辺境監視部。
特異な力に認められたものが入れられる監獄。
そこに俺は入れられた。
何の力も持たないいわゆる一般人の俺が。

「なんででしょうね」
「どしたん?」
「いや、今更なんですけど。俺、一般人なんで」

理解したらしくロマがあぁ、とてきとうな相槌を打つ。

「何か、やらかしたとか?」
「覚えがありませんね。大体中央部で軍役についてから4年ですよ?本国の徴兵を合わせれば6年です」
「…長いんだな、童顔なのに」
「関係あんの?!」

氷那汰は北の皇国(すめらみくに)の出身だ。当時どの国ともパイプを持たなかった、持とうとしなかった北は、先の大戦でも徹底的な不関与を決め込み、他国への出兵も国境付近の暴動(国境はとてもデリケートな問題なのだ)を鎮圧に一度出したっきりだ。
そのため氷那汰は先の大戦に関して教科書レベルの知識しかない。蛇足だが。


「…徴兵、ってコトは」

「え?あぁ、北の出身ですよ」
「はァ?!だってお前、名前、漢字じゃ…」
「えっあ、えぇ?!“氷那汰”って名前だと思ってたんですか?!」
「ちがうの?!」

てっきり桜たちと同じ西かと…と、ロマはつぶやいた。名前も苗字も漢字、もしくは名前がひらがなで苗字が漢字表記なのが西の出身。秋桜女や、雲悌もなかがそう。
南は名前も苗字もカタカナ表記。ロマは南出身というわけではないかもしれないが、ロマを拾ったおもが南出身なので名前も苗字もカタカナだ。そういうおも、本名・砂土金鳳花が西出身使用なのは、おもの父親が西出身で、南に亡命したからである。つまりは父親譲り。
東は苗字がカタカナで名前が漢字。おそらくぺトルーシュカ・天明は東出身だ。
そして北は苗字が漢字で名前がカタカナ表記。

東西南北とそれぞれの国の公用語はひとつとして同じものがないため、第二公用語が統一されているのだ。
軍や首長会議など、国際的な場面で使われるのは第二公用語で、漢字やカタカナでの名前の書き分けも、どの国出身かをわかりやすくするためのものである。

「まだ軍事記録見てないんですか…」
「そんなもの見なくても俺と氷那汰の仲じゃないか」
「名前知らなかったくせに…」
「氷那汰クン?」
「…おれの本名は氷那汰・ユズル、です。北出身なので、後ろのユズルが名前でカタカナ表記ですよ」

笑顔の圧迫にため息を吐きながら、氷那汰は自己紹介をする。辺境監視部に来てから4ヶ月以上が経過した。今さら、と思わずにはいられない。

「へーぇ、氷那汰がねぇ。あの北の出身かぁ」
「だからどうってのもありませんけどね。あのって、お知り合いでも?」

この大陸には4つの巨大勢力がある。それは綺麗に東西南北と分かれているので、そのまま南の帝国、やら東の連邦、やらと言われていた。

「北に知り合い?いるわけねぇじゃん!」
「いくら対極の国といえ…」
「だって北だろ?ここにもお前くらいなもんだ」

意外にも、能力者というのは少なくない。先の大戦時、南の帝国に集められた数は、ひとつ町ができるほどだとも言われている。桜の様に上手く潜伏した能力者もいるだろうから、結構な数が存在することは確かだった。
それが大戦で命を落としたり、恐怖に逃げ出して行方不明だったり、人工的に能力者を作る実験―ペトルーシュカの実験で実験体にされたりで、みるみるうちに減っていった。
今では、地方学校の全校生徒くらいしかいない。

それでも、4つしかない人種で自分だけが北出身だというのはおかしくないか?思わず故郷が恋しくなってしまう。

「だいたい、お前が流された理由なんじゃないか、それ」
「へ、なにが?」

「北の出身だってこと」
「それがどうかしたんですか?」

先程と打って変わってロマの表情に茶化した様子はない。つられて氷那汰は息を飲んだ。

「もっとハードボイルドでロマンチックな理由でもあんのかと思ってたけど…こんな単純な話だったのか」
「ハードボイルドでロマンチックに見えますか俺」
「いんや?」

ロマが表情筋を引き締めたのはほんの少しの間だけだった。あるわけねーだろ、と怪訝そうな顔でそんなロマを見詰める氷那汰。

「お前は知らないかもだがな、北の皇国の位置は世界的に特殊なんだ」
「スメラミクニ?」
「何て呼ばれてるのかも知らないのか…皇国!すめらみくに!神の降りた国ってコト」


南や東などと同じように、北にも決まった国名というものはない。公の場では、北の皇国、と北は呼ばれていた。

「神?ですか」
「神。お前らの国には八百万もいるんだろ?」
「そりゃ居ますけど…そんなの、どこにでもいるでしょう」

あっけらかんと言い放つ。北ではこれが普通なのだ。
北は他国と違い多神教で自然思想だった。どんな物にも神は宿るという。


ところで先の大戦の発端は、多民族国家である西の紛争だった。それも、宗教の違いによる意識の相違というものだ。
国教と違い多神教の土着信仰と、国教の過激派がぶつかった。それが誰も気付かないうちに、南との国境線まで近付いていた。
結果、南の帝国は西の合衆国に戦線布告し、後に先の大戦と呼ばれる至上最大の戦争が起こった。


では何故、他国と異なった宗教思想をもつ北が戦線に参加せず、独立を保てていたか。

それは、その他国と異なった宗教思想のたまものだった。


北には沢山の神がいる。そしてその神はどんな時も北の人々を守っており、人々もまた神に尽くしていた。
神との交信は、北の人間なら誰もが日常的に行っている。
悩みを解決してもらったり、占いや予言、ただのお喋り。
北の神というのは人間のパートナーで、他国で伝説や童話になっている妖精に近い存在である。

人間では到底手に入らないちからを持った神。
そしてそれらの神と殆ど対等な立ち位置で生活を営んでいる北の人々。

最強と謳われた能力者の部隊でも、勝ち戦になるとは考え難い。


だが、幸運なことに北の皇国は先の大戦に関して不干渉を貫くという声明を出した。
南をはじめとする他国は、強大な未知のちからを恐れ、その声明を受け入れた。


これが先の大戦に関する北の皇国の全貌であり、氷那汰が無知である理由だった。
北の人々は、基本的に他国に無関心なのだ。



「わかった?北以外の国では神様はひとりなの」
「知らなかった…ここ最近見てないと思ったんだよ…かみさま…」
「えっ、北の人ってマジで神様見えんの?!」
「当たり前でしょう…いや、北では普通なんですよ」


東西南では北に関する常識も、北出身の当人には驚愕の真実だったらしい。まさにカルチャーショック。
ロマは少し申し訳なさそうな顔をして頬を掻いている。

「まぁ…自分たちのことなんかわかんないよなぁ。そんなに衝撃だったか?」
「いや、それもそうなんですけど、それよりも」
「それよりも?」

「俺、南に来て4年ですよ…?」
「よく気付かれなかったなー普通の人に北出身ですって言ったら友達できねぇぞ」

この普通の人、とは一般人のことである。つまりは能力を持たない人間。一般人にとって北の人間は畏怖と嫌悪の対象だ。能力者も北の人間も大差ないとみている。


「じゃなくって!理由!」
「理由ねぇ…まぁ、そりゃあ」
「そりゃあ…?」

「気付かなかったんじゃね?」


俺みたいに。


「そん…な、そんなコトって…!!」
「中央の管理体制もなかなかズサンだなぁーあっはっは」


声に出して笑いながらロマはまた消えた。大方、おものところだろう。

安全しろ、一般人じゃない俺たちは、北だろうと何だろうと、差別したりしねぇよ。というロマの言葉は嬉しかったが、どうも煮え切らない氷那汰だった。





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