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「好きだ!付き合ってくれ!」
 
昼休み、本来なら人の喋る声で埋め尽くされる時間帯。
それがこの一言をきっかけに、ぴたりと声の嵐が止んだ。
 
それはもう、水面に石を投げ入れた時のように、静かにそれでも確かに波紋を生じて。
 
 
 
この世の人間は二種類に分けられる。私は、そう思う。
それは男女の差だとか、頭がいいとか悪いだとか色々あるけれど、この時代の学生生活の中で非常に重要な要素の一つは目立つか目立たないか、という違いである。
良い意味でも悪い意味でも目立つ人は、クラスの中心であり常に気を使うことは自分の見た目だとか、クラスの中での自分の立ち位置だとか他人の恋愛関係だとか、そんな高校生らしいこと。
何年か先にはクラスメイトに忘れられてしまいそうな目立たない人がする会話といえば、自分の彼氏がどうとかセックスがこうとか、目立つ女子が教室の真ん中で携帯をいじりながら話す話題なんて無関係で、うちの犬がどうしたとか昨日のテレビがどうとか、次の模試がどうとか。
要するに、派手か地味か。
この二つは同じ空間に存在しながらも、平行線のように決して交わることは無いのだ。
 
 
私はというと、完璧に後者の方の人間だった。
容姿も普通、成績も普通、家庭事情だって至って普通、おまけに髪の毛も黒のセミロングとこの世に五万といそうな高校生活を送っている。
唯一非凡なところを挙げるとしたら、生きもの係りだというところぐらいだろうか。いや、歌手ではなく。
教室の隅で常に本を読み、昼休みだって勉強に勤しむほどの真面目ちゃんで地味キャラではないけれど、「普通の人」を絵に描いたような人間。
付き合っている友達も、皆そんな感じ。
それが不満か、派手系の仲間入りをしたいかと問われれば、答えはNOである。
 
目立って何がいいことがあるんだ。残りの高校生活二年間、平穏に過ごせれば私はそれでいい。
 
 
そう思って守ってきたものが、ついさっき崩れたのである。
まったく話したことすら無い、他人の手によって。
 
 

 
 
 
教室中の視線が私に集まる中、私はというとこれからまさに咀嚼しようとしていた卵焼きをポロリと落とした。
不幸中の幸いはそれがお弁当のご飯の上だったということだ。
 
なんというダイナミックな告白なんだろう。
こんな告白の仕方、ドラマや漫画でしか見たことない。
 
ところで告白されたのは誰なんだろう、私の後ろに誰か居たっけと振り返ったがそこにあるのはカレンダーだった。
そういや私、一番後ろの席だったっけ。
 
 
「おい、聞いてんのか!」
「は、はいっ」
 
 
がしっと肩を掴まれ無理やり前を向かされる。
やけにくりっとした大きな目と視線が絡み合う。
そう言えば少しロマンティックな気もするが、どちらかというと蛇に睨まれた蛙状態である。怖い。
 
 
 
え、ちょっと待って。今告白されたのって、もしかして、私なの? 
 
 
 
状況を理解するや否や、私の机で同じようにお弁当を突いていた友達に助けを求めると、彼女もビックリ仰天な顔でこちらを見ていた。
だよね、びっくりだよね。私も驚いてるよ。何これ、夢?
 
あー、とかえーっと、とか何の意味も持たない言葉を発することしかできない私に限界を感じたのか、掴まれた肩をがくがくと揺すぶりながら「で、返事は!」と怒鳴られた。
シャッフルされる脳みそと口を必死に動かし、何とか「ちょ、苦しい」と声を絞り出した。
とたんに相手の動きがピタッと止まる。
クラスの人の好奇心の目に耐えつつも、おそるおそる相手を見上げた。
 
あまりに衝撃的なことで告白相手を認識せずにいたが、目の前の顔はよく知っている人だった。
知っていると言っても面識があるわけではなく、増してや言葉を交わしたことなんて一度も無い。
それなのに何故なまえが彼のことを知っているかと言えば、彼がこの烏野高校であまりにも有名な人物だからである。
 
 
西谷 夕。
確かバレー部で、誰とでも気兼ね無く話すその性格の故か男女隔て無く沢山の人に好かれていた。
体格が良いとは決して言えないが、小柄な体の何処にそんなパワーがあるのか分からないほど元気がいい。そして声がでかい。
西谷のクラスは自分の隣であるはずだが、彼の声はいつもこの教室まで届いていた。
 
確かに少し変わった髪型をしているが、チャラいと言うわけではない。
それなのに彼には人を引き付ける魅力があった。人の目を引く何を、なまえには無い何かを、彼は持っていた。
西谷の周りはいつも人と笑い声で溢れている。
 
もちろんそんな、いわば目立つポジションにいる彼と地味系女子の自分が交わることなど有り得なかった。
一方的に、自分が西谷を知っている。互いの立ち位置はそんなものだと思っていたし、意識して考えたことなどない。
ましてや変えようなんて思ったことなど今まで一度も無かった。
 

つまり、だ。何がいいたいのかというと、
 
 
「あの、に、西谷くんは」
 
 
名前を呼ばれたことに驚いたのか、「お、おう!何だ!」と若干声を裏返らせながらも返事をした。やはり声がでかい。
言ってもいいのかと一瞬躊躇したが、彼が私に告白するなんてこれ以外考えられない。
意を決して口を開く。
 
 
「勘違いをしてるんじゃ、ないかな」
「はっ?」
 
間髪入れず帰ってきた疑問符に、多少怖気づきながらも必死に言葉を続ける。
 
 
「だから、あの、私と西谷くん一度も話したこと無いし。私と別の人を、勘違いしてるんじゃないのかなって」
 
 
思うんだけど、と言う前にがしっともう一度肩を掴まれると同時に今度は顔をぐいっと近付けてきた。
何この人、顔近い!近いよ!最早鼻と鼻がくっつきそうである。
こちらが口を開く前に、向こうがぐわっと口を開ける。思わず反射的に目を瞑ってしまった。
そして言われた言葉と言えば、 

 
 
「俺は目がいい!」
 
 
 
え、だから?凄いドヤ顔で言われた気がするんだが。思わず目を点にして西谷を見る。
何が言いたいんだろう。
なまえの意思をくみ取ったのか、いや相手の感情を読むことが苦手な彼が起こした偶然なのか、
  
「だから、俺は間違えてない」 
 
納得できるようで納得できない理論を堂々と主張された。本人は至って本気なのであろう。
それは理由として成立するのだろうかと、それ以前に答えになっていないのではと戸惑うなまえの手を取ると、西谷は目線を合わせもう一度言った。
 
 
 
「みょうじなまえ、お前が好きだ!」
 
 
 
いつの間にか人が増えた教室で、響く声。本日二度目である。
なまえは自身の顔に熱が集まるのを感じた。歓喜というよりは、羞恥で。
 
「に、西谷くん」
「おう!」

なまえは一度呼吸を整えると、きっぱりと言った。

「…無理」
「はぁ!?」
「だ、だから無理だってば!」
 
 
まるでYes以外の答えは予想していなかったような西谷の驚愕っぷりにこっちが驚かされる。
成功すると思っていたのだろうか、だとしたらそれはそれで凄い。
静まっていた教室が一気に騒がしくなった。主に笑い声で、である。 
そんな周りのことは気にせず、西谷はもう一度なまえの肩を掴む。今日で何回目だろうか。

「なんでだ!」
「だって、今まで一回も話したことないし、私全然西谷くんのこと知らないし…」
 
 
西谷くんだって私のこと何にも知らないのではと思うのだが。
むしろこっちが「なんでだ!」と叫びたいくらいである。
なまえの答えを聞くと、西谷は肩を掴む力をやや和らげ、はたと静止した。
 
 
「それもそうだな」
 
 
そうそう、そうなんですよ。ほっと息を吐いたのもつかの間、何かを考えていた西谷はぱっと顔を輝かせると再び肩を掴む力を強めると、
 
 
 
「じゃあ俺のことを知って、んでもって俺のことを好きになれ!」
 
 
 
どうしてそうなった!思わず叫びそうになった口を慌てて噤む。
周りの男子からは「いいぞ西谷、もっとやれー!」なんて野次馬が飛んできたが、当の本人の意識はこちらに集中しているようで周りの状況がまったく読めていないようだった。
いいわけないだろ、何なら替わってくれ…!
なまえは切実に願ったが当然のことながらそれが叶うはずがないのだ。 
本当に彼の思考回路はどうなっているのだろうか。脳内を切り開いて見てみたい気分である。
 
 
西谷の瞳はただ真っ直ぐ、真摯なまでに澄んだ瞳をなまえに向けていた。
 
 
 
 
イケてる男子とイケてる女子は、リンクしない。
そんな不文律を、彼は高校二年の生活が始まってすぐに、見事なまでに清々しく破り捨て去ったのであった。
 
 

 
性 は 最悪 だ ! 
(そういや西谷、この間言ってた気になってる子はどうした?)
(スガさんのアドバイス通り、告白してきました!)
(え)
(んで、振られました!)
(えっ)
(でも俺諦めないっスよ!)




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