霊感少女Sの非的日常。 | ナノ


  



痛い、痛い、痛い。立っているのでやっとだ。
それでも足を、手を、ボールを中に放ることを止めなかった。
ここでやめたら、自身のプライドが傷つく。
それ以上に、付き添ってくれた笠松先輩を、必死に声を張り上げて走る自分の味方を裏切りたくなかった。 
同じコート内にいる自分を睨む複数の目に臆することなく、不敵に笑う余裕さえ見せて呟いた。
 
絶対、勝ってみせるから。
 
 
 
 
 
 
あの事件以来、急速に黄瀬の目は彼女に向いていた。
そこには恋愛という感情は無く、強いて言えばあるのは興味。
もちろん、感謝はしている。
しかしそれと同時に面白い、と思った。
自分を特別扱いせず、むしろ蔑ろにする特殊な能力を持った彼女は黄瀬の好奇心をくすぐるには十分で。
気がつけばしょっちゅう彼女に話しかけるようになった。
彼女が見せるのはいつも面倒くさそうな声と顔。
それ故か、黄瀬は目の前の光景に驚いていた。
 
女子バスケ決勝戦。
 
通常のバスケ部は体育祭にバスケで参加することが不可なため見ごたえはないだろうと踏んでいたが、
開始3分後にはその考えが間違っていたことを認識することになる。
そこではバスケ部同士の試合といっても遜色ないほどの高度な試合が展開されていた。
 
「すげぇな、久遠」
 
黄瀬の隣の男子が呟く。
周りにいた何人かが大きく首を縦に振り彼の意見を肯定した。
黄瀬自身も同意である。
 
素早い切り返し、目線を使ったフェイク、放れば必ずと言っていいほど入るシュート。
どれをとっても初心者とはとても思えなかった。
 
 
中々離れない点差に苛立ちを感じたのだろうか、それが始まったのは第3Q中盤のことだった。
 
「っ!」
 
それまで順調にドリブルをしていた小夜が、敵の1人が彼女に近づいた一瞬顔を歪め動きを止めた。
その隙に敵は小夜からボールを奪い去り華麗に反対方向に向かっていく。
小夜はすぐさまその後を追ったが間に合わず、相手のゴールにボールが入るのを見た。
その後の彼女の異常に気付いたのは黄瀬一人だったのだろうか。
時間が経つほど、小夜の動きが鈍くなる。
鈍くなる少し手前には、必ず敵の接触があった。
 
過度な接触。
すなわち、アンスポーツマンライク・ファウル。
 
その証拠に小夜の腕やひざにはうっすらと紫色が浮かび上がっていた。
白い肌に滲んだそれは見るからに痛そうで。
審判は見ているのか見ていないのか、同じ3年生だから甘い判決を下しているのか何も言わない。
 
50対47で3年生がリードしたまま、第3Q終了のブザーが体育館に響いた。
第3Qと第4Qの間にある2分間のインターバルを狙い、居ても居られなくなった黄瀬はこっそりとベンチに入る。
 
「小夜ちゃん」
「うわ黄瀬くん、どうしたの」
 
白いタオルで尋常じゃない汗を拭う小夜の顔色は明らかに良くなかった。
他のチームメイトも同様に汗を流しており自分のことに必死で、彼女の容体に気付く様子は無い。
黄瀬は他の子に聞こえないようぼそぼそと喋った。
 
「審判に言うべきっス」
「何を」
「俺分かってるんスよ!小夜ちゃん、怪我させられ…」
 
いつもと変わらない小夜の態度に思わず声を荒げる黄瀬の頭を小夜はバシンと叩いた。
 
「だっ!」
「お願い、誰にも言わないで」
「でもっ…」
「審判は向こうの友達だから、多分動くことはない」
「そんなの、有りスか…」
「有りなの、相手にとったら。黄瀬くんもう戻りなさい」
「卑怯っスよ、こんなやり方…」
「そうだねぇ、でも」
 
勝つって皆と約束したの。だから邪魔しないで。
彼女の言葉と同時に第4Q開始の合図が鳴る。
 
「小夜ちゃん…」
「もう少しで終わりでしょ。大丈夫」 

大丈夫じゃないだろ、どう見ても。
コートへ向かっていった彼女に取り残された黄瀬は、怒りと疑問が渦巻いていた。
相手に対する怒りと。
小夜に対する疑問が。
何でそこまでするんだ、たかが体育祭じゃないか。
黄瀬はその言葉を発することなく、ベンチに座る。
本来ならそこに黄瀬が入ることは許されないが、いつ倒れるか分からない彼女を置き去りにすることはできなかった。
 
コートの中で走る彼女の足は今にも壊れそうで。
青白いながらも真剣な顔をする彼女はそれでも崩れなくて。
 
黄瀬は怒りで沸騰しそうな自分を必死に抑え、見守った。
本当は今すぐにでも叫んでやめさせて彼女をあの地獄から連れ出したい。
しかし、彼女の望んでいることは自分と相反することなのだ。 
かつてこんなに憤りを感じたことがあるだろうか。
 
「ちくしょう…!」
 
 
何もできず見ているだけの自分が酷く無力で滑稽で。
 

残り10秒。点差86対85の中、ボールを持つ小夜と敵のキャプテンが対峙する。
相手は懲りることなく小夜の足を狙ってきた。
ボロボロになった体ではそれを回避することができず、まともに食らう。
その瞬間、黄瀬は周りの音が遮断されすべての時間が止まったように思えた。
よろりと小夜の体が斜めに傾いたのだ。
 
思わず、立ち上がる。
 
そのまま床に倒れるかと思われた小夜はカッと目を開くと
相手に取られそうになったボールを自分の方に引き戻しスリーポイントの位置から打った。
 
綺麗な曲線を描いたそれは、リングの中でぐるぐると3周しながらも遂にはポスッといい音を立てゴールを通過した。
 
瞬間、すべての終了を告げるブザーが鳴る。
と同時に、これまで聞いたことないほど割れんばかりの大きな歓声が体育館を包んだ。
 
「小夜ちゃん!」
 
勝利に湧くチームメイトの誰よりも先に小夜に近づく。
小夜はぼそりと何かを呟いたかと思うと、操り人形の糸がぷつりと切れたようにぐらりと倒れた。
黄瀬は間一髪でそれを受け止める。
眠っている彼女の顔は信じられないほど白い。
 
「もう、ほんとなんなんスか…」
 
 
彼女が倒れる前に言った言葉。
 
 
 
これが肉を切らせて骨を断つってやつ?
 
 
 
黄瀬はため息をつきつつ、保健室に連れていくべく彼女の体を抱き上げる。
何処かから黄色い声が上がった気がするが、それどころでは無い。
 
「くだらないこと考える余裕あるんだったら心配してる俺の身にもなれよ…」
 
そんなことを呟きながら、黄瀬は体育館を出て行った。
 
 
 
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