君の近くで 1/2
「今日からこの店の店長をすることになった、坂田銀時でーす、よろしくー」
……嘘だ。
こんな気怠げな覇気のない奴が新しい店長なんて、絶対認めねぇ。
日用雑貨や小物を取り扱うこの店は、先月まで赤字続きで閉店の一途を辿っていた。
俺がこの支店に転勤してきて1年になるが、俺が入った年に店長に昇格した奴が、殺意が芽生えそうなほど俺と馬の合わない奴で、やること成すこと計画性のない、全く店長に向かない男だった。
組織ってやつは、例え部下が正論を言おうが、課長が意見しようが、店長が一言、「こうだ」と言えば、それに従わざるを得ない。
このままではダメだと知りつつも、店長の判断や決定は絶対で、抗うことなど出来はしない。
それが社会ってもんだと自分に言い聞かせて、客足の遠のいていく店を何とかギリギリの状態で保っていたある日、店長に人事異動の指令が届いた。
やっと、この店を立て直せる。
そう思ったのも束の間、店の売上を上げるために指名された選りすぐりの店長が、よりにもよって、こんな銀髪半目のやる気なさそうな男だとは…
先行き不安すぎる。
「今月から営業課課長に就任しました、土方です。よろしくお願いします」
「よろしくねー。じゃあ、早速だけど、店ん中ぐるっと見せてね。あと、先月までの売上データと、この周辺の競合店の情報。それと、各担当者の仕事量と時間配分も教えてくんない」
「……店内を回られている間に用意します」
「うん、頼んだよ」
…意外だ。
挨拶もそこそこに、死んだ魚のような目をした男は、パッとスイッチが切り替わったかのように仕事人間の表情を見せた。
でも惜しい、ネクタイ緩いんだよ。ネームプレートも斜めに傾いてる。ネクタイが少しでも曲がっていると気になってしまう俺から言わせれば、考えられないことだ。
仕事には几帳面だが実生活はどこか抜けてるタイプか、何か危なっかしい人だな。
だが、俺の心配を他所に、坂田店長は、店長としての才覚を着実に発揮していってくれた。
まず手始めに最初の1ヶ月で、店内のレイアウトの大幅な移動をした。
その後は、まるで怒濤のように、競合店対策、イベントの強化や、各売り場にトレンド商品を取り入れたり、広告宣伝に工夫をしたりと、斬新で突飛な発想で、次々と店を盛り上げ、離れていった顧客を呼び戻し、新しい顧客を招き入れた。
さすがに本部から直々に指名された店長だけある。
俺も、店長の右腕として影ながら彼を支え、店全体で協力し合って頑張った甲斐あり、あれから僅か3ヶ月で、店は活気を取り戻し、売上も前年比を軽く上回る好成績を納めた。
最悪すぎる坂田店長への第一印象はすっかり払拭され、今では従業員から慕われるばかりか、店の顔になるほど顧客にも信頼されて、俺にとっても心から尊敬できる店長となった。
…そして、それとは別に、俺の中で芽生えた感情があることに、俺は気付いてしまった。
相変わらず、真っ直ぐに付けられないネームプレートと、だらしなく首に下がったネクタイ。
仕事は鬼のように厳しく妥協を許さないくせに、甘い物が大好きで、休憩時間は女性従業員が持ってくるお菓子を楽しみにしてる、公私のギャップが激しくて無邪気な子供みたいな坂田店長に、…俺は知らず知らず、惹かれていた。
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