小説 | ナノ

少女、ナンパされる。 後編 [ 59/259 ]


 案の定と言うべきか、初めての海に桜はやっぱり大泣きをした。
「うえぇーん、あーんあーん…」
「はいはい、辛かったのね」
 両手を伸ばし泣きじゃくる桜を抱き上げあやしてやる。
「やっぱり桜ちゃんには早かったかぁ」
 クツクツと口元を手で覆い笑みを浮かべるカナに、私はそうですねと返す。
「塩っ辛い上に目に入って痛かったんでしょうね。秘密兵器を取ってくるので、桜を見て貰って良いですか?」
「良いよ」
 カナに桜を預け、私は荷物のあるパラソルへと向かう。清継の妖怪トークにぐったりとした様子のゆらが目に入る。
 流石に可哀想だ。ゆらにとっても清継は拷問に近い存在なのだろう。後で、差し入れして気分転換を計ってあげよう。
「ねえ、君どこから来たの?」
 つらつらとそんな事を考えていたら、背後から声を掛けられ振り返ると今風の若者といった風体の青年が声を掛けてきた。
「東京からです。あの…何か御用ですか?」
 呼び止められて無視するわけにはいかず足を止めると、気を良くしたのかペタペタと肩を触ってくる。
「へぇ、遠いところから来たんだ。折角、ここで会ったのも何かの縁だし一緒に回らない?」
「遠慮します」
 足を半歩ずらし距離を置こうとするが、迫ってくる相手には何の意味も成さない。
「良いじゃん。一人なんでしょう? 俺、車持ってるし。ドライブしようよ。ハイ、決まり!」
 一方的に勝手に決めて人の腕を掴み引っ張る男に、堪忍袋の緒がブッツと音を立てて切れた。
「勝手に決めないで下さい! 嫌だと言っているのが分からないんですか? ナンパしてる暇があるなら、男を磨いたらどうです。その程度の容姿と中身で着いて行くと思ったら大間違いですよ。鏡を見て出直しなさい」
 フンッと鼻で笑い飛ばし掴まれた腕を振り払う。早いところゆら達のいるパラソルへ向かおうと足を進めるが、私の言葉に逆上した男に肩を掴まれ引き戻された。
 爪が食い込んで痛い。思わず顔を顰めたら、男は触られるのが不愉快だと取ったのか逆ギレしている。
「お高く留まってんじゃねーよ、ドブス」
「そのブスに声を掛けたのは貴方でしょうに。人の容姿をとやかく言えるだけの顔ですか」
「このっ!」
 振り上げられた手に、私はギュッと目を瞑る。が、一向に痛みと衝撃はやってこない。恐る恐る目を開くと、リクオが男の腕を掴んでいた。
「俺の女に何しようとした?」
 ギリギリと容赦なく握る手の強さに、男は顔を顰め痛みで涙がうっすらと滲んでいる。
「な、何なんだよ。この糞が!」
「藍に触るな下種が」
 夜のリクオを思わせる威圧感と容赦ない殺気に男は完全に竦み上がっている。
「リクオ君」
 クイッとリクオの腕を引っ張り、それ以上の危害は不要だと目で訴えると彼はチッと舌打ちを一つし男の腕を離した。
「藍、行くよ」
「はい」
 リクオの殺気に腰を抜かした男は、ペタンと砂浜に腰を落としている。彼の座っている場所一体が濡れているのは見なかったことにしよう。
 私は、リクオに手を引かれながらパラソルがある場所へと連れて行かれる。
「何で一人でいるの! だから、あんな馬鹿が寄って来るんだよ」
 怒りが収まらないと云った感じで怒るリクオに、私は苦笑いを浮かべる。高々荷物を取りに行くだけで、付いて来て貰わないといけないってどこの令嬢だ。
「心配掛けてごめんなさい。助けてくれてありがとう御座います」
「ありがとうって思うなら態度で示して」
 ブスッとした顔で無茶な事を宣うリクオに、私の顔は強張った。態度で示せって、あれですか? キスしろって事ですか?
「……お礼だけじゃ足りませんか?」
「全然足りないよ」
 フンッと鼻で笑い飛ばされ、私はウーウーッと唸った後キョロキョロと辺りを見渡し皆の視線が向いてない事を確認した後、意を決してリクオに口付ける。
 少しだけ積極的に舌を入れて軽く絡ませる。このキスは、リクオに教わった方法だ。
 キスしたのはほんの一瞬のことで、私はパッと彼から距離を取る。
「ちゃんと、態度で示しましたからね」
 火照る顔を抑えながら上目遣いでキッと睨むと、リクオはまさか舌まで入れてくるとは思っても見なかったのか顔を真っ赤にして口元を抑えている。
 え? 態度で示せってこういう事じゃなかったの? 徐々に熱が顔に集まり、私はフラッと体が横に倒れた。
「藍!?」
 私、容量オーバーを起こしたみたいです。恥ずかしさのあまりぶっ倒れた私は、そのままパラソルの下で非難することとなったのだった。

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