気持ちの良い天気だ。
洗濯物がよく乾くだろうな、緩んだ頬を引き締めつつぱんと音をたててシーツを広げた。
新宿から東京から、そして静ちゃんから、仕事も全てを放り出して逃げてきたのは数年前のこと。持ってきたものは必要最低限の荷物と大量の額が入った通帳、そして、
「おかーさんただいまーっ」
「おかえり!」
愛した人と血を分けた大事な大事な我が子。望と名付けられたその子は今年、近くの小学校に入った。
東京から出る前に新羅や運び屋、ドタチンや帝人くんたちに東京を去るということだけ連絡をいれたから折原臨美が生きているという噂もあるに違いない、今の私には関係ないけれど。正臣くんや波江にはしっかりお金と新しい勤め先も用意しておいた。
手術を頼んだりお腹に望がいる間暫く匿ってもらったのは闇医者のおじさんの家で、信じられない位好い人だったおじさんとおばさんは去り際私の為に泣いてくれた。頑張ってね、という言葉に望を腕に抱いたまま号泣してしまったのを今も覚えている。
その後やってきたのは東京から大分離れた静かな田舎町。海も近く空気の澄んだそこは住人も皆好い人ばかりで気をゆるせる人も何人かできた。柄にもあわず友人と呼べるような人も。
二人暮らしにはちょっと広すぎるけど小さな庭のある新居を買い取って、そこで望と二人で過ごしている。
洗濯物を片付け庭から居間に戻るとランドセルを脱いだ望はおやつーと言ってしっかり手を洗っていて、うん、この辺は私の教育の良さだ。
「おかーさん、ね、ぱんけーき食べたいっ」
「んー、ホットケーキでいい?」
「うんっ、あ、あとね、明日学校のあとみっくんちいくから!」
「いいよ、でも騒ぎすぎて迷惑かけちゃ駄目だからね?」
「わかってるもんっ」
テーブルとセットの白い椅子に座った望はぶんぶんと待ちきれないように足を振っている。かわいい。私は棚からホットケーキミックスを取り出した。
望は私似だ。黒髪も赤い目も整った顔立ちも頭の良さも、髪型はちょっと静ちゃんぽいけど。あ、中身がやんちゃな所とかも静ちゃん似だな。
これでこの子が静ちゃん似だったらどうしただろうか。波江のように実の息子を肉欲も含んで愛していたかもしれない。私似でよかったと思う。
でもやはり私は望を愛している、それは勿論家族愛で。
結局あの日から全く会っていない静ちゃんを思い出して夜な夜な泣く日も少なからずあった、妊娠中は物凄く不安で精神的にも大分参っていたし。けれど、
「はい、できたよーっと」
ことりと目の前に皿を置いてやると目を輝かせる望。いただきますと叫ぶように告げてナイフとフォークでかじりついた。
私も目の前に座って眺めていると、突然望がこちらを向いて言った。
「おかーさん大丈夫?」
「え?」
「元気ないよ?どっか痛いの?」
父親のことなんて言えるわけがない、それでもこの子には心配をかけたくない。
「何でもないよ」
頭を撫でてやると擽ったそうに笑う、望、大好きだよ。

辛かった切なかった悲しかった、たくさん泣いてたくさん苦しんで、だけどやはり産みたかったのだ望を。

産んでよかった、いてくれてありがとう。

静ちゃん、今私は幸せだよ。だから、
君も、幸せになって。


100411


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