み ず か
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12ヶ月の恋模様


だから世界は今日も泣く [3/9]

「あーあ、やっちゃった」

 僕の代わりに倒れたのは女の子だった。
しかもその周りにはリンゴが大量に転がっている。
焦りながら「すみません」を連呼してリンゴを拾い集め始めると、彼女も素早く腰を上げて「いえ、こちらこそ」と言ってリンゴを拾い始めた。

 幸い他に人がその場に通りがかることはなかったので、大量のリンゴはほぼ無傷のまま、彼女の抱えていた紙袋の中に戻っていった。
僕はここでやっと一連の出来事に合点がいった。

「ありがとう」

 全部のリンゴを拾い終わると、彼女は紙袋を押さえながら笑顔で頭を下げた。
でも僕が立ち上がって「そんなこと」と首を振ると、申し訳なさそうに顔を曇らせた。

「ごめんなさい、びっくりして転びそうになったんでしょ?」
「いや、でも転んでないし。そっちこそ、大丈夫?」

 そう言うと、彼女は歯を見せてニッと笑った。
表情のころころ変わる人だな、と思った。

「それじゃ、またね」

 嵐のような彼女は笑顔で大きく手を振りながら、送迎用のバスの方へと走っていった。



 月曜日の学校は、教習所とは似ても似つかない、重苦しい空気で溢れていた。
会話をしている生徒も数人いたけれど、内容はほぼ勉強や試験の話で、どこかお互いのことを探り合っているようにさえ見える。

 黒板の隅には「センター推薦当日!」と担任の字で書いてある。
どうやらセンター試験の点数で出願する推薦入試の当日らしい。
ぽつりぽつりと見受けられる空席から、やけに緊張感が漂っている。
僕は廊下側の自分の席に座ると、周りが熟読している単語帳の代わりに、茶色のカバーをかけた文庫本を取り出した。

「サク、おはよ」

 ページをめくろうとしたとき、ちょうど声を掛けられた。
顔を上げると、すぐ目の前に太一の顔があった。
相変わらず距離が近い。
僕は少しだけ身を引いた。

「おはよう。頼まれてたやつ、持って来たよ」
「マジで? 待ってました!」

 僕は机の脇に掛けてあったリュックから参考書を取り出し、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして笑う太一に手渡した。

「ほとんど書き込んでないから使いやすいと思う」
「わー、サンキュ。俺、全部書き込んじゃったからさ、復習しようにもできないんだよね」

 太一は参考書のページをぱらぱらとめくって中を確認すると、もう一度「サンキュー」と言って前の席に腰掛けた。

「そういえば教習所どうだった?」
「あー、なんかリンゴ拾った」
「リンゴ? お前、教習所に八百屋かなんかの免許取りに行ってんの?」

 僕は「違うって」と否定したけれど、太一は自分の言葉にケタケタと笑うばかりで聞いていないようだった。
仕方なく一連の出来事を話すと、太一は「へぇ〜」と言って今度はにやつき出した。

「サクに新しい女の影、ですか。これでやっと東さんからも離れられるんじゃん?」
「別にそういうのじゃない。それに大体、菜摘とは何でもないし。変な言い方するなよ」

 すると太一は声を抑え、試すような口調でつぶやく。

「ふ〜ん。俺はてっきり、今年もまた告るんだと思ってたけど」

 その言葉に、僕はふいっと顔を逸らした。
「あ、図星か」と太一が追い討ちをかける。

「まさか。菜摘はそれどころじゃないでしょ」
「まぁなぁ、うちの学年の期待の星だからな」

 太一はそれだけ言うと、くるっと前を向いて座り直した。
どうやら息抜きの時間は終わりらしい。
机の中から分厚い問題集を取り出して、彼は背中を丸めた。

 僕は机の上の文庫本を開き、活字の群れを見つめた。
けれど、太一のせいでとても読書するような気分にはなれない。
まるで黒い線の迷路のようなページにぼんやりと視線を落としながら、まだ鮮明な記憶の中の菜摘を思い出した。

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