この時間の向こう側/アリリモ/シリアス




今日は天気がいいなぁ、こんな日はピクニックにでもいきたい。


ランチバスケットを抱えて、アンジェリークは大きな木の陰で、昼寝をしている青年の横に腰掛けて、顔を覗き見た。

銀色の髪は日に溶けて、さらさらと揺れていた。
綺麗だなぁと思ったので、しばらく彼を起こすのはやめておこう、と彼女も本を取り出して読み始めたーーー


のが、かれこれ二時間ほど前。



「‥アリオス、アーリーオー」
「‥何度も呼ばなくても聞こえる」

待ちきれなくなったアンジェリークは、アリオスの耳元で結構な音量で呼んだので、アリオスは驚いて手をついた。

「かっこつけてこんなとこで寝てないで、ちゃんとベッドで寝ればいいのに‥」

お腹が、ぐぅ、と鳴るのをごまかすように、一気に言い立てた。
二時間待ってる間に、紅茶を2杯も飲んだ。
それなのに、この男ときたらすやすやと寝息を立てるばかりで起きる気配もない。
アンジェリークがたまらず大声を出して、今に至る。

「お前には関係ない。‥部屋も用意しなくていい」
「何よ、あの子がいつくるか、わからないからここから離れられないくせに」

お見通しなんだから。
アンジェリークは、ランチバスケットからお気に入りのハム玉子を取り出して、手渡した。

「そんなんじゃない。‥これもいらん」
「ちょっと、あなた私が大切にしてるこの星で取れた卵やハムはとっっても美味しいのよ?‥それ以上痩せたら、その剣だって持てなくなっちゃうんだから、たべなさいっ」
「しつこいな、お前には関係ない」
「関係なくはないわ。あなたがこの星にいる以上、私にはあなたに元気でいてもらう義務があるもの」

利かん坊の、ぼうや、といった印象。
外見は確かにオスカーや、ジュリアスのように大人だが、中身は子供‥だと思う。
コレットたちを呼んで今は試験の真っ最中だから、この男がこの星に入り込んできた時から気づいてはいたが、しばらく様子を見ることにしたのだ。
でも、この男ときたら、ご飯は食べない、木の上で生活し、暇があれば寝ている。

大事な女王候補に何かあってはいけないので、接触を試みた。


隣でハム卵サンドを食べている姿をみると、なんていうか、庇護欲がわいたというか。
アンジェリークは、ちょこちょこと世話を焼いてしまう。

今日で何度目かもう忘れてしまったが、
こうして時間があれば、みんなに黙ってここにきてしまう。

「ん、‥アリオス。あなた今日は本当にあの部屋にいたほうがいいわ」

アンジェリークは、ふと表情を曇らせた。

「これだけ、天気がいいんだ。ここでいい」
「‥天気がいいのは、あと少しなの。‥あ、もうダメかも‥」

言い終わる前に、
ざあっと、急に大量の、雨が降ってきた。
アンジェリークはため息をひとつ落とすと、バスケットをたたみ、木の陰にもたれた。
アリオスも、その隣に引き寄せ、二人は雨音を聞きながら木の幹に身を寄せ、雨をしのぐ。
しかし、それでも肩や足元は肌寒く、しっとりと濡れていく。


「‥ごめん、ちょっと、もたなかった」

やっぱり、勝手が違うのかな。
向こうの宇宙にいた時ほど、天候が維持できてない。
ごめんね、とタオルを差し出してアリオスの髪を拭こうと手を伸ばす。
そうすると、ふと、アリオスと視線がひかれあう。

「‥なに、この手」

手を引き寄せられ、ぐっと近い距離で抱きしめられて、アンジェリークは動揺した。
ちょっと、この距離は近い。
そう、パーソナルスペースとか、いうやつ。
あの、距離は、保ててない。

「‥なんで抱きしめるの、アリオス」
「特に理由なんてない‥」

子どもかっ。
いつもみたいに、暖をとりたいのか。
そういえば、初めて会った時も、こんな感じだった。
せっかくの日曜だったので、新しく作った宇宙の散策をしていた、そんな時。
ちょっと慣れない場所、この木の下で疲れて休んでいたら、ロザリアから不審人物が進入していると報告をもらったこの男が、寝こけていたんだ。
あの時も雨がふってしまい、濡れたらかわいそうかなぁと、ハンカチで彼の髪をふこうとしたら、‥今と、同じ感じになったんだっけ。

「理由がないのに、抱きしめるなんておかしいでしょ‥」

カァッと体の熱が火照る。
押し返そうとした手は、力なくおろされた。
耳が熱くて、ひんやりした風に触れるとじんじんとした。
どれくらいそうしていただろうか、雨がさらにひどく降り始めた頃、遠くから声が聞こえた。

「‥ーーー」

遠くから声がする。
アンジェリークは今度こそ彼の体を押し返し、バスケットを手にとって声とは逆の方向に駆け出した。

「‥おい!」

男の伸ばされた手に、一度振り返る。

「またね。‥コレットが風邪をひかないように、気をつけてあげてねっ」

笑顔で振り返ったアンジェリークは大きく手を振って風のように雨の中をかけていった。
アリオスのすがたは、もう、見えない。

「はぁ、はぁ‥‥」

自室に戻ると、シャワーの温度をあつめにして、頭からうけた。
バスケットだけ放り出して、服のまま。

「‥私、どうしたいんだろ‥」

濡れた服も、お湯があたためてくる。
一枚ずつ服を脱ぎながら、あたたまった体を、さらに湯船に浮かべた。

コレットの事がすき。
可愛いし、頑張る姿を応援したい。
アリオスに害がないのを確かめるために近づいたが、彼は子どもぽいところもあり、コレットも惹かれている。
なんの問題も、ない。

「‥問題があるのは、わたし?」

心から、応援出来ていない。
アンジェリークはハッと全てが理解出来た気がした。

「そっか、わたし、‥忘れてた、こんな気持ち」

そうだ、くすぐったいような気持ちで、男の人を見る気持ち。
なんでもしてあげたくて、近づきたくて、時間がなくても会いたくて。

「‥わたし、アリオスが、すき‥」



つぶやいた言葉は、シャワーのお湯と一緒に浴室に響き、いつまでも体から抜けなかった。


終わり‥そのうち続く

トロワのあたりですかね。
天空の鎮魂歌、プレイされた方がいればいいなぁ。
次に続くとしたらそのへんです。



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