4.きみの心に触れさせて


「どうした、エフラム?」

 自分より少し背の低いエメラルドグリーンの髪の青年が後ろから控えめにマントを掴み、もたれ掛かる。

 いつもは溌剌とした彼にしては珍しく、今の弱った姿は傍から見たら不安と庇護欲を掻き立てられるだろう。ここは気の良い奴も多いから、どうしたのかと近づいてくるに違いない。幸い、ここには俺達二人しか居ないから、その姿を見られる事は無く杞憂に終わる。

『契約から解き放たれた俺は、改めてエクラに召喚されて比較的問題無く日々を過ごしているが、双子の妹エイリークは今頃どうしているだろう?』

『一人で泣いていないか、大変な目に合っていないか? 姿形は違う筈の、なのに本質が似ているエクラの行動を見る度に妹を思い出す』

 そう、胸の内を告げられた。俺達の世界から召喚士エクラに召喚され、異世界にたった一人でここに来たエフラムにしてみれば、残してしまった妹の事に関して、側に居ない自分も不安要素の一つに入るのだろう。

 でも皆それぞれに事情や信念、想いも有る。個人の都合で戦いに赴く召喚士や英雄達を惑わす訳にはいかない、迷いや躊躇いは戦場で確実に致命的な判断ミスを誘発する。死なないとはいえ、痛みを伴う。出来ればあまり経験したくは無いのが事実。

「夢を見た……エイリークが一人で泣いていた、夢を」

 この王子は自分よりも常に妹に心を配る。今は唯一の家族というだけで無く、恐らく全てを分け合って生まれ落ちた彼の半身故かも知れない。

「エフラム」

 名前を呼び顔を上げたのを確かめてから引き寄せ、そっと髪を梳く。

「済まん、俺はこんな時に気の利いた言葉をかける事は出来ない」

 エフラムが落ち着くまで、何度も髪を撫でる。しばらくの間俺の腕に自身を委ねていたが、自分の中で折り合いを付けたのだろう。そっと体を離すと、幾分明るくなった表情を見せた。

「……悪い。兄の俺が妹を、エイリークを信じてやらなくてどうするんだって話だよな」

 寧ろ、いつでも守ってやれるように鍛えて強くなっておかないとな。と、しっかりと述べる。

「ありがとうな、クロム」

「……それは構わないが、もし俺に下心が有って慰めたとしたら、どうするつもりだ?」

 先程の無防備な姿を見せられ、落ち着かないまま余計な事を漏らしてしまう。心外だったのか一瞬丸い目をした後、笑った。年相応の無垢で幼げな笑顔に、鼓動が一際高く跳ねる。

「お前が、俺に? 冗談だろ。……でもお前だったら、クロムなら、俺は構わないぞ」

 俺の腕からあっさりすり抜けて、じゃあ今から訓練するからと、手を振り走り去る後ろ姿に対応できず、見えなくなるまで見送った。

「反則だろう、アレは」

 染まる頬に手を当てる余裕も無く立ち竦む俺だったが、新たな決意を胸に抱く。エフラムが妹を守って自分を疎かにするのなら、俺が代わりにお前を守ろう。お前の身だけでなく、その心ごと。

 お前がお前たる、エフラムらしくいられるようにーー。

17.05.28
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