霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  




目を開けると、見えたのは真っ白な天井。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、独特な薬の匂いからここは保健室だと判断する。
 
「いっ…」
 
起き上がろうとして体のいたる所が痛いのに気付いた。
自分の腕を見てみると、紫色の痣がうっすらとできているのに気が付き苦笑する。
今度はなるべく痛くないようにゆっくり体を起こした。
 
「あ、気付いたんスね」
「黄瀬くん」
 
私の声に気付いたのかカーテンの隙間からひょっこり黄色い頭が現れる。
 
「保健室の先生は今体育館っス。寝ておくようにだって」
 
その手に握られているのは湿布。
どうやら手当てをしてくれるようだが、湿布を貼るくらいなら私でもできるのでお断りした。

「試合は…」
「勝ったっスよ、小夜ちゃんが最後に決めて。覚えてないんスか?」
「あー…いや、思い出しました」
 
そういや倒れる直前に決めたやつのすぐ後にブザーの音を聞いた気がする。
湿布の強烈な匂いに眉をしかめながらもその瞬間のことを思い出した。
黄瀬くんがベッドの近くに置いてあった椅子に座る。
その顔はいつもの彼ではなく、心なしか少し怒っているようにも見えた。

「チームメイト、怒ってたっス。敵から過激なファウル受けてたって教えたら」
「まじか」 
「何で言わなかったんスか、相手のこと」
「もう終わったことだしいいじゃん」
 
いつまで引っ張るんだよとため息をつこうとした瞬間、
  
「いいわけないだろ!」
 
怒鳴られた。
普段の黄瀬くんからは思いもよらぬ声に思わず目を丸くしてしまう。
声を荒げた彼自身も驚いているのか、目を開き「あ、いや、その…」と言いながらしばらく視線を彷徨わせていたが、
やがて自分の足元に落とすとぼそりと呟いた。
 
「心配する俺のこともちょっとは考えてほしいっス…」
「え、心配してくれたの?」
 
そう言うと今度は黄瀬くんがため息をつく。
 
「当り前っしょ。とにかく、今は寝て」
 
そんなに心配することだっただろうか、と思いながらも横になる。
別に眠くないと思っていたのだが慣れないことをして疲れていたせいか、案外早く夢の中に落ちた。
 
 
 
 
 
 
彼女が目を瞑ってからすぐ聞こえてきた規則正しい寝息に、彼女を起こさないように気をつけながら本日2度目のため息をつく。
心配したと告げた時の顔は、本当に驚いていた。
 
彼女はもしかしたら、あまり人と関わってこなかったのかもしれないとふと思った。
あんな特殊な能力を持っていれば、人の汚いところが嫌でも見えてしまうだろう。
今まで他人と距離を置きながら過ごしてきたのではないか。
 
それなら分からないでもないけど。
俺とは距離をとらないでほしい。もっと、頼ってほしい。
 
 
もっと俺を、
 
 
そこまで考えて保健室のドアが開く音に我に返る。
どうやら閉会式が終わり保健室の先生が帰ってきたようだ。
カーテンをそろりと開け寝ている小夜ちゃんを確認するとぼそぼそと俺に話しかける。
 
「黄瀬君、自分のクラス帰りなさい。後は先生が付くから」
「あ、あの…」
 
 
あと5分だけ、居ていいスか。
 
そう言うと保健室の先生は驚いたようにわずかに目を開いたが「5分だけよ」とほほ笑んだ。
 
 

 
  

 
 
体育祭の次の日。
相変わらず湿布臭いまま学校に行くと皆に心配された。
普段全然話したことない人でさえ周りに集まってくる。
 
「何で言わなかったの!」
「いやだって、ほら、試合中だったし」
「今じゃあんたね、このクラスの誇りなんだから!」
「え、埃?」
「そっちじゃない馬鹿!」
 
聞けばあの決勝戦を見たクラス全員が私のプレーに感動したとい言う。
そんな大層なことしてないんだけどな。
 
「お前すげぇよ」
 
一度も会話したことのない男子でさえも私の背中をばんと叩いた。
その後聞いた話では、相手の3年生はこっぴどく先生に叱られたらしい。
ちょっと良い気味だと思ってしまった。
 
放課後、私は急いで体育館に向かった。
バスケ専用の体育館。もうここに来ることはあまりないけど、どうしてもあの人にお礼がしたかった。
まだ始まっていないだろうと思いながらもそろりと体育館のドアをスライドさせる。
お目当ての人はいないかときょろきょろしていると、後ろの方で聞きなれた声がした。
 
「小夜ちゃんじゃないスか!どうしたの?」
 
言わずもがな、黄瀬くんである。
普段なら少しうっとおしく聞こえてしまう声だが、この時ばかりは助かったとばかりに振り返る。
 
「あのさ、笠松先輩いる?」
「え、笠松先輩?何で?」
「いやちょっと用事があって」
「ふぅん…」
 
呼んでくるから待っててと、一気にテンションが下がった黄瀬くんを見送る。
しばらくすると、黄瀬くんと一緒に笠松先輩がやってきた。
ぶつぶつ文句を言ってた笠松先輩だったが、私の姿を目で捉えると少し驚いた顔になる。
 
「お前、確か久遠…」
「どうも、お久しぶりです」
「お、おう。ってそんな久しぶりでもなくね?」
 
私と笠松先輩が会話している間、黄瀬くんは何か言いたげな顔をして私たちの周りをうろついていたが
やがて諦めたように体育館に転がっていたボールを拾い上げ、手で弄びながらもこちらをちらちらと見る程度になった。
 
「お前のクラス、女バス優勝したんだってな。俺のクラスの女子が騒いでた」
 
俺は男子の方の決勝出てたから見れなかったんだがと申し訳なさそうに言う笠松に、
相変わらず良い人だなと思わず笑ってしまった。
その瞬間すぐ近くにいた黄瀬が固まってボールを床に落とす。
何してるんだろう彼は。

「笠松先輩のおかげです。それであの、お礼したくて」
 
今までありがとうございましたと言いながら、同時に手に持っていたクッキーとスポーツドリンクを差し出す。
笠松先輩は驚いたように口をぽかんと開けた。
そうだよね、この組み合わせちょっと可笑しいよね。
クッキーとスポドリだもんね。
 
「こんなもので申し訳ないんですが。朝早起きして頑張りました」
「お、お前が作ったのか!?」
「はい。味に自信は…まぁ…」
 
なんだそれと言いながらも、笑いながら受け取ってくれる。顔が真っ赤だ。相変わらず純情だ。
 
 
 
 
 
「黄瀬、さっきからうざいぞ」
 
練習中、幾度となく自分に向けられるじとーっとした目線に耐えきれなくなった笠松言った。
「え、俺なんかしたスか」ときょとんとした顔を向ける我が後輩。
無意識かよといつものごとく蹴る。まったく何なんだ。
  

 
 
今まで何人もの女をたぶらかしてきた黄瀬も、恋愛経験に富んでいるとは言えない笠松もいわゆる鈍感であった。
 
 
 
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