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続・戻れないように君を壊した2 [ 81/145 ]


 佐久穂が学校に行っていて不在なのを見計らって奴良組に連れて来られた若菜は、ニコニコと菩薩のような顔をしながら氷点下を超える怒気を撒き散らしていた。
「鯉伴君、一体どういうことかしら?」
 歪曲された事のあらましを電話で聞かされた若菜は、甚く立腹し鯉伴とその下僕達を正座させている。
「……すみません」
 冷や汗を流しながら謝る鯉伴の姿は、百期を束ねる長とは思えないくらい情けないが、若菜の怖さを知っていれば誰もが平謝りしたくなるだろう。
「佐久穂ちゃんが可愛いくてやっと手に入れたからって、がっつき過ぎなのよ鯉伴君は。大体、貴方400年近く生きてるのに、どうして我慢が利かないのかしら」
 頬を手に当て、ハァと溜息を吐く度に鯉伴の肩が揺れる。
「言い訳しない辺りは、まあ良しとしましょう。本家妖怪の皆さんも、佐久穂の負担が分かっているなら家事を手伝おうとは考えないのかしら。いつまで外食とか、クリーニング屋を呼ぶとか、あるまじき行為よ。本当にねぇ……」
 ぐるりと正座させられている本家妖怪を見渡し、静かな問い掛けに彼らは震え上がっている。
「まあ、良いわ。佐久穂ちゃんは、働きすぎなのよ。休息日が必要だわ。毎週日曜日は、佐久穂ちゃんの休息日。彼女に家事を一切やらせちゃダメよ。させたら……フフフッ」
 どす黒い笑みを浮かべながら意味深に言葉を切る若菜に、彼らは激しく頭を縦に振っている。
「問題は、佐久穂ちゃんのご褒美よねー。鯉伴君、結婚後佐久穂ちゃんと出かけたことは?」
「ありません」
「だよねぇ。佐久穂ちゃんなら、『は? 何で私が鯉伴と出かけなきゃならないのよ! ただでさえ四六時中顔を突き合わせてるのに真っ平ごめんよ。行くならお姉ちゃんと行く』って言うわ」
 ニコニコと笑いながら毒を吐く若菜を止める術もなく、心を抉るような言葉の刃に鯉伴はただ耐えるしかなかった。
「そうよ。新婚旅行よ! 例え、佐久穂ちゃんが鯉伴君と出かけるのを拒んでも『新婚旅行』なら文句は出ないわ」
「新婚旅行?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる彼らに、若菜はニンマリと悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
「結婚・挙式・新婚旅行。女の子なら誰もが憧れる行事よ。家族旅行も悪くはないけど、気を使っちゃうでしょう。二人っきりで旅行に行ってくれば? 旅先で結ばれると出来易くなるって聞くし、数ヵ月後には三代目が誕生してるかも……」
 若菜の言葉に想像力が逞しい本家妖怪たちは、その光景を思い浮かべ歓喜した。
「二代目、行って来て下さい!」
「は? いや、それは難し……」
「何言ってるんですか! 三代目の為です」
「そーですよ。二代目が不在時は、総大将が何とかしますって」
 何とかするというよりは、何とかさせるといった雰囲気が漂う下僕達に、鯉伴は顔を引きつらせる。
 ぬらりひょんに借りを作ったら、後々厄介なことには代わりがないのだが、ここで頷かなければ命はない。
 若菜の言葉を良い様に解釈し手の上で転がされていることに気付かない下僕達に、鯉伴は折れる形で新婚旅行を承諾したのだった。

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