打ち明け花火
まさか、と思いながら、もしかして、と最悪の事態が瞬時に頭を駆け巡った。
もしかして、全部、気付かれて。
劣情も、そのため距離をとっていることも、全部。
そんなはずはない、ずっと隠してきたんだ、一度も見せたことなんてないんだ、そう自分に言い聞かせるが、じっと俺の目を真っ直ぐ見据える彼の表情に、ふざけたところはなく。
「お前の話だろ。……毎日毎日不躾な視線食らって何も気付かねぇほど鈍感じゃねーよ」
不機嫌そうに吐き捨てて、いいよもう、帰ろ、と踵を返そうとする。
思わず、その腕を掴む。
扉へ向かおうとしていた足が止まり、胡乱げな目がこちらを見る。
何か、言わなければ。そう思うのに、言葉が出てこない。混乱に、頭が回らない。焦りばかり加速していく。
思いもしなかった展開に、恐怖と緊張に、どくどくと全身が心臓になったかのように脈打っている。
「何」
「……すみません」
「何が」
冷ややかな声に、反射のように謝罪の言葉が出てしまう。決まり悪く俯きながら、サラリーマンの性だろうかなどとどうでもいい考えばかり回る。
現実逃避なんかしている場合じゃないのは分かっている。
何を言えばいい。相手は何を考えてる。
男に好かれて気持ち悪い、だろうか。そう思い至って、腕を掴んでいる手に意識が行った。
ならば、触れられているのも嫌だろうか。そりゃそうだろう。ただでさえ暑い季節にこんな。
思考が冷えていく。指先から力が抜ける。
沈黙の中、花火の打ち上げ音だけが空気を震わせる。
「……言わねぇのなら帰るけど」
ほとんど手が離れかけた時、静かな声が降ってきた。
なんとなく、このまま帰ってしまえば、二度と今までのようには接することが出来ないような気がした。
一方的に、過度な慕い方をして。隠し通していたつもりがすでに気付かれていて。気まずくないはずがない。
向こうだって、気付いていることに黙っていた間はともかく、言ってしまった以上、今まで通り先輩後輩として仲良く、なんてことは言えようもないだろう。
仕方ない。仕方ない話だ。こうなってしまった以上、それは避けられない。
それでも、このまま話を終わってしまってはいけない気がした。
何故だろうかと考えかけて、そうか、とすぐ合点がいった。
まだ俺は、自分の口で告げていない。
指摘されたことに動揺しすぎて、否定も肯定もしていない。
それではあまりに不誠実なんじゃないか。
どうせ実ることの無い恋だと分かりきっているとしても、ここで何も言わないのは、卑怯が過ぎるんじゃないか。
離しかけていた手に、再度力を込める。振り払われることは、なかった。
落ち着くべく、深呼吸をする。緊張に、顔が上げられない。
「……黙っていて、すみません」
「……」
もっと心を開け、とつい先ほど言われたことを思い返す。
俺の気持ちを分かっていてそう言ってくれたのであれば、伝えるべき謝罪はそこだろうと思った。
好きになってすみません、じゃなく。
気持ちを知りながら避けずにいてくれた、それどころか積極的に距離を縮めていこうとしてくれた、それなのに自分ばかり臆して逃げてというのは、弱いばかりでなく相手にも失礼だ。
そうだ、だって相手は坂田さんなんだ。
自分が、彼のどういうところを好きだと思っているのか、改めて実感する。
きっと彼は、どんな形であれ、人の真っ正直な好意を無下にはしない。そんな確信があった。
意を決して顔を上げる。透き通った赤い瞳を、真っ直ぐ見つめる。
「好きです。……聞いてくれて、ありがとうございます」
人として、とか。後輩として、とか。どんなところが、とか。いつから、とか。
色々と話してしまいたい気持ちにもなったが、全部飲み込んで、無理やり笑顔を作る。
多分、上手には笑えていないだろう。見えて苦笑いといったところか。
それでも、悔いは無かった。
ずっと抱えていたものを告げられて、胸の軽くなる思いだった。
「……うん、知ってた。お前隠すの下手過ぎ」
そう言って、坂田さんが小さく笑う。
あぁ、良かった、と素直に思う。
この人を好きになって良かった。
告げられて良かった。
変わらず笑ってくれて良かった。
それだけで、もう、十分だった。
花火も終わりが近いのだろう、ラストスパートとばかりに、たくさんの輪が連続して空に上がる。
元々そう感傷的な方ではないが、二人の時間ももう終わりか、と思うと名残惜しい。
結局坂田さんばかり見てほとんど花火なんか見てなかったな、と考えながら、夜空を見上げる。
無数の光が空全体を覆うように散る様は、目に眩しくすらあり、網膜に焼きつくような感触を覚えた。
その迫力に、これはなかなか忘れられそうにないな、という予感がした。
今日の出来事が出来事だから、余計にそう思うのかもしれないが。
「……すごいですね」
「ね」
「……」
「……あのさぁ」
「はい」
「そろそろ手ぇ離してくんね?」
「す、みません」
掴んだままだった腕を、慌てて離す。
ひひ、と笑われる。恥ずかしい。
暑さの増したのを、自分の手で扇いで凌いでいると、なぁ、とまた声をかけられた。
「お前さ」
「はい」
「返事聞こうとか思わねぇの」
「……返事ですか」
「そう」
「……分かってて敢えてですか」
あまりに意地の悪い問いかけに、脱力して肩が落ちた。
振られると分かっていて、改めて言葉を催促しようなど、なかなかできるものではない。
この人は俺をからかって遊んでいるんだろうか、それとも告げた以上はそこもやっぱりきっちり通っておけということなのだろうか。
どっちにしろ酷なことを、と顰め面になる。対して坂田さんは余裕げに、笑みを浮かべている。
「そう?お前が思ってんのとは違うかもよ?」
さらりと意味深な言葉を吐かれ、更に眉を顰める。
「……それは、どういう」
「さぁねー」
話を振っておいてあっさりかわされて、余計に訳が分からなくなる。
けれど。
その、柔らかく優しげな目線に、まさか、と思った。
そんなことはありえない、ありえるはずがないとずっと考えてきたけれど、もし、そうでないなら?
ありえるのだと、したら?
花火のことなど頭から吹っ飛んだ。
期待するだけ傷つくだけと排除してきた可能性が、急に色づいて、俺を急き立てた。
「さ、」
「まぁ要らないんならいっか。帰ろーぜ」
「――坂田さん!」
必死でその名を叫ぶ。
もう形振り構ってられなかった。
多分、傍目にも分かりやすいほど、動揺していたんだろう。
そもそもこんな大声を出すことなんて、いつぶりか。
一瞬、驚いたような目をして、すぐ、堪えきれないといったように吹き出して笑われた。
失礼な、なんて思う余裕はなかった。
けれど不思議なことに、あぁくそやっぱり可愛いな、と思う余裕はあった。
坂田さんは、ひときしり笑い飛ばしてくれた後、俺も好きだよ、と照れ臭そうに口にした。
その笑顔は色とりどりの花火に照らされ、その日見たもので一番綺麗で、一番忘れがたいものになった。
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