ちびちび・えんじぇる@/オリジナル設定含


ちびちびシリーズ第1
side A




あれは、まだ陽が明るかった夕方のこと。
空は晴れて、風はまだほんのり秋の香りがしてた。

「アンジェ、本当に大丈夫?やっぱり、もう少し‥あ、いたたたた」

「おばちゃ!」

その日は、朝からパパとママは仕事で留守だった。叔母さん(ママの妹よ)がまだ3歳だった私のために、我が家で一緒にパパとママが帰ってくるまでお留守番をしてくれていた。
あと少しで2人が帰ってくるーーーそんな時だった。
急に、お腹の大きかった叔母さんが、産気づいてしまったのだ。
必死に我慢してくれていたのだけれど、途中から顔色が真っ青になって、タクシーが我が家の前にとまった。
私はオロオロして、タクシーの運転手さんに叔母さんが肩を抱かれて乗り込むのを、あぶないからと部屋の中から窓を少しだけあけて手を振った。

「だいじぶよ、あんじぇ、こあくないも!おばちゃ、おばちゃ!」

本当はめちゃくちゃ怖かった。
でも、そんなこと言ったら叔母さんがずっと楽しみにしてた赤ちゃんに会えなくなるかもしれない。それに、いつもニコニコしてる叔母さんがあんなに汗を流して痛みに耐えているのは、とても不安になった。
当時の私は幼いのでそんな事までは、考えていなかったかもしれないけど、精一杯強がりをして叔母さんを見送った。

「ん、しょ」

叔母さんがタクシーに乗り込んで遠ざかると、私は窓を閉めて覗き込むためにのぼった椅子をそろりそろりと降りる。

その日はついてないことに、ルル(我が家の愛犬ね)もおばあちゃんの家に預けられていたし、テレビは子供向け番組が終わってニュースなんかやっていた。
リビングはいつも人がいて、暖かかったけど、あぶないからと部屋の中は暖炉も消え、唯一体を温めてくれるのはふかふかの大きな猫のぬいぐるみと、毛布だけ。

「‥こあく、ない」

毛布をぎゅっと握りしめて、わからないニュースをじっと見てた。
15分も経っていないと思うけれど、夕日はあっという間に傾いて、部屋の中を真っ赤に染めていた。カタカタと風になる窓と、誰もいない部屋。
ルルがいつも寝ている寝床に潜り込んで、はらぺこあおむしの本なんか開いてみたけど、文字が読めないので余計に心寂しくなった。

「‥ままぁ‥」

ぽつりと呟いた言葉が部屋に響くと、どんどん不安が、大きくなってくる。
私はこぼれそうになる涙をぎゅっと目をつぶり、我慢した。

「うぇっ‥ま、ママ‥まぁま‥」

一度不安になると、幼い私はとても堪えきれなくて、毛布を置いてぬいぐるみだけを握りしめて、玄関に向かった。
扉にはぎりぎり手が届かない‥けど、我が家にはルルのために犬用の扉があった。
小さな扉から向こうを覗くと、遠くで犬の声や話し声が聞こえる。

「ん、ふぇっ‥」

涙をぎゅっとこらえて、私は犬用の扉に頭を突っ込んだ。

「ん。しょ‥んしょ」

先にぬいぐるみをだして、頭を突っ込んだ。
ぎりぎり通り抜けた‥右手もすんなりと。
左手は、‥かなりぎりぎり通り抜けた。


みちっ


「ん、ふぅ?‥んん〜?」


ぎゅうぎゅう。
ほふく前進で私はすすんだ。
でも、‥お尻が全く進まない。

一生懸命に前に進もうともがいても進まないし、戻ろうとしても、スカートがつっかえて戻れない。完全に詰まってしまったのだ。

「‥‥おちり、でない」

秋風といえど、夕日が沈んでくるととても、冷たく、ぶるっと震える。
先ほどまで聞こえていた子供や犬の声も聞こえなくなって、ほんの少しの時間なのに、一気にあたりは暗くなってしまっていた。

「ま、まぁま、ぱぱ、‥」

ブルブル震えながら、私は怖くて小さくしか出ない声を振り絞り、2人のことを呼んだ。
でも、あたりは誰もいなくて。

そのまままた滲んだ涙を今度はたくさん溢れさせて、私はつむっていた目を大きく見開いた。

ーー瞬間、暮れかけの群青と真紅の空の間に、とても綺麗な男の人がたっていた。

「‥大丈夫か?」

男の人、というには、容姿も姿も見たことがないほど、とても美しかった。
艶めいた紅い髪に、アイスブルーの瞳は、まだどこか大人というには幼さを残していて。
地べたでうごうごしていた私も、思わずじっと見とれてしまった。

「‥だーれ?」

「僕‥俺は、オスカーだよ。お嬢ちゃんは、いま、困ってるふうなのがたまたま見えたから、おりてきたんだ」

しぃっと指を唇に当てて、微笑むと彼は私の両脇に手を入れて、すっと私を引き出した。
あんなにとれなかったおしりは、スカートの紐がからんでいただけなのか、すんなりと扉をくぐれてしまった。

「お父さんと、お母さんは、いますぐそこの角を曲がってきてたから、すぐに会えるから、安心して」

ぽんぽんと頭を撫ぜられると、きゅううぅっと胸の奥が締め付けられたようになって、私は彼から目が離せなくなった。
空に向かってオスカーが口笛をふくと、空から急に白い馬がかけてきて、彼はそれに跨がろうとしていた。

「‥あっ‥おーか、おにいちゃ」

待って。
と、私はお兄さんのマントのすそを一生懸命歩いて、握りしめた。

「あのね、‥あいがと、おーか」

そう言うと、お兄さんはふわりと微笑んで私の額に跪くと、ちゅっとキスをした。

「‥また、あえゆ?」

「会えるさ」

まるで、夢の中の出来事。
そのままオスカーは馬にまたがると、空にかけていった。
夕陽と夜の間の空に、消えていく。
涙はいつの間にかひいていた。
残ったのは、額に残る薄い唇の感触と、オスカーという名前。
心に焼き付いて、はなれない。


「アンジェリーク!!」

「‥まぁあ!!‥うぇぇぇえっ」


ぱぱとママが帰ってきて、立ち尽くす私を抱きしめる。途端にさっきまでの不安が安堵となって押し寄せて、私はこらえていた涙をあふれさせた。


その日の記憶はそれでおしまい。
私のお話はもう少し続くんだけど、それはまた今度にしておこう。


終わり


うちのアンジェと、オスカー様の幼少期オリジナルシリーズになります。ちびちびシリーズは、タイトル横に順番を書いてみます。
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