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瑞鳥を従えし者≠私 [ 28/259 ]


 別室に藍を置いてきたリクオは、不機嫌な顔で酒を嗜む鴆を睨み付けた。
「藍を次期頭領候補にするってどういう事だい? あいつは、人間だぞ」
 リクオの言葉に、鴆はクツクツと笑みを浮かべて言った。
「本家が、藍の素性を隠しているの察しはついているぜ。人と云うには、異質やしないか?」
「……何が言いたい」
「稀なる魂の持ち主は、稀なる心の持ち主らしいな。生けるもの全てを虜にする器は、神の遣いの象徴とも云われる幻の瑞鳥を従えるという逸話がある。海女がお前ではなく藍に忠誠を誓い従っていると聞いた時、ピンときてな」
「あいつは、普通の女だぞ」
「俺もそう思う。だが、総大将曰く『もしかすると藍は瑞鳥を従える存在なのかもしれない』と仰られていた。俺らだけでなく、藍自身知らぬことを総大将は知っているのかもしれない」
「ジジイが……」
 ゆうに五百歳は超える大妖怪の言を冗談で済ませるには、重い話だ。藍に関しては、知らないことが多すぎる、
「生けるものを惹きつるが故に危険は常人よりも増す。徒人を組に置くよりは、何かしら地位を与えておいた方が下手に手出し出来ないだろう。瑞鳥を従えるものなら、薬鴆堂の奴らも自ずと藍に従うだろう。……とまあ、ここまでが建前だ」
 ニカッと笑う鴆のくったない笑みにリクオは呆気に取られる。悪戯が成功したかのように彼は、ケタケタと笑い次いで本音を晒した。
「俺は、あいつの記憶力と嗅覚、そして状況を瞬時に察し最良の判断を下す判断力に医者としての能力を見たね。聞けば、妖怪に物怖じしない女だ。血の気の多い阿呆共を治療するには、俺一人じゃあ手が回らん。助手に欲しいんだよ」
「藍は俺のだ。他所を当たれ」
 憮然とした顔でキッパリと言い捨てるリクオに、鴆は諦めた様子を見せずなおも言い募る。
「でもよぉ……藍が、医者になりゃあ彼女が全部世話してくれんだぜ。ここの行き帰りは、屋形船で毎日デート出来るのは美味しくねぇか?」
「たしかに……」
 ムムッと何やら考え込むリクオに、鴆はニヤッと人を食った笑みを浮かべる。後一押しで落ちる。彼は確信した。
「最近、藍と二人っきりになる時間が減ったんだろう? なら、丁度良いんじゃねぇか? おめぇが、散歩から戻る時間を見計らって切り上げるからよぉ」
「それなら良い」
 桃色な欲望に負けたリクオは、鴆の言葉巧みな誘導で藍を薬鴆堂の跡目として認めたなど彼女が知ったら怒りそうだ。
「リクオの許可も得たことだし、うちの組の奴らに藍を紹介してやんねぇとな。お前も来るだろう?」
「勿論だ」
 紹介ついでに、鴆の下僕達に釘を刺すのを忘れてはならないとばかりに凶悪な笑みを浮かべているのを彼は見逃さなかった。
「……(こりゃ、藍も大変だ)」
 嫉妬深い男に惚れられた藍に同情の念を寄せるも、助ける気などない鴆は行く末が面白そうだと細く微笑んだ。


 別室で待つ藍の元を訪れると、彼女をひと目見ようと集まってきた妖怪達と楽しげにお喋りをしていた。
「流石、総大将が見込んだ女だ」
 クツクツと笑いを殺しながら賛辞する鴆に、リクオの機嫌は一気に降下する。
「あの馬鹿……また他の奴を誑かしやがって」
「良いじゃねぇか。次期頭領云々はさておき、藍に敵意を持つ奴が居れば薬鴆堂の中がギクシャクするだろう。遣り辛ぇよ」
「……チッ」
 リクオは舌打ちを一つし、ギンッと藍に群がる妖怪達を威嚇している。
 リクオの姿に気付いた彼女が、ニッコリと笑みを浮かべたことで空気が和らいだ。
「こりゃ、落とすとなると大変だ。相手は、相当の鈍女ときたもんだ」
「そこが天然入って可愛いんだろうが」
 計算されたものなら興ざめだと言いたげに自慢するリクオに、鴆は呆れるしかなかった。
「鴆様、リクオ様お話は終られたのですか?」
「ああ、藍も随分と仲良くしてんじゃねぇか」
 藍の膝に乗る小さな鳥妖怪を抓み上げてプラプラさせるリクオに、柳眉を吊り上げ説教を始めた。
「リクオ様、そんな乱暴にしては可哀想ではありませんか! いけません!!」
 彼の手から小さな鳥妖怪を奪い返すと、心配そうに気遣っている。
 ゴゴゴッと暗雲を纏い始めたリクオに、鴆は冷や汗を掻きながら言葉を挟んだ。
「おめぇらに話がある。そこの女は、鴆一派の次期頭領候補の藍だ。明日から、ここで修行をするから面倒を見てやってくれ」
「ええええぇ!! 人間の女ですよ! 人間になんで我らが下につかなきゃならんのですかっ!!!」
「そうですよ! 考え直して下さい」
 口々に反対の声が上がる中、それを諌める凛とした声が響いた。
「止めよ! 鴆様のご意思であるなら、我らがイの一番に従うべきだろう」
「天台……」
「私は、鴆様のお言葉に従います。しかし、僭越ながら人である藍様が鴆一派次期頭領候補になるのか全く検討がつきません。願わくば、説明をお願いします」
 スラスラと口上する天台に、周りの妖怪達も強く頷いている。鴆は、ハァと溜息を吐き仕方が無いと説明をした。
「おめぇらも聞いたことあんだろう。瑞鳥だけでなく多くの妖を従え、かつて奴良組を支えた伝説の瑞姫の話。総大将曰く、藍は瑞鳥を従えた人間と酷似しているそうだ。今は信じられんかもしれねぇが、少なくとも可能性があり医者の才があるってんなら修行させておくに越したことはねぇ。お前らの目で、こいつを次期当主として見定めれば良いだろう」
 完全に納得したものは居なかったが、表立って文句を言う輩は無くなった。
「俺の藍が世話になる。くれぐれも手ぇ出すんじゃねーぞ」
 リクオの余計な一言で締め括られ締りのない終わり方になったのは気のせいではないだろう。
 茫然自失している藍を見やり、鴆は断る気満々で来たら、言い包められて次期当主候補にされたショックは相当大きかったようだ。
「まあ、明日から本格的な修行に入る。暫くは、天台…お前が藍の教育をしてやってくれ」
「はい」
 教育係を任命された天台は、固い表情で深々と鴆に頭を下げたことに彼は気付くことはなかった。

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