メーキングメモリーズ | ナノ


03  




 春光

「おかえりー春光」
「.....ただいま」

陽気な母の横を通り過ぎ、自室へと階を登る。

制服からラフな黒Tシャツとジーンズに着替える。
「はぁ」一息つくと、
コンコンとノック音が響く。

「......なに」
「春ちゃん?お昼ごはん出来たから、来てね」
「.....ん」

顔を少し覗かす母に、頷いた。




腹の満腹が眠気を誘い、部屋に入ると、そのままベットに倒れ込んだ。
鼻腔を、空気を吸う度に毛布が塞ぐ。
酸素を求め、仰向きに寝返った。

ベットと机。
必要最低限の物だけが置かれた、この部屋。
空間を、存分に持て余すこの部屋は、虚しさなど全くなく、寧ろ康寧だ。

虚ろな瞼は、眠りを求めて閉じ始める。

「春ちゃーん!!!」
「......」

瞬時、何事も無かったように晴れる眠気に名残惜しさを感じる。
「.....なに」
人の睡眠を邪魔した挙句、ノックも無しに上がり込む母に、多少なりとも苛立ちを向ける。
「卵と牛乳....なくなっちゃったんだ。......買って来て?」
「....自分で行けばいいだろ」
まだ昼過ぎ、夕飯に使いたいのなら十分な時間があるだろうに。
「溜まったビデオ見なきゃならないの!行って来てよー」
「....は」

(....そんな理由かよ)
あまりのどうでも良い理由に、拍子抜けする。

「わかったよ...」
「ありがと!」
仕方なく承諾してやると、その恩も無しにビデオを見るべく退散する母。

「はぁ」
疲れきった身体を呼び起こし、重い足取りで玄関に向かった。

「春ちゃんお金ー!!」
靴着用際に手渡される小銭。
(そのままかよ....)
財布の持たぬ俺は、ジーンズのポケットに押し込んだ。

「いってらっしゃーい」
後ろ手に振り、つま先を打ちつけ、履き整える。
戸を押すと、錠の外れる音が鈍く鳴る。
流れ込む光が眩しくて、思わず手で覆い被せた。

ノブを離すと、再度鈍く1度鳴り、その戸は閉ざされた。

右へと進行方向を正し、歩き出す。

ポケットの中で小銭がチャリリと踊る。

光風に誘われ流れる雲が、微かに太陽を隠した。
(明日から学校か.....)

集団で一日の大半を過ごすなんて、億劫でしかない。
人は寄り付かないにしても、あぁやってたむろって、馬鹿騒ぎしてる奴らを眺めて生活するなんて、最悪だ。

仲良くする利点なんて、何処にも無い。

「はぁ...」
最近癖になってきたな...。

「それで何回目ー?」
「....?」
はははっ、と軽快な笑い声が、耳に届いた。
「癖になっちゃったー?」

後方から聞こえる声。
そう、失礼でフレンドリーな百合男とか言う奴。
腰に手を当て仁王立ちする彼に、意味も無く苛立ちさを感じる。

「ならねぇーよ」
顎先を上げ、ふんと鼻をならした。

何故ここに居るかは置いといて、
こいつだけには関わりたくない。
全人類とも関係を持ちたくないのだが、奴だけは別だ。
今俺に関わってくる奴はこいつだけだ。

朝だって、さっきまで居たはずの彼は忽然と姿を消していた。
他に彼と話していた誰かが、担任に転入生でもいるのか。
と聞いていたが、そんな奴は居ないと言うことだった。

(こいつは、誰だ?)
俺すらも、知らない...。

「何か用?」
「んー.....用って言うか....」

百合男と言う男は、顎を人差し指で弄り、悩む仕草をして見せた。
けれどその目は、逃がすまいと俺を捕らえた。

「.....呼び出し....って言うのかなぁー」

にこり。笑う彼の目は笑ってはおらず、有無を言わせぬ圧力に冷や汗が滲む。

「そろそろ、君を連れて戻らないとヤバそうだからさ」

1歩、彼が踏み出したかと思えば、その差は数センチしかない。
(どうなってんだ...)
ゾクリと何かに寒気を感じ、後ずさる。
が、再び詰め寄られ、俺は固まったように静止した。

「早くしないと、僕が怒られちゃうよ」
「.....は、ぁ?...」

彼の言葉は理解し難く、彼への物恐ろしさは強くなる。

「ほら、行くよ」
「....え、ちょっ...っ!?」

ぎりぎりと掴まれた手首が痛む。
引いても動く気配はない。

ぐっと髪を掴んで彼の顔へと近づけさせられる。
彼の黒かった瞳が、赤黒く染められる。

「行こう....僕たちの故郷に.....―――」


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -