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水郷、策を授ける [ 6/13 ]


 浮世絵町外れにある八ツ原神社に足を踏み入れると、庭を掃いていた女が顔を上げた。
「二代目じゃないか。ここに来るのは珍しい。どうしたんだい?」
「久しぶりだなアヤ。水郷に用があんでぇ」
 鯉伴がそう答えると、文車妖妃は苦笑いを浮かべて言った。
「最近、ゲームに嵌っているようでなぁ。なかなか姿を現してくれんのさ。供物の一つでも持ってきたのかい?」
「ああ、とびっきりのな」
 しかし、鯉伴の手には何もない。彼の護衛でついてきた首無しも手ぶらだ。文車妖妃は、首を傾げると鯉伴は種明かしをした。
「飛びっきりの良い話さ。瑞姫が戻ってきたと言えば分かるんじゃないか」
「その話、本当かい! こうしちゃ居られない。水郷様は、本殿に篭っておられる。用があるなら勝手にしてくれ。私は、雅たちに伝えてくる」
 客人である鯉伴たちを置き去りにし、仲間の下へ走っていった文車妖妃に首無しは憤慨した。
「こっちは、奴良組の大将がわざわざ出向いているんだぞ!」
「止めな。ここにゃあ、それは通用しない。瑞姫組は、奴良組の貸し元でもなんでもない。中立の組だ」
「そうかもしれないが……」
 納得できないと言いたげな首無しに、鯉伴は遠い目で昔を懐かしむように言った。
「オメェが知らないのも無理はねぇ。俺が、瑞姫に出会ったのは成人目前だったからなぁ。親父も俺も瑞姫に助けられたもんだ。良い女だよ。それも極上のな。瑞姫組に集う者は、妖怪だけじゃねぇ。神も人も彼女に心を奪われる。ある種の呪いと言っても良いかもしんねぇ。瑞姫は、俺の代わりに百鬼を率いることができる女だ。親父も俺も伴侶に選んだ女
は、そういう女だ」
 冗談だろうと笑い飛ばそうとした首無しは、鯉伴の目を見て息を呑む。普段は、ちゃらんぽらんで掴みどころのない彼が真剣な目で語っているのだ。
「……俺は、ただのガキにしか見えない」
「能ある鷹は爪を隠すって言うだろう。あいつは、仲間や家族が危機に直面すると敵に牙を向く。それまでは、ただの女だよ。水郷と話をしてくる。オメェは、ここで待ってろ」
 鯉伴は、それだけ言うと瞬きをする間もなく姿を消した。彼の気配はもうしない。
 首無しは、ハァと大きな溜息を吐き鯉伴を待つ間、彼の言葉の意味を考えることにした。


 着物や玩具が雑然と散らばる本殿に足を踏み入れた鯉伴は、コントロールを握り締めテレビに齧りつく水郷を見て溜息を吐いた。
「エロゲーかよ。欲求不満なのかい」
「エロゲーを見くびるなよ。これが、なかなか曲者でな。攻略するのが難しいんじゃ」
 鯉伴を見ることなくピコピコとボタンを押下する姿は、なかなかシュールなものがある。
「相変わらず部屋が汚いな。掃除してんのか?」
「アヤが偶に掃除しにくるな」
「いつだよ」
「半年前」
 半年間は、この汚さで寝起きしていたのかと思うと鯉伴の顔が歪む。藍が、この惨状を見たら間違いなく雷を落としただろう。
「藍が戻ってきた」
 鯉伴の言葉に、水郷の手がピタッと止まる。
「……藍が戻ってきたじゃと?」
 水郷の様子が少しばかりおかしかったのだが、鯉伴はそれに気付くことなく本題に入った。
「おう、あいつをここに留めるにはどうしたら良い?」
「何故そんなことを聞く」
 水郷の強張った声音に、鯉伴は肩を竦めて続けた。
「藍は、未来から時代を超えてきた人間だ。俺は、藍を諦めきれねぇ。若菜と子供を成してもずっと捜し続けたんだ。どうすればいい? 藍を手に入れられる?」
「……霞が飛ばされたことで未来が狂ったのか?」
 鯉伴の言葉など聞いていなかったのか、水郷はブツブツとなにやら呟いている。
「水郷聞いてんのかい」
「へ? あ、嗚呼……悪い。藍を留める方法だったな。未来を変えれば、藍も相応の罰を受けねばならん。どのような形で天罰が下るかは分からぬが、一つ言えるのは藍は人の輪から外れるだろう。未来を変えた時点で、先に続く道を自分で選び進まなくてはならなくなる。今、未来が変われば藍は九重の力を持ってしても時空を飛ぶことは出来ぬ」
「藍が見た未来と異なれば良いのか」
「そうなった時の罪を藍が全て背負わなければならん。例え、お前が意図的に未来を変えたとしてもな」」
「藍とならどこまでも堕ちる覚悟は出来てるぜ」
 ニッと笑う鯉伴に、水郷は何も言わなかった。もう既に、藍がこの時代に来ていることが未来の改変に繋がっているのだと彼は知らないでいた。

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