ふわり、私は夢の世界にいるようだ。意識が浮いているだけかもしれない。先生の声が遠くに聞こえて、自分だけ別の所から話を聞いている気分。ふわり、皆の声が認識できない。だが私はずっとここにいたいと思った。
そういえば一時間目は移動教室だったのではないだろうか。月曜日の一時間目なのにそれはないといつも文句を言っていた気がする。移動しなくちゃ授業が欠席になってしまう。そう思っても体はまだ夢の世界にいたいのか言うことを聞いてくれない。動かなくちゃ、そう思う度にどんどんと夢の世界に引きずり込まれる。
「なまえちゃーん」
あれ、誰の声だろう。高くもなく低くもなく、私が大好きな声。男の子だろうか?それに私のことを名前で呼ぶのは誰?意識がはっきりしない中でその心地よい声だけが現実のようで、それに縋りつきたくなる。
「あれ、起きないのかな」
起きたいとは思うけど、もっとあなたの声だけを聞いていたい。この曖昧な世界でしかあなたの声がはっきり聞こえない気がするから。私はまだ、起きようとしない。体だってこの曖昧な世界に留まろうとしている。
「授業遅刻しちゃうよー?ってチャイム鳴っちゃった」
チャイムの音なんて聞こえない。あなたの声だけが私の脳内に響く。誰、なんだろうかあなたは。私の知っている人のようだけど、私はどうしてあなたが誰だかわからないのだろうか。耳を澄ましても、考えることを拒否しているかのごとくわからない。でも、この声を聞けるだけで幸せなの。
「…ねぇ、起きないなら言わせてもらえるかな」
何を、だろうか。私はぐっと意識を彼に集中する。あなたの口から何を奏でてくれるのだろうか。期待と好奇心で私の頭はいっぱいになる。
「なまえちゃん、俺さ…」
ここで一度言葉は止まるしばらく無言の時間が流れる。私はきっとこの言葉を聞かない限り起きないであろう。だから、早く言葉を呟いてくれないだろうか。曖昧なこの世界に現実をもたらしてはくれないだろうか。
「俺、君のことが ――」
聞こえない。なぜそこが聞こえないのだろうと私がゆっくり顔を上げると、彼がそこにいた。千石くん、クラスメイトの千石くんだ。彼は笑顔でおはようと一言言った。
「ねぇ、何か言った?」
「ん?気のせいじゃないかな?」
「え、でも、」
「いいじゃんいいじゃん!さ、移動だよ!」
早くいかないと怒られちゃうと彼は私の鞄をひったくって私の腕も引っ張る。現実に戻されてもなお、彼の声が私の中に響いている。彼なんだ、千石くんが私の世界を支配していたんだ。曖昧な世界から始まった一週間は、彼色に染まっていた。
曖昧に始まる月曜日(好きだよ、の一言が聞こえない)
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