第四章「君のための別れ」


・電車

女子高生A、Bが椅子に座って話をしている

女子高生A「ねぇ、あれ、あの広告のって千尋じゃない?」
女子高生B「あ、ほんとだー。すっごい綺麗な顔してるよねー。女より綺麗!」
女子高生A「なんかぁ、イタリアからの帰国子女だって」
女子高生B「知ってる知ってる!あたしあの、香水の写真。待ち受けにしてる」
女子高生A「あーあれ!マジいいよね!超カッコイイ!」
女子高生B「テレビとか出ればいいのにねぇー。喋ってるとこ見たくない?」
女子高生A「見たいみたい!でもなんかー、情報無さ過ぎて超謎じゃない?」
女子高生B「だよねー。もっと知りたいのにー!」



・街

広告塔の巨大な写真を見上げる哲平

哲平M「近頃ちーはもう誰もが知ってる存在になりつつあった。相変わらず、写真の仕事しかしてなかったけど、それでも超有名ブランドの専属になったり、こんなデカイ写真になったりしてる。綺麗だってことももちろんだけど、情報を一切流さない恵ちゃんのやり方が功を奏したのか、謎の美男子≠セなんてキャッチコピーで最近騒がれている」

恵  『男同士だし、従兄弟だし、別に大丈夫だとは思うけど、あんまり大胆なことはすんなよ』

哲平M「さすがに、俺もそんなことになるとは思わないし、世間もまさかちーと俺が付き合ってるだとかは思わないだろうと思う。それでもちーのことを狙ってるカメラマンが俺のとこまで来たことにはびっくりした」



・自宅(玄関〜リビング)

玄関の扉を開けて勢いよく入ってくる千尋

千尋 「てっちゃーん!」
哲平 「え?何、どうしたの」

玄関へ行く哲平

千尋 「今ね、下にカメラ持った人がいたの!びっくりしちゃった!」
哲平 「え?ここに!?なんで!?」
千尋 「わかんない。ばれちゃったのかなー?」
哲平 「うそぉ!?」
千尋 「でも中は見えないしねぇ?どうしたんだろ…」
哲平 「なんでもいいから後つけてんじゃないの?大丈夫なのか?」
千尋 「うーん。恵ちゃんに聞いてみるけど…。ここに来れなくなったらどうしよう…」
哲平 「あー、うん。でもまさかなぁ…」
千尋 「僕やだよー…忙しいのにそれに加えて会えなくなるなんて、ホントに死んじゃう…」

千尋、抱きつく

哲平 「うーん、よしよし」
千尋 「てっちゃんにも迷惑かかっちゃうし…ホントにごめんね…」
哲平 「いいよ、俺のことは気にしないで。あんま無闇に逃げんなよ?それで事故でも起こったら、それこそ俺やだよ?」
千尋 「うん。大丈夫。気をつけるから」

千尋、キスをする

千尋 「なんか見られてるかと思ってドキドキするね」
哲平 「俺は怖いんだけど…」



・楽屋

椅子に座っている二人

千尋 「え!?海外!?なんで!?」
恵  「写真集の撮影だよ」
千尋 「なんでわざわざ海外なんかに行くの!?それにもう撮り終えたんじゃ」
恵  「お前の人気があまりにも出てきたからってクライアントの希望。ページ数増やすって」
千尋 「そんなぁ…何日?どこに?…てっちゃんに会えなくなっちゃう…」
恵  「二週間。イタリア」
千尋 「え…?」
恵  「イタリアは相模さんの希望」
千尋 「ホントに…?」
恵  「ほんとだよ。今週末出発」
千尋 「恵ちゃん!てっちゃんも一緒に連れてっちゃだめ?」
恵  「初めから答えがわかるような質問すんじゃねぇ!それでなくても狙われてんのに、何考えてんだ。しかも二週間もサラリーマンのあいつに休み取れるわけねぇだろ」
千尋 「そんな…」
恵  「たったの二週間だよ。それくらい我慢しろ」
千尋 「ううう…」
恵  「ったく」



・楽屋前

楽屋前で話を偶然聞いていた暁

暁  (なるほどねぇ…ふふっ)

ノックをする

恵  「はい」

扉を開ける恵

暁  「ロケの会議がてら、スタッフと飲みに行こうって言ってるんだけど、お二人もどうですか?」
恵  「えぇ、もう、是非」
千尋 「参加させていただきます」
暁  「それは良かった」



・居酒屋

哲平、同僚と飲んでいる

同僚A「加々見と飲むのも久しぶりだな!最近いそいそ帰っちゃうし」
同僚B「何?彼女でもできた!?」
哲平 「や、そんなんじゃねぇよ」
同僚A「うそだね!だってこいつ顔つき変わったもん!恋してるって顔!」
哲平 「はぁ!?女の子じゃあるまいし、何言ってんだよ」
同僚B「あぁー。言われて見ればそうかも…」
哲平 「お前まで…俺ちょっとトイレー」

席を立つ哲平

同僚A「あー、逃げんなよー」



・トイレ前

トイレから出てくる哲平

千尋 「あー!」
哲平 「え…?」

サングラスをかけている千尋、咳払いをする
周りを気にしてこそこそ話し方を変える

千尋 「てっちゃんも飲みに来てるの?会社の人?」
哲平 「ち、ちーか…誰かと思った」

哲平、周りを見る

千尋 「伝えたいことあったんだ。帰ったらまた連絡するよ」
哲平 「あ、あぁ…」

こそこそする

千尋 「てっちゃん…浮気しちゃ駄目だよ…?」
哲平 「ば、ばかなのこと言ってんじゃねぇよ…!」
暁  「千尋くん?」

二人ともビックリする

千尋 「あ、暁さん」
哲平 (この顔…あの時の…それにこの声…これも電話の向こうで…)
暁  「お知り合い?」
千尋 「あ、はい。従兄弟の加々見哲平さんです」
哲平 「どうも。従兄弟の加々見哲平です」
暁  「ご親族の方でしたか。私はこのたび千尋くんの写真集のカメラマンをさせていただいてます、相模暁と申します。よろしく」
哲平 「あ、はい。千尋がいつもお世話になってます」
千尋 「ふっ…」
哲平 「?」
千尋 「いや、ごめん。なんかお父さんみたいだなって」
哲平 「あぁ、まぁ、そんなもんです。はははっ」
暁  「随分仲がいいみたいですね」
哲平 「はぁ、まぁ」
哲平 (なんだ…?意味ありげに…)
千尋 「それじゃあ、僕はこれで、てっちゃんも席に戻るんでしょう?」
哲平 「あ、あぁ」
暁  「それでは」

千尋、哲平、戻っていく

暁  「加々見さん」

哲平、立ち止まって振り向く

哲平 「はい?」
暁  「いろいろと、気をつけた方がいいですよ?」
哲平 「は?どういう」
暁  「いえ、世の中いろんな人がいますから。それでは」

暁、去っていく

哲平 「……」
哲平 (なんなんだあいつ…)



・街

会社帰りに一人で歩いている哲平 
目の前にスモークの車が止まる

哲平 「なっ…」

窓が開く

暁  「お久しぶりです」
哲平 「あ、この前の…どうも」
暁  「少しお話があるんですが、時間をいただけませんか?」
哲平 「話…?今から…ですか」
暁  「えぇ、あなたのためにも、千尋くんのためにも…」
哲平 「え?千尋…?何か…」
暁  「お話は後ほど…乗ってください」

車のドアが開く

哲平 「……」

乗る



・車

暁が運転をしている、助手席に座っている哲平

哲平 「話ってなんですか」
暁  「そんなに焦らないで。いいお店があるんですよ。そこでワインでも飲みながら話ましょう」
哲平 「……」



・店

個室で向かい合わせで座っている暁と哲平
ワインを出されるが手をつけない哲平

哲平 「話ってなんなんですか…」
暁  「あなたもせっかちですね」
哲平 「話があるって仰ったのはそちらでしょう。俺は飲む気はありませんので」
暁  「そうですか、では本題に」

テーブルの上に封筒を置く暁

哲平 「なんですか…これ…」
暁  「どうぞ、中のものをお確かめになってください」

暁、表情だけで笑う

哲平 「……」

封筒を手にとって中のものを出す哲平
千尋が写っている写真が出てくる
捲っていくと千尋と哲平が玄関先でキスしている写真が出てくる

哲平 「なっ…!」
暁  「これはどういうことですかねぇ…」
哲平 「ど、どういうことって…ただの…挨拶ですよ。ご存知でしょう?あいつがイタリア育ちで、挨拶代わりにキスするっていうことくらい」

暁、立ち上がり、近づいてくる

暁  「ふふっ、千尋くんは隠しているつもりみたいですがね、私知ってるんですよ…」
哲平 「なに…を…」

耳元で囁く

暁  「あなたと千尋くんの関係を…」
哲平 「な、何を言って…!」
暁  「あなた、私と千尋くんがキスしてるところを見ていたでしょう?」
哲平 「ぇ…」
暁  「今にも泣き出しそうな顔をして去っていかれた。あなたの気持ちも分からないでもない。恋人≠ェ見ず知らずの男とキスして笑っていたんだから」
哲平 「…っ…」

暁、窓際へ行く

暁  「この写真。出回れば、大変なことになると思いますよ?今、千尋くん凄く人気があるから。それにどのメディアも千尋くんの情報を喉から手が出るほどに欲しがっている。しかもこの話題。恋人が男だっていうんだからなぁ」
哲平 「何がしたいんだ」
暁  「そうですねぇ…」

再び哲平に近寄ってくる
哲平の顎を指でなぞる暁

暁  「千尋くんと別れてもらいましょうか」
哲平 「なっ…!」
暁  「それが一番得策だとは思いませんか?この写真が出回ればあなたも会社にはいられなくなるかもしれませんよ?千尋くんもまぁ、騒がれはしますが、売名行為だとも思われるだろうなぁ…。ちょうど写真集がでますしね。いい宣伝効果だ。私はそれでもいいんですがね」
哲平 「……」
暁  「しかし、世間が同性愛をどれほど理解しているかだ。千尋くんのファンは女性ばかりですしね。ファンは激減するでしょうね。千尋くんの仕事はどんどん減っていくだろうなぁ。あなたも社会的立場を失う。最悪、遠くへ逃げなければいけなくなる可能性も」
哲平 「っ…」
暁  「さぁ、どうしますか?」

哲平、暁を睨みつける

哲平 「俺のことはどうでもいい。それで千尋は助かるんだな?」
暁  「えぇ、それは保証しますよ」
哲平 「……」
暁  「表向きだけで済むと思わないでください?」
哲平 「…え…」

暁、笑う



・自宅(玄関〜リビング)

玄関の扉を開ける哲平
千尋が部屋の中にいる

千尋 「てっちゃーん?遅かったねー、どこ行ってたの?飲み会?」
哲平 「ちー…」
千尋 「なーに?どうしたの?」
哲平 「話がある」
千尋 「うん?」
哲平 「もううちには来るな」
千尋 「え?」
哲平 「もう、会わない」
千尋 「てっちゃん?どうしたの?急に…何言ってるの?」
哲平 「ちー」
千尋 「てっちゃん…?」
哲平 「別れよう」
千尋 「え…?」
哲平 「……」
千尋 「てっちゃん!どういうこと!?どうしたの!?何があったの!?」

哲平、目線を合わせようとしない

千尋 「黙ってても僕わかんないよ!どうして!?どうしてそんなこと言うの!?」
哲平 「もう…嫌なんだ…」
千尋 「何が嫌なの!?カメラ持った人がここにも来るようになったから?それなら僕ここに来ないようにするよ。時間が経てば来ないようになるでしょ?その間、僕の家で会えばいいじゃない。ね?」
哲平 「何もかもが嫌なんだ…」
千尋 「そんな、どうして…急に…わけわかんないよ…そんなの…」
哲平 「お願いだから、もうここには来るな」
千尋 「やだよ…そんなこと言わないで…てっちゃん」
哲平 「もう、好きじゃない」
千尋 「え…」
哲平 「お前のこと、好きじゃない」
千尋 「や、やだ!お願い…そんなこと言わないで…何がいけなかったの…?僕、全部直すから…そんなこと…言わないでよ…」

涙を零す千尋

哲平 「出て行け」
千尋 「やだ」
哲平 「出て行けよ!」
千尋 「嫌だ!絶対嫌だ!お願いだよ!わけを教えて!それまで僕出て行かない!」
哲平 「わかった」
千尋 「てっちゃん」
哲平 「お前が出て行かないなら俺が出て行く」
千尋 「てっちゃん!?」

哲平、走って出て行く

千尋 「てっちゃん!」



・街

走っていく哲平

哲平M「遠くでちーの声がした。俺は無我夢中で、何もかも考えられないように走った。それでも、もっと言い方があっただろうとか、これが本当に正しい答えなのかとか、どんどん考えは溢れてくる。あんなこと言いたくなかった。ちーがどうしようもなく好きなのに。あいつがいないと、もう何もできないくらい好きなのに。どうしてこんな風にしかあいつを守ってやれないんだろう…」



・街

早朝、家の前まで戻ってくる哲平
部屋の窓を見上げると電気が消えている



・自宅(リビング)

誰もいない
テーブルの上に置手紙がある

哲平 「……」

手に取る哲平

千尋 『ずっと待っていたかったんだけど、お仕事で今日から二週間イタリアに行かなきゃいけないので一旦帰るね。でも僕は絶対に納得なんかしないから。あんな風に終わるなんて考えられないから。帰ってきたら、またちゃんと話をさせてください。何があったのか、分からないけど。お願いだから僕を捨てないでください。僕の気持ちは変わりません。愛しています。千尋』

哲平 「ぅ…っ…ぅぁ…っ…」

哲平、泣き崩れる

哲平M「千尋の最後の声が、頭から離れない。泣きながら、俺の名前を呼ぶ声が、ずっと頭をめぐっていた」



・会社

喫煙室にいる哲平
手に持ったままの煙草の火が、指に付きそうになっている

同僚B「あ、いたいたー。ってちょっと!危ないよ!火傷する!」
哲平 「え…?あ、ほんとだ…」
同僚B「ほんとだ、って…大丈夫?なんか朝から沈んでるみたいだけど…」

灰皿に押し付ける哲平

哲平 「あぁ、うん。何?」
同僚B「ホントに大丈夫?あのね、なんかアンケートとらされてて、社内新聞みたいなの作らされてんの。それに載せるんだけど、なんか紙回しても皆やらないだろってことで一人ずつ聞いて周ってんだけど、何個か質問していい?あ、名前は載らないから」
哲平 「あぁ」
同僚B「んじゃ、一つ目。学生時代に打ち込んだ部活などはありますか?それは何?」
哲平 「あー、陸上」
同僚B「そういえば言ってたねー、短距離だっけ」
哲平 「うん」

新しい煙草に火をつける哲平

同僚B「じゃあ二つ目。学生時代で一番の思い出は?」
哲平 「うーん…」

恵  『おい、哲平。こいつ俺の息子。仲良くしてやって』
哲平 『え!?息子!?女の子じゃないの!?』
恵  『違うよ。でも可愛いだろ〜?』
哲平 『うん。びっくりしたー。名前は?』
千尋 『ちー』
哲平 『ちー?』
千尋 『千尋だよー』
哲平 『そっか。ちー、よろしくな。俺哲平って言うんだ』
千尋 『てっちゃん?』
哲平 『ん?あぁ、てっちゃん。あははっ』
千尋 『てっちゃん!』

哲平 「…中二の時に、弟みたいな存在が出来たこと…」
同僚B「ふーん。そっか。んじゃあ最後。三つ目。過去の自分に一言」
哲平 「……プロポーズにイエスと答えるな…」
同僚B「…。あ、ありがとう。ねぇ、あたしが乗れる相談だったら乗るよ。大丈夫?」
哲平 「大丈夫だよ。ありがとう」
同僚B「だったらいいんだけど…」
哲平 「あぁ。大丈夫なんだ」



・イタリア

海岸で撮影をしている千尋
恵、遠くから千尋を見ている

恵   「ねぇ、ちょっと休憩入れさせてもらえる?」
スタッフA「はい、わかりました」



・海岸

スタッフA「三十分休憩でーす!」

恵、千尋の手を引っ張る

千尋 「な、永久さん…?痛い…」
恵  「いいからちょっと来い」

トレーラーに連れて行く



・楽屋

扉を閉める恵

恵  「ちー、何があった?こっち来る前からおかしいとは思ってたけど、お前普通じゃないぞ」
千尋 「普通じゃない?どうして?僕、普通だよ。お仕事もちゃんとしてるでしょ?」
恵  「それが普通じゃないって言ってんだよ!何があった!?」

恵、しゃがみこんで千尋の手を取る

千尋 「け、いちゃん…」
恵  「お前のこと何年育ててきたと思ってんの!?俺にはいえないことなの?」
千尋 「…っ…ぅ…」

千尋、涙を零す

恵  「ちー…」
千尋 「て、っちゃんが…」
恵  「うん」
千尋 「ぼ、くのこと…もう…好きじゃないって…」
恵  「え!?」
千尋 「別れようって…僕…何がなんだか…わかんなくって…どうしたらいいのかわかんなくって…」
恵  「いつ?」
千尋 「出発する前の日…家で待ってたら…帰ってくるの遅くて…」
恵  「うん」
千尋 「帰ってきたと思ったら…急に…あんな…」
恵  「急に言われたの?」
千尋 「うん…帰ってきて…すぐ」
恵  「話し合わなかったの?」
千尋 「話し合おうって言ったら、出て行けって…嫌だって言ったら、それなら俺が出て行くって言って帰ってこなかった…僕、お仕事行かなきゃいけないから…手紙置いて、帰ってきたの…」
恵  「…なんでもない振りして、仕事してたの?」
千尋 「早く終わらせて、早く帰りたいから…」
恵  「そか…。でもちー、表情に出てるよ…いつものちーじゃない」
千尋 「……」
恵  「……」
千尋 「恵ちゃん。僕…どうしたらいいの…?」
恵  「……ごめん。俺にもわかんない」
千尋 「……」
恵  「でも俺が悪いのかもしれないな…俺の考えが間違ってたのかもしれない…」
千尋 「恵ちゃん?」
恵  「ごめんな。ちー…」

千尋を抱きしめる

千尋 「恵ちゃん…?」



・浜辺

砂浜に立って、水平線を眺めている千尋

スタッフB「千尋くん。こっち来てからずーっとあんな感じだね…」
スタッフC「あの表情もすっごいいいんだけどさ、なんかこっちまで切なくなってきて」
スタッフB「あー、あたしもちょっと泣きそうになった」
スタッフC「何があったんだろうね…」
スタッフB「うん…」

波の音が響く



・ホテル

出窓に座って夜景を眺めている千尋
恵、ベッドの上で書類を確認している
ノックが聞こえる
恵、ドアを開ける

恵  「あ、相模さん。どうかされましたか?」
暁  「千尋くんをお借りしても?」

恵、窓辺の千尋を見る
千尋、ゆっくりこっちを見る

暁  「どう?あっちでワインでも」
千尋 「はい」

千尋、ゆっくり降りて来る
出て行こうとするとき、恵、耳打ちをする

恵  「無理しなくていいからな」

千尋、表情だけで笑うと出て行く

恵  (あんな顔…させたかったわけじゃないんだけどな…やっぱりこんな仕事させるんじゃなかったか…俺が出て行くべきなのか…本人に任せるか…)

ベッドに寝転ぶ恵

恵  (あー…お父さんピーンチ…春助けてくれー…)



・ホテル

暁の部屋
ワインを注ぐ暁
前に出されるが千尋、手をつけない

暁  「久しぶりのイタリアはどう?」
千尋 「…楽しいですよ」
暁  「はははっ、楽しそうな顔には見えないけど?」
千尋 「そんなことありませんよ」

千尋、表情だけで笑う
暁、近づいてきて、グラスをテーブルに置く
千尋の耳元で囁く

暁  「てっちゃん≠フことが気になる…?」
千尋 「ぇ…」

千尋、暁を見上げる

暁  「ふふっ。どうして知っているっていう顔してるね」
千尋 「何を…」
暁  「大好きなてっちゃんに振られたんだろう…?」
千尋 「……」

千尋、驚いている

暁  「知っているもなにも、私があの子に助言してあげたんだよ」
千尋 「どういうことですか…!」

暁、あの写真をテーブルの上に置く

千尋 「な、に…これ…」
暁  「よく撮れてるだろう?これをマスコミに売ったらどうなると思う?」
千尋 「ぇ…?」
暁  「目線は隠されるだろうが、すぐに分かるだろうね。あの子だって。そしたらどうだ。ホモというレッテルを貼られ、会社も辞めざるを得ないだろう。最悪今住んでいるところにも居られなくなって、あの子の人生台無しだ」
千尋 「そんな…」
暁  「あの子、それが怖くて君に別れを告げたんだよ。自分の身を守るのが一番だってね。最低な男だよ。まぁ、そんな奴とは別れて正解だと思うけどね」
千尋 「嘘だ…」
暁  「嘘?現に君は振られたんだろう?」
千尋 「てっちゃんはそんな人じゃない!どんなことになっても僕のことを守ってくれる人だ!そんな…こと…絶対にない…」
暁  「千尋くん…現実を見てみなさい。君の傍にはもうあの子はいないんだよ」
千尋 「あんたがてっちゃんの何を知ってるって言うんだよ!?」
暁  「ふふっ。何とでも思っていればいい。しかし、この写真が出回れば、あの子の人生は確実に変わる。それでもいいと言うならば、あの子の元に戻ってやればいい」
千尋 「そんな…!」
暁  「一時の感情に任せて君があの子の人生を変えてしまってもいいと思うならばそれでいいじゃないか」
千尋 「…っ」

千尋、暁を睨み付ける

暁  「はははっ、まぁよく考えるといい」
千尋 「…っ…」

もう一度近づき、囁く

暁  「あの子は君を守ろうとしていたがね…」
千尋 「っ!」

暁、笑う

千尋 「全部…全部あんたのせいだ…!僕達…何にも悪いことなんかしていないのに…どうして…こんな…こと…」

千尋、泣く

千尋 「てっちゃん…ごめんなさい…っ…」

千尋、額に手を当てて、悔しげに涙を流す
シャッターが切られる

暁  「出来るじゃないか、そういう表情が」

千尋、部屋を飛び出す



・ホテル

部屋のベッドで考え込んでいる恵
突然、千尋が泣きながら帰ってくる

恵  「ちー?」

千尋、恵に抱きつく

恵  「ちー?どうした?何があった?」
千尋 「…っ…ぅぅ…」
恵  「いじめられたのか?おい、どうした?」
千尋 「僕の…せいだ…」
恵  「ちー、どうしたんだよ」
千尋 「僕がてっちゃんに…あんなこと…言わせて…辛い思い…させてた…」
恵  「どういうこと?」
千尋 「暁さん…が、僕らの…写真…持ってて…ぅ…マスコミに…っ売ったら…てっちゃん…もう人生めちゃめちゃにされちゃうだろ…って!…てっちゃん…っぅ…僕のこと…っ、守ってくれた…んだ…」
恵  「あいつが脅してきたのか!?」
千尋 「僕…っ…僕もう帰れないよ…っ…てっちゃん…にっ…会えないっ…」
恵  「あいつが悪いんだな!?」
千尋 「…っぅ…」

恵、部屋を飛び出していく

千尋 「恵ちゃん!」



・ホテル

暁の部屋のドアを叩く恵
暁、出てくる
それと同時に暁を殴る恵

暁  「っ…」
恵  「おい、てめぇ何してくれてんだ!?」
暁  「ふっ…今騒ぎを起こしていいとは思いませんがね」
恵  「どうでもいいんだよ!そんなこと!俺は自分の息子を傷つけられて黙ってるような親じゃねぇんだ!」
暁  「何をするもなにも、ただ手に入れた情報を使って取引をしただけですよ。私はいい写真が撮れればいい。それだけの話だ」
恵  「写真?」
暁  「あなたの作戦でしょうけど、それがなければ千尋くんも、あの彼も。こんな思いをしなくてすんでいたかもしれませんね」

暁、笑う

恵  「どういうことだ」
暁  「私は本質を撮りたかっただけですよ。あんな演技をしている千尋くんを撮ったって何の面白みもない。あんなにいい素材を持っているのに、あの演技のせいで半分以上潰されていますよ。あの子は」
恵  「…」
暁  「しかし感情を出さずにはいられない状況を作り出せば、あの子もいい表情を出してくれると思っていましたからね。ちょうどいいところに舞い込んでくれました。彼は。お陰でいい写真が撮れました。はははっ」
恵  「っ!」

恵、もう一度殴る

暁  「っ!…」
恵  「何笑ってんだよ!このクソ野郎!たかが写真くらいであいつら傷つけやがって!引っ掻き回してそれで終わりか!?写真撮るために人傷つけて、お前最低だよ!」
暁  「なんとでも言うがいい。これが私のやり方だ」
恵  「くそ!」

恵、殴る
騒ぎを聞きつけてスタッフAが来る

スタッフA「どうしたんですか!?永久さん!やめてください!」
恵   「こいつのせいで!」

そこへ千尋が来る

千尋  「恵ちゃん!もういいよ…もういいから…」
恵   「ちー…」
千尋  「もういいんだ…」
恵   「っ…」
千尋  「帰ろう…」
恵   「…」

千尋、恵の手を引っ張っていく

スタッフA「…。相模さん。大丈夫ですか…」
暁    「あぁ。大したことない」
スタッフA「あの…」
暁    「このことは公にするな」
スタッフA「でも」
暁    「わかったな」
スタッフA「はい…」


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