魔女がシアンを撒きにやってくる 1
「ねえ跡部」
「アーン?」
「いい加減キョロキョロするのやめたら?見るからに不審者若しくは世間知らずなんだけど」
冷たい視線を受けてなお跡部の周りへの興味は尽きないようで。
家族や学生層で賑わう土曜の昼時、ここファミレス内でもの珍しそうにしている跡部は、はっきり言ってかなり目立っている。
連れである幸村は何度目かの溜め息を吐き出して、お子様メニューにひとり感心している跡部から視線を外した。
「遅いな。やっぱり迷ったのかもしれないね」
「あいつだってガキじゃねんだし心配要らねえだろ」
「けどここ東京なんだよ。慣れていないんじゃないのかな」
「いざとなりゃタクシーでもなんでも使えば済む話だろ」
「皆が皆氷帝基準だと思うなよ?」
いまいち意味を理解し切れていない跡部はサラッと「なら執事に迎えに来させれば」などと言い出して、幸村の溜め息は深くなるばかり。
あとここに来る予定の1名の地元は東京でも、まして関東でもない。
昨日終わった全国大会の引退する部長同士で食事でも、と言い出したのはまだ来ていない白石張本人だったりする。
幸村が揺らしたグラスの氷が、カランと涼しげな音を立てた。
「白石も突拍子がないことを言い出すよなあ。今まで集まったことなんてないのに」
「最後だからと言ってたろ。メンツが微妙な気もするがな」
「ああ、手塚と橘にも声をかけたらしいけど、手塚にはバッサリ断られて橘は妹と約束があるからって断られたんだってさ」
「てことは暇人は俺達だけってことか?」
「暇人だなんて言わないでくれるかい?これでも頑張って予定を空けてきたんだ」
「はっ。どうせ部かガーデニングかだろ?」
「どうして俺の趣味まで把握しているのかにはこの際突っ込まないでおいてあげるけど、俺にだって色々あるんだよ。けど遠方の白石がわざわざ声をかけてくれたなら応えるのが筋だろう」
そう言いながら一口煽ったアイスティーが白い喉を落ちていく。
小ばかにしたような笑いを漏らす跡部に、幸村のこめかみが一瞬筋張るも、もう一口煽ったアイスティと一緒にそれを飲み込んだ。
二人の座る禁煙ボックス席の周りは、小さな子供連れの家族や同年代くらいの人で賑わっているにも関わらず、この席のみなんとも微妙な空気が漂っている。
「待つのは性に合わねえな。迎え出すか」
「連絡先がわからないから今まで気を揉んでいたんじゃないか」
「そんなものどうとでもなる」
おもむろに取り出した携帯でどこかに掛け出した跡部を呆れ顔で見ている幸村だが、これでやっと幹事登場かと思えばいくらか楽になるというもので。
幸村個人としては跡部景吾という人間もプレイヤーとしても嫌いではないが、如何せんこういう公共の場で二人きりは疲労感が募る一方。
「お坊ちゃまも考え物だな…」
窓枠に肘をつきながら思わず零した独り言は、誰にも、跡部本人にも拾われることなく霧散した。