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危険は直ぐ傍まで迫ってて [ 69/259 ]


 九重と桜の面倒を小妖怪達に任せた私は、氷麗を連れて市に来ていた。
「へぇ、こんなところにも市があるのね」
「他の場所でもあるんですか?」
「あるわよ。島原の辺りだと、香や紅も売ってるからね」
 目を細めて店を物色している雪羅に、私はぬらりひょんが京入りしたときに居を構えたのは島原の屋敷だったことを思い出す。
「雪羅さんの住んでる場所は、島原なんですか?」
「今はね」
 島原と言えば遊郭が有名だ。百を超えていると言っても妖怪にしては、若い方だろう。そんな時から綺麗な女の人が好きだったのか。
 少し心がチリッと痛むのを感じたが、猫又の言葉に考えることを放棄した。
「島原だと、ここから結構離れてるじゃねーか。どうして、あんなところで倒れてたんだ」
 猫又の疑問はもっともで、雪羅に視線を向けると彼女は眉を寄せて言った。
「……最初は、探索のつもりで右京を歩いてたのよ。生き胆信仰の妖怪とかち合って襲われた。氷付けにしてやりたかったけど、相手が悪かったわ」
「相手は、火を操る妖怪だったんですか?」
 私の問いに、彼女を大きく目を見張りそしてコクリと頷いた。
「よく分かったわね。私を襲った奴の中に火を操る奴が居てね。さらに、ぬりかべもいたから一人じゃ太刀打ちできず逃げた先があの丘だった。散々抵抗してザックリよ」
「獲物を目の前にして食いつかないってのも変な話だよな」
 雪羅の話を聞いていた猫又が、鼻を鳴らし怪訝な顔して言葉を紡ぐ。
「そこなのよ。私も死を覚悟したわ。一向に襲ってこないから不思議だったの。意識が途切れる前に“斑が来る”って言ってたけど、それと関係あるのかしら?」
 猫又の尻尾がゆらりと揺れる。抱きかかえている私だから分かったが、“斑”の言葉に猫又の体が強張っている。
 猫又は、斑の存在を知っている風だが本人が口にしないのだ。無理に話題に出さなくても良いだろう。
「彼らが引いてくれたお陰で助かったのは事実ですから。雪羅さんが助かって良かったです」
「ばっ、ななななに言ってるのよ。恥ずかしい子ね」
 顔を真っ赤にしてどもる雪羅に、睨まれてもちっとも怖くない。ツンデレなのに可愛くて綺麗だなんてずるい。
「お前らイチャついてないで、さっさと選べ。帰りが遅くなるとチビ共が五月蝿い」
「何よ、嫉妬? 見苦しいわね」
 猫又の突っ込みもなんのその。からかった張本人が、からかわれてどうするのだ。サックリと雪羅の突っ込みに、反応する猫又はまだまだ甘いと思うのは私だけだろうか。
「猫又さんの言うことも一理ありますから、夕飯のおかずを決めちゃいましょう」
 言い合う二人の間に入り、夕飯の食材選びに意識を向けさせた。


 夕飯を購入した私だったが、買い忘れを思い出して雪羅に猫又を頼み市へ戻っていた。
「えっと一味一味……あった。おじさん、一味下さい」
「あいよ。銅三文だよ」
 小銭袋から寛永通宝を三枚出し、店主に手渡した。秤で計った数量を紙の上に移し包んでくれる。
「ありがとう」
 私は、それを懐に仕舞い急いで元来た道を走っていた。私は、この時まだ生き胆信仰の妖怪がどれほど恐ろしいのか知らなかった。
「美味そうな娘見ぃーつけた」
 ニタァと嫌な笑みを浮かべる妖怪に遭遇する。
「生き胆食わせろぉぉおおお」
 お世辞にも頭が良さそうな妖怪ではないようだが、人と妖怪――力の差は歴然で私は自分の犯した判断ミスを悔やんだ。
「寝言は寝てから、言って、下さいっ!!」
 私は、生き胆信仰の妖怪との命を賭けたチキンレースが始まった。

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