第三章「恵ちゃんの父心とちーの夢」


・楽屋

椅子に座っている千尋と恵

千尋 「恵ちゃん、今日これで終わりだよねー?てっちゃんちまで送ってー?」
恵  「っ!ち、ちー、もう四時だぞ?あいつ寝てるよ。今日は家でいいじゃん…」
千尋 「?いいよー、顔見るだけでもいいから。そのまま僕も寝るから、また迎えに来てねー」
恵  「あ、あいつもこんな時間に来られたら、め、迷惑なんじゃない?」
千尋 「いいって言ってたもんー。どうしたの?恵ちゃん今までそんなこと言わなかったのにー」
恵  「べ!べつに!分かったよ!送ればいいんだろ!ふん!」
千尋 「恵ちゃーん?」



・自宅(寝室)

朝、鳥の鳴き声が聞こえる
目覚ましが鳴っている

哲平 「…ん…」

目覚ましを止める哲平
隣で寝ている千尋に気がつく

哲平 「あ…ちー、来てたの…?」
千尋 「んー?…もう朝…?」
哲平 「うん。でもお前仕事まだなんじゃないの?寝てろよ」
千尋 「うんー。てっちゃーん。キスしてー?」
哲平 「え、え?」
千尋 「お願い」
哲平 「…もう…」

哲平、顔を近づける

恵  「起きろー!」

恵が突然入ってくる

哲平 「う、うわぁ!」
千尋 「恵ちゃーん…?」
恵  「ちー!起きろ!仕事だ!」
千尋 「えー?でもさっき寝たとこだよー?まだ二時間も寝てないよー」
恵  「仕事ったら仕事だ!」
千尋 「やだよー…僕まだ眠いー…」
恵  「さっさとしろ!車で着替えていいから!」
千尋 「恵ちゃーん…」

恵、無理やり千尋を連れて行く

千尋 「てっちゃん助けてー…」
哲平 「し、仕事なんだろ?頑張れ…」

恵、振り返る

恵  「ばーか!ふんっ」
哲平 「は、はぁ!?俺なんかしましたか!?」
恵  「しらねぇよ!自分の胸に手当てて考えてみろ!」

玄関の扉を勢いよく閉める恵

哲平 「な、なんだよ…?」



・自宅(リビング)

夕飯を食べている哲平
電話が鳴る

哲平 「お、ちーだ」

電話に出る

哲平 「もしもし?」
千尋 『てっちゃん?今何してたー?』
哲平 「んー、飯食ってる」
千尋 『あ、そうなの?ゴメンね邪魔しちゃって』
哲平 「いいよ。どした?」
千尋 『あのね、今日は行けそうにないのー…だから声だけでも聞きたくって』
哲平 「ふーん、そっか。今は?休憩中とか?」
千尋 『うん。そーだ、あの話、考えてくれたー?』
哲平 「あの話?」
千尋 『一緒に暮らそうって話ー』
哲平 「あぁ、あれか」
千尋 『あのね』
恵  『ち、ちー!もう休憩終わるよ!』
千尋 『えー?まだもうちょっとあるでしょー?』
哲平 「いいの?」
千尋 『うん、まだ大丈夫だから。なんだかね、最近恵ちゃんおかしいんだよ?』
哲平 「え?」
千尋 『なんかねー、怒ってばっかなのー』
恵  『なっ!』
哲平 「あ…」

恵  『ばーか!ふんっ』(回想)

哲平 (そういえば…)
哲平 「なぁ、ちー?」
千尋 『なぁにー?』
哲平 「その一緒に暮らそうって話、恵ちゃんにした?」
千尋 『したよ?』
哲平 「いいって言ったの?」
千尋 『んー?考えとく…だっけ?恵ちゃん』
恵  『あ、え?何?』
千尋 『てっちゃんと一緒に暮らしてもいい?って話ー』
恵  『う、うん!あぁ!まだ考え中!』
千尋 『えー?なんでなのー?駄目なのー?』
哲平 (あー、なるほどな…)
恵  『ほ、ほら!ちー!もう時間!』
千尋 『えー?あ、ほんとだー。てっちゃんごめんね。また電話するねー』
哲平 「うん。分かった。頑張れよ」
千尋 『はーい。じゃーねー』
哲平 「じゃあな」
哲平 (恵ちゃんの気持ちも分からんでもない…ここは協力してやるか。ちーには悪いけど…)



・自宅(リビング)

風呂上りで、二人リビングにいる

哲平 「はい、水」

千尋に水を渡す

千尋 「あー、ありがとう」
哲平 「あのさ、あの話なんだけど」
千尋 「考えてくれたのー?」
哲平 「うん。まだいいんじゃないかなぁって」
千尋 「え…?てっちゃんは嫌?」
哲平 「ううん。そうじゃなくて。嫌とかじゃないよ。俺もお前と一緒に暮らした方が一緒にいられる時間が増えるだろうし、いいと思うんだけど」
千尋 「だけど?」
哲平 「まだ恵ちゃんの傍にいてあげなよ」
千尋 「え?」
哲平 「親と傍にいられる時間って実は結構短いんだよ。俺もさ、二十歳ん時に家出たんだけど人の一生のうちの二十年しか一緒にいなかったってことだよ。八十歳で死ぬとして」
千尋 「え?人は百歳まで生きるんでしょ?」
哲平 「あー、と、じゃあ百歳まで生きるとしてな、二十年。あとの八十年は他の人と暮らすんだよ。二十年なんかこれっぽっちだろ?」
千尋 「うん」
哲平 「だからさ、まだ恵ちゃんと一緒にいてあげな?最近怒ってるのもそのせいだよ、きっと」
千尋 「ほんと?」
哲平 「恵ちゃんはちーのこと死ぬほど大事にしてるからな。はははっ」
千尋 「そっかー。うん。そうだね。わかったよ」
哲平 (あの人も結構めんどくさい人だよなー…)



・千尋宅(リビング)

恵、リビングのソファに座って雑誌を読んでいる

千尋 「ねぇ、恵ちゃんー」

千尋、恵の隣に座る

恵  「んー?なにー?」
千尋 「あの話なんだけどー」
恵  「どの話ー?」
千尋 「てっちゃんと一緒に暮らしたいって話ー」
恵  「!…まだ言ってんの!?やめとけやめとけ。大体、お前あいつの何がいいわけ?金持ってないし、家だって狭いし、賃貸だし。もっといいやつが」

やたらとページを捲る恵

千尋 「…どうしてそういうこと言うの…」
恵  「え?」
千尋 「なんでそんなにてっちゃんのこと悪くいうの!?」
恵  「そ、それは…」
千尋 「てっちゃんのこと悪く言う恵ちゃんなんか大っ嫌い!」

千尋、走って出て行く

恵  「え…大っ嫌いって…俺のこと…嫌いって…」

恵、持ってた雑誌を落とす



・自宅(寝室)

眠っている哲平
電話が鳴る

哲平 「ん…何…電話…?」

電話に出る

哲平 「もしもし?」
千尋 『てっちゃーん!』
哲平 「なに、どうしたの、こんな時間に。今日恵ちゃんと話するって」
千尋 『恵ちゃんがてっちゃんの悪口言うー!』
哲平 「え?そんなのいつも」
千尋 『違うもんー!いつもと違うの!』
哲平 「はぁ?っつか今どこにいるの」
千尋 『わかんない、家の外歩いてる』
哲平 「え?何がどうなってんの?」
千尋 『あのね、恵ちゃんにね、あの話やっぱやめにするって話しようとしたらね』
哲平 「うん」
千尋 『やめとけやめとけって』
哲平 「だから、それがいつもの」
千尋 『違うもん。恵ちゃんいつもはちゃんと目を見て話してくれてたもん…』
哲平 (ややこしい親子だな…)
哲平 「それは勘違いしてただけだろ。きっと恵ちゃん、また出て行くって言うと思って言ったんだよ。で、何でもいいから話をはぐらかしたかったんじゃないのー?」
哲平 (なんで自分の悪口言ってる奴のフォローしてるわけ?)
千尋 『ほんとにー?』
哲平 「ほんとに。ちゃんと話してみろよ。恵ちゃんのこと一番知ってんのちーじゃないのー?」
千尋 『うん…。わかった。家に戻るね』
哲平 「あぁ。気をつけろよ」
千尋 『うん!てっちゃん愛してるよー』
哲平 「はいはい。おやすみ」
千尋 『おやすみー』
哲平 (あー、もう…ほんとややこしい…)

また寝る哲平



・千尋宅

玄関の扉を開ける千尋
リビングに行くが恵はいない
奥から声が聞こえてくる

恵  『なぁ春(はる)ー…なんでなんだよー…早いと思わない?まだ十八だよ十八。出て行くとかまっだまだ先だと思ってたのに…』

声のする部屋へ近づく千尋

恵  『でも俺が間違ってんのかなー…普通だったらもう出て行ってもおかしくない年?干渉しすぎ?俺ってウザい?……あんたがいたらどうしてたー?…』

部屋のドアが少しだけ開いている
仏壇の前に座って話している恵

恵  『でもさー、俺あいつのことすっげぇ大事なの…まだ、離れたくないんだよ。俺…一人になったらどうすればいいの…?寂しいんだもん…仕方ねえじゃん…あんたが早く逝くから悪いんだからな…』
千尋 「…」
恵  『あんたもよく知ってるだろうけど、俺って素直じゃないじゃん?どうにか阻止しようとか思ってたら、あーんなことなっちゃって、俺、あいつに初めて嫌いって言われたよ…そんだけあのガキのこと好きなんだろーとは思うけどさー。初めて言われてさー。お父さんショーックって感じで…ははは…』

千尋、部屋に入って行って、後ろから恵を抱きしめる

恵  「うわっ!?ちー!?いつからいたの!?」
千尋 「ごめんなさい」

千尋、泣いている

恵  「な、なに、何が?」
千尋 「僕恵ちゃんのこと嫌いなんかじゃないよ!ごめんなさい…」
恵  「あ、そんなの別に、気にしてないよ…」
千尋 「今ショーックって言ってたじゃん…」
恵  「聞いてたのかよ!」
千尋 「うん…恵ちゃん、僕まだ出て行かないよ…」
恵  「え!?」
千尋 「僕まだ恵ちゃんと一緒にいる」
恵  「お、お前…無理しなくていいんだぞ?俺のことなんか気にしなくていいんだぞ?」
千尋 「恵ちゃん、嫌なんだったら嫌って言ってよ」
恵  「……」
千尋 「恵ちゃんの意地っ張り」
恵  「嫌だよ!…やだよ…なんでお前まで早くどっか行こうとすんの!?なんでお前ら二人して俺から離れてこうとすんの!?」
千尋 「僕傍にいるよ?パパもいるもん。会えないけど、ずっといるよ」

恵、泣いている

恵  「俺、寂しいんだよ…。でもな、いつかはこうなんの分かってるよ?分かってるんだ…分かってるんだけど…まだ一緒にいてよ…」
千尋 「うん。うん。ごめんね。泣かないで」
恵  「泣いてねぇよ…」
千尋 「はははっ、そうだね」
恵  「あぁ」
千尋 「恵ちゃん。僕ね、夢があるの」
恵  「なにー」

恵、鼻水をすする

千尋 「あのね、イタリアのあの家で、僕と、恵ちゃんと、てっちゃんと、パパと。四人で暮らすの。パパのあのお店で、もう銀細工は出来ないけど何か売ったりして、のーんびり暮らすんだよ。あの頃みたいにたまーに来るお客さんとなんでもない話をして、クラウディオのパンをあの海で食べたりするのもいいね」
恵  「…っぅ…うん…そ、だな…」
千尋 「だから恵ちゃんは一人ぼっちになんか絶対にならないんだよ」
恵  「…っ…うん…」
千尋 「恵ちゃんは僕のお父さんでしょう?」
恵  「…ぅ……あぁ…」
千尋 「ずーっと一緒なんだよ」

恵、振り返って千尋を抱きしめる

恵  「ちー、ごめんな。ごめん」
千尋 「ううん。僕も、出て行くだなんて言ってごめんね」
恵  「うん…うん…」
千尋 「僕頑張って働いて、お金を貯めるから、いっぱい貯まったら、イタリアに帰ろうね」
恵  「うん…」
千尋 「パパのとこに、帰ろうね」
恵  「うん」


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