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いつも別れを見つめて4 [ 88/145 ]


 高級品だけあって着心地は良い。日本舞踊を習っていて良かった。久しぶりに着物を着ると気持ちまでシャンとする。
「着替えました」
 試着室から出ると、私を凝視する鯉伴と亭主の目に思わずたじろいだ。先ほどから、ジーッと凝視するのは止めて欲しい。
「似合ってんじゃねぇか。オヤジ、下駄も用意してくれ」
「あいよ。支払いは、いつも通りかい」
「おう」
 呆気に取られる私を余所に、鯉伴は私が着ていた服と靴を紙袋に詰めている。
「鯉伴様、こんな高いの買えません」
 一体幾らするのか聞きたくもない。半泣きになりながら買えないと言えば、彼はあっけらかんと宣った。
「佐久穂に払わせようと思っちゃいねーよ」
 暗に買ってやると言われ、私は激しく首を振った。
「高価すぎます!! 不要です。欲しくありません」
「似合うんだから良いじゃねぇか。オヤジ、後普段使いの着物のセットを三着くれ」
「柄は?」
「任せる」
「要りません。本当に要りませんから!! 無駄遣いしないで下さい」
 鯉伴も亭主も私の言葉など聞く耳を持たないのか、勝手に決めて袋に詰めてしまう。
 何年働けば返せるだろうか、私の頭にはそれしか考えられず呆然としていると、鯉伴に手を引かれる。
 彼の反対の手には、商品が入った紙袋がある。彼が、こんなことをする理由が分からない。
「佐久穂、オメェは今日から洋服禁止な」
「……その為に、普段使いの着物を買ったんですか?」
「まぁな」
 その後も、鯉伴が要らない物を買おうとして止めることを数回繰り返し、その日の買い物は終了した。
 その後も、鯉伴が買い物に連れ出そうとするので私は一月に一回最低限の買い物をするようになったのは言うまでもなかった。


 私は、鯉伴に買って貰った着物を着回しながら家事を勤しむようになった。
 毛女郎は、着物の出所を知ってニヤニヤと笑っていたのは記憶に新しい。
 今日は、総会があるらしくいつにも増して料理は豪勢だ。総会の後は、宴会になるからその準備に追われるのだと言う。
 奴良組に来て三ヶ月は過ぎているが、総会のために宴会準備をするのは始めてだ。
 家事を担う妖怪が総出で準備に追われるため、普段は顔を合わせない妖怪も多かった。
「あんたが、二代目が言ってた佐久穂?」
「はい、貴女は?」
「雪女よ。丁度良いわ。火を扱う仕事は任せたから。材料は、その辺にあるもの使っていいからよろしく」
 彼女は、それだけ言うとさっさと台所から立ち去ってしまった。
 宴会料理など作ったことのない私は、どうしたものかと考え普段食卓に出ない洋食で誤魔化そうと決めた。
 居酒屋で培ったノウハウも生かし、料理を片っ端から作っては妖怪達に指示を出し大広間に配膳を頼む。
 時間が経つにつれ台所を行き来していた妖怪達の数が徐々に減っていく。仕舞いには、手伝っていた毛女郎さえ顔を出さない。
 出来上がった料理を持って行くべきかと考えていたら、小妖怪が台所に顔を出して言った。
「悪いが、大広間に料理を持って行ってくれ」
「え、でも……」
「早くしてくれ! 料理を待ってる奴等が居るんだよ。俺は、俺で酒を持っていかなくちゃなんねーんだ」
 用事だけ言いつけると、彼は酒瓶を手に大広間へと行ってしまった。
「……良いのかな?」
 人間が居ることを快く思わない妖怪が多いと聞いている。場の空気を壊してしまうのだはないだろうか。
 しかし、せっつかれると人は焦るもので私は正確な判断が出来ず大広間に料理を運んでしまったのだった。

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