秋日の出2 | ナノ


※ややエロ



「兄さん―――」
「っ、どうしたんですか?」
「………俺がいるのに別の人と一つになるとか言わないでください」
「え、ええ?別の人って、いつものお祈りですよ?」
 別の云々、というのは語弊だ。
 本当はどこにも行かないでくださいと言いたかった。
 しかし面と向かって言うには照れ臭くて―――先の言葉も十分照れ臭いのだが―――兄の言葉には答えずに、黙って肩に頭を乗せては首筋に鼻をうずめるなどしていた。
 対して、如何に気配りのできる兄とはいっても弟の真意を完璧にくみ取ることは不可能だろう、牧野は牧野で祈りは日課としてこれまでもずっと続けてきているのに今日になって弟が突然口を出してきた理由が分からない、といった風に眉尻を下げ、弟に甘えられるがままに任せていた。
 宮田にとっては真意など理解されずともどうでもよかった。ただ整然とした調子を崩したくてあえて困らせるようなことを言ったのだから。そしてその作戦は大方成功した。
 現に、先に比べて表情は幾分和らいだ印象に変化しつつある。それなのに、未だにどこか危うい雰囲気が―――美しくも消え入りそう儚さが見え隠れしている。
 宮田はいっそう焦燥感に駆られて、ついには兄の体を反転させ、勢いのままにこちらを向いた唇を奪った。
「えっ、っんぅ、みやっ…んん……っは、ぁ、ちょっと!」
「なんですか」
「なんでって、こんなところ―――」
「誰もいません」
「そ、んっ……」
 宮田は一方的に口を塞いでおいて、その後は激しく荒らすような真似はせず、いたってゆっくりと牧野の舌を誘った。
 たった今まで祈りを捧げていた場での唐突な求めに、始めは目を白黒させていた牧野であったが、次第に諦めたのか宮田に合わせて舌を応じさせていった。

 しんとした空間にかすかな息づかいだけが漏れ聞こえる。二人は音すらも飲み込んでしまうほど深く口づけていた。
 互いの歯列、舌の根、上顎……隅々を念入りに探り、夜は激しく責め立てる場所ももどかしいくらいたっぷりと撫で回していく。
 あきらかに性感を刺激する動きに感度も徐々に高まって、二人の熱は否が応にも局部に集中する。
 しかしここでは口を合わせるに留めなければならないのだ。その代わりとでも言うのか、まるで舌を性器のようにして厭らしく絡め合う。
 飲み込まれそうなほど吸い込まれ、又は吸い上げたり、顔の角度を変えては表面をぴったりとくっつけて感触や味を確かめ合ったり、どちらかの舌が奥へ戻ろうとすればすかさず横から絡め取っては弄ぶ。ぬるぬると生暖かい軟体同士の接合は陰部を擦り合う感覚を想起させた。いま、確かに衣服を脱がずとも体を交わらせていると。
 全てを取り去って重なる性交とは別の充足感が立ち上っているのを二人は感じていた。舌が痺れる頃になってももっと満たされたい、もっと感じたいと求め合う。
 口内は二人分の唾液が湧き出すように溢れ、外に流れ出そうとし、混ざり合ったそれを逃すまいと交互に喉を鳴らしては飲み下す。水音が立つとまた溢れるそれを吸い上げる。
 静けさの中に全くふさわしくない卑猥な音が響き始めても、清浄な雰囲気は何故か少しも崩れなかった。
 いつの間にか二人の腕はいずれも包み込むように寄せられ、より感じ合おうとしていた。
 滑らかな髪に両指を差し込み、性感を煽る動きで内側を掻き乱す宮田と、同じ手触りの短めの髪を上からなぞり慈しもうとする牧野。
 宮田がうなじの生え際から耳の横にかけてまんべんなく広げた指を、柔く掻くように動かすと牧野が反射的に震えた。そのまま頭頂部に向かってゆっくりなぞり上げれば跳ねさせた腰を宮田の股間にぐっと押し付けてくる。たまらないのだろう。
 宮田も、そろそろと髪越しに後頭部を触れる牧野の指の動きに、背筋を走り抜けるものを感じていた。
 このまま感じ入ってはこれだけで済まなくなりそうだ、宮田がうっすら目を開くと、舌を追うことに没頭し、感じる度にピクピクと瞼を震わせている兄の赤らんだ顔が映った。
 ここまでくれば兄の脳内には自分の存在しかないはず、そう思っていたのに、牧野の肌はなおも不思議な煌めきを放散している。それどころかうっすら掻いた汗も加わって、いっそう輝いて見えるから参ってしまう。

 ―――これは視覚効果だ。プリズムみたいに太陽光が肌に乱反射してなにがしかの効果でそう見せているんだ―――。
 己の負けを認めたくなかった宮田は無理矢理そう結論づけた。
 第一、兄さんがどこを見てたって俺が離さなきゃいい、兄さんも俺と離れた先に幸せがあるなんて考えはしない、きっと。

 そうして長い口づけは終わりを迎えた。
 向かい合っていた体は始めと同じように背後から兄を抱きすくめる形で定着している。
 正気に戻った宮田が改めて見回すと、兄の髪は乱れに乱れて、シャツもくたびれボタンも外され……何より本人が完璧に情事後の様相である。神聖な求導師さまを朝からこのような状態にした張本人は誰かと求導女のお叱りが飛んできそうだ。
 体勢は変えないまでも、かいがいしくシャツの皺を伸ばしたり髪をすいたりしているのは宮田なりの懺悔のつもりらしい。
 一方の牧野はぼうっとした様子で、吸いきれなかった唾液が伝った跡を袖で拭っていた。
 斜め後ろから見えるその動作に悶々としたものを感じていたら、いつの間にか髪をすく手が止まってようで、視線に気づいた牧野が宮田の方を向いた。そして顔の一点に目を止めたかと思うと、再びぱっと顔を赤くした。
「どうしました?」
「…宮田さん髭剃りまだでしょう」
「ええ、当たりました?」
「何だかチクチクして気になっちゃいました、見えなくても伸びてるんですから剃らないと駄目ですよ」
 外でキスしたことはいいのかと思ったが、十分感じてくれていたし、やぶ蛇になりそうなので触れないことにする。それよりも宮田には嬉しい一言があったのを聞き逃さない。
「いいですね、もっと気になって欲しいです」
「何言ってるんっ…あ!だからそれ、チクチクするって言ってるじゃないですかっ」
 嫌がる牧野に宮田は口角を上げ、いっそう顎をぞりぞりと擦りつけてやった。
「いたた、いたいっ、もう!宮田さん、怒りますよ!」
 牧野は注意しているつもりなのだろうが、実の所顔は全く怒っていない。むしろ微妙な痛痒刺激はくすぐりと同程度だったらしい、目を潤ませ肩で息をしながらも笑っている。
 その表情がようやく宮田の認める「いつもの」になったのを確認して勝ちを確信した宮田は、ここにきてすんなりと牧野を解放した。


 玄関から庭に出た牧野に倣って縁側からは戻らずに、自分も玄関へ向かう。先ほどより位置を高くした太陽は光の雨を降らせて一帯を眩しく照らし出し、今日も日中が暑くなることを予感させた。
 朝露も清謐も霞のような神々しさもまもなく消えるだろう。
 果たして宮田が感じたのは幻だったのだろうか……。

 逆光を背に受けながら隣り合う顔を覗き見れば、儚さとは無縁の兄がのんきに朝ごはんの献立を呟いていた。
 もう本当に大丈夫そうだ。
「そういえば牧野さん、あんな所で膝なんか付いてるから、そこ、濡れてるじゃないですか」
「そうですね、でもどうせ昨日のズボンですから今から洗濯に出します」
 それに黒だから目立ちませんし、牧野は膝に付いていた数本の草をつまんで地面に落としながら言った。
 急に所帯染みた話題になって、ようやく朝の慌ただしさが動き始めた。




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