子どもにはまだ早い3 | ナノ


教師宮田登場




 思わず「俺のこと覚えててもらってめっちゃ嬉しくて」と言ったら 「ええ?自分が教える生徒の名前くらい覚えるよー、須田くんは大げさだなぁ」と苦笑された。でも本当のことだから。牧野先生ともっと色んな話ができたらと思うし、俺なんかが力になれたらすごく嬉しい。昼は自分の純粋な興味だなんて思っていたのにこうして本人を目の前にすると、やっぱり誰かのために頑張ることが自分の幸せという感じがしてくる。
 さすがに宮田先生との話は直球すぎるので俺に何かできることがあったら手伝いますからと勇気を出して言えば、牧野先生は一瞬不思議そうな顔をした後、ありがとうと言ってくれた。恥ずかしそうにはにかむ先生を見ていると、この人が長い間誰かと不仲でい続けていることがますます信じられなくなった。
 こんなに優しいのは自分に対してだけではない、どんな生徒でも親や教師に対しても変わりなく接してくれる牧野先生なのだ。ならばこそ宮田先生のこともきっと事情があるに違いない。兄弟と一緒に働くという感覚はよく分からないが、もし自分も常に母親と一緒に行動しろと言われたら想像するだけで胃が痛くなりそうだし……。まぁそれが足を踏まれる理由にまでなるかと言われると自分でも分からないけど、少なくとも牧野先生にとって誰かに嫌われたり拒絶したりして過ごすのは苦しいと思う。
 もし二人が分かり合えるようになれたら、せめて普通に接することができるようになるだけでも絶対に違うだろう。俺は願わずにいられなかった。
 ところで、牧野先生はあの教室で何をしていたのだろうか。自分が行くまで誰かがいる様子もなかった。一人でしなければならない用事があったのだろうか。
 牧野先生の質問と関係ないので言うか言うまいかシュンジュンしているうちに牧野先生はあっという間に職員室のドアを越えてしまい、質問のタイミングを逃してしまった。

 帰り道に美耶子にその話をしたら「まぁ色々あるんだろう」とだけ言った。色々ってなんだ、また曖昧な言い方して。
 そういえば昼から美耶子は何かおかしかったな、てっきり淳のせいかと思っていたけど……。晩飯を食べるときになってふと、そのことを思い出した。
 牧野先生たちのことついて何か知っていての発言だったのだろうか?…まぁいつもの直感かもしれないけど。美耶子が変わっているのはままあることだし。
 最終的にはそう結論づけ、それからテレビを見て風呂に入りベッドに入る頃には美耶子の違和感のことをすっかり忘れてしまった。
 このときの俺はまだ、未来にとんでもない答えが用意されていることなど知る由もない。



 決算報告と予算案の読みあげで生徒のほとんどが撃沈した生徒総会はかくして無事に終了した。
 今日は美耶子が反省会で遅くなるというので先に帰っても良かったのだが、そのまま帰る気も起きなくてなんとなくだらだらと教室に残ったクラスメイトと雑談しながら時間を潰していた。
 「あーヒマだし自販機で何か買ってこようかな」呟くと、耳ざとい一人が「じゃあ俺ペプシで」と言い、だったら俺もと皆で一斉にたかり始めたので、慌ててその場から逃げ出した。全員分おごっていたら千円札がなくなってしまう、自分が払わないとなるとペットボトルを頼んでくるなんて反則だ。
 だいたい俺だって一番安い紙パックなんだぞ、その証拠に足早に校舎に戻る自分の手にはピクニックと書かれたヨーグルト飲料が握りしめられている。

 階段の踊り場を曲がろうというところでめったに見られない光景が目に飛び込んできて、俺は思わず足を止めてしまった。
 牧野先生が宮田先生と一緒にいる……!
 同じ場所にいること自体は朝礼でも見かけるから特に珍しくもないが、問題は距離だ。宮田先生はあきらかに牧野先生に詰め寄っていた。職員室にいるときや会議をしているときとも全く違う、緊迫した雰囲気に俺は無意識に二人から見えない位置まで下がった。

「あなたの指導不足、ひいては管理不行き届きでしょう」
 宮田先生の声音はいつもの数倍冷たい。
「あなたのすることが当然だと思われては困るんです。誰かれ構わず良い格好をしようとするから、他の先生だって迷惑してるんですよ。全員があなたと同じくのんびり懇切丁寧に構ってやれるほど暇じゃないのはお分かりでしょう」
「わ、私はそんなつもりでは……」
 牧野先生の言う通りだ、先生がそんなつもりで接するはずがないのに。牧野先生の優しさにどれだけの生徒が癒されて救われているのか、それを知らないとでもいうのか。
「あなたにそのつもりがなくても、実際迷惑を被っているんです。まったく…ここで話していてもらちが明きません、場所を移しましょう」
生徒たちに私が牧野先生をいじめているなどと勘違いされては困りますからねと言い放って、宮田先生は歩きだした。
 何が違うというんだ何が!
 宮田先生にこれほどムカついたのは初めてだった。聞き捨てならない言葉を訂正させようと飛び出す気満々でいたら、何も言わずにとぼとぼと後について歩き始めた牧野先生の背中が見えて、それがあんまり悲しくて、自分まで何も言えなくなってしまった。



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