残響(切)


これの姫視点






わざとらしく草を踏むと
人影が振り返った

三成だ


「こんなところに呼びつけるなんて、バレたら刑部が怒るんじゃあないかい?」

数日前に私の元へ届いた文を左手に持ち、
それをヒラヒラと揺らしながら、
一歩、また一歩と
三成へと近付いていった


三成の目の前にたどり着けば
刑部の許可は得ている、と
律義に返された

どうやらこの男は相変わらずな様だ
アタシは少し嬉しかった


「貴様こそ、本当に一人で来たのだな…罠だとは思わなかったのか」

「アンタは約束を違えるなんてこと、しないだろうよ」


アタシは再び文を
ヒラヒラと揺らしてみせた
“一人で来い、私も一人で行く”
文の最後に書かれていた通り
アタシも三成も一人で来た


「それで、話ってのはなんだい?」

回りくどいのは嫌いだから
簡潔にお願いできるかね
そう続けてやれば
三成は、ならば簡潔に言おう、
と言って言葉を続けた

「姫、家康に与するのをやめ、私の元へ来い」


風が吹き、木の葉や足元の草が
ざわざわと音を立てた
アタシの心の臓も妙に騒いでいる

私の元へ来い、
そう言われて嬉しかった
すぐにでもうなずいて
ついて行ってしまいたかった

しかし、それは出来ない
アタシはただ目を伏せ
風が止むのを待って
騒ぐ心の臓を抑える様に
目を伏せたまま静かに話し出した


「アタシがアンタについて行ったら、あんたは満足するのかい…?」

「ああ」


三成の返事を聞いて
アタシはやはりこの男は
真っ直ぐだと思った
真っ直ぐだから、見えていないと思った

アタシは視線を上げ
三成を見据えて問うた


「それがアンタの憎む裏切りだとしても」

近くで鳥が飛び立つ音がした

「それでもアンタはアタシについて来いと言うのかい?」

「……」

三成は何も言わなかった
言えなかったのかもしれない


沈黙が続く

アタシは出来る限りの
無表情を張り付けて、口を開いた


「アタシはアンタが刀を向けるべき東軍の人間だ」

そう言って
左手に持っていた文を
千千に引き裂き、地に撒いた

アタシの手から離れた
文の欠片はハラハラと舞い
土と草の上に白を咲かせた

まるで涙の様だと思った

ちらりと三成を見やると
地に落ちた白を
何とも言えぬ表情で見ていた

視界が滲んだ


「次にアンタと会うときの地面には、白じゃなく赤が咲いているだろうよ」

アタシは慌てて三成に背を向け
元来た道へと歩き出した


「待て、姫…っ!」

後ろから三成の悲痛な声がした
振り返ることは、できなかった
泣いている自分を見られては
今までの演技が水の泡だ


三成は覚えていないかもしれないが
昔アイツは私に言った
私は裏切りを最も憎む、と
だから、三成が憎むことをしたくなかった

それでアタシが苦しんだとしても


三成の声は既に聞こえない
そうであるにも関わらず
アイツがアタシを呼ぶ声が
頭から離れなかった




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