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雪女的考察FileT [ 5/23 ]


 リクオが拾ってきた人間は、とっても変わった人間だった。彼女の名は、神月藍。
 最初は何の冗談かと思ったが、リクオは甚く彼女にご執心なのが気に食わない。
 毛倡妓と共に彼女の世話を任される事となってから、彼女の人成りを知っていく事となった。
 リクオの客として扱われていた彼女は、タダで衣食住を提供されるのは忍びないと家事を申し出る。
 奴良組の家事は、全て当番制になっている。基本的に、自室は各自で行うのが決まりごとだ。
 それ以外の広間や客間は、小妖怪や女妖怪が取り仕切っている。
 ただでさえ部屋数が多く、住まう妖怪の数も多い。直ぐに根を上げると思っていたら、彼女は生き生きとした顔で楽しそうに仕事をこなしていた。
 彼女の認識を変える切っ掛けは、宴の席でだった。勿論、藍はその場に出す予定はなかった。
 それは、そうだろう。若菜以外の人間が、この奴良組に居るとすれば大問題だ。
「おい、新入り酒が切れたぞ! 持って来い」
「はぁ〜い、今すぐ!!」
 女中よろしくクルクルと広間を行き来する藍の姿を見た瞬間唖然としたものだ。
 上座に座るリクオと総大将の方を見ると、二人は面白そうにそれを見ている。
 気付かない妖怪が馬鹿なのか、あっさりと彼らの中に溶け込んだ藍が凄いのかどっちだろう。
「藍、ちょっと来なさい」
 グイッと彼女の腕を掴み外へ連れ出そうとしたら、酔っ払った妖怪に絡まれる。
「新入り、ちょっと酌しろよ」
「済みません。呼ばれていますので、後で注ぎに行きますね」
 微苦笑を浮かべ丁寧に断りを入れた藍に、妖怪ががなり出す。
「俺の命令が聞けねーってのか!?」
「ですから……」
 一生懸命宥めようとする藍に、私は思わず口を挟んだ。
「放っておきなさい。貴女は、こっちよ」
 相手にするのも馬鹿らしいと彼女の腕を取り大広間から出ようとしたら、逆に絡まれてしまった。
「ああ〜ん、雪女が酌してくれんのか?」
 人の尻を撫でながら酌を強要する妖怪に、ゾワッと悪寒が走る。氷付けにしてやろうかと臨戦態勢を取ろうとしたら、尻を撫で回されていた不快感が消えた。
「何なさっているんですか?」
「いででででっ……」
 藍は、ギリギリと手を捻り上げニッコリと笑みを浮かべて静かに怒っている。
「は、放せっ!!」
「嫌です。放したら、また氷麗ちゃんのお尻触るんでしょう? いくらお酒の席だからと言って、女の子の身体を触って良い理由にはなりません。貴方の醜い欲望をぶつけないで下さい」
 ノンブレスで言い切った藍に、周囲がシンッと静かになる。宴の賑やかさなど微塵も感じられない。
「分かりましたか?」
「分かった! 分かったから放せ!!」
 言質を取った藍は、妖怪から手を放し何事も無かったかのような顔をしている。
「皆様、お騒がせしました。氷麗さん、行きましょうか」
 軽く一礼し私の手を取り大広間を出ようとした時、私に絡んでいた妖怪がボソリと悪態を吐くのを聞き逃さなかった。
「チッ…何様だあの女。酒が不味くなったぜ」
 女だからと下に見る妖怪は多いが、ここまであからさまな輩は久々だ。どこの田舎者だ。
「ちょっと……」
 文句の一つでも言ってやるつもりだったのに、藍が近くに転がっていた空の酒瓶で妖怪の頭を殴っていた。ガンッと小気味良い音が鳴る。
「女中様ですよ! 誰が、この宴会を仕切っていると思っているんですか? お酒やおつまみが滞らないようにしているのは、若菜様や氷麗ちゃん達です。何ですか、その偉そうな態度は。貴方は、ただ座ってお酒を飲みつまみを突いているだけではありませんか。お酒が不味くなったのは、自業自得でしょう。それとも、お酒の味が分からないくらい前後不覚になりますか? 三途の川までご案内差し上げますよ」
 ゾッとするほど美しい笑みを浮かべた藍が、血に滴った酒瓶を手に凄む姿に畏れを感じた。
「藍、それくらいにしておけ」
「豪快な女子じゃのぉ。毛倡妓、あの阿呆を手当てしてやってくれ。適当で構わん。終ったら、外にでも転がしておけ」
 クツクツと喉の奥で笑いを噛み殺す総大将は、藍のした事を叱るどころか彼女を褒めた。
「齢十四の娘に畏れを感じるとはのぉ。あれは、遠野行き決定じゃな」
「行ったら最期、あやつは死ぬまで出れないんじゃないですか」
 遠野という言葉を聞いた烏天狗が、哀れむように藍の逆鱗に触れた妖怪を見ている。
「どうも、女妖怪や人間の女を格下に見ている阿呆がおるでのぉ。丁度いい見せしめになるじゃろう」
 シレッとした顔で、容赦なく下された判断に烏天狗は意を唱えることなくそれもそうかと頷いている。
「リクオ同様藍はワシの家族じゃ。手を出せば、痛い目を見ることになるぞ」
 明らかなぬらりひょんの脅しに、周囲の妖怪はガクガクと頭を縦に振っている。
「ぬらりひょん様、私のようなものを家族だと言って下さって嬉しいです。でも、見せしめとかそういうのは止めて下さい。彼は十分痛い目を見てますし、これ以上はやり過ぎになってしまいます」
「おぬしがそう云うなら仕方あるまい。遠野行きは勘弁するか」
「はい、ありがとう御座います」
 嫌な思いをさせられた相手にまで気遣う彼女に、私は放っておけないとうっかり思ってしまった。
 坂を転がる石のように彼女に惹かれる自分がいて、主であるリクオすら邪魔だと思う自分が居る。
 無防備で無垢な少女は、相手を問わずに魅了するのに気付くのはもう少し先の未来のこと。

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