虚言の結び1 | ナノ


※原作を元に捏造設定



 田舎ではとかく噂の流布が早い。特に牧野は職業柄人と接する機会が多いので、特段噂好きという訳ではなくても自然と耳に入ってしまう。
 残暑が厳しい今年の羽生蛇村では、作物の出来よりも村人たちの関心を引くとある噂が流れていた。
 発端が誰なのかはいつもの如く不明で、しかしこの噂は風に乗って勢いを増し、あっという間に村の全域に広がった。ネタがネタだけに村の人々にとっては格好の素材だったのだろう。
 村でただ一人のお医者さんと美人の看護師さんが良い仲らしい、など。
 それでなくともここにいれば大概の情報があちらの方からやって来るので市井の状況を知るのには事欠かない。
 そのほとんどは受け取り手の偏った主観で語られたり、こちらの意思に関係なく一方的に打ち切られたりするものだったのだが、この件に関して一つだけ確かなことは、二人の噂に関してだけは牧野は誰の色眼鏡も通さず理解していると言えることであった。



 恩田美奈が鼻の頭を赤くして教会にやって来たのはひどく冷え込んだ冬の夜だったと牧野は記憶している。
「求導師さま……おられますか?」
「恩田さん。どうされましたか」
「ちょっと……求導師さまにご相談したいことがありまして…」
 わざわざ夜分に息を切らせて一人相談に来ることなど厄介ごとの予感しかしない。
 牧野は話を聞く前から気持ちが萎えていくのを感じた。だがすぐに人々をお導きさせていただく私がそのような感情を抱いてはいけないと思い直し、自らを叱咤すると悩める信徒の救済の象徴であるマナ字架に一番近い長椅子へとうやうやしく案内した。

 この村唯一の医療機関、宮田医院の看護師である恩田美奈の相談とは、同じ医院の院長宮田司郎のことであった。この時点ではまだ二人が恋人同士であることを知る者はおらず、第一報をしかも本人から聞かされた牧野はたいそう驚いた。
 本来幸せなはずの報告をする美奈の表情は沈んでおり、二人の仲が上手くいっていないことをうかがわせた。案の定とつとつと語り始めた内容は、宮田との間に会話が無く長く悩んでいるというものであった。
 自分を気遣うこともない、愛しているの言葉も無い、ただ束の間夜をともに過ごすだけ。疑いたくはないが体だけの相手なのではないかと勘ぐってしまう罪悪感と、もっと分かり合いたい彼のことをもっと知りたいという欲求が絶えず交錯し、煩悶していたのだという。
 ひとしきりの話が終わるまで牧野は求導師然とした微笑を崩さず黙って耳を傾けていたが、内心では全く別の感情を沸き立たせ、うつむく彼女を見下ろしていた。
 知りたいのは私の方なのだ、あの弟はいったい何を考えているのか……全くもって分からない。

 中学卒業後、進学のために村を出た宮田が医師免許を携えて帰村した時、彼は着任早々から求められる職務を淡々とこなしていった。技量と冷静さを兼ね備えた様は一方で冷たく映るという者や古い固定観念から受け入れられないという者もいたが、着実に責任を果たしていく宮田の評判は年齢から考えても上々と言える。
 噂を聞きつけた牧野は肉親として、また他の様々な理由からも誰よりも彼を気にしていたのだが、何と声をかければよいか、はたまたどう接すればよいのか困惑していた。
 それは二人の因果と言うべき境遇を思えば当然の成り行きであった。

 出生直後に“不慮の事故”で両親を亡くした二人の赤ん坊は、村の二つの家でそれぞれ引き取られた。兄は教会の牧野家、弟は医院の宮田家。
 二つの家は家業が定められており、その子となることはその道を歩むということである。四の五もなく宮田は勉学に、牧野は教会に専念させられ、幼少期から二人は他の子どもとは一線を画した世界で生きざるを得なかった。結果として、兄弟がたとえ唯一の肉親であっても疎遠になることは避けられない未来であっただろう。
 兄は人望を弟は知識を―――義務教育の頃から如何ともしがたい格差が生まれていたのだ。成人して格差はますます開いていき、宮田は臆病で何ひとつ自分の力では成すことができないくせに人望だけを得る兄を疎ましく思い、牧野も自分にはない財力や知識・技術、何より自由を得た出来の良い弟にコンプレックスを抱くようになっていた。

 宮田は村に戻ってきた時から牧野がずっと遠巻きにこちらを伺っていたことは気づいていた。気づいてなお顔色ひとつ変えることなく他人行儀を貫いていたのだ。牧野もそれに対して公然と問い質せる度胸など持ち合わせていない、矮小な男であった。 かくして二人の中に、自分たちはやはり他人同然なのだという認識が通奏低音のように流れることとなる。
 しかし、どれほど袂を分かとうとも二人の縁が完全に断絶されることなかった。それは忌まわしい因習を色濃く残す村の要たる家に引き取られた時から決まっていたのだ。
 村では従兄弟と称しているが、二人が双子であることは瓜二つの容姿からいっても明白であった。だがそのことを表だって指摘する者は何故か誰ひとりとていない。皆心底では訝りながらも村の不文律に従うほかないと―――特に村の古株には双子出生の秘密はタブー視されていた―――まことしやかに噂だけが風に乗って語られた。



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