ものが口にくわえた


 最近ではすっかり恒例のようになってしまった、深夜の食堂での逢瀬。毎回同じでは飽きるだろうと思い、たまには違うものを用意するぞと声をかけるが、緩々とかぶりを振り、同じものがいいと告げる太宰の要望で、今回も蜂蜜の香りを纏うマグカップを手渡す。


 短く礼を述べてから受け取り、編み込みの無い茜色の髪を手で耳にかけてから温めた牛乳を少しずつ飲む。互いに向かい合わせに座って、たまにぽつりと短い会話を挟む。

 最初の頃から比べたら、幾分和らいだ眼差しと表情。始めはこの世の終わりみたいな顔をして、夜中に図書館内を彷徨っていたからな。その頃に比べたら、大分健全に近い状態にはなっていると思う。だったらそろそろ潮時だ、つきりと胸の奥が痛んだが、互いの為にと判断した事を覆そうとは思わない。

「なあ、太宰」

 前世の事を考えたら、今世ではお前に、お前達に関わるつもりは無かったと言ったら信じるか? そう告げたらあいつに鼻で笑われた。ここまで関わっておいて、今更かと。少しつり上がった金の眼が雄弁に物語る。

「ーーお前は、お前を慈しんでくれる群れに帰れ。俺に、俺に関する事で傷付けられない内にな」

 今回はたまたま交わってしまったが、本来、俺とお前は相容れない関係のはずだ。少なくともお前たちから見た俺は、古い文学にしがみ付いた老害なんだろう? 少しらしくない口調で太宰を突き放す。今なら誰も傷つかない、ただし自分以外は。

「……煩わしくなってから放り出そうとしても、手遅れだぜ。神様」

 一方的に別れを告げ、立ち去ろうとした俺より先に椅子から立ち上がり、勢いよく胸ぐらを掴んだ太宰は、噛みつくように口付ける。

「いつまでも嫌いな奴とこうして会うわけないだろう? いい加減気付けよ馬鹿! これだから耄碌したジジイは」
「太宰、お前」
「一体何なんだよ! お前なんてムカつくし、大っ嫌いだったはずなのに。そんなの、自分が一番分から……ない」

 仕掛けた側の太宰の方が、視線を合わせずに惑いを晒す。俺の胸元を掴んだまま、恥ずかしさのあまり目元を染め瞼を伏せてる姿は、可愛らしくもそこはかとない色香を感じる。

「……黙って聞いていれば。テメェ、嗾けるからにはやられる覚悟があるんだろうな」
「う。ぶ、無頼派舐めん……」

 その言葉は最後まで紡がれる事なく、喉奥に消えた。やられてばかりは性に合わないから、お返しに太宰の薄い唇を塞ぎ、口内を蹂躙する。吐息ごと塞ぎ、舌を舐り甘い唾液を啜ると苦しげに歪む顔に、縋るように己の服を掴む様に自身から薄い笑みが滲んだ。

 当たり前だろう。一目惚れした相手が、一度は諦めようとした高嶺の花が、自ら手折れと焚き付けるのだから喜ばない方がどうかしている。売り言葉に買い言葉なのかもしれないが、もう遅い。逃すのも手放すのもどちらにしろ、今となっては無理な話だ。

「煽ったのはお前だ。どうなっても知らねえぞ」

 きつく握りしめた太宰の手を離すつもりは毛頭なく、そのまま引きずるように自室に引っ張りこむ。性急にベッドに押し倒し、再び濡れた唇を塞ぐ。抵抗する腕を縫い付け、懇願ごと飲み込み、何度も角度を変えて貪る。苦しさから荒い息を吐き、金色の瞳を蜜色に蕩かし涙の膜を張ったまま見据える太宰に対して浮かんだのは、最早獣の欲そのもので。

「俺は忠告したはずだ、太宰」

 細くしなやかな首筋から鎖骨の辺りに唇を這わせ、紅い跡で彩る。喉元の守りと言うには薄く頼りないネクタイは、とうに解いて床に落としていた。

「どうなっても知らねえぞ、ってな」
「……年寄りはくどい上にがっつきすぎ」

 まあ俺を前にしたら仕方がないよなぁと、減らず口だけは達者だな。いい加減、焦らすのは諦めて大人しく俺に散らされろと太宰の窄まりを性急に解し、未通の身体に突き入れる。

『志賀のばーか、それで良いんだよ。始めから、んっ……らしく無い事するな』

 首に腕を絡め、耳元で流し込まれる太宰の声は決して甘いばかりで無いはずなのに、俺は何故か救われた気がした。後は深く深く溺れさせたくて、最奥を攻め立てる。自分より華奢な身体をぐちゃぐちゃに突き、捏ねくり回し、肌が派手に合わさる音がする様を耳にしながら交わった。

 口からは綴りにならない響きしか出なくても、汗とぬるついた体液に塗れても、漸く手に入れた太宰は大輪の花の様にただただ美しくて。


 惹かれた理由なんて、きっと永遠にわかる訳がないし、理解する必要もない。だってそうだろう? 恋はするものではなく『落ちるもの』だからな。

2018/02/06
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