庭には夢が埋まってる 花びら一枚分の恋 [4/9]***** 放課後になっても、私はよくわからないモヤモヤに取り付かれたままだった。 早々に絢が帰り、クラスメイトもどんどん教室を後にし、ついに教室の中には私一人になった。 ぼーっとしていても怪しまれないよう、課題になっている問題集を机の上に広げ、シャーペンを持って解いているふりをしたまま。 一人だけ「課題やってるの?」と声をかけてきた子がいたけれど、顔を上げて苦笑いを返したら、逆に申し訳なさそうな顔をして「邪魔してごめんね」と離れていった。 せっかく話しかけてくれたのに。 こんな風だから絢以外になかなか友達ができない。 大人しい訳でも無口な訳でもないのに、そんな印象を持たれてしまうのだ。 規則正しく並ぶ数式を眺めていても、矢部くんのことや話しかけてくれた子のことが頭の中をぐるぐると回った。 数式の方に意識を向けようとしても集中できない。 しかも、知らない間に考え方がどんどん悪い方に向かっているような気がする。 矢部くんにとって私が特別な存在でないことは百も承知だった。 大体、話したことだって数えるほどしかない。 共通点は一年のとき同じクラスだったこと。 たったそれだけ。 顔を合わせることすらもうほとんどなかった。 その言葉が頭に浮かぶのは今日で何十回目だったろうか。 大きく息を吐いて、「帰ろう」と自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 そうしてみると意外と体は動くもので、広げた問題集と筆記用具をまとめてバッグに詰め込み、私は教室を出た。 静まり返った廊下には、遠いグラウンドからどこかの部の掛け声がかすかに響く。 教室には聞こえてこなかったのに。 それとも私には聞こえなかっただけなのか。 とぼとぼと下駄箱に向かって自分のローファーに手をかけたとき、どこからか矢部くんの声がした。 どきりとして辺りを見回すと、昇降口を出てすぐのところに彼の姿を見つけた。 広い肩、黒くてツンツンした髪、すっと伸びた背中。 その傍らには、私ではない可愛らしい女の子。 周りにたくさんの人がいても遠くからでも、すぐに彼を見つけられることが私のささやかな自慢だった。 でもそのときだけは、そんな特技なんてなければよかったのにと思った。 胸の奥がざわざわして熱くなってくる。 ふと足が彼から離れるように動き出した。 手にはローファー、でも上履きは履いたまま、早足で元来た廊下を進んでいく。 行く場所はどこでもよかった。 ただそこから離れたかった、そのためだけに動いていた。 [*prev] | [next#] [bookmark] BACK |