霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  



 
次の日、俺は嫌な予感しかしなくていつもより大分早めに家を出て学校へ向かったけど小夜ちゃんは学校を休んだ。
 
何があったんだろう。無事なんだろうか。
 
授業中もそれしか考えてなくて、放課後になるとすぐさま担任のところへと足を向ける。
 
「先生」
「おう、黄瀬。どうした」
「今日のプリント、久遠さんとこに持っていくんでください」
「はぁ?お前部活はどうすんだよ」
「その後行きます!だから住所教えてください」
「お前なぁ…」
 
担任は呆れたように俺を見たが、俺の顔を見てニヤリとし「青春だなぁオイ」と言った。俺は慌てて弁解しようとする。
 
「ちょ先生、別に俺そんなわけじゃ」
「おーおー仕方ねぇな。今住所書いてやるから待ってろ」
「…ういっス」
 
これ以上何か言っても時間の無駄だ。教えてもらえるだけでありがたい。
渡された住所は学校から結構近かった。
部活が始まるまではまだ時間がある。 
 
 
 

 
ピンポーン
 
少し震えながらマンションのチャイムを押す。柄にもなく緊張していた。
さきほどコンビニで買った色々な物が入ったコンビニ袋がガサガサと音をたてる。
 
「はーい、って…黄瀬くんじゃん」
「どもっス」
 
案外元気そうな顔で出てきた小夜ちゃんに、俺は無意識のうちに安堵のため息をつく。
 
「どうしたの?」
「いや、あの…今日学校休んだから大丈夫かなと思って。あ、あとこれお見舞いっス」
「あ、どーも」
 
プリントとコンビニ袋を渡した後尚も帰ろうとしない俺を見て小夜ちゃんは「あー」と何とも言えない声を出すと、
遠慮がちに「上がってく?」と首を傾げた。
その動作を見た瞬間、ほんの少しだけ心臓の鼓動が早くなる。
 
「い、いいんスか?」
「何か言いたいことあるでしょ、黄瀬くん」
 
「それにここの住民の人に黄瀬くん目撃されて厄介なことになるのも面倒だからね」と言いながらドアを広げる。
俺は裏返りそうになる声を必死に抑えながら「お邪魔するっス」と靴を脱いだ。
 
 
「コーヒーと紅茶どっちがいいですか」
「えっ、とじゃあコーヒーで…」
「りょーかい」


小夜ちゃんがコーヒーを淹れてる間、俺は正座で部屋を見回す。
余計なものはあまりない、さっぱりとした風景だ。
妙に緊張する。どうしてだろう、女の子と家に二人きりなんて慣れているはずなのに。
変にそわそわしながらも俺は気になっていたことを小夜ちゃんに尋ねた。
 
 
「あの、ご両親は…」
「ああ、一人暮らしだから、私」
 
一瞬小夜ちゃんの顔が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
なんだかいけないことを聞いてしまったようで、慌てて話題を変えた。
まぁこれが本題なのだが。
 
「きょ、今日は何で休んだんスか?風邪とか?」
「あー、うんまぁそんなとこ」
 
曖昧に言葉を濁す彼女に、なんだか違和感を感じた。いつもならはっきりと物を言う性格なのに。
そこで俺は彼女の姿を見て、あることに気付く。
今は梅雨の時期なわけで。当然、蒸し暑いため俺は半袖なわけで。
それに反して小夜ちゃんは長袖の、しかも首が隠れるハイネックを着ていた。
明らかに季節外れだ。おかしい。 

 
首が、隠れる… 

 
「小夜ちゃん、首なんかあったんスか」
 
その言葉に僅かに目を見開く。どうやら勘は当たったようだ。
 
「いや別に」
「嘘、じゃあ見せて!」
「ちょっ」
 
嫌がる小夜ちゃんの手首を抑える。
その細さに驚いたが、ハイネックを下げて彼女の首を見た時には息を呑んだ。
 
 
「なんスか、これ…!」
 
 
 
首にくっきり残っている誰かに絞められた指跡。
それは青紫色のあざになっていて、白い首と対象的な色を醸し出し酷く痛々しく見えた。
 
確かにこれは人に見せられたものでは無い。 
 
 
小夜ちゃんは俺の手を払い急いで首を隠したけど、もう遅かった。
じっと見つめる俺をよそに観念したように抵抗していた力を緩めため息をつく。


「まぁ、その、夢で…うん」
「昨日、言ったのに…」
「言ったって、何を?」
 
鋭い目で俺を見る。俺は昨日の出来事を彼女に話した。
聞き終えるのと同時に、小夜ちゃんは再び深いため息をついた。
 
「あのねぇ、黄瀬くん。そういうのは逆効果なんですよ」
「えっ」
「生霊ってのは、無意識に飛ばしちゃってる場合が多数なの。だから本人も気づいていない。そこに黄瀬くんにそんなこと言われちゃったら…」

どうなるか分かるでしょ?
 
そう言うともう一度深いため息をつく小夜ちゃん。
じゃあ、つまり、俺の昨日の行動がこんなことに…?
 
「ご、ごめ、小夜ちゃん、おれ、俺…」
 
 
―俺、最悪だ。
俺の行動が逆に君を傷つけることになるなんて、思いもしなかった。
守りたくて、必死で、でもそれが仇になって、こんなことになって、
 
小夜ちゃんの首を撫でる。
その跡の青紫色が、俺を責めているようで。 
情けないことに声が震え、目から涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。
うまく言葉が口から出てこなかった。
 
 
ごめん、ごめんごめん、ごめんなさい
 
 
声にならないながらも必死に言葉を紡いだ。 

 
そんな俺を見た小夜ちゃんはテーブルの上にあったティッシュ箱を引き寄せ俺に渡し、「あー、大丈夫だから」と何度も繰り返しながら俺の背中を撫でてくれた。
 
 
 
 
本当に不安なのは、彼女の方なのに。
 
 
 
top