霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  



どうして私は今日、教室に忘れ物をしたんだろう。
どうして化学のレポートは、明日提出なんだろう。
どうして私は、この時間に教室に来たんだろう。
 
上のものが一個でも違えば、私は今ここにいなくてよかったのに。
ここにいる必要がなければ、こんな光景見ることも無かったのに。
 
 
「あの…好きです、付き合ってください、黄瀬君」
 
 
人の告白現場に偶然居合わせるほど気まずいことはない。
そしてそれが、破綻になると分かっていればなおさらである。
 
夕日の差し込む教室の中で向かい合っている2人に気付かないよう、
教卓の下の僅かな隙間に体を押し込んでいる小夜は小さく、本当に小さくため息をついた。
 
―神様、マジで私のこと嫌いだろ。
 
 
 
 

 
黄瀬涼太と前後の席になってから、早2日。
実のことを言うと、最初の不安や嫌悪感は小夜の中から僅かながら姿を消しつつあった。
黄瀬の顔の黒いモヤが消えたわけではないのだが。
というのも、黄瀬は自分があまり黄瀬のことを得意としていないのを知っているのか、
それとも単に彼自身が小夜に興味がないのか、授業内の最低限の会話以外はしてこなかった。
モデルの仕事というのでいない時間も多少なりともある。
懸念していた黒板が見えないという問題も、黄瀬がほぼ毎度の授業で頭を机とよろしく突っ伏しているので解消した。
黄瀬くんの頭はそれで大丈夫なのかとは思うけど。
できれば私と前後の席の間中は、ずっとそんなスタイルを維持してほしいと小夜は大変勝手ながら思った。
黒いモヤの近くにいて体に影響が出ないのかと問われれば、正直なところないわけではない。
でも私は昔からそういうことに対しての耐性がついていたおかげで今のところ何もない
 
 
そんな日がずっと続いて、そしてまた席替えの時期が来てクラス替えの時期が来て、
そうして私は黄瀬くんとおさらばするのであろう。
おそらく彼の青春の1ページの中には、私の存在は僅かな点ですら残すこともなく。
私の青春の1ページのも彼の存在が残ることはなく。
それでいいのだ。むしろそうあるべきである。
 
そうだと、思っていたのに。
 
 
 
「は、初めて会った時から…ずっと気になってて…」
 
青春だなぁとかそんなのんびりしたこと言ってられない。
あんな黒いモヤにとり憑かれて、黄瀬くんの精神は無意識だろうけど穏やかであるはずがない。
 
 
「あのさぁ…あんた俺の何処が好きなわけ?」
「え?」
 
普段と違う、1トーン下の低い声。
さすがの小夜もこれには驚いた。
戸惑う女の子を気にすることなく黄瀬は続ける。
 
「性格?身長?声?…どうせ顔でしょ?」
「ち、ちが…」
「悪いけど、俺そんな顔目当ての奴と付き合う気しないっスから」
「っ…!」
 
おそらく女の子は泣きながら教室を飛び出していったのだろう。
それにしても、これは酷い。
問題の黄瀬くんもすぐに教室を出ていくと思っていたのだが、その気配がない。
教卓からそろっと顔を出して見てみたら、何故か窓の外を見ながら黄昏れていた。
顔の表情が見えないから何ともいえないけど、正直あんな酷い振り方をしておいてお前が黄昏れてんじゃねぇよとか思う。
 
なかなかこの場を離れる雰囲気がない黄瀬。
一刻も早くここから脱出したい小夜。
幸運なことに、黄瀬は教卓に背を向けている。
 
よし、気付かれないように出て行こう。私ならできるはずだ。
 
そろりそろり。
が、刺客は思わぬところにいるものだ。
 
がんっ
「でっ」
 
教卓のでっぱりの部分に気付かず頭をひっこめたため、当然のごとくぶつかった。
地味に痛い。
しかし問題はそこではない。
嫌に視線を感じる。
 
「…久遠さん?」
 
はい、アウトー。
 
「あ、あの別に好きで見てたわけじゃないんで、てか見えなかったんで聞こえただけっていうか、あの…」
 
仕方なく教卓から体を出しながら言いわけをしまくる。
恥ずかしいやら申し訳ないやらでいっぱいである。
今すぐ帰りたい。帰って布団にボフンってして、今日のことを無かったことにしたい。
 
「別にいいッスよ。久遠さんも災難だったね」
「…はい?」
 
いや確かに災難なんだけど。も、って何?
その疑問が伝わったのか、黄背が答える。
 

「くだらない告白風景見せられてってことっスよ」
 
「く、だらな…い…」
 
いやいやそれは無いだろう。
何て反論したらいいか分からない小夜は、空中にきょろりと視線を動かした。
告白を、くだらないだなんて。
確かに君にとっては何万人に好意を寄せられるうちの1人だったのかもしれないけれど。
多分向こうは必至で。
何も言えずにいる小夜を見て、おそらく黄瀬はこてんと首を傾げたのだろう。
僅かに黒いモヤの位置が斜めになる。
 
「もしかして久遠さんも俺のこと好きなワケ?」
「はっ!?」
 
ちょっと待て!
小夜の心の声も今度は届くことなく、黄瀬は続けた。
 
「全然目合わせないなって思ってたけど、時々久遠さんの視線感じるし。
 もしかして俺に恋しちゃってたんだ?」
 
ん な わ け !!
 
「何言って」
「残念だけど俺、アンタのこと好きじゃないから」
 
ぷっちーん。
頭の中で何かが切れる音がした。
教壇から黄瀬のいるところまでいっきに詰めると、黒い霧の部分を狙って
 
「ふっざけんな!!」
 
思いっきり拳を振った。
運動神経がいいはずの黄瀬くんは突然のことに驚いたのか、殴られ倒れる。
 
「あんたね、万人が万人あんたのこと好きだと思ってるわけ!?勝手に話進めんな!
 しかも好きになってくれた子にあんな酷い振り方する奴誰が好きになるかよ!冗談はその顔だけにしなこの勘違い野郎!!!!」
 
こんなに叫んだのは何時ぶりだろうか。
それでも、後悔はしていない。私は悪くない。
 
茫然としているであろう黄瀬くんに向かってハッと鼻で笑うと、教室のドアに手をかける。
 
「黄瀬くん、いいこと教えてあげる」
 
最後に忠告しておいてあげよう。
 
 
「私、見える人なの。だからね…分かっちゃうんだ。君さ、」
 
何も言わない黄瀬に向かって静かに言葉を放つ。
 
 
「頭上注意報出てるよ」
 
―近いうちに頭かち割れるかもね。
 


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