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映画のチケット [ 36/259 ]


 新聞を配達に来るお兄さんから映画のペアチケットを貰いました。若菜に渡そうとしたら、折角だから誰か誘って行って来なさいと押し返され非情に困っている。
 今回は、子供向けアニメじゃないので桜はお留守番になる。連れて行くと退屈がってウロチョロしそうだからだ。
 映画を見に行く相手を誘う前に、どこから聞いたのか妖怪に会うたびに声を掛けられる。その内容が一様に同じで「日曜日は空いてるからな!」である。
 勘弁して欲しい。こんなことになるなら若菜に突っ返せば良かった。後悔しても時すでに遅し。私は、ハァと大きな溜息を吐きながら手にしていた布をチクチクと縫っていた。
「辛気臭い溜息吐いてどうしたのよ?」
「毛倡妓姐さん」
 毛倡妓が、ヒョイッと障子から顔を覗かせる。私は、手は動かしながら憂鬱なこの状況を説明した。
「映画のペアチケットを貰ったんですけど、皆さん行きたいみたいでどうしたら良いでしょうか?」
「あはは、モテる女は辛いねぇ〜。皆、あんたとデートしたいんだよ」
 答えにならない答えを返す毛倡妓に、私は苦笑を浮かべる。正直、何で私なのか良く分からない。
「毛倡妓姐さん、もし良かったら首なしさんと一緒にどうですか?」
 チケットを差し出すと、毛倡妓は気のない返事をした後、申し訳なさそうな顔で断ってきた。
「気持ちは嬉しいけどねぇ。恋愛物は興味ないんだ。ホラーの方が好きだわ。首なしも私よか藍の方が良いに決まっているしね」
 以外な一面を見た気がする。ホラー映画好きって、ちょっと変わっている。
「そんなことないと思いますけど……」
「そんなことあるから言ってるんだよ。ホラー映画なら私も藍と一緒に行きたかったさ。今度、一緒に行くかい?」
 茶目っ気たっぷりにデートのお誘いをする毛倡妓に、私は喜んでと返した。
「ま、悩んでいても仕方ないさ。藍が、一番行きたい奴を誘えば良いんじゃない? 周りがガタガタ言うようなら私がキッチリ絞めてあげるわよ」
 ニッコリと良い笑顔で物騒なことを宣う毛倡妓に私は不覚にもときめいてしまった。
「ところで、何作ってるの?」
「等身大ウサちゃんです」
「その割には、耳が垂れてない?」
 ピロンと綿の入ってない耳を掴んで疑問符を浮かべる毛倡妓に、私はクスリと笑みを浮かべて言った。
「ロップイヤーという種類ですから、耳は垂れてて良いんです。夜は、薬鴆堂に行ってここを空けるのでぬいぐるみがあれば寂しくないかなって思って」
「本当にあんたは桜が大好きね」
「可愛いんですもの」
 ママと慕う桜を溺愛しているのは有名な話で、最近はリクオよりも桜を優先していると指摘を受けるほどだ。
「良いお母さんになるわ。映画には桜は連れていけないでしょう。どうするの?」
「若菜さんに面倒を見てもらう予定です」
「そう、良いんじゃない? 誰とデートに行ったのか、後で聞かせてね」
 フフッと妖艶な笑みを浮かべ去っていく毛倡妓に、私は一気に憂鬱な気持ちが舞い戻った。誰を選んでも、問い詰められる姿がありありと目に浮かぶ。
「うーん……本当にどうしよう」
 リクオを誘えば氷麗が怒りそうだし、逆も然り。他の人を誘おうものなら、二人の怒りの矛先は真っ先に私へ向かうのが予測された。
 かくして、私とデート権を巡って水面下で熾烈な争いが本家だけでなく奴良組全体を巻き込んで行われているなど知る由もなかった。


 思いのほか希望者が多かったので、くじ引きで一緒に行く相手を決めようということになりました。言いだしっぺは、毛倡妓である。事態の収拾がつかなくなったのが原因だと思う。
「藍と映画デートの権利を巡ってくじ引き大会しまーす! 藍、一枚引いて」
 正方形の箱に手を入れ紙を一枚取ると、毛倡妓は別の箱を取り出し参加者に一枚ずつ引かせていく。
 奴良組の幹部である牛鬼や一つ目、狒々などの姿もあり驚いた。ぬらりひょんもちゃっかり参加している。
 皆にくじが行き渡ったのを確認した毛倡妓は、私にくじを開けるように言った。
「……数字?」
 番号が、1と書かれている。訳が分からず毛倡妓を見ると、彼女は声を張り上げて言った。
「映画デート権は数字の1と書いてるくじを持ってる奴だよー」
 ノォォオと雄たけびを上げて崩れ落ちる面々に私は若干引き気味だ。
「あ、僕だ」
 ハイと手を上げたのは、首なしだった。
「首なしずるいぞー!!」
「寧ろ替われこの野郎!」
 野次が遠慮なく飛ぶが、彼はニコニコと笑い華麗にスルーしている。
「映画楽しみだね」
「そうですね」
 周りの落胆振りを見ると、楽しめないと心底思った。それよりデートっておかしくないか。デートする相手が自分だなんて首なしも運がない。
「他に行きたい方がいらっしゃったら言って下さいね? もう一枚チケットありますから」
 寧ろ、別の人と行ってくれた方が私的には助かる。首なしは、赤面するようなとろけるような甘い笑顔を浮かべ恥ずかしげもなく気障な台詞を吐いてくれた。
「藍だから一緒に行きたいんだよ」
「そ、そうですか。光栄です」
 頬が火照るのは自然現象だ。だってねぇ、イケメンにそんな事を言われたら恥ずかしいじゃない。
 平等に決まったくじ引きでは、流石にリクオも氷麗も文句が言えないのか始終不機嫌な顔をしていた。別の日にお出かけに誘って機嫌を取るのが一番だろう。
 映画チケットは、首なしの手に収まり初の映画デートを日曜日に体験することとなる。その映画デートが波乱に満ちるとは、この時思いもしなかった。

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