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快気祝い [ 68/259 ]


 傷もすっかり癒えた雪羅が、朝食の席でもう帰ると言い出した。
「ええーっ、帰っちまうのかよ」
「桜と九重のお守り役が出来たと思ったのに」
「何よそれ」
 半眼になり雪羅の回りから冷気が漂い口を滑らした小妖怪はブルリと体を震わせている。
「雪羅さんにも帰る場所があるんですから、無理を言ってはいけませんよ。また、遊びに来て下さいね」
「美味しいお菓子を用意してくれるならね」
 照れ隠しなのか、お菓子を用意しないと来ないと言い張る彼女の頬は薄っすらと赤く染まっている。
「せつらねーたん、かえっちゃうの?」
「どこかいっちゃヤダァ!!」
 ヒシッと雪羅に抱きつく九重と桜に、
「また、来るから泣くんじゃないよ」
と涙でグシャグシャになった顔を手拭で拭いている。何だかんだ言って子供好きな彼女は、本当に二人の面倒をよく見てくれていた。
「こら、二人とも雪羅さんを困らせたらダメよ。お家に帰るだけなんだから、また直ぐに会えるわ」
「ほんと? あえる?」
「会える会える」
「ぜったい? やくそくだよ」
 小指を立てる九重と桜に、雪羅は眉を寄せ首を傾げる。
「……瑞、説明して頂戴」
「絶対守る約束をする時に指きりするんです。こんな風に」
 私は、雪羅の小指に自分の小指を絡めて指きりの歌を歌った。
「何それ、恐ろしいわね」
「元は、遊女が不変の愛を誓う証として小指を切断したことが始まりらしいですよ」
 由来を聞いた雪羅は、ウゲッと顔を顰めた後、ズーンと落ち込んでいる。小さな頃から慣れ親しんだ行為に抵抗はないが、彼女は違うようだ。
「恐ろしいことをチビ共に教えないでよ」
 雪羅の呟きは、チビ共と称された九重と桜にかき消される。
「せつらねーしゃん、ゆびきりは?」
「はやくー」
 小指を出して指きりを待っている彼女達に、雪羅は大きなため息を吐いて二人の小指に小指を絡めた。
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった」
 約束をしたことで安心したのか、ニコニコと笑う二人と対照的にどんよりと暗い雪羅を見てクツリと笑みが零れる。
 指きりと言っても、本当に指を切ったり拳で万回殴ったり、はたまた針を千本飲ませたりするわけがないのに言ってしまったら面白みがなくなるので暫く内緒にしておこう。
「雪羅さんの快気祝いを兼ねて今日の夕飯は豪勢にしますね!」
「え、良いわよ」
 ワッと歓声が上がり、本当に待ちの待っていたのか彼らの喜びようは凄かった。
「遠慮しないで下さい。桜たちの面倒を見てもらったお礼も兼ねてるんですから」
「お酒も飲みたいぞ」
 飯、酒と騒ぐ小妖怪に、私はハイハイと聞き流す。
「折角ですから、一緒に買い物行きませんか? どうせなら雪羅さんの食べたいものを作りたいので」
「仕方ないわね。そこまで言うなら、行って上げるわ」
「ぜひ、お願いします」
 氷麗とは異なり、雪羅はツンデレだった。私は、食事の片付けが終わってから雪羅と猫又を連れて買出しへと町へ繰り出したのだった。

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