰って来いよ…帰ってこなきゃだめなんだよ…姉ちゃんがちー抱かないでどうすんだ…愛してるって言ってやんないでどーすんだよ…春の手離すなって言っただろ……」
恵  「姉ちゃん!!」

泣き崩れる恵



・部屋

電気をつけないで
ピアノの部屋でピアノの前に座っている恵
月明かりが窓から差し込んでいる

美紀 『ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ』

恵、鍵盤を押す
主旋律だけのきらきら星を弾く
ドアが開く

春  「ここにいたの……」
恵  「……」

恵、鍵盤から手を離すと微笑む

恵  「きらきら星のすごいやつは俺には弾けねぇや」

春、微笑む

恵  「……」
春  「……」

春、封筒を差し出す

恵  「?」
春  「美紀に頼まれたんだ。一昨日。何かあったら渡してほしいって」
恵  「……」

受け取る
封筒の中の手紙を開く恵

美紀 『恵ちゃんへ。これを見ているってことは、私はもうこの世にいないんだと思います。春くんはちゃんと約束を守ってくれたみたいで良かったです。恵ちゃん。私はずっと秘密にしてたことがあるの。もしこの手紙があなたに渡らなかったら、私は一生このことは秘密にしておくつもりでした。恵ちゃんは、ずっと春くんのことが好きだったよね』

恵  「……」

美紀 『私はずっとそれに気がついていたの。でも未だにそれが恋愛感情なのかは分かりません。それでも春くんは恵ちゃんにとって、とても大切な存在なんだって分かってた。なのに私は春くんのことを好きになってしまいました。告白するとき、私はきっと断られると思ってたんだ。春くんの右手は恵ちゃんのことずっと捕まえてたから。それは今も変わらないの。春くんが落ち込んでしまう時は恵ちゃんが原因でしかなかったんだよ。二人には、誰にも分からないし、誰にも邪魔できない絆があるんだと思います。ねぇ、恵ちゃん。もしもあなたが春くんのことを恋愛感情として好きなんだったら、何も考えずに春くんの傍に居てください。それがあなた達にとって、一番良い道で、本当に進むべき道だったんだと思うから。今まで邪魔しちゃってごめんね。恵ちゃんに私は今までで一番酷い我慢をさせていたと思います。こんなお姉ちゃんをどうか許してください。恵ちゃんに一度も嫌いだと思ったことないって言われて本当に嬉しかったです。短い人生だったけど、恵ちゃんのお姉ちゃんになれたことが一番嬉しかったよ。恵ちゃん大好き

恵、便箋に涙を落とす

美紀 『春くんと千尋をよろしくね。あの似顔絵は千尋に見せてあげてください。あの私が一番綺麗だからね美紀』

恵  「ふっ。?」

泣きながら笑う恵
もう一枚便箋があることに気がつく

美紀 『PS、春くんのことはホントに愛してたんだからね!春くんを困らせないこと!あとちゃんと授業は出ないとだめだよ?心配は尽きないけど、そんなに書けないのでこのくらいにしておきます』

恵、読み終えると春を見る

恵  「読んだ?」
春  「ううん」
恵  「そ」
春  「読んでもいいの?」
恵  「駄目。俺と姉ちゃんの秘密だ」

笑う恵

春  「……」

膨れる春
恵、春の手を取る

恵  「春のこと愛してるって。あんたを困らせるなってさ」

笑う恵

春  「そう」

微笑む春



・火葬場

落ち葉が広がる芝生の上で煙が出ている煙突を見ている恵と春
喪服を着ている

恵M 「春との間に絆があるとしても、俺はもう一度手を取るつもりは無い。春もきっとそうだと思う。こいつの両手は千尋と、まだ見ぬ誰かのものでいい」



・実家

哲平、千尋をたどたどしい手で抱く
心配そうに見ている稔

哲平 「ちー」

哲平が笑うと千尋も笑う

恵  「笑ったッ!」

皆笑う



・春宅

千尋の似顔絵を描いている恵

恵M 「ただ願うのは、好きだった人の幸せと、この小さな笑顔がずっと続きますように──」








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