小説 | ナノ

瑞鳥・桜 [ 33/259 ]


 ぬらりひょんへの報告が済んでなかった私は、朝食後に桜を連れて彼の部屋を訪れた。
「ぬらりひょん様、藍です。入っても宜しいですか?」
「おう、入りな」
 襖を横に押し、中へと入る。桜もそれに続く。着流しを崩しながら煙管を吹かす姿が、いつもの好々爺の姿ではなく若い姿のままだ。
「いつものお姿ではなかったのですね」
「藍には知れとるからのぉ。隠す必要もないじゃろう」
 クツクツと笑いを零す姿がエロいから目に毒だ。などと心の中で呟きながら、桜をぬらりひょんに紹介する。
「瑞鳥の桜です。桜、挨拶をなさい」
「しゃくらです!」
 ニコォと満面の笑みを浮かべる桜の頭を軽く撫でると、吹かしていた煙管を煙草盆の上に乗せ、桜を抱き上げた。
「ワシは、ぬらりひょん。ワシのことは父様と呼べ」
「とーしゃま?」
「そうじゃ。ワシも可愛くない孫や息子よりも可愛い娘が欲しかった」
 リクオが聞いていたら凄く嫌な顔をしただろう。私は、苦笑しか浮かばず膝に乗せられてご満悦の桜を微笑ましく眺めていた。
「ですが、ぬらりひょん様。周りの者に示しがつかないのではありませんか?」
「リクオが、触れまわっとったぞ。桜は、自分の娘だとな。あいつよか、ワシが後についた方が周りは静かになるじゃろう」
「……ぬらりひょんが仰るなら異論は御座いません」
 奴良組の総大将が言うのだ。反論など出来ない。まあ、彼も娘が欲しいと言っていたので桜を可愛がってくれるだろう。
「しかし、本当にお前は瑞姫じゃねーのかい?」
「はい、ぬらりひょん様とお会いしたのも私がリクオ様に拾われた日が初めてお会いした日になりますから」
「そうか……」
 彼は、納得いかない様子で私をジッと見つめている。そんな目で見られても困る。
「あ! 確か、瑞姫さんはぬらりひょん様を庇って背中に傷を負ってらっしゃるんですよね? 私の背中を見て頂ければ、瑞姫さんではないと納得して頂けると思います」
 帯に手をかけようとする私に、ぬらりひょんは驚いた様子で慌てて止めに入る。
「ちょっと待て! 男の前で無闇に肌を見せるな。襲われたいのか!!」
「ぬらりひょん様は、そんなことしないと信じてますから。それに、十三の小娘など対象外でしょう?」
 相手は、何百と生きた大妖怪だ。綺麗なお姫様をお嫁に貰っている彼が、たった十三の小娘に手を出すとは考えにくい。
 ぬらりひょんはと云うと、頭を掻き毟り何やら葛藤している。
「藍、お前は男を知らんからそう言えるんじゃ。ワシは、聖人君子じゃないからのぉ。桜が見ている前であんたを組み敷くことなどわけない。下手なことは言うな。警戒心を持て」
 冗談にしては目が笑っていない。本気臭がプンプンするぬらりひょんに、私は顔を引きつらせながらコクコクと頷いた。
 流石、リクオの祖父。本当にそっくりだ。まだ、ぬらりひょんの方が紳士的ではあるが一瞬でも貞操の危機を感じたのは紛れもない事実。
「以後気をつけます」
「……そうしてくれ」
 酷く疲れたように脱力するぬらりひょんに、私は下手なことが言えないなぁとひとりごちた。
「しかし、瑞鳥とはまた珍しいもんを拾ってきたな」
「拾ったわけではありませんよ。鴆様の敷地内に行き倒れていたところを彼の下僕が保護したんです。大泣きしている桜をあやしたのが切っ掛けで懐かれまして、離れようとするとまた泣くので連れて帰った次第です」
「ククッ……藍らしいのぉ。桜という名は、おぬしが付けたのか?」
「はい、名前が無いのは可哀想だと思ったので。綺麗な桃色の髪から連想して桜と名付けました」
 ぬらりひょんは、目を細め柔らかな笑みを浮かべる。桜の頭を撫でる姿は、まるで娘を慈しむかのようだ。
「学校や薬鴆堂に行った後、桜が藍の姿を探して泣かないか心配じゃな」
「そうですよね…。今日は日曜日なので良いとしても、明日からは学校も修行もあるので心配です。桜の面倒を海女に頼もうかとは思っているんですけど、それはそれで心配で……」
「ワシも目の届く範囲でなら面倒を見ておこう」
「ありがとう御座います。桜も泣かずにお留守番してね」
「? あい!」
 返事はとっても良いのだが、本当に良い返事の通り泣かずに留守番できるか心配だ。
「ぬらりひょん様、桜を皆さんに紹介してきます。桜、おいで」
「ママ、だっこ」
 ピョンとぬらりひょんの膝から降りた桜が、トテトテと私の傍に来て両手を広げ抱っこを強請る。
 彼女を抱き上げ私はぬらりひょんに一礼すると部屋を後にした。
「今度は、桜のお姉さんとお兄さんに会いに行こうね」
「あい!」
 私は桜を連れて歩きながら屋敷中の妖怪に紹介して回りつつ、彼らの誤解も一緒に解くという重労働も加わり紹介を終えた頃には精神疲労でぐったりする羽目になった。

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