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23.転んでもタダでは起きません [ 24/48 ]


 タイプライター普及の為、用意された100機はアスターの伝を使い様々な人へと渡っていった。
 ここで一つ誤算だったのは、キムラスカ内を想定していたのにマルクトの商人に手渡ってしまったことである。
 シェリダンの技術者が、マルクトまで出向くのは流石に不味いのでガイに白羽の矢が立ったのだ。
 さっさと操作方法を教えてキムラスカへ帰ろうと心に決めていたのに、ささやかな願望すらあっさりと壊された。目の前の男のせいで。
 どういった経緯で、彼の手に渡ったのか気になるところではある。それ以上に気になるのは、フランクすぎるこの男が皇帝陛下だということだ。
「お前が、こいつの使い方を教授してくれる奴か? 名前は」
「……陛下」
 マルクトの首都グランコクマに連れてこられたかと思うと、王宮内にある一室に通され今に至る。
 興味津々にタイプライターを見ている彼こそ、マルクトの皇帝だった。隣には、不機嫌そうに眼鏡を抑えながらドスの利いた声でピオニーを嗜める左官の姿がある。
「……ガイ・セシル、と申します」
 キムラスカで王族に対する態度や従者としての心構えなどを叩き込まれたが、目の前の相手はそれをガッツリ無視してくれる。
 王様が、そんなにフランクで良いのかマルクト!? マルクトを捨てた自分が云うことではないが、この国の行き先が少々……大分不安になる。
「ガイ、よろしく頼む。俺は、ピオニーだ。こいつは、可愛くない方のジェイドだ」
「は、はぁ……宜しくお願いします」
 宜しくなんてしたくないと内心思いながらも、これ以上ない金蔓だと自分に言い聞かせタイプライターの操作を教授したのだったのだが――。
 大抵の人間なら説明書と一通りの操作方法を説明されれば、それなりに使えるのだがピオニーはこれ以上ないくらい譜業音痴だった。
「あれ? おかしいなぁ……中黒が打てない」
「それは、シフトを押してこのボタンを押すんです。嗚呼、もうっ貸しなさい!! こうしてするんです」
 パチパチとリズミカルにキーボードを叩くジェイドに対し、ピオニーは面白くなさそうにそれを見ている。
「なあ、これもっと無いのか?」
「デモ機は、数に限りがありますので……」
 タダで百機ばら撒いているのだ。成算が見込めると断言できるまでは、無駄な出費は控えたい。
 しかし、これはある意味商機だ。多少融通を利かせる代わりに、アクゼリュスで取れる鉱物を譲って貰うのも悪くは無い。
 何せあのルルが、目を付けて甚く欲しがっていたくらいなのだ。そうと決まれば、ガイの決断は早かった。
「ご用意しているデモ機とは異なりますが、少し古い型で良ければお譲り致しましょう」
「良いのか!?」
「構いません。マルクトの皇帝陛下に使って頂ければ(マルクト中にタイプライターの名前が広まるだろうし、破棄して作り直されるはずだった)機械も嬉しいでしょう。我が主が、アクゼリュスで取れる鉱物に興味を持っておりまして少し分けて頂けたらと思うのですが……」
「おお、良いぞ。好きなだけ持って帰ると良い」
 気前よく鉱物の持ち帰り許可をくれたピオニーにガイは笑みが浮かぶ。
「ありがとう御座います。では、後日アスター殿を通じてお届けさせて頂きます」
 後日、届けられたタイプライターがマルクトの書類業務向上に一役買ったのは言うまでもなかった。

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