氷那汰の所属する辺境監視部のある軍隊は、南の帝国の陸軍である。


帝国、というからには、もちろん皇帝が国を治め、政治を行っている。

南にとって勝ち戦となった先の大戦や、それに伴った軍事政策。つまり能力者の戦線導入を提唱したひとり。
稀代の名君である今の皇帝は、人民からの信頼も厚い。代わりと言っては難だが、軍隊の評判は地につくほど悪いのだが。


「ロマさん、もう始まってますよ。皇帝演説」
「いーんだよ録画してるから」

ここ、辺境監視部でも皇帝人気は例外じゃない。自分らを兵器扱いすることに反発する一派もあるようだが、その兵器に居場所を作ってくれたことに感謝する人の方が多い。いくら軍幹部の桜の口添えがあっても、皇帝の承認がなければ辺境監視部は設立されなかった。

そもそも、普通の人間なら未知の力に恐れるものである。全人類対能力者の戦争、むしろ虐殺がなかったのは、皇帝が『こんなスゴいヤツらを使わない手はないじゃーん』的な考えでおもの父の計画(能力者の軍事活用)を認めたお陰なのだ。

「こんな左遷先の弱小軍隊に、よくカラーテレビなんてありましたね」
「辺境監視部ナメんなよ?そして小は合ってるが弱はマチガイだ」
「…横領以前に帳簿すらつけてなかったですもんね」

能力者の報復を恐れてか、後ろ暗い仕事を押し付けている詫びなのか、辺境監視部に対しての金勘定はかーなーりー甘い。
こんな片田舎の森にカラーテレビを入れるのに、いくらかかるか想像もつかない。その上ビデオテープレコーダー付き。

「それにしてもロマさんが皇帝ファンとは意外でした。まぁこの国の人は殆どがそうですけど」
「は?俺あんなののファンじゃないよ。そもそも南の出身じゃないし」

暫しの静寂。
大国の皇帝をあんなの呼ばわり。場所が場所なら一斉射撃を受けても不思議はない。

「あれっ?!じゃあなんで録画まで…」
「俺は違うひとのファンなんだよ。今日の演説に出るっていうからな」
「そうだったんですか…その方は?」
「なかなか映らないんだよなーそれが。…あ、居た」

画面に映ったのは、淡い黄色の軍礼服を着た赤毛の女性。
色素の薄い赤毛は、レッドというよりピンクに近い。
慎ましやかに皇帝の背後に寄り添う彼女からは、冷静さと気の強さが感じられた。
麗しい、その瞳の力は強い。

「この女性が?」
「砂土手毬、通称てまやん」
「てまやんって皇帝直属の親衛に対してフレンドリー過ぎじゃ…、…砂土?!」


確か。
われらが辺境監視部の署長、通称『おも』さんの本名は。

「おものおねーさんだよ」

砂土だったはず。

「うそん!」
「マジマジ」
「えー…じゃあこの方も能力者で潜伏してんすか?」
「いや、てまやんは一般人だよ」
「そうなんですか。能力って遺伝とかじゃないんですね」

テレビの中の空軍総指令にして皇帝親衛の女性、てまやんが皇帝の代わりに壇上のマイクを取った。

「あのなぁ…だったらここも親子・親戚だらけになるだろ」
「そういえばそうですね」
「大体おもとてまやんは片親が違うんだ」
「…!それはどういう…」

女性は声高らかに永久不戦争を誓う。
南の皇室関係の演説は、誰が代理を行っても始まりはこの条文である。

「気になるのか?真面目に見えて、お前けっこう俗物だよな」

ロマのにやにやとした笑いが癇に障るが、今は気にしない。ロマの行動を気にしてたらきりがない。

「知識欲ですよ」
「知識かぁ?まぁいい。おもの家系は軍に帰従するものが多いんだ」
「へぇ。そうなんですか」
「そんで、優秀だったおもの父親は陸海空・三軍の総指令だったわけ」

『我ら後世に残されし者は例外無く国権の発動たる戦争を国際紛争を解決する手段として永久にこれを認めない。帝国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、世界の安定を願い望む』


「…永久不戦争の今の世の中に、軍隊は必要ないですね」

なのに、それを謳うのは空軍の総指令。なんという皮肉だろう。

「ん?そんなことはないぞ。災害救助も祭の指揮もみんな軍隊の仕事だ」
「まぁ…そうですけど」
「何より、俺たちの居場所をくれる。箱庭だとしてもな」

うーん、世界は、難しい。

テレビでは条文の詠唱が終わり、手毬の演説が既に始まっていた。

「てまやんは相変わらず優等生だなー」
「そりゃあ、女性で総指令まで上り詰めた方ですし」
「まぁそうなんだけどよ…てまやんの演説はイイコちゃんで痒くなる」

あはは、とロマは笑っているが、それでは何のために録画までしてこの演説を観ているのか。

「ロマさんは、相変わらず無茶苦茶な人ですね」
「えー、そりゃどうも」
「褒めてると思ってるんですか?」
「いんや?」

あはは、と今度は二人で笑った。氷那汰も最近はよく言うようになったらしい。
そんなことをしている内にも手毬の演説は完全に終わり。
しとやかな空色のドレスに身を包んだ女性が、手毬に花束を贈っている。


「あぁあ!」
「どっ、どうしたんですか!」

ロマの不意打ちに氷那汰はビクッとなった。オーバーリアクション過ぎてちょっと恥かしいくらいに。

「これこれこの子!てまやんとこの子が見たかったの!」
「この子って、この花束の?」
「そう!」

興奮ぎみのロマはテレビを指差しブンブン上下に振っている。ロマのハイテンションにも氷那汰は慣れたものだ。

空色のドレスの女性。見た目で言ったら少女の方が相応しいかもしれない。
大きく開かれた目が印象的で、栗色でふわふわした長い髪が彼女を幼く見せている。綺麗、より可愛い、子だ。
手毬は花束を笑顔で受け取り、そのままか細くて今にも折れそうな彼女の手を引き、その腕に抱いてキスをした。

「はーっ?!」
「おぉ!てまやんやるぅ」
「ちょ、ちょ、親愛のキスは唇にしませんよね?!」
「当たり前だろ」
「でも、じゃあ!」

「いいか、よく聞け」

ロマが息を大きく吸った。氷那汰はごくりと唾を飲み込み、気を落ち着けている。

「てまやんは、美少女専だ」

ロマはにやり、とその端麗な顔を歪ませた。

「なんか、可愛い兎を拾ったから演説でロマにも見せてあげる!って言ってた」


「辺境監視部に近しい人は皆こんな感じなんですか?!」


ノーマルな氷那汰の叫びはそれはそれは悲愴なものだった。
見せてあげる、とか…これ世界配信の皇帝演説ですよお姉さん。というかどっちも女性ですよね。


テレビにはドレスと同じく顔を青くした少女と、微笑ましくそれを見守る皇帝に、冷や汗だらけの他の重役。
そして満足そうに少女と花束を抱く空軍総指令。




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