波江の新しい就職先も見つけて荷物もまとめてお腹もちょっと膨らんできて、もうすぐここを去ろうとした時だった
「臨美、てめぇッ...」
静ちゃんにバレた。

どうやら静ちゃんは新羅経由で知ったらしい。そういえば新羅の知り合いに私が今世話になっている闇医者がいたような。馬鹿新羅。
いきなり押し掛けてきた静ちゃんをとりあえず落ち着かせ、近くの椅子に腰かけさせる、私もその向かいにすわった。
久しぶりに見る静ちゃん、前とほとんど変わらない金髪にバーテン服、無性に愛しくなって涙が出そうになる。
不機嫌そうな顔をした彼はこちらをじっと睨んでいて、何?と尋ねると妙に気まずそうに眉を潜めた。
何を言いたいかなんて、わかっているけど。
「妊娠、したんだろ」
ほらきた。
「うん」
あっさり認めた私にいささか驚いたらしい彼はより深く眉間に皺を刻む。
やめてよそんな顔しないでよ、罪悪感なんていらないんだ。
「...どうすんだ」
「どうするって?」
「その...産むのか」
彼の表情の違いなら絶対にわかる自信がある、今の表情を言葉にするなら「産むな」だ。
残念ながらおろすわけがない、絶対に産んでやる。
「産むよ」
「......」
「あぁ、でも安心して」
責任とか、いらないから。
そう言った途端静ちゃんが立ち上がった。物凄い形相。
「てめぇ...」
「どうしたの?何に怒ってんの?」
「黙れ...」
「別に私は一人で育てるから父親になれなんて言わない」
「黙れよ...」
「よかったねぇ静ちゃん」
静ちゃんの周囲から殺気が滲み出る、それでも私の口は止まらなかった。
今までの不安や思いをぶつけるように、言葉が紡ぎ出される。
「大嫌いな私と結婚せずにすんで」
「黙れっつってんだろ!!」
ばきり。めちゃくちゃな音をたてて近くのパソコンが壊された、ただの破片になる。もう使わないからいいけど。
「俺が怒ってんのは孕んだことじゃねえ」
パソコンの破壊音を境にしんと静まる室内に、やけにまた静かな静ちゃんの低い声が響いて
「何で黙ってた」
サングラス越しの茶色い目があう。怒りに満ちているのがわかった。
「何で黙ったまま」
うん
「産もうとして」
うん
「...出ていこうとしやがる」
当たり前じゃん。
静ちゃんの言いたいことはよくわかるし、私も返事をしたいのに、唇が情けなく震えてうまく声が出ない。妙に確信ついてくるんだから嫌になる。
黙ったまま目をあわせる私に舌打ちをして、また何か静ちゃんが言おうとした時、ようやく声が出た。
「だって」
ぴくりと静ちゃんの眉が動く。
「言えるわけないじゃん」
逆に今響くのは私の声。
「今まで抱いてくれたとき、好きだとか言ってくれたことある?ないでしょ?それどころか名前も呼んでくれなかったよね?そんなんで誰が愛されてるなんて思えるの?産めると思えるの?」
何も考えずにいたって勝手に口が動いて気持ちのまま言葉が流れる。
「子供産むのってねすごい不安なんだよ?おろせって言われないかとか捨てられないかとか、面倒だって思われたらどうしようとか。だから言えなかった、静ちゃんはきっとおろせって思うから」
「それは、」
「別にいいんだよ静ちゃんが私のこと嫌いだってこと知ってるもん、私は身代わりだったんだよね私の体が好きだったんだよね、そうじゃなかったら抱いた後一人になった途端気分悪くなって吐きかけたりしないもんね?」
「なんで、」
「何で知ってるかって?知ってるに決まってるじゃん静ちゃんのこと見てたんだから、そうだよ静ちゃんが好きだったんだから、」
静ちゃんの目が見開かれる。そりゃそうだろう私が静ちゃんを好きだというのは本人からしたら考えられないようなことなのだから。
「大丈夫、別に好きになって欲しいとか思ったことはなかったから」
これは嘘。本当はいつも思ってた、静ちゃんも私と同じ気持ちになればいいのにって、でもそんなこと言ったら静ちゃんは私を忘れられなくなる。ここを去るためには私は今から、静ちゃんの中でいらない存在にならなければいけないのだ。
「そういうことなんだよ」
「......何がだよ」
「私は静ちゃんが好きだから、静ちゃんが幸せになってほしい」
「......」
「私と一緒になったら静ちゃんは幸せじゃない......いつも名前呼んでるあの人が好きなんでしょ?」
「そ、」
「私は一人でも生きていけるから、静ちゃんが幸せになってくれるのが一番嬉しい」
「...臨美、」
「だから、終わりにしよ」
らしくもなく泣きそうになって、思わず顔を伏せた。静ちゃんが狼狽えているのがわかるが、ここで無理矢理にでも頭を撫でたり抱きしめてくれない所に彼の正直な思いが見お隠れしている。
涙を頑張ってひっこめて、最後に頬に力を入れて上にひっぱって笑顔をつくってから上を向いた。
「さよなら、しようよ」
そう私が笑った時の彼の顔を、私は今でも忘れない。悲しいような寂しいような安心したような嬉しいような、なんともいえない表情。それが私の記憶に残る静ちゃんの最後の顔。
私が無理矢理家から追い出した時、静ちゃんは抵抗しなかった。ばいばい、と言うと無言で、振り返らずに出ていっていまった。それは即ち静ちゃんに、本当の意味でフラれたということだ。
ぼろぼろ泣いて顔がぐしゃぐしゃになる位大泣きしたのは久しぶりで、妊娠が発覚してから明らかに私の目が腫れる回数は増えていたけれど、あそこまで泣いたのも久しぶりだった。

あと3日後。
3日後、私はここを発つ。


好きだった。
だから、さようならをした。

「ばいばい、」
静ちゃん、

幸せになって



100411
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