短編 | ナノ
 大丈夫、悪い夢だよ




暗い暗い底から浮上するように瞬きをゆっくり繰り返して無機質な天井を眩しそうに見上げた
隣には自分に繋がる点滴と


「ナマエ!!...よ、良かった目が覚めて...」

「......イデ、アさん...」


掠れた声でなんとか返事をする
心臓は不規則にドッドッと音を立て全身は汗でべっとりする
ベッドの隣に腰掛けていたイデアは立ち上がってナマエの顔を覗き込むようにして見て心の底から安堵する様な顔を浮かべた


「どうしたの?どこか痛い?」

「いえ...なんだか怖い夢を見た気がして...」

「大丈夫。ただの夢だよ。安心して」

「ありがとうございます...それで私はなぜ保健室に?」

「ナマエ、薬学準備室で倒れてたんだ...片手に眠り草の瓶持ってたから間違えて吸っちゃったんだと思う...覚えてない?」

「準備室...」


イデアの説明を頼りになんとか思い出そうとする
眠ってしまう前は何があった?確かに準備室らしき部屋のドアを開けた気がする
でも靄がかかったみたいに曖昧でそこからを思い出そうとするとまた心臓が不規則に音を立てる


「あぁ、無理して思い出さなくて良いよ、先生達とも現場を見たけど本当に事故だったみたいだし.....1週間も眠ってたんだ」

「い、1週間...!?」


驚いて飛び起きようとしたけど1週間もベッド生活してたせいか上手く体が動かなくて諦めて首だけイデアの方に向けて目をこれでもかってぐらい開けた


「眠り草って言ってもナマエが持ってたのは毒性の無いものだし後遺症も残らないはずだけど一応先生に診てもらってね」

「ご心配をお掛けしました...」

「目が覚めて、良かったよ」


イデアは優しく微笑んでナマエの頭を子をあやす様に撫でた
その優しい手にナマエは嬉しくなって目を細めた






1週間前



ナマエは錬金術の授業で完成間際の所でグリムに鍋をひっくり返されておじゃんになってしまった
しょぼしょぼとクルーウェル先生に報告するとクルーウェルは直々に手伝ってやるから準備室から足りない分の眠り草を取ってくるようにと言われた
もちろん瓶に入っているから蓋は開けずに瓶ごと持ってくるように、と釘を刺されて

その時同じ教室にイデアも居たが嬉しそうに準備室に向かうナマエの後ろ姿を呑気に見送ってしまった


全員油断していたのだ、ナマエは人当たりもよく男子校だというのに媚びた姿勢も無く魔法が使えないからといってめげること無く食らいついていたし、そのおかげで仲のいい友人は沢山居たし何よりイデアと付き合っていたから

真面目なナマエは教師に好かれていたし、人当たりのいいナマエと少し話せば馬鹿にしていた生徒は悪かったと頭を下げるし、それでも無意味に喧嘩を売ってくる奴には日時を指定した後リーチ兄弟を送り込んだ、勿論対価を払ってボコボコにしてもらった
そんな事が半年も続き遂に片思いしていたイデア・シュラウドに猛アタックの末にお付き合いができたと顔を赤らめて幸せそうにするナマエに喧嘩を売る馬鹿は居なくなった



だから油断していた



ナマエは準備室のドアを開けて中に入り小分けされている棚を見つめて瓶詰めにされた薬品から持ってくるように言われた眠り草を探していた

バンッ、と乱暴に扉が開く音がして体をビクつかせて出入り口を見る
確かに扉は閉めたしそんな乱暴に開けなくても、と


「あの、何か?」


乱暴にドアを開けた生徒は明らかに様子がおかしい
息を荒くして一直線にナマエを見つめている
とても準備室に用があるとは思えない

しかしナマエも負けじと凛とした態度で迎え撃った
要件があるならそれに乗じて態度を変えるつもりだから


「お前、お前がッ!お前のせいで!」

「落ち着いてください。要件があるなら聞きます」


やはりどうも正気では無いらしい
目の焦点が合っていないし顔から首まで見える範囲で汗でびっしょりだ
頭や顔を掻き毟り、男はガチガチと歯を鳴らしながらナマエに1歩ずつ詰め寄る
錯乱状態の彼は薬物でもしている様子だったがこちらも同じ土俵に立って怒鳴れば彼を刺激するだろうとナマエは1歩後退した

それが合図かのように錯乱した生徒は突然地面を勢いよく蹴ってナマエに掴みかかった
髪と肩を掴まれて勢いよく地面に倒されれば背中に有り得ないぐらいの衝撃が走って情けない声が漏れた


「グッ、だ、れか!!」

「うるせぇ!!」


小柄な女の体の上に重苦しい男が全体重を乗せてナマエの首を絞めた
首を絞められ声が出なくなったのでナマエはパニックになりながらも男の腕や顔を引っ掻き暴れた


「目障りなんだ!お前が!ヘラヘラしやがって!!寮長達を味方につけただけで強がってんじゃねぇぞ!?能無しの癖に学園に居座るお前がッ!!気に食わねぇ!!」

「カッ、ハッ、」


彼は彼なりに鬱憤があるのだろう、首を絞められ押し付けられている中冷静に現状を理解したが冷静な話し合いをするも何も首が締められて声が出ない
ナマエはなんとか殺されまいと男の股間を蹴りあげて男が痛みに蹲った隙を付いて這い蹲るように男の下から逃げる様にズルズルと体を引き摺った

そしてドアから逃げようと立ったナマエを男はナマエの背中を蹴り飛ばして阻止した
普通男が股間を蹴り上げられたら痛みで動けなくなるもんだが男はやはり何かしらの薬を服用したのだろう汗をびっしょりかいてフラフラと中腰で立ち上がり痛みで動けないナマエの頭を踏み付けた

ナマエはその衝撃で気を失った





そんな異変にいの一番に気付いたのはやはりイデアである
クルーウェルが他の生徒を指導している中、ナマエが出ていってからの秒数を数えていたのだ
準備室とはいえ丁寧に整理整頓され分かりやすい様に棚や瓶ごとに名前も書かれている所から容量のいいナマエが見つけるのに苦労するには遅すぎる、と

イデアはただの嫌な予感だったのでクルーウェルにも黙ってそっと教室を出て準備室へ1人向かった
準備室の閉められた扉をどうか勘違いであってくれ、と願いながら開くとそこには気を失い頭から軽く血を滲ませるナマエと追い打ちを掛けようと足を上げている男の生徒が目に入った


逆さずりにされたみたいに血が逆流している体と裏腹にイデアは脳内で現状を冷静に理解した
男はイデアが入ってきたと同時に熊に睨みつけられたかのように固まっている

1歩、また1歩、イデアがゆらゆらとナマエに近寄りぐったりとした彼女の脳と体を極力動かさずに呼吸を確認した
浅い呼吸を繰り返すナマエに気を失っているだけだと確認したイデアは少しホッとしてゆっくり彼女を床に戻して慣れた手つきで手当していく
その間男は逃げ出せばいいものの小指の間接1つも動かせなかった、今動いたら確実に殺されると本能が勝ったのだろう
さっきまでハイになっていた気分が地の底まで落ちていくのが分かる


「僕はね、」

「ヒッ」


ナマエの応急処置が終わったのかイデアは視線をナマエに向けたまま男に声をかける
その声は地を這うような怖い声では無く、どこか悲しげな、弱々しい綺麗な声だった
だから男は余計に怖くて動けずにいた
さっきまでハイになってナマエを蹴り飛ばせたのは結局女だったからなんだとじくじく理性が脳を刺激する
女だったから殴れた、子供でも同じ、自分より弱い者だったから暴力を振るえたんだ、だって現に自分よりヒョロいにも関わらず静かに燃えるイデアに殴り掛かろうなんて微塵も思わないのだから


「僕は王子様じゃないから、間に合わないんだ」


イデアの声は悲痛に満ちていた
自虐するような、助けを乞うような、なんとも言えない悲しい声
しかしその声は男の両足を地面に縫い付けるには容易であった
男はヒュッヒュッと浅く荒く息を繰り返しながらイデアの言葉を待つしか出来ない
圧倒的強者の前では自分はただの餌なのだと思わされる程


「でも僕は王子様じゃないから、人以下のモノを殺しても良心は痛まないんだ」


ゆらり、亡霊のようなゆったりとした動作で青い炎を掻き分けて濁った黄色の瞳が男を捉えた
それは死刑宣告である
それが分かった途端、男は全身全霊の力で逃げ出そうと動かぬ足を引っぱたいて1歩動いた
そこで男は見知らぬ暗い部屋に転移された








イデアは男を部屋に送った後、棚からナマエが探していたであろう眠り草の瓶を取り出して自分は嗅がないように袖で口元を覆って片手で瓶の蓋を開けナマエに嗅がせて気絶より深い眠りに誘った

そしてナマエの手に瓶を持たせてクルーウェルを呼びに行った

準備室に来たクルーウェルには「間違って蓋を開けてしまった時に頭をぶつけたんだと思う、止血はしておきました」と酷く焦った様子で伝えておいた

保健室に運ばれたナマエに付き添い点滴の中に傷の治りを早くする魔法薬を混ぜてもらい先生が居なくなった所でイデアは彼が待っているであろう部屋に転移する








男は何が起こったのか分からず約1分程立ち止まって動かなかったが、先程まで居た準備室からこのよく分からない真っ暗な部屋に移動させられた事と最後に見たのはこの世の物とは思えない濁った黄色の目だと思い出して真っ暗な中出口を探すために懸命に手を動かした

手を前に突き出して探っていると壁と思われる感触にぶち当たり少しほっとした
この壁伝いに歩けばいつかどこかに出口があるかもしれない、と

ゆっくり、誰の音も聞こえずに自分の荒い息だけが反響して聞こえてくるのでこの部屋に誰も居ないと分かっていても大声を出して助けを呼ぶどころか足音1つでさえ鳴らさないようにゆっくり動いた
なぜかは分からないがそうしないといけない気がしたから

数歩音を立てずに歩いた時腰にゴンッと音を立てて何かにぶつかり腰に当たった物は何かの台なのだろう、その上から落ちるようにガシャンカランカランと音を立てて複数の物が落ちた音がした
「ヒッ」と小さな悲鳴が漏れてしまうも慌てて口を塞ぐ、誰もいないのに


壁から手は離さずに何が落ちたのか床を見た
床には錆びれた医療用メス、包丁、ハサミ、鈍器、他にも見たことの無い物が沢山落ちていた

そこで男はあれ?と思う
さっきまで真っ暗で壁さえ手をつかなければ分からなかったはずなのに何故下に落ちた物が見える?
それは自分の後ろに光が出来たからだと気付いた男は後ろを振り返れなかった


「さっきまで錯乱してたとは思えない冷静さだね」


声で分かった、イデアだ
イデアの青い炎が真っ暗のこの部屋に明かりを刺したんだろう
男は後ろを振り返らずにゆっくり片手でジャケットの内ポケットに入れてあるマジカルペンを探した
なるべく悟られない様にゆっくりした動作で


「君のマジカルペンは預かっているよ、大丈夫、魔法で殺したりなんかしないよ。...まぁ一応僕には防護魔法はかけてるけど」


魔法を使えない、でも殺されないと分かり少しずつ息を深める事が出来た
でも壁から目は離せない
お互い魔法を使わないんだ、殴り掛かるなり足元に落ちてる刃物を持って振り返って反撃しろ、大丈夫だ、相手は俺よりもヒョロい男だ、だから振り返っても大丈夫だ


「君を殺すのに魔法は必要無い、切れ味の悪い刃物があれば充分さ」


低い声がしたと思ったら肩に鈍い衝撃が走り男は立っていられなくなった、突然の事に声すら出なかった
その場に尻餅を付いてへたりこみ鈍い痛みを感じる肩にビクビクしながら手をやると鉈の様な物が肩から鎖骨ぐらいまでめり込んでいた


「アッアッ、ヴァァッ!!!!」

「先に言っておくけど輪廻転生とか希望は持たないでね、魂ごと消すから冥府にも来ないよ。僕は一応魂を管理する権利を持っているからね」


肩を押えた男が恐怖心を痛みが勝った一瞬、振り返ると青い炎の隙間から慈悲に満ちた、けれど歪な笑みを零すイデアと目が合った








ピクリとも動かなくなった男の返り血を酷く浴びたイデアはハァ、とため息を零した

ナマエの怪我の完治と監督生の記憶を少し弄らねば
あとこの動かなくなった肉の存在を知るもの達からこいつの存在を記憶から消さねば


「...1週間、かな」


生きている物がイデアしか居ない暗い部屋でポツリと呟いた

ナマエに酷い事する奴なんて元から居なかった、こんな肉塊の存在を知る者も居ない


大丈夫、悪い夢だよ








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