辺境監視部。
一般兵士じゃその役割や署長の名前…むしろ存在さえも知らない。

かくいうおれも、4日前に急な転属でこの部署を言い渡されたときは、新設されたのかと思った。

しかも、元上司でさえ詳しくは知らないらしく、どんな事を聞いても行ってみればわかる、としか言わなかった。
とにかく転属は決定事項だから、早いうちに荷物をまとめておけというのが、元上司の最後の言葉だった。いや、元上司が死んだわけでもなく、律儀なおれはその日に借りていた軍所有アパートの部屋の整理をしていたところ、いきなり踏み込んできた軍服に拉致られ、ドナドナの如く安っちいトラックの荷台に乗せられ、気付いたらこの街に置いてけぼりだ。

そう、おれは今とてつもなく困っている。手には郵送しようと思っていた私物の入ったダンボールが二箱。アパートは家具備え付けだったので、着替えを入れてもこれだけで収まった。着ている服は家を出たときと変わっていない、小汚いダークグリーンの軍服だし。

もうそろそろ本気で泣きたくなってきた。都心郊外の軍基地本部から、トラックに揺られて4日。名前もわからないこの街は、随分と田舎なんだろう。観光客など訪れることがないのか、街中を軽く一周はしてきたがホテルの一軒も見つからない。


「アジールにようこそ」

すぐ後ろから、耳元で囁く様に聞こえた声。艶やかな美しいテノールに、不意打ちながらもうっとりしてしまう。

「へっ?!ア、ジール?」

赤く火照った耳を押さえながら振り向くと、そこにはフードを深く被った不思議なひと。男ともとれるし、女性にも見える。

「犯罪者が復讐者から身を守るために作られた避難所」
「犯罪者…」
「お前、さっきから聞き返してばっかだなぁ」

フードで表情は見えないが、多分呆れたような顔をしてるのだろう。だが、声は楽しそうだ。

「すみません」
「いや、いんだよ。じゃ行こっか」

ぐ、と右腕を掴まれ、突然走り出したフードの人に引きずられるようにして、おれも駆け出した。腕を取られたことで、抱えていたダンボールは地面に落ちた。

「ちょっ、ちょっとアナタっ…!」
「いいからいいから」
「荷物がっ…」
「後で取りにいかせる。それでいいだろ?」
「そんなぁ…うぁっ!!」

ダンボールを置いてきた街の入り口から、スゴいスピードで繁華街を抜け、人気のなくなった一本道を駆け抜け、視界には高台が見える。街は緩く坂になっていたらしく、おれたちはそのてっぺんまで来たようだ。
腕はもう掴まれてないが、いつの間にか手と手が繋がれている。

「っふぁ、はー、はー…ホントなんなんですっ、か」

まだ息が整わず、苦しい。頭脳労働専門の部署にいたおれは、もともと運動が得意ではない。じゃあ何故軍隊にいたかというと、今の時代じゃある意味、一番安全な仕事だったから。

「舌噛まないようにしとけよ」
「は?」

上り坂のてっぺんを通り過ぎたら、後は下り坂か

「崖ぇぇええ!!?」

フードのひとは、おれと繋いだ手を離さないまま、下の森へダイブした。これは無理心中ですか?崖の上からは、地面はあんなに遠くに見えたのに、どんどん近くなってゆく。恐ろしくて声も出ない。
あと15メートル、13メートル、10メートル……

すると、フードのひとはくるっと態勢を変え、地面に足が向く。次には繋いでた手をぐっと引かれおれは脇に抱えらた。もうだめだ、と受ける衝撃に向けて目を閉じる。

「え…?」

しかし、予想していた衝撃はいつまでも訪れない。自分にかかる重力が普段と変わらないことに気付き、かたく瞑っていた目を開くと、そのひとが着地に成功したのだと分かった。

「立てるか?」
「はっ、はい……えっと、」

フードは外れ、そこにいたのは夜色の長い髪に真っ赤な瞳のひと。顔を見ても、まだ性別の判定が出来ないそのひとは、中性的な魅力に満ちていた。

「ようこそ、辺境監視部へ」
「?!…ってことは、」

崖の下の森に佇む寂れた大きな建物。

「ここがおれの…」

辺境監視部経理官、氷那汰の、新しい仕事場。
これが始まり。




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